騒がしい朝食はいつものこと。
今日はルフィとナミが特に騒がしい。よく口論になる二人だったが、それは常に次の行き先や方針のことだ。
「だから、先にお金よ!!」
「いんや、先に肉を食いに行く!」
次に向かう島は、昨日までいた島であらかじめ情報を得ている。カジノが盛んな島らしい。ナミはお金を稼ぐことしか頭にない。だが、ルフィの主張通り食糧が底をつきそうなのも事実だ。昨日までいた島はかなり貧困で、まともな食糧が買えなかった。
結局はルフィの判断になるのだから、ナミも諦めたらいいのにとウソップは思うが、たまにナミの口車に乗せられている時もあるので一概には言えない。
「それにしても。」
「何よ。文句あんの!?」
「なまえ、かわいいな。」
突然出てきた自分の名に、飲んでいたジュースを出しそうになる。ルフィはなまえを見つめ、微笑んでいた。
話を中断され、ナミはイライラが募るがなまえの顔を見ればそれすらも忘れてしまう。
「な、なな、なに!?急に!」
動揺の仕方が大袈裟で、他の皆も声に出して笑った。
「んー、言いたくなった!」
不意に視界に入ったなまえの顔が可愛かったので、そのまま口から出たのだった。ルフィはすぐに目の前の肉に集中し始める。本能のままに生きてるなぁとチョッパーは思った。
なまえは顔を赤くさせ、ドキドキと動揺が収まらない様子だ。
「ほんっとに、あんたは突然ね」
「なまえの反応っ……フハッ!ハハハッ」
「かわいいなァ!ハハッ!」
ウソップとチョッパーの笑い声になまえはより顔を赤くさせた。サンジはなまえの代わりにルフィを睨みつける。
「ルフィ!なまえちゃんをあんまり困らせんな!」
「ジュース飲んでるなまえが可愛かったんだ。しょうがねェだろ!」
「ルフィ!ルフィ!おれは!?」
「ブハハハッ!なんだそれウソップ!」
女らしい動きでパスタを食べるウソップにルフィは大爆笑した。
なまえはもう気にしても無駄だと、パスタを食べることにする。
朝食を終えた一味は、各々朝のルーティンを行う。ゾロは素振りし、サンジは洗い物、皆毎朝やることはある程度決まっていた。
なまえはチョッパーの医務室を訪れ、診察を行う。ルフィはいつもそのルーティーンを疑問に思ったが、チョッパーを手伝っていると嘘をついていた。
診察を終え、なまえは医務室から出る。そこはダイニングで、いるのはナミとサンジだけだった。
「もうすぐ島に着きそうよ」
「招待がバレちゃまずいから、仮面をつけることになったよなまえちゃん」
海賊の正体を隠してまで、ナミは本格的に稼ぐつもりのようだ。ルフィには先程、カジノで稼げば肉を食べれるとなんとか説得して、先にカジノに行くことになった。
「もちろん、ドレスコードもね!着替えに行きましょ!」
「楽しみすぎるー!!!」
サンジは目をハートにさせてナミとなまえの姿を想像した。
そんなサンジには触れず、2人は女部屋へと向かった。そこには既にロビンがいて、黒のドレスに着替えていた。深いスリットが入り綺麗な長い脚がチラリと見えていて、ボディラインがくっきりとしたセクシーなドレスだ。
「ロビンちゃん!素敵!!」
なまえはロビンを見て、その美しさにしばらく見惚れてしまう。黒い蝶の仮面を付ければ、魅惑的で誰もがロビンに釘付けになるだろう。
「じゃーん!これがなまえのドレスよ!」
ナミがクローゼットにあったドレスをなまえの前に差し出した。全体的に淡い赤色で、袖が透け感あるレースになっており、膝丈の裾はふんわり広がりなまえにぴったりの可愛いシルエットのドレスだ。
「赤色!?可愛い…!」
「ルフィが赤がいいって言うから、赤にしたけどなまえにピッタリの色ね」
「ルフィが……嬉しい」
参考までにナミがルフィに「なまえのドレスは何色がいい?」と尋ねたのは、かなり前の話だ。即決で彼は「赤」と答えた。自分の好きな色を着てほしかったからだ。
ナミは自身のドレスも取り出した。青色のドレスで、丈はナミ自慢の美脚を生かしたミニでタイトになっている。ボディラインがくっきり分かるが、袖がフリルになっていて可愛さもあった。
「ナミちゃんのも素敵!!」
「ありがと!よし、これで稼ぐわよー!!まずはドレス代を取り戻さないと!」
ナミの目がベリーに変わり、カジノを想像するだけで顔がにやけた。
