水中花の開く頃
 季節は留まる事を知らずに常に巡っていく。
 ジャナム地方に属するシトロ村からさほど遠くない所に在る城は新たに出現した湖から吹く涼しい風のおかげで気候は悪くない。
 しかしやはり天候の影響は有るもので、季節的なものも相まってここ数日は暑い日が続いている。
 先日にはとうとう安全策を高じた上で屋上の水場での遊泳が解禁された程だ。
 しかし皆が皆暑さにやられている訳ではなく活気を失わない者も多い。
 ランブル族もその内に入るのだろう。
 ここぞとばかりに他世界から涼を感じられる物品を仕入れてきては好評を博しているようだ。
 その様子を少し離れた場所から眺めていたルオ・タウは客足が途切れた隙を見計らってレカレカへと近付いた。

「随分待たせて悪かったねぇ」
「いや、構わない」
「仕入れと品流れの確認だったね」

 しゃがんでいた体を立ち上がらせながら尋ねる彼女にルオ・タウはひとつ頷いてリウ・シエンから預かった紙を一枚差し出した。
 それを受け取って内容を確認しているレカレカを待ちながらルオ・タウは何気なく辺りを見回す。
 いつもならこの辺りに見られる人影も今はまばらだ。気温の上昇に伴って陽射しも少し強くなっているせいかもしれない。

「お待たせ。仕入れの品は全部用意できるよ。団長さんとこに届けとけばいいかい?」
「そのように頼む。代金はこちらに」

受け取った代金を確認したレカレカはきっちりと端数まで揃えられた釣り無しの貨幣にOKサインをして見せた。

「品流れの方はどうなっている?」
「今は、そうだねぇ…ああ、クラグバークで今光る玉の需要が上がってるよ」
「そうか。では、光る玉はそちらに回すよう伝えておこう」

 頭の中に入っている交易ルートに修正を加えるルオ・タウを見上げながらふと思い出したようにレカレカが口を開いた。

「そう言えばリウはどうしたんだい?いつもはあの子も一緒に来てるのに…暑さにやられてるのかい?」
「普段の様子に比べると多少倦怠感が見受けられる。恐らく、暑さに体がついていかないのだろう」

 3年の月日をシトロ村で過ごしたにも関わらずリウ・シエンはあまり暑さに強くないようだ。
 とは言えこの様な暑い日はシトロ村でも滅多になかったらしく、もしかしたら融合により現れた他世界の気候が少なからずの影響を及ぼしているのではないかとムバルが推測していたのをルオ・タウは思い出した。

「あの子は暑さも寒さも苦手な感じがするからねぇ。…ああ、そうだ」

 積まれた荷物の中のひとつをごそごそと漁ったレカレカが何かを取り出してルオ・タウの前に差し出す。小さな包みだった。

「…これは?」
「いつも頑張ってる参謀さんにお裾分けだよ」

 言ってレカレカは人好きのする笑顔を浮かべルオ・タウは疑問符を顔面に貼り付けた。



 暑い日が続く城内でスフィールは大活躍だ。暑さに参っている仲間たちが雪を求めて彼女を訪ねてくる為すこぶる機嫌が良い。
 リウ・シエンもそんな彼女を訪ねた1人だ。大きな桶を用意してその中に雪を沢山入れてもらい作業机の側に置いておく。
 それだけで周囲の空気が少し冷えた気がするのだから不思議なものだ。
 しかしそんな雪も永久に存在できるものではなく桶の中は雪溶け水だけになってしまって。
 仕方なくリウ・シエンは履き物を脱ぎ桶の中の水に直接足をつける事で涼を得る事にした。
 元々が雪だった水はまだひんやりとしていて気持ちが良い。体中でくすぶるように上がった体温が少しは下がったような気さえしたものの、やはり倦怠感は拭えるものではなくだらりと細い体を背もたれへと預けた。

「長。遅くなった」
「あ、おかえりー…」

 コツコツと規則的な靴音を響かせ歩み寄るルオ・タウに掛けられたリウ・シエンの声はやはりどこか覇気がない。
 それを気遣うように傍らから覗き込む空色の視線にリウ・シエンは力弱い笑みを浮かべた。

「だーいじょうぶだって。ちょっと暑さでヘタってるだけだからさ」

頭の上で組むように重ねた手の片方をひらひらと揺らしてやるとルオ・タウが僅かに目を細める仕草を見せ、それから片手に持っていたらしい小さな包みを作業机の空いた場所に置いた。

「なにそれ?」
「レカレカから長への裾分けだと預かった。視覚的に涼を得る物らしい」 「へえー!どうやって使うんだ?」

 興味がわいたのか少し張りを取り戻した声を発しながら背もたれから身を起こすリウ・シエンを横目にルオ・タウは水差しの中身をグラスに注ぎ主の目の前に置く。

「一回につき一度しか見られないものらしい。目を離さずに」
「わ、わかった」

 忠告にこくりと頷いてグラスを凝視する様に少し目元の力を弛めながらルオ・タウは包みを解き、小さな塊をひとつつまみ上げるとそれをグラスの中へと落とした。
 ポチャンと音をたてて水に身を浸した塊がじわじわとその身を緩めていく。  徐々に徐々に水を含んだ塊が開いていきその末に現れたのは一輪の小さな切り花だった。
 含んだ水分を手放さずに解かれた塊がふわりと広がる様は正に花の開花の早回しで、普段は見る事の叶わないその一連の流れの凝縮はとても幻想的でいて涼やかなものだった。

「キレイだな…」
「…ああ」

 ぽつりと落ちたリウ・シエンの呟きにルオ・タウも頷く。
 塊が花開く様を眺めている間は不思議と暑さすら忘れてしまっていた気がして確かに視覚的な涼を得るには良い物だった。

「この花って一体どうなってんの?水に入れるまでは、ただの小さな塊だったのに」
「この花は造り物だとレカレカは言っていた。水を吸って開くように細工されているらしい」
「え、これ偽物なのか?!すげー!」

 驚きと好奇心に瞳を輝かせながらグラスの中に見入る主の姿にルオ・タウの表情は自然と淡く綻んだ。
 こちらの世界の技術ではよく分からない製造法を解明でもするかのように視線を注ぐリウ・シエンの頭からはすっかり暑さは消し飛んでしまったようだ。
 これを渡してくれたレカレカに内心で感謝したルオ・タウは何かを思いついたような表情を一瞬浮かべて包みの中からもう一つ塊を取り出すとそれをリウ・シエンが足をつけている水の中に落とした。

「あ!何やってんだよー、もったいないなあ」

 よほどこれが気に入ったのだろう。他世界の品でなかなか手に入らない物だということも相まってリウ・シエンは拗ねたように唇を尖らせた。
 しかしルオ・タウはそんな彼の目線を導くように水面をそっと指差す。

「これはこれで、涼やかだと思うのだが」

 そんな言葉を耳に渋々と下ろしたリウ・シエンの目線の先にゆらゆらとたゆたう造花の姿が映って。その様子は確かに涼やかでグラスのものを眺めるのとはまた違った趣があった。

「まあ、たしかにね…でも」

 納得したかと思われた言葉にはしかし続きがあるようでそれを促すようにルオ・タウがまっすぐに視線を送るとどこか気恥ずかしげに自分のそれをリウ・シエンは逸らした。

「やっぱ勿体ないからさ、今度からは本物の花にしよう」
「了解した」

 これ、と足元の花を指し示されれば案自体は不評でなかったのだと分かり、ルオ・タウはひとつ頷いて見せた。
今ならきっと畑の野菜たちも美しい花を咲かせている頃だろう。


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