ほのかに甘く
 カーテンが開かれ差し込んだ朝日が顔に掛かりぴくりと瞼が揺れる。
 それを確かめたようなタイミングでそっと肩が揺すられた。

「リウ・シエン。そろそろ起きる頃合いだ」
「……ん〜…」

 普段と何ら変わらない落ち着いた声にリウはもぞもぞと掛け布の中で身を捩った。

「昨夜就寝が遅かった事は承知している。しかしいつまでもそうしていては起きるに起きられなくなる」
「…わかってる…」

 しかし分かってはいても寝心地の良いベッドの誘惑は強くなかなかリウは起き上がる踏ん切りがつかない。
 もう少し優しく起こしてくれたら良いのになどと寝ぼけた頭で思ったその時、ふうとルオ・タウが溜め息を漏らす音が聞こえて、しまったとリウが顔を上げて。
 ちゅっ。
 小さな音と共に触れて離れたルオ・タウは手だけを伸ばしてリウの髪をそっと撫で梳いてから壁際のテーブルへと歩いていき、リウは今し方触れた唇を手の甲で押さえながら慌てて起き上がる。

「…ル、ルオ・タウ!あんたなぁ…っ!」
「起きたのなら、先に着替えてしまうといい」

 さらりと言われるテンションや落ち着き具合の己との差に若干悔しくなりながらリウは少し赤い顔で渋々ベッドを降りた。
 それを気配で感じながらルオ・タウはレン・リインの用意した目覚ましの茶を注ぐべく器を温める。
 ふわりと部屋に漂う茶の香りに覚えがあるのかリウはルオ・タウに近付き背後から抱き付くようにしてその手元を覗き込んだ。
 どうやらもう機嫌は直っているらしい。
 それに気付いたルオ・タウが腕を上げて脇を空けるとリウは更に身を乗り出してくる。

「なあ、これって…」
「シトロ村の茶葉だ。シスカ殿からあなたにと預かったそうだ」
「へー、そっか!」

 シトロ村で3年という月日を過ごしたリウにとっては最早舌に馴染んだ味だ。
 嬉しそうに笑うリウをよく見ればまだ寝起きのままの格好であることに気付き再び着替えを促してからルオ・タウは温まった器に茶を注ぎ、終わるタイミングを見計らいそれを差し出した。

「ありがとう」

 茶の満たされた器を受け取ってベッドに腰掛けるとリウはこくんと一口中身を飲み、和んだ表情を浮かべる。

「やっぱりうまいなー」

 その様子に僅かに目元を綻ばせたルオ・タウは使い終えた茶器をてきぱきと片付ける。
 さっぱりとしているもほんのりとした甘味のある茶は煮出して作る事も多いが、湯に浸して抽出した苦味の少ないこの味がリウは好きだった。
 赤茶の表面をゆらゆらと揺らしながら少しずつ飲み進めるにつれて目も覚めてくる気がする。
 少し名残を惜しみながら最後の一口を飲み干すと同時に大きな手が差し伸べられた。

「ご馳走様」

 そこに空になった器を差し出す。

「食堂へ向かう前に顔を洗ってくるといい」

 ルオ・タウは器を受け取ったのとは反対の手で目に付いたリウの寝癖を軽く梳いて直してやると薄く笑みを浮かべる。
 普段余り表情に変化のないルオ・タウのそれはリウしか知らないもので、余り見慣れないからか向けられたリウとしても些か気恥ずかしい。
 優しく触れる手だって同じ事だ。
 それでも自分にだけ特別に向けられるこの表情や触れる手が好ましいことも事実なのだから困ったものだと、リウは一人苦笑して。
 その表情をどう受け取ったのかルオ・タウが床に膝を付き覗き込むようにして様子を伺う。

「リウ・シエン、何か…」
「…ルオ・タウ」

 心配してくれているのだろう彼の言葉を遮るようにリウが名前を呼ぶと続く言葉を待つようにルオ・タウが口を噤んだ。
 それを良いことに座った場所からそのまま身を乗り出して一度だけルオ・タウの唇を啄む。

「さっきのお返しですー」
「………全く…」

 してやったりと顔を引かないまま間近でリウがしれっと言ってやるとルオ・タウは吐息が混ざったような呟きをもらして。
 気がついた時には伸びてきた手が頬に添えられリウは再びルオ・タウに唇を塞がれていた。
 驚いて身を引こうとしたが頬の手が項に滑りリウの動きは止まってしまう。

(…朝っぱらから…)

 そんな風に思いつつもてっきり軽く受け流されて終わりだと思っていたから驚いたのと同時に珍しく触れてくれる事が嬉しくて、リウはルオ・タウの首に腕を伸ばした。
 しかし手は首に回せる程には届かずしゃがんでいるルオ・タウとの距離を思いの外遠く感じて、リウはそのまま腰を浮かせてベッドから離れる。
 するとまるでタイミングを見計らったようにルオ・タウの手に腰を引き寄せられ彼が床についた膝を跨ぐようにして膝立ちする形になってしまった。
 それをきっかけに一度触れ合った唇が離れて、けれど吐息が触れるような距離で目を開く。

「…朝っぱらから、ルオ・タウやらしー」
「誘ったのはあなただろう」

 どこか不敵な表情でさらりと返されてしまいリウは思わずまばたきを繰り返してしまって。

「そんなつもりはなかったんだけどなー」

 白々しい事をと自分でも思うが一応言わずにはいられない。
 再び唇が触れ合う。
 どうせこの部屋を出た瞬間からこの男は驚く程きっちりと補佐役に徹するんだろう。
 それが分かっているから今はせめて思い切り触れ合っておきたいとも思う。
 首に縋るように回した腕の力を強めたら腰を抱く力が増した気がした。
 もう少し。もう少しだけほのかに甘い朝の時間を。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -