けじめというなのいじみたいな
「それじゃ、しばらくの間こっちの事は頼むな?」
「了解した」

 そんなありきたりな会話で別れたのが半季節前。
 樹海を出ることにどうしても消極的になってしまうスクライブ達を説き伏せてサイナスへの移住を完了させたのは一なる王を撃破してから暫く経っての事だった。
 その間にもみるみる団の参謀としての仕事は溜まっていたらしく痺れを切らしたマリカと付き添いのようにジェイルが迎えにきて。
 二足の草鞋を履くと決めた以上どちらも疎かにする訳にはいかないから仕方なくサイナスでの仕事はルオ・タウと新たに補佐役に加わったミュン・ツァン、それと長を欠く事を渋るハウ・シーに任せて自分は団に向かうことになった。
 ルオ・タウも最初は渋ってたけどこれは長としてのけじめだからと言ったらようやく納得してくれた。
 だって戦いの最中ならいざ知らず長としてだけじゃなくただのリウとしての団の仕事まで補佐してもらうのは何だか違う気がしたから。
 それからあっという間に半季節。
 到着したオレを愕然とさせる位に山と積まれた仕事は片付けても片付けてもなかなか減らず時間の流れが驚く程早く感じた。

「リウ・シエン…お茶を」
「ん。ありがとうレン・リイン」

 休憩もろくに取らないオレを心配してお茶を淹れてきてくれた彼女に笑顔で応えてからまた書類に目線を戻す。
 一体何をどうやったらここまで仕事を溜められるんだろう。これはそろそろ誰かと分業することを考えた方がいいかもしれない気がしてきた。

「…あれ?地図はどこにやったっけ…」

 確認に使おうと思ったアストラシア周辺の地図が見当たらない。
 出してきた覚えはないからどこかに仕舞ってある筈なのにそれがどこかが記憶にない。

「まずいなー、あれがないと困るんですけどー」

 ぶつぶつ言いながら色々な書類の間や積まれた本の下を探してみるけどやっぱり見つからない。

「まいったな…ルオ・タウー!アストラシア周辺の地図って…」

 ここまで言った所でハタと気がついた。
 レン・リインが不思議そうな顔をしてこっちを見ているのがわかる。

「リウ・シエン…ルオ・タウは…」
「そーだよな!うん!わかってる!サイナスに置いてきたよね、うん!」

 慌ててごまかすみたいに笑って言ってから自分でも不自然だと分かるくらいに何度も頷いて。
 なんだこれ、ナンデスカコレ、凄くまずい気がするんですが気のせいでショウカ。
 自分でけじめだとか言って置いてきた癖にさらっとナチュラルに頼ろうとするとかどうなの。

「あー…何か疲れた…ちょっと休憩しよ…」

 自分で自分がちょっと信じられない出来事にどっと疲れが増した気がしてようやく休憩を取る気になった。
 いつものノリで椅子から立ち上がろうとした所で軽くくらりと視界が回る。

「お…?」

 そのまま椅子に逆戻り。疲れが溜まってんのかな。

「レン・リイン、オレどれくらい根詰めてた?」
「…今日で、5日目…」

 何気なく尋ねた疑問は衝撃的な答えに変身してとても言いにくそうに返ってきた。
 そう言えばここ数日ベッドでちゃんと眠った記憶がない。適当に仮眠を取るのすら椅子の上だった気がする。
 身の回りの世話をしてくれているレン・リインもさっきのお茶みたいに休憩を促してくれたりはしてたけど、オレは結局そうしなかった。
 その結果の5日。
 今までにもそれなりに大量の書類が溜まったことはあるけど、こんな風な根の詰め方をした記憶はない。

「………あ、そうか…」

 また気付く。
 ルオ・タウだ。オレがバカみたいに根を詰めようとすると必ずと言って良いくらい睡眠や休憩を促されたし、それでも言うことを聞かない時は無理矢理部屋のベッドに突っ込まれた事もある。

「補佐なのに横暴だ!」

 って言ったら

「長の暴走を未然に防ぐのも補佐として当然の事だ」

 って平然とした顔でしれっと言われたっけ。そもそも暴走ってなんだよ失礼な。
 そりゃ確かにちょっと集中するとそのまま没頭しちゃうこともあったけどさ。
 さっき淹れてもらったお茶を一口飲んだら空きっ腹に温かさが染みていくのがわかって不思議な感じだ。けどようやく落ち着けた。
 改めて振り返ってみてもルオ・タウの補佐としての働きは完璧だったんだと思う。
 先代の時から補佐役を勤めているんだから当たり前かもしれないけど本来ならやらなくて良いはずの事まで補佐してくれていた。

「…そう言えば…」

 一度言った事がある。あんたはスクライブの長の補佐なんだから団の参謀の仕事まで補佐してくれなくて良いって。
 あの頃はまだルオ・タウに対する抵抗とかも拭え切れてなくて少し位離れる時間が欲しかったんだ。今思えば凄く自分勝手なことだけど。
 あの時ルオ・タウはなんて言ったっけ。
 記憶を巡らせてその答えに行き着いた途端、急激に顔が熱くなってくる。思い出すんじゃなかった。
 そうだルオ・タウはクソ真面目な顔して真剣丸出しな目で言ったんだ。