ナミとなまえはドレスに着替え、ロビンが2人の髪を結う。そうしているうちに、メリー号は島へとたどり着いていた。
「おーーい!島に着いたぞー!」
ルフィの声がしたが、3人が甲板に向かったのはそれから数十分後だった。女が綺麗になるには時間がかかるのだ。甲板は続く扉を開くと、男たちもフォーマルな服装に身を包んでいた。
ルフィは支度が遅いことに文句を垂れていたが、なまえの姿を見れば不満など頭から消えていく。
「なまえ…」
「天使…いや、女神…!?!?おれは今日!!死んでもいい!!」
「うるせェな、エロコック」
ゾロの言葉にいつも言い返すはずのサンジさえ、3人の姿にメロメロ状態で耳にも入っていない。
ルフィはゆっくりとなまえに近づき、手を伸ばした。なまえはスーツを着たルフィに見惚れつつ、その手を取る。
「なまえ、綺麗だ」
ルフィは顔を真っ赤にさせて、なまえを見つめた。もう島に上陸したくない、とさえ思う。それくらい、なまえは綺麗でその魅力が危険だった。ルフィが素直に「綺麗だ」と褒められるようになったのはサンジやナミのおかげだった。
ヒールで多少身長差が縮んだとしても、ルフィとの差はまだある。なまえが下を向いてしまえば、その可愛らしい照れた顔が見られない。ルフィはなまえを呼ぶが、彼女は上を向くことができない。。
ルフィのスーツ姿がかっこよすぎて、なまえはその目を見つめ返すことが叶わない。黒いスーツに黒いシャツ、赤いネクタイをして、黒髪黒目のルフィにぴったりだった。いつもとは違いすぎる。
「完全に、2人の世界だな。」
「いつもの事だろ。先行くぞ、ナミ」
「ちょっとゾロ!あんた道分かんないでしょ!」
「ロビン、大人っぽいなァ」
「ふふ、チョッパーも大人に見えるわ」
「ロビンちゃん!!おれが、おれがエスコートします!」
ウソップ、ゾロ、ナミ、チョッパー、ロビン、サンジは順に言葉を残し、メリー号を後にした。なまえには場所を伝えてあるから、後で追いかけてくるだろう。今声をかけると、ルフィの恨みを買う可能性があるから誰も2人を呼ぶことはない。
「かわいい、もっと見せてくれ」
ルフィはなまえから少し離れ、全身を見てみる。ふわりとした裾のドレスはなまえにぴったりだった。
「なまえー?」
下を向き続けるなまえにルフィは声をかける。それでもなまえは顔を上げず、ドレスの裾を弱々しく掴んでいた。
「ダメ、ルフィかっこよすぎて…見れない!」
ドクン、と胸が大きく高鳴って、ルフィはたまらずその手を掴んで引き寄せた。髪の毛が崩れるから、と抱き締めるのはルフィなりに気を遣って我慢していたつもりだ。何度もナミやなまえ本人に怒られ、やっとお洒落した時は抱き締めるのは我慢できていたのに。
「なまえは可愛すぎ。ずりィぞ」
ドクドクと、ルフィの心臓の音が聞こえてなまえは嬉しくなった。自分と同じくらいの速さで脈打っている。なまえをいつもより優しく抱き締めるルフィは一応髪やドレスに気を遣っているのだろう。
「はぁぁぁ。やだな。行きたくねェ」
「え、どうしたの?」
「他の男もなまえに惚れるだろ。絶対、仮面外すなよ。あと男が来たら無視しろ!」
「ルフィだって!かっこいいんだから、油断大敵!」
「おれはなまえしか見てねェもん」
「おれは!ってなに!?私もルフィしか見てない!」
言った後になまえは顔を赤く染めた。恥ずかしいことを言った気がする。ルフィは、しししっと笑うとなまえの手を握った。
「よし、行くか!」
なまえが頷いたのを見て、ルフィはなまえをお姫様抱っこしてメリー号から降りる。
「わぁっ、」
「本物のお姫様みてェだな」
ルフィにとってはずっと昔から、なまえをお姫様のように扱っているが今日は特別だ。
メリー号を降りてすぐ、仲間達がルフィとなまえを待っていた。ほとんどが呆れた表情を浮かべている。
「遅いぞ、ルフィ!」
先に行くと言っていたはずが、みんなは2人を待っていた。ルフィが先頭になり乗り込むのが当たり前になっている。ルフィは優しくなまえを下ろし、仮面をつけた。
「行くぞ!肉のために!」
「稼ぐわよー!」
ルフィを先頭に、変装した麦わらの一味はカジノへと足を踏み入れる。
そこは煌びやかな世界。顔を隠している者が多く、大富豪と思われる人々がゲームを楽しんでいた。大金を賭け、負けたとしても彼らの懐は潤っている。
