遣らずの雨
 ばさり、と翻した布が音をたてる。
 それをマントの代わりに背を覆うように身に纏うとルオ・タウは荷物の収められた袋を肩に担いだ。

「悪いなー、ルオ・タウ」
「いや。今あなたがサイナスを離れる訳にはいかない以上、私が行くのが一番迅速に事が済む」

 一連の戦いが幕を閉じスクライブが樹海からサイナスに移り住んで早数季節。
 団の参謀と一族の長の二足の草鞋を履き続けているリウ・シエンであったが時折どうしてもその両者の案件が時間的問題から折り合いのつかない時がある。
 今回もまさしくそれで、仕事が残っている為にサイナスを離れられないリウ・シエンの代わりに補佐であるルオ・タウが団に向かう事になったのだ。
 リウ・シエンとしても行くのがルオ・タウで有れば安心して事を任せられる為何も不安はない。
 気掛かりがあるとすれば彼が不在となる期間の方だろう。
 サイナスから団への往復にあちらで仕事をこなす期間を加味すれば少なくとも一季節の半分以上は不在になってしまう。
 別にルオ・タウが居ない事でサイナスでの仕事に支障があったり不安が残ったりする訳ではない。
 問題点は純粋にリウ・シエンの超個人的な問題に過ぎない。
 しかしそれが彼自身の仕事の速度に影響を及ぼしかねないのだから始末が悪いのだ。

「…リウ・シエン?」

 扉を開けて体が既に半分外に出てしまっても全く言葉を発しない相手を訝しみルオ・タウが声を掛けてようやくリウ・シエンは現実に引き戻された様子で数度まばたきを繰り返した。

「へ?何?」
「……」

 その切り返しに今度はルオ・タウの方が言葉を切ってしまう。何か様子がおかしいように感じられて。
 対してリウ・シエンは内心でとても焦っていた。
 目の前に落ちている沈黙を打ち破る言葉を探してみるのだが浮かんでくる言葉はどれ一つとして、するりと容易にリウ・シエンの唇からこぼれてくれるような物ではなくて。
 もう行くのか、とか。言った所で出立は早いに越したことはないと言われるだろう。
 忘れ物がないかもう一度確認しないか、とか。言った所で全て確認済みだと言われるだろうしルオ・タウが確認を要するような準備の仕方をしているとは思えない。
 行く前に腹ごしらえしないか、とか。言うまでもなく昼飯は少し前に済ませてしまったし。
 もしも。
 …寂しい、とか。言ったなら。きっとルオ・タウは本当に本当に微かに、困ったような笑みを浮かべるのだろう。
 どうしたって引き留めるような意味しか持たない言葉ばかりしか浮かばずリウ・シエンはいよいよ頭を抱えたくなった。どうしてこうも甘え下手なのか。
 これがもしもルオ・タウではなくシトロ村の誰かだったならきっと何の躊躇いもなく言葉は紡がれていただろう。
 しかし一転相手がルオ・タウになった途端にこの有り様で。

「…冷たっ」

 うろうろと巡っていた思考と沈黙は反射的に出たリウ・シエン自身の声に遮られた。
 何の前触れもなく頬に触れた冷たさの原因を探ろうと巡らせたリウ・シエンの視線がいつの間にか空を覆い尽くしていた分厚い黒雲を捉える。
 そこからぽつりぽつりと舞い落ちた雫はあっと言う間に量を増して雨へと変わった。


「今日の出立は断念した方が良さそうだ」
「そうだなー…こりゃしばらく止みそうにねーもんな」

 壁や屋根を叩く雨音は思いの外激しく外の景色を薄暗く染める暗雲もなかなか去りそうになかった。
 願ったり叶ったりとはこのことだろうかなどと思ってしまうリウ・シエンの表情はどうしても弛みがちになり引き締めるのが大変だ。
 そんな彼の背後に立ったルオ・タウはゆっくりと伸ばした手をその髪へと触れさせた。

「へ?な、何だよ?!」

 振り返りながら発されたリウ・シエンの驚きで上擦り気味な声には応えずにルオ・タウはそのままそっとその手を動かして柔らかな髪を撫でる。
 補佐である身で長に対し取るべき行動ではないことは分かっていたがこうせずにはいられなかったのだ。

「ル…ルオ・タウ?」
「リウ・シエン、雨の内に仕事を片付けてしまってはどうだろう?早く済めばあなたも共にあちらへ行けるだろう」

 思わぬ提案にリウ・シエンは一瞬きょとんとしたが『共に』という言葉にはどうしても気分が高揚してしまう。

「手伝ってくれんの?」
「勿論」
「…しょーがねーな、頑張りますか」

 くるりと踵を返して作業机に向かうと髪に触れていた手はもうついて来なかったが、代わりに足音が追ってくるのが分かる。
 それだけでもう満たされてしまう自分の安さにリウ・シエンは密かに笑ってしまった。


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