胡蝶の夢
 世界は明るい光に染められていて眩しさに思わず目を伏せた。
 さわさわと揺れる木の葉の音が耳をくすぐり間近な草の香りすら感じて。
 昔から馴染んだ自然の気配の中に耳触りの良い音が重なる。

「……リウ・シエン」

 名を呼ばれ薄く瞼蓋を持ち上げるといつの間にか眩しさを遮るように影が射していて。
 見上げた彼の背中には木々の葉の隙間から透けた彼の瞳の色が広がって見えた。
 ああ、彼にはやはりいつ何時どこに居ても見つけられてしまうのかと漠然とした思いが広がって、それはやがて仄かに色付いた感情へと姿を変えていく。

「目が覚めたようだな」

 そっと頬に伸ばされた手が撫でていく感触が心地よくて目を細めた。
 ここは森。
 樹海のような鬱蒼とした森ではなくて光に満ち溢れた優しい森。
 その優しさに並ぶ程ルオ・タウの手は優しい。
 不意に影が濃さを増した。
 近付いてくる気配になんのてらいもなく目を伏せる。
 触れた柔らかさは馴染み深く触れた温もりは心地いい。
 これはきっと自分しか知り得ない感触。そうであると信じていたい。
 一度は捨てた全ての中から手を伸ばしてくれた最初の一掬い。
 どこにも遣りたくないのです。

「……リウ・シエン」

 再び名を呼ばれ伏せていた瞼蓋をゆるゆると持ち上げると自分を見下ろしているルオ・タウ。
 けれどその背に広がっているのは木々の葉でも青い青い空でもなく見慣れた古い天井の色。
 それをぼんやりと見上げていると温かな手が頬に触れた。
 その感触は先程と何も変わりはしなくて。

「目が覚めたようだな」

 湧き上がる既視感。伴う幸福感。
 違うのは木々の奏でる音色と草の香り。
 遠くに聞こえるのは耳慣れた城内の喧騒。
 不可思議な浮遊感に包まれながら再び瞳を閉じれば彼はきっと触れてくれるのだろう。
 その思いは裏切られること無く柔らかく暖かな感触が啄んで。

「…ルオ・タウ…」

 知っている。名を呼べば彼は更に応えてくれることを。
 これは夢?
 これは現?
 変わらないのはルオ・タウが居てくれること。
 同じ道を歩むのだと誓った言葉に違わずに。
 いつの間にか一掬いは海のような広さで包み込む程にその存在を広げていて。
 再び触れた柔らかさは少し熱を増してその熱さが移ってくる。
 離したくなくて手を伸ばした。
 すぐに気づいてくれたルオ・タウの大きな手がそれを首へと導いてくれるからそのままそっと縋りつく。
 どこにも遣りたくないのです。
 伸ばした手を自ら受け入れてくれるのはその裏に有る想いすら受け入れてくれるということなのだと信じてしまってイイノデスカ?
 ぴたりと触れた温もりをこのまま。どうかこのまま。
 これは夢?
 これは現?
 ただ満ちるのは幸福ばかり。
 見えなくなる境。




胡蝶の夢




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