カジノの雰囲気に、ベリー大好きナミは大興奮の様子だ。
「さぁ!元金は1万ベリー!1番増やした人には私から豪華景品をあげるわ!」
「景品ってなんだ?」
「なんでも好きなもの、1つ買ってあげる!」
ナミの言葉で、それぞれ欲しかった物を頭に浮かべてはニヤけた。
「うひょー!!!おれ、新しい工具が欲しかったんだ!」
「肉ー!!」
「おれは新しい医療道具!」
「おれはダンベルだな」
士気も上がり、1万ベリーをチップに変えて各々好きなゲームをすることになった。
「ロビンちゃんはどれにするの?」
「ブラックジャックね。あなたは?」
「んー…どれが簡単?」
「ルーレットなんてどうかしら?赤と黒の0から36まで、数字に賭けたり赤だけに賭けたり。運次第ね」
「ルーレットにしてみる!ありがとう」
なまえはロビンにお勧めされたルーレットの方へ向かう。席につき、今行われてるゲームの次に参加しようと見守る。
勝敗がつき、席を立つ者もいれば、より多く賭けるものもいる。なまえも見よう見まねで5000ベリーを賭けることにした。
いきなり半分の額を賭けるのは、「なんとなく」だった。
「出揃いましたね。それでは。」
ディーラーの言葉で、賭けた者達は真剣な表情でその手を見つめる。ディーラーが上部のノブをひねってホイールを回転させ、回転方向と逆にボールを投げ入れた。
なまえが賭けたのは「黒の25」。色のみ賭けることや、偶数か奇数かを賭けることもできたが配当が少ない。それでは面白くない、となまえは意外な一面を見せていた。繊細に見えて、大胆に行動する時が多々ある。
他の客が追加でベットし始め、なまえも思わずチップをベットしてしまった。1万ベリー分のチップがなまえの目の前で重なっている。
ボールが回転している間にベットの終了をディーラーが宣言した。もう、後戻りはできない。回転盤には0から36までの数字が並んでいるが、並び方は順番ではなくランダムになっていて、簡単に当てられるものではない。しかも5000ベリーではなく、全部賭けてしまったなまえには祈ることしかできない。
白い球はゆっくりと速度が落ちていき、そのままーーーーー
「当たった……」
「黒の25!そこの、お嬢さん。おめでとうございます」
1万ベリーの36倍。36万ベリー分のチップがなまえに渡された。なまえの頭の中は真っ白になり、無意識に麦わの一味の姿を探すが、周りにはいない。手を上げて喜ぶこともできずボーッとチップを見つめた。暫しの沈黙の後、拍手や歓声が起きる。たった一回の挑戦で当たるなんて誰が予想しただろう。
「どこの令嬢ですか?」
「素晴らしい!!」
その場にいた者達はなまえに話しかけた。好機の目でなまえを見つめる。まさか、なまえが今日ここにきたばかりの海賊だとは微塵も思っていないだろう。
この島は貴族社会だった。カジノに参加している令嬢の中から、婚約相手や今晩の相手を探すことも珍しくなかった。なまえが当てたことなど、声をかけるキッカケに過ぎない。
「ご令嬢。VIP席へご一緒願えますか?」
「宜しければ私と…」
「この男爵の私とお願いいたします」
「その……えっと」
素敵な令嬢と一夜をVIP席で過ごすのが、貴族達の間ではよくあることだ。男達はなまえの前に手を差し出し、なまえの反応を待つ。なまえは注目する事に慣れてないので、動揺しながら言葉を探した。
仮面の下はどんな顔なのだろう、と男達の好奇心をくすぐる。
「だから、言っただろ?」
「わ、」
「男が来たら無視しろって」
なまえの肩に手を添えて、横に並ぶのはルフィだった。さっき見渡した時はいなかったはずだが、騒ぎを聞きつけて見に来たようだ。
「先約があるんだ。おれと」
仮面をつけていても、ルフィの迫力は本物だった。ギロリと睨んでいる気がして、群がっていた男達は逃げるようにその場を去る。
「なまえすごいじゃない!ギャンブルの才能が隠されてるかも…」
「ナミ、これ持ってろ」
お金の匂いにすぐに駆けつけてきたナミに、ルフィはテーブルの上にあったなまえのチップを投げ渡す。
「ちょっと、どこ行くの?」
「なまえとVIP席」
ルフィはニヤリと笑いながらそう言うと、なまえをお姫様抱っこして歩いていく。小さな歓声が聞こえるが、なまえはそれどころではない。
