お試し気分
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ちょっと休憩がてら外を歩くというリウ・シエンに当然のように付き添おうとして大慌てで居残りを言い渡されたルオ・タウは、これといってすることもなく広げられた資料に目を通すことで時間を潰していた。
なぜあんなに必死で押し留められたのか皆目見当もつかず、しかし結局は大人しく長の命に従うことになった。
本来ならそばに付き従うべきなのだろうが今は書を探知できる力のおかげでどこに居るかもわかるし、不便や心配はないだろうと言うのが結論だ。
しばらく黙々と資料を眺めていたが書の気配が徐々に近付いてくる事に気付いてルオ・タウは顔を上げて立ち上がり部屋の扉に向かう。
帰ってきたリウ・シエンが扉を開くその一瞬前に彼の手が扉を開けた。
「うわっ!びっくりしたー!」
まさか勝手に扉が開くとは思っていなかったようでリウ・シエンは驚きを露わに手に持った何かを取り落としかけて慌てて掴み後ろ手に隠す。
ルオ・タウは一瞬それが気になったもののわざわざ隠すのだから自分には知られたくない物なのだろうと余計な詮索はしなかった。
「気は紛れたようだな」
「へ?あ、うん。ばっちりばっちり」
やはりどこか落ち着きなく見えるリウ・シエンの様子にルオ・タウはまた少し不思議そうな表情を少しだけ匂わせた。
「そうだ、ルオ・タウ。ちょっとそこの椅子に座って目閉じてじっとしててくんねーかな」
「構わないが」
不可解な要求ながらそれが長の望みなら従うのは補佐として当然のこと。
指定された椅子に無駄のない動作で腰を下ろして目を伏せる。
するとそれを確認するように目の前で手が振られる気配がした後、ガサガサと何かを開けるような音がした。
「ちょーっと失礼しますよー」
どこか楽しげなリウ・シエンの声はルオ・タウが予想したよりもずっと近くから聞こえた。恐らく至近距離だろうと冷静な頭がはじき出す間に耳と鼻すじに物が触れる感触がある。
「リウ・シエン?」
「あー、これは、なんというか…ちょっと目開けてみて?」
もごもごと何事かを口の中で繰り返してから出された指示に従いルオ・タウがゆっくりと目を開けると、正面に居たリウ・シエンは更に慌てた様子になった。
「あ、ダメだ。これは、うん、ダメだ」
とっさに目を逸らしてひとりで納得し始めたリウ・シエンにルオ・タウは訳が分からない。
視界の縁に慣れない枠のような物が見えて、指先を伸ばしてみると細い材質が触れた。
「眼鏡、か」
しかし何故眼鏡を?と疑問符を浮かべているルオ・タウに反して、リウ・シエンの方は内心穏やかではなかった。
モアナやホツバと顔を合わせる度にその眼鏡が気になって、元より知的な印象を人に与えるルオ・タウがかけたらどんな感じになるんだろうかと純粋に興味がわいて、レカレカに頼んで似合いそうな物を見つくろって仕入れてもらったのだ。
ちょっとしたシャレみたいな気持ちでさっきのような流れになったものの、これはシャレにならない。 似合いすぎているからシャレにならない。
これは他の人間特に女性陣には絶対に見せてはいけないと頭の中に警笛が鳴り響く。
「長。私は眼鏡が必要な程視力の低下はみられないのだが」
「ですよねー!知ってる、知ってた!まあ元々枠だけたし?!だからもう忘れよう!そうしよう!」
だんだん支離滅裂になり始めているリウ・シエンにルオ・タウの頭の疑問符は更に数を増やした。
そんな彼から眼鏡を外そうと伸ばされた手より僅かに早く、彼自身の手が眼鏡を外す。
そしてそれをなにげなく目の前にいる長の耳にかけてみた。
見慣れない眼鏡の枠に縁取られたリウ・シエンの目が状況を読み取れずにきょとんとルオ・タウを見上げている。
それを認識した途端ルオ・タウの中で何かがぴたりとハマったような気がして、納得という二文字が彼の頭の疑問符を一気に消し去った。
「………確かに、駄目だな」
「なにが?!え、オレ眼鏡似合わねーってこと?!」
「…………人前でかけるのは賛成出来かねる」
「今の間凄く重いんですけど!」
そうこうする間にもルオ・タウの手はリウ・シエンから眼鏡を外しさっさとしまい込んでしまう。
話の突然の方向転換にすっかり気分まで方向転換してしまったリウ・シエンは、ルオ・タウの中に生まれた発想が先ほどの自分と同じだとは露ほども思っていない。