まんじゅうこわい
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最近、百万世界のどこだかへ派遣されていたジェイルから、お土産だと貰った数冊の本の中の一つに面白い記述を見つけた。
本自体はもう全部読み終わってしまって、興味深げにしていたルオ・タウに貸してしまったけど。
なかなか面白い発想で、便利だなと思ったのは小さな悪戯心からだった。
「オレ、最近ルオ・タウがこわいんだよなー…実は」
夕食が終わってみんなが一息ついている中、ルオ・タウがムバルさんに呼ばれて食堂の一角へ移動して行ってしまったのをいいことにオレがぽつりと言ったら、シグとマリカが意外そうな顔をして身を乗り出してきた。
「え、マジか!?」
「あんた達うまくやってるように見えてたけど…違うの?」
ジェイルは椅子に座ったまま動かなかったけど、視線はこっちを向いてる。
「うまくはやってるよ。仕事は完璧に補佐してくれてるし、意見も的確だし。前みたいな苦手意識もないし」
真面目な表情を浮かべて言ったらシグたちは一度顔を見合わせてから更に身を乗り出してきた。
「なのにこわい訳?」
「もしかして、なんか怖くなるようなことでもされたのか?」
「そんな風な人には見えないけど」
口々に聞いてくる二人に首を振って否定してやると、更に不可解を貼り付けた顔になった。
「暴力に訴えるタイプじゃないっしょ、ルオ・タウは」
「そりゃそうだけど…」
「理由とか自分でもわからないんだよね。気がついたら怖いって思うようになっててさ」
「そんなに怖いのか?」
ようやく口を開いたジェイルに向き直って、更に神妙な表情をつくる。
「うん。怖くて怖くて眠れない時もあるんだよね」
「なんだそれ!」
「ちょっとシグ、しばらくリウとルオ・タウさん離してあげた方がいいんじゃない?」
「でも、仕事する分には居てもらわなきゃ困るんだろ?」
シグが問い掛けてくるから、こっくりと頷く。そうしたらマリカと二人して唸り始めてしまった。これはそろそろ潮時かな。
そう思った矢先にジェイルが立ち上がった。
「…そんなに怖いなら、呼んできてやろう」
言って、どこか不適な笑みを浮かべてから未だムバルさんと話しているルオ・タウの方へと歩いて行ってしまった。もしかして、という予感がオレの胸に湧き上がる。
「おい、ジェイル!?」
「ちょっと何考えてるの!?リウ怖がってるのに!」
予想外の行動に驚いて引き止めようとする二人を横目にジェイルはすたすたとルオ・タウに近付いて行くと二言三言交わして戻ってきた。
「ジェイル、あんたねえ!」
「大丈夫だ」
「え?」
訳が分からずまばたきを繰り返すマリカとシグを置き去りにしたままジェイルがオレに向かって首を僅かに傾ぐ。
「リウ。俺たちのことも怖いか?」
聞かれて確信した。
どうやらジェイルはオレの土産を選ぶ時に、中を読んでから決めたようだ。
それを察してオレは最高の笑顔を浮かべる。
「もちろん、すっげー怖い」
言った途端完全に置いてきぼりのシグとマリカがとうとう腰を上げた。
「なんなんだよ、ジェイルだけわかってんのか!?」
「ちゃんと説明しなさい!」
「あ、ルオ・タウ来たからオレ戻るよ」
『リウ!』
見事にハモった二人を置いて歩き出しながらジェイルにひらひらと手を振ったら頷いてくれたから、種明かしはしておいてくれるだろう。
後は、明日くると思われる仕返しに備えておかないとな。
「おまたせー」
少し離れた所で待っていたルオ・タウに近付いて、そのまま肩を並べて歩き出す。
「何やら賑やかな様子だったが」
「ああ、うん。オレがおまえのこと怖いって話してたんだ」
「それは光栄だ」
「…なんだ、ルオ・タウもう読んだんだ?」
「ああ」
酒場を抜けてえれべーたに向かいながら交わした会話はここで呆気なく終了。
まあ元々書物に馴染みが深い種族だから読書のスピードも普通より大分早いし、そんな気はしてたんだけどさ。
「ルオ・タウはさ。オレのこと怖かったりする?」
気を取り直して多大な興味と少しの希望を織り交ぜて聞いてみる。
えれべーたに乗り込み扉が閉まって上昇が始まってからようやくルオ・タウはオレを見た。
どことなく優しく感じる表情が向けられていて、思わず体に力が入る。
「私はあなたが末恐ろしい」
表情と言葉がまるで噛み合ってない。
「これってさ、面と向かってだと結構複雑…」
ちゃんと分かっているつもりでも、やっぱりどうしても耳に入ってくる言葉の意味の方が強く印象づいてしまう。
「そのようだな」
「でも意外と奥が深いよねー、コレ」
言ったとほぼ同時に到着したえれべーたの扉が開いて、オレはそそくさと外に飛び出した。
その後をルオ・タウが普段と変わらない足取りで悠然とついてくる。
ちらっと一瞬だけ視線を送っても目が合うのは偶然なのか、ただオレの行動が読まれてるだけなのか。
そんな一瞬ですら大きく心臓が跳ねる。
やっぱりオレは、ルオ・タウが怖くて仕方ないみたいだ。