「ル、ルフィ??」
「ここでは気に入った女とVIP席に行くらしいぞ。だから、おれも気に入った女を連れて行ってる」
「VIP席ってなに?それに、なんか怒ってる?」
仮面でルフィの顔は見えないが、声のトーンがいつもより低く怒っているように聞こえた。
「んー。妬いてる。」
「ごめんね、そんなつもりは…」
「2人きりにならねェと、治らねェ」
なぜ、ルフィがVIP席の場所がわかるのか、なまえには分からない。中央の豪華な階段を上がり、二階に人が立っていた。ここのスタッフのようで、無言のままルフィをVIP席と呼ばれる部屋に案内した。
5万ベリーで一夜借りることのできるここのVIP席は、ナミが代わりにさっきお金を払ったところだ。大当たりしたなまえへのナミからのささやかなプレゼントだった。
中は赤い壁に赤い絨毯と、王族のような部屋で大きな黒いソファもあった。中でゲームをできるようにボードやスロットもある。
「では、ごゆっくり」
スタッフがそう言い残して、立ち去る。
ルフィはなまえをソファの上に優しく下ろすと、すぐに唇を塞いだ。
「んんっ」
何度もキスをされて、なまえの頭は朦朧としていた。身体が熱く、ルフィのことしか考えられなくなる。
ゆっくりと手を伸ばして、ルフィの仮面を外した。その下は、必死になまえを求める黒い瞳に、少し赤くなった顔、その姿があまりにも色っぽく、仮面を外したことを思わず後悔するほど。
「なまえも」
ルフィはなまえの仮面に手を伸ばす。すぐに剥がされ、熱い顔を隠す術を失くした。
「やっば………ずりィな、ほんと」
「なに、が……ん、」
余裕のない噛み付くようなキスが降ってくる。なまえはただ応えることしかできない。ルフィの熱が伝わり、なまえの身体もより熱くなる。
座ったままだったはずが、いつの間にかソファに押し倒されていてルフィを見上げる形になった。
「ルフィ、ストップ!」
「なんで?」
「こんなところで…ダメ。」
「なまえがモテるからわりィんだろ。おれのなのに」
乱れてしまった髪に触れて、ルフィはそこにキスをする。仕草がいつものルフィと違いすぎて、なまえの顔は真っ赤に染まる。
「ルフィいつもと違うっ」
「なまえが変にさせた」
「それでもダメなの!」
必死に訴えるなまえにどうしても弱いルフィはこれ以上強引にはできない。
「ーーーーっ、わかった!!」
バッと起きあがったルフィは、不貞腐れた顔をしてなまえを起き上がらせて隣に座らせる。そして触れるだけのキスをした。
「ルフィだって、色んな女の人が見てたの気づいてないでしょ」
「それは気づいてなかった!」
「私だって、妬くよ」
「ししっ、ちょっと嬉しいな」
ネクタイを緩めながら、笑顔を浮かべるものだからなまえは勢いよく顔をそらす。自分が「ストップ」と言ったのに、キスしたくなってしまったからだ。
「そう言えば、景品何にするんだ?」
ナミが言っていた、何でも好きなものを買っていいという景品だ。きっと優勝者はなまえだとルフィは思っている。
「何にしよう……あ、布とか」
「また裁縫か?それは無し!」
「なんでルフィが決めるの……じゃあ…ネクタイかな」
「ネクタイ!?なまえが付けるのか?」
「ううん、ルフィ似合ってたから他のも見たくて」
「あー、だからさっきああいう顔で見てたのか」
「ああいう顔?」
「ネクタイ緩めたとき。欲しそうな顔してた」
ニッと笑うと、ルフィはなまえの頭を掴んで引き寄せ、唇を重ねる。一つ一つの仕草が大人っぽく、いつの間にこんな成長したのだとなまえは疑問に思う。
「ルフィもずるいよ、どんどんかっこよくなる」
「じゃあお互い様だな!なまえがかわいすぎて、おれは必死なんだ」
ルフィも同じなんだ、そう思うとなまえの中の疑問など消えていた。愛おしい気持ちが溢れ、結局触れたいという想いは止められない。
「ルフィ、やっぱり」
「おれも、言おうとしてた。止めねェからな」
止めないで。その言葉はルフィの唇によって言えなくなってしまった。お互いの指を絡めて唇の感触に酔いしれる。侵入してきた舌は熱く、なまえを逃すことはなかった。
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