短編 | ナノ


▼ 竜胆に見初められる後半

目を覚ますと車の中だった。ガンガンと頭が痛む。え、なんだっけ??後部座席に座っているのは辛うじて分かるが、運転席との境には仕切りがあるし、窓はマジックミラーになっているので外の様子が全く見えない。全く状況が掴めない。

確か、今日、卒業式じゃなかった???

不思議なことに友達と別れてからの記憶がすっぽりと抜けている。理解できない混乱と恐怖で浅くなる呼吸。とりあえず絶対宜しくない状況に嫌な汗が止まらない。目を覚ましてからどれくらいしただろう。

突然ガチャっと空いたドアから

「あ、起きた??」

と2年前に見たあの彼がタバコをふかしながら現れた。

久々に見てもインパクトがあったのでその人のことはよく覚えている。髪は少し伸びていたけど、相変わらず高そうなスーツと厳つい腕時計を身にまとって、絵になるその人。

「俺、灰谷 竜胆つーの。宜しくな名前ちゃん」

ふっとその人の顔が近づいてきたと思ったら視界が煙で覆われる。ゴホゴホと為すすべなく副流煙に咽せる私をケラケラ笑うこの人を善か悪かで表すなら、やっぱり悪だ。あの日の私の直感は間違ってなかった。

「な、なんで、あなたが?」
「俺の事、覚えてない??アンタの絵、いい資金源になりそうな気がしたし、2年前から目をつけてたんだよなー。」
「資金源???」
「そ。はやい話、あの時、俺は名前ちゃんの才能見込んで、画商を始めたってわけ。」

「・・・・・画商は普通人攫いなんてしないです。」

本当は心の底からそう叫びたかったけど、そういう雰囲気でもないし、度胸もないので尻すぼみに小さく主張をしておく。

「へぇ、そうなんだー。シラナカッター」

それでも竜胆さんは困惑する私や自分が犯罪に思いっきり手を染めていることには淡々として至極どうでも良さそうだった。・・・・・多分これが初めてじゃないんだと思う。竜胆さんはこういう状況にどっぷり浸かりきって慣れきってる。多分どんなに悪い事ですよと力説しても響かないに違いなかった。

「そうだ。卒業おめでとう。」

ひとしきり吸ったタバコをアスファルトに落としてジリジリと踏み潰す。しっかり楽しんどいたか?って竜胆さんはまるで世話焼きの近所のお兄さんみたくニッコリ笑うけど、やっぱり印象はあの日より悪い。春から大学も決まってるし、この後家族でご飯会の約束なのに、突然すごそこにあったはずの日常が遠のいて、ポロポロと涙が溢れてくる。

しかし、それで同情してくれるような人なら、そもそも人攫いなんかしないわけだ。

「女子高生が泣いてもエロいだけだぜ?」

案の定、最悪な結論づけをする竜胆さんに心の底から絶望した。俯き加減でぐずぐずと鼻を啜っていると、突然ふわりと煙草に混じった香水の匂いが鼻孔をついた。ゆっくりと顔を上げると竜胆さんは固まる私の頭を撫でながら耳元で囁く。

「いい子の名前ちゃん。全てにお別れ、出来るよな??」

まるで恋人にするみたいな甘い声が耳元に纏わりついて、脳まで支配する。一応試すような口ぶりだったが、竜胆さんから与えられたのは真っ白なキャンバスとyesの一択だ。Noと言っても多分決して無事で返してくれないのは分かっている。

その上、目の前の犯罪者より私がこの場で一番どうかしてた。

どうしようもなく帰りたくて、目の前の人が怖くて仕方がないのは本当なのに、攫うなんて大きなリスク犯してまで私の絵にそんな大層な価値を見出してくれた事実がずっと頭の隅を支配していた。偉い誰かに賞をもらうより、それは甘美で、刺激的なことにすら感じる。この差し出された手を失えば、私は一生美術館の隅の未完の『アメジスト』で終わる。そんなの嫌だ。私は何かに没頭して死にたいのだ。

脳に麻酔を打たれたみたいに私は考えることを放棄した。

「・・・・・・よろしくお願いします。」

どうにかしてる。まだ18歳なのに、親も泣くだろうに、平和な未来を全部投げ捨てた私はこんな悪い大人の甘い言葉に騙されて、もう止まれない。

「いいビジネスをしようぜ。名前」

竜胆さんは貼り付けたような笑顔をやめて、人がいいとは言い難い、満足げな表情を見せる。サラリーマン同士の商談のように向かい合ってガッシリとキツイ握手を交わした。

その日から灰谷竜胆は、私のオーナーで、唯一無二のビジネスパートナーとなったのだ。

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