「私はリウ・シエンという『長』を補佐している訳ではない。長となった『リウ・シエン』を補佐している」

 一瞬意味が分からなかったオレにルオ・タウは微妙そうな顔をしてたっけ。
 リウ・シエンだから補佐している。樹海で誓いをたてた時もそう言ったつもりだった。
 そう言われてやっと頭が働きだして。

「…恥ずかしいヤツ…」

 あの時言ったのと同じ言葉がぽろっと零れた。本当に恥ずかしいヤツだ。
 長だからじゃなくオレだから補佐するんだとかそんなの言われたら恥ずかしいに決まってる。でも。だとしたら。
 そんな風に言ってくれたルオ・タウに『長としてのけじめ』だなんて言ってサイナスに置いてきたのはもしかしなくても結構手酷い事だったんじゃないだろうか。
 だって長としてのオレ以外は補佐しなくていいって言ったも同然なんだから。
 っていうかオレはそのつもりで言ってた。
 余りの恥ずかしさに記憶の隅に追いやってしまって忘れてたとかは理由にならない。

「…まいったなー」

 もしかしたら心のどこかに意地みたいなものが有ったのかもしれない。
 自分はおんぶにだっこでなくても問題ないんだっていう変な意地が。
 でも実際はルオ・タウの存在があるのが当たり前になってしまっていたみたいだ。
 認めるしかない現実に肩を竦めつつ羽根ペンを取って紙に文字を連ねた。

「…レン・リイン。頼みたいことが有るんだけど」



 書き上げた紙をレン・リインに渡してから半日。
 流石にこれは有り得ないんじゃないかな?うん。ふつー有り得ないでしょ。

「…長」

 今オレの目の前にはいつもと何ら変わらない様子でルオ・タウが立っている。

「別に構わないんだけどサイナスからここまで来たにしては早すぎない?オレが依頼書出してからまだ半日しかたってないんですけど」
「その依頼書を偶然見つけたというディアドラが扉を用いて迎えに来た」
「あー、そう。なるほどね」

 助かったのは確かなんだけどまさかこんなに早く到着するとは思ってなかったからいまいち上手く気持ちの整理がついてない。
 でも言わなきゃいけないことはある。

「…まあその…長のけじめとか自分から言っといてなんなんだけど、何かアンタが居ないとどーも作業が上手く回らなくてさ。だから…手伝ってくんない?参謀の仕事」

 うろうろ色んな場所を見たいのを我慢して真っ直ぐ見上げたルオ・タウの目がやわらかく細められた。

「了解した。リウ・シエン」

 はい反則!そういう顔してこっち見たまま名前呼ぶとか反則!
 妙に気恥ずかしくてそれ以上ルオ・タウの顔を見て居られなくなって慌てて作業机に戻る。

「取り敢えずアストラシア周辺の地図出して!」
「了解だ」

 ちらっと様子を見てみたらルオ・タウは真っ直ぐオレの作業机に向かって歩いてくる。そして迷うこと無く机の上に置かれた薄い引き出しを開けた。

「地図の類は全てここに」
「…ありがと」

 なるほどね。そんな所に入ってた訳。オレその引き出し開けたことない気がするっていうか最初は無かった気がするんですけどその引き出し。
 意外な盲点にぐったりするオレの横でルオ・タウは未処理の書類をてきぱきと分類し始めた。人手が出来たら頼みたかった作業。

「当分分業しなくていっかー…」
「…分業?」
「いや、独り言だから気にしないで」
「そうか」

 いつもの雰囲気。いつもの流れ。いつもの段取り。居心地のいい空間。ひとりでじたばたやってた時と比べたら作業のスピードは雲泥の差だ。

「まいったなー…」
「…何か問題が?」
「いや、独り言だから気にしないで」
「そうか」

 あ。この流れ2度目だ。それに気付いたら段々おかしくなってきて。

「おかしー…」
「リウ・シエン?」
「独り言だから気にしないで」
「………そうか」

 今間があった。気付いたかな。そう思ったらとうとう笑いを堪えきれなくなった。

「ははははっ!おっかしー」
「…リウ・シエン、どうした」
「ちょっと寝不足でハイになってるみてー」
「ならば休憩を。根の詰めすぎは命取りだ」
「はいはーい」

 まだ治まらない笑いをかみ殺しながら羽根ペンを握り直したらそれを上からするりと抜かれた。やっぱりね。

「リウ・シエン」
「…わかったよ、休憩する。します」

 いつものやり取り。いつの間にか当たり前になっていたやり取り。嫌になるな。慣れって本当にこわい。
 奪われた羽根ペンはルオ・タウの手でペン立てに戻されてしまったし仕方ないかと椅子に背中を預けたら何だか急に眠気が襲ってきた。

「…ルオ・タウ……1時間たったら起こして…」

 これは素直に仮眠した方が良さそうだな。そう思ってルオ・タウに声を掛けたけど返事は返ってこなかった。オレが聞き逃しただけかもしれないけど。
 久し振りにちゃんと眠れそうな予感にオレは素直に身を委ねた。
 その後感じた浮遊感が凄く気持ちよくて。夢だったのかなとも思うけど夢なのだとしたらそれはとてもしあわせなものだったような気がした。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -