侵食思考
 目を開けたら目の前は真っ暗だった。少なくともその瞬間リウ・シエンには目の前が真っ暗に見えた。
 けれどよくよく見れば暗闇というわけではなく窓から月明かりが差し込んでいて、目が慣れれば天井の柄が普段見慣れているものだということまで分かる位だった。だがおかしい。

(オレ確か資料見てたはずだよな?)

 それなのに今リウ・シエンの体は使い慣れたベッドの上で仰向けに横たわっている。
 しかしそれに至る経緯が全く思い出せずリウ・シエンは天井を見上げたままで首をひねり記憶をたどってみた。

(えーと…今日は朝から夕方までじいさんの畑手伝ったんだよな。けっこうくたくたになって戻ってきて。んでそれから食堂で飯食って、部屋に戻って来てからルオ・タウがまとめてくれてた資料見てて)

 やはりそこから先の記憶がぷっつりと途切れている。
 いったい何があっただろうかと更に頭を悩ませながらごろりと寝返りをうった所で、リウ・シエンの目が椅子に座っているルオ・タウの姿を捉えた。
 とは言ってもこちらから見えるのは背もたれとその高さよりも上にあるルオ・タウの頭だけなのだが。
 しかしルオ・タウはぴくりとも動かない。いつもならリウ・シエンが目を覚ます少し前に気がついてそばに歩み寄ってくるのだが今はその気配は微塵もなかった。
 不思議に思い体を起こすと様子をうかがうようにリウ・シエンはそろりそろりと椅子に近づく。
 それから更にゆっくりと慎重に椅子を回り込むようにして覗き込んだ。

(あ。珍しい)

 ルオ・タウは眠っていた。真っ直ぐに体を伸ばして背もたれに身を預けて眠っている。端から見ればとても寝づらそうに見えるが本人はそうでもないらしく船を漕ぐ様子もない。
 ただ呼吸のリズムに合わせて胸が小さく上下し一定の間隔で薄く開いた唇から息が吐き出されるばかりだった。

(なんか不思議な感じだな。そういやルオ・タウの寝顔なんか見たことなかったし)

 いつも居住まいを正しているルオ・タウは人前で居眠りすらしたことがない。なのでこんな風に寝顔を拝むのは少しばかり不思議だったのだ。
 リウ・シエンは音をたてないように気をつけながらルオ・タウの前にある机にもたれるようにして少し斜めの位置から彼の寝顔を見つめた。
 いつも自分に向けられている目は今は閉じられているし唇はただ寝息を繰り返すばかりで、スクライブにしては鍛え上げられたその腕が自分に伸ばされることもない。
 それはとてもとても不思議な感覚だった。
  今はリウ・シエンの背後にある机に面して取り付けられた窓からは月明かりが差し込みルオ・タウの顔を仄かに照らしている。
 それは彼の顔の陰影をくっきりと明確にしてその整った造形をより引き立てているようにも感じられた。

(そういえばこいつって綺麗な顔してるよな)

 線刻を施されているとはいえその顔が整った部類に入ることはリウ・シエンにも分かった。
 背が高いのは元来のスクライブとしての特徴でもあるが彼の場合それに加えて戦士として鍛えられた肉体も有しているから始末が悪いと思う。
 そんなルオ・タウが自分だけに忠誠を誓い付き従っているかと思うとなぜかリウ・シエンの心に小さな優越感のようなものが湧き上がった。
 誰に対してのものかも分からないその優越感は妙に心地よく感じられてどうにもいけない。
 そうなると今度はルオ・タウの寝顔をじっと眺めている自分が無性に恥ずかしくなってきてリウ・シエンはベッドに戻ろうと机に預けていた体を浮かせた。

「…リウ・シエン…」
(やべっ!起こした!)

 小さく名前を呼ばれて思わずビクッと肩が跳ねる。
 兎にも角にもまずは起こしてしまった事を詫びなくてはとリウ・シエンは慌てて向き直ったがしかし、彼の目に飛び込んできたのは予想に反して未だ眠るルオ・タウの姿だった。

(なんだ。寝言か…)

 ほっと安堵の吐息を吐き出した次には自分の思考に浮かんだ「寝言」という言葉にふと意識が止まった。

(寝言でオレの名前呼ぶって…)

 それはつまり寝ている間でさえも自分がルオ・タウの思考を独占していると言っても過言ではなくて。
 そこまで考えが行き着いた途端今度は急激に恥ずかしさが湧き上がり顔に熱が集うのが分かる。
 こんなタイミングで目を覚まされたりしてはたまらないとリウ・シエンはそそくさとベッドに戻って身を横たえると頭から掛け布を被って体を丸めた。

(ルオ・タウのばかばかばかあほーっ)

 なかなか引かない顔の熱と戦いながらそうする内にいつの間にやら自分の思考もルオ・タウに侵食されていくのだと気づかないまま、リウ・シエンの夜はふけていく。


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