お茶をしませう貴方様
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カリカリと規則的に室内に響いていた音がぱたりと止まると、続いてカツンと硬質のものが触れ合う音がした。
それに続くようにバサバサと紙を纏める音がする。
「つかれた〜…」
ずっと机に向かっていたリウが力いっぱい背伸びをすると、コキコキッと肩が音をたてた。
一人で黙々と作業をするのは久しぶりで、今がどれくらいの時間なのかすら見当がつかない。
ルオ・タウはクエストに借り出され、レン・リインは手伝って欲しいとエリンに請われて出て行った。
こんな事は滅多になくて、リウ自身も上手くペース配分が出来ていなかったかもしれない。
「これは後でルオ・タウにちょっと見解聞きたいよなー…あ、これも分かりにくいとこあったから見て貰おう。お茶もなんか同じ味にならないし、帰ってきたらルオ・タウに淹れてもらってコツ覚えよう。…あとは……………うん、休憩しよう」
口にしている内に自分でも内容の共通性に気付いてしまって妙に気恥ずかしくなり、慌てて椅子から立ち上がる。
そのまま何か休憩の共を探す為食堂へ向かうべく部屋を後にした。
機械音をさせながら動くえれべーたの中に居ても聞こえてくる騒がしい声は、どうやらエントランスから発されているらしい。
恐らく誰かが帰って来たんだろうとぼんやり思いながら開いた扉から出れば、突然目の前に長身が現れた。
いや、正しくはたまたまえれべーたの扉の前に彼が立っていただけなのだが、リウは驚き一瞬叫びそうになった声を無理やり飲み込んだ。
「長」
「あ…おかえりー。お疲れさん」
その間にこちらを振り向いたルオ・タウから声を掛けられればリウはごまかすようにへらりと笑って。
しかしルオ・タウの方はその笑顔に動じることもない。
「何か急務だろうか?」
レン・リインがエリンを手伝っている事を知らない彼はどうやらリウが自ら階下へ降りてきた理由を急ぎの仕事と受け取ったようだった。
それに気付いたリウは慌てて首と手を横に振る。
「違う違う!ちょっと休憩しようかと思ってさ。お茶請けかなんか貰おうかと思って」
「…長、そういった事はレン・リインが」
「ああ、うん。いつもならやってもらうんだけどさ、レン・リインも今借り出されてるから」
それを聞いてようやく合点がいったらしいルオ・タウは小さく頷くような仕草をして。
「それならば、私が茶と茶請けを用意しよう。長は部屋で休んでいるといい」
その提案はリウには願ったり叶ったりで、反射のような早さで頷く。
しかしそんな二人の背後から無情な声が掛かった。
「ちょっとー!ルオ・タウさんの隊の報告書まだ出てないよー!」
「わかった。今すぐに。…長は先に部屋へ。直ぐに終わらせる」
急かすモアナの声に短く返してから振り返ったルオ・タウにリウは思わず小さく吹き出した。
「そんな焦らなくていいからさ。報告書書いたら、ルオ・タウもちょっと休憩しよーよ」
言いながら送り出すようにポンとルオ・タウの広い背中を叩いて、リウはえれべーたには乗らずに階段に向かう。
ほんの少し触れただけで広がる満足感は重症モノだ。さっさと部屋に戻った所でルオ・タウが来るまでの時間を持て余すことは分かっているし、それならゆっくり階段を上がって戻るのもいいかと思ったのだ。
けれど現実というのは時に無情なもので。
「おーい、リウ!ちょっと待ってくれ!」
丁度リウの足が二階のフロアに掛かったのと同時に階下からシグの呼び止める声が聞こえ、慌てて今のぼったばかりの階段を駆け下りる。
「なにー?呼んだ?」
「おう。ちょっともっかいルオ・タウ借りて良いか?」
ひょいとリウが顔を覗かせると、いつから居たのかもしくは最初から居たのか、シグが唐突にすこしばかり申し訳なさそうに口を開いた。
その内容に、リウは思わず一瞬口をぽかんと開けてしまい。
「新しい依頼が入ったんだけど、ルオ・タウさんが行ってくれたら大分楽に済むと思うんだよね。大事な仕事が有るなら無理にとは言えないけど…どうかな?」
シグの言葉を引き継ぐように言ってモアナが首を傾げる。
仕事は有るには有るが、ここまで一人で片付けられたのだから恐らくこの先も大丈夫だろう。
個人的な感情から言えばお断りしたいのは山々なのだが、こんな風に自分の補佐を頼られることは嬉しくも有るしリウの内心は複雑だ。
けれどこういった形の選択を迫られた時、リウがとる選択肢はいつだって決まってしまっている。
「あー…こっちは多分何とかなるし、そっちに」
「すまないが、私は重要な用件を残している。代わりの者を召集して貰えないだろうか」
遮られた言葉に再びぽかんとした顔になっているリウの横へとやってきたルオ・タウが書き上げた報告書をモアナに手渡しながら言う。
するとシグとモアナは納得したように笑顔になった。
「やっぱりそうだよなー。今回も長いことかかっちまったし」
「ま、流石に連続でってのは無理があるよね。了解、他の人から見繕ってみるから」
「ありがたい」
あれよあれよという間に話はまとまり、シグとモアナはメンバーを組み直す為に彼女の定位置へと戻っていく。それを見送りながらえれべーたの扉を開いたルオ・タウがリウを中へと導いた。
逆らわないままうっかりとえれべーたに乗り込んでしまってからリウはルオ・タウを見上げて
「よかったのか?大した仕事なんかないのにさ、あんなこと言って」
「問題ない。リウ・シエンの茶と茶請けを用意してあなたの望むように共に休息を取ることは、現時点で何よりも優先すべき最重要事項だ」
そんなことを言ってからいつも引き結ばれた表情を僅かとはいえ弛められたりするのは、やっぱりちょっと心臓に悪い。
こうなってしまっては、最早自惚れる他なくなってしまう。
ルオ・タウは言わなかったのだ。シグとモアナに請われた時、『仕事』だとは一言も。
つまりこれから先の時間はあくまでも、プライベートなものだということ。
リウの頭の中を一瞬、ルオ・タウに確認したかったあれやこれやが巡りはしたが、それを持ち出したが最後一気に仕事モードに切り替えられてしまう気がしてここは飲み込む。
兎に角今は、ルオ・タウが淹れてくれるのだろうお茶と一緒にそれを飲む時間だけが楽しみだった。