dawn
 まだ窓の外は夜闇にくるまれて暗かった。
 必要最低限に灯された明かりに仄かに照らされた室内では獣油の燃えるじりじりとした音だけしか聞こえない。
 僅かな音でも大きく鼓膜を揺らしてしまいそうな空間でルオ・タウは足音を忍ばせるようにゆっくりと歩みを進めた。
 たどり着いた先にはひとつの寝台が有りそこからは規則的な寝息が聞こえてくる。それを聞き取れる程の距離にルオ・タウは立つ。
 そっと見下ろす先では彼が付き従う一族の長、リウ・シエンが眠っていた。
 随分と仕事が立て込んでしまっていた為にリウ・シエンは日付が変わってからもまだ机に向かっていてこうして寝台に入ってからまだ一刻半しか経っていない。
 本来ならばきちんと睡眠を取ってもらうのも補佐の勤めでもあるのだがまだ片付けきらない仕事が沢山あるから起こして欲しいと頼まれれば仮眠としか呼べないような時間でも起こさざるを得ない。
 彼自身はリウ・シエンが所用で団長達と外出していた間に仮眠を取った為眠気は欠片もないのだが、何分リウ・シエンに確認を取らなくてはならない物も多くやはり起こさない訳にはいかないと結論付いてルオ・タウはようやく眠る体に身を寄せた。

「長、時間だ」

 掛け布に覆われた腕にそっと手を添えて軽く揺らしながら声を掛ける。しかしリウ・シエンは小さく身じろぐばかりだ。
 疲れがたまっているだろう体はなかなか目覚めを受け入れないばかりか彼自身の寝起きの問題もあいまってなかなか浮上してくれない。仕方なくルオ・タウは耳元へと更に顔を近付けた。

「リウ・シエン。起きる時間だ」

 耳に声を注ぐようにして呼ばれてようやくリウ・シエンの肩が小さく揺れた。それから伏せられた睫毛が小さく震える。
 ようやく起きるかと少し体を離してルオ・タウが様子を伺っているとゆるりゆるりとリウ・シエンの瞼蓋が持ち上がった。

「…るお、たう…」
「起きたようだな」

 自分を見上げるリウ・シエンの様子を確認してルオ・タウは寝台から離れようとしたが叶わなかった。見ればリウ・シエンの手がしっかりと彼を揺すり起こしていた右手を掴んでいる。

「どうした?」
「……ねむい〜…」

 再びうとうとと閉じ始める瞼蓋と一生懸命に闘ってはいるようだが、なかなか抗えないようだ。
 このまま寝かせておいてやりたいのはルオ・タウとて勿論なのだがそうもいかない。
 どうして起こしたものかと再び覗き込むように寝台に身を寄せれば掴まれた手は何故かリウ・シエンの顔横に導かれてしまいこのままでは抱き枕のような扱いを受けて動かせなくなる事態に突入しかねない。
 どうしたものかとルオ・タウが策を巡らせる間にも夢現のはざまを漂うリウ・シエンは寝ぼけ状態のまま自ら導いたルオ・タウの手に小さく触れた頬をすり寄せる。
 唐突に予想外に訪れた普段では有り得ないその行動にルオ・タウは一瞬面食らいそしてぴきりと何かが立てた音を聞いた気がした。
 そんなことなどつゆ知らずリウ・シエンはまだ寝ぼけた様子でうつらうつらと再び夢の世界へ旅立とうとする。
 ルオ・タウは何気なく右手の指先で触れた頬を軽く撫でてみた。
 するとくすぐったいのかリウ・シエンはふにゃっと表情を崩しそれがルオ・タウの中の何かを突き上げ思考が追いつくよりも先に体が動いてそっと柔らかな頬へと唇を寄せていた。
 初めて触れる場所ではないとはいえその柔らかさにはやはり驚かされるばかりで未だ残る少年の時間が感じられる。
 誘われるようにもう一度触れればようやくリウ・シエンの瞼蓋が再び僅かに持ち上がった。しかし彼の唇から紡がれた言葉はまたもルオ・タウが思いもしないもので。

「…ちーが〜う…」

 何やら不満げに言ったかと思えば自ら頬に触れていたルオ・タウの唇に自分のそれを寄せてきた。
 どうやら頬にばかり触れられているのがリウ・シエンには不満だったようだが普段の彼ならばこんな行動は有り得ないと言っていい。これはいよいよ寝ぼけているとルオ・タウも思うものの頬とはまた違う触れた柔らかさを手放すのもまた惜しい。
 結局そのままルオ・タウからも唇を触れあわせるとリウ・シエンが満足げな吐息を漏らすのが分かり僅かに離して今度はゆるく食むようにすると右手を掴んでいた力が弛んだ。
 ルオ・タウは拘束から逃れた右手をずらすと握りあうように重ね直してから空いた左手をリウ・シエンの頬に添えて更に何度か食む動きを繰り返す。するとくすぐったげに薄く唇が開かれ今度はそこから更に深くへと触れあう。
 最初こそ冷静に頭を働かせていたはずのルオ・タウもいつの間にか触れ合う行為に没頭してしまっていて。
 吐息も何もかもを交換して混ぜあって室内に濃密な空気が漂い始めた頃。

「んっ、ふ……ぇ、え、…ちょっ?!ルオ・タウ何してくれちゃってマスかーっ?!」

 ようやくはっきりと意識が覚醒したらしいリウ・シエンが混乱した様子で顔を無理やり離して発した最初の言葉がこれで。
 あまりの空気の切り替わり具合にルオ・タウとて笑いはこみ上げてくるものでほんの微かだけ口角を引き上げるようにして表情を崩す。
 それはリウ・シエンですら滅多に見ない珍しいもので思わず見つめてしまう。そんな顔のままルオ・タウは口を開いた。

「最初に誘ったのはあなたなのだが?」

 その言葉が耳に届いた瞬間にリウ・シエンの顔は笑ってしまいそうな位に沸騰して真っ赤になり、言葉すら紡げないままぱくぱくと口を動かすばかり。

「きっちりと責任は取ってもらわなくてはな」
「…せ、責任って?!てーか、ほら、仕事!仕事沢山あるからさ、な?まずは仕事を」

 なんとか口を開いたリウ・シエンの言葉は最後まで紡がれることはなく甘やかな吐息に掻き消えて。
 重ねていた手はいつの間にかきつく握り合わされていて、結局こういった場面でルオ・タウに勝つのは至難の業なのだと改めて思い知り。残された仕事に追われる恐怖を頭の隅に追いやって開き直り、リウ・シエンはせめてと渋々を装いながら空いた手をルオ・タウの背に預けた。


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