▼ 竜胆に見初められる前半
※捏造
幼い頃から細かい作業が得意だった。中でも美術と書道の時間は取り上げて褒められることが多く、学期末は必ずと言っていいほど表彰台に立ったものだ。よくよく考えれば、私にあるのはセンスとか才能とか情熱とかそんな大それたものではなく、"この程度で"とか"適度に"とかそんな見切りをつけられない性格が結果として功をなしただけだと思う。
細部まで完璧に。
キリのない作業に没頭して頭を空っぽにできる時間が私は何より好きだった。
そして、高校ニ年生、美術部で描いた課題の絵が県のコンクールで賞を取った。
期日が間に合わず、やむなく提出せざるを得なかった未完の『アメジスト』は、立派な額縁の中で凄い技巧の凝らされた絵と並んで、美術館の隅で居心地悪そうだ。・・・・・可哀想に。立派な賞を貰ってまさかそんな事を考えているとは知る由もない引率の先生は、嬉々として「苗字さん、もっと右に寄ってくれる??校内新聞に載るからしっかり笑ってね!」とデジカメを片手に私を絵の横に並べようとする。・・・・・いやすぎる。なんでそんなあからさまに「私が丹精込めて描きました!」って周りに主張をしなきゃなんないの?なに?生産者の義務なの??あーあ、いやだな。
「あの、こんなとこで写真撮ってもいいんですか?」
嫌々オーラを察して欲しくて引き攣る顔で尋ねると、
「ええ、心配いらないわ。写真は彼に許可とってるから」
空気の読めない先生はそういって手の平でその彼をさした。
そこにはとてもお洒落な人が腕を組んで壁にもたれて佇んでいた。少し猫背だけど手足と首が長くて、まるで海外のモデルさんみたいだ。丁度、額縁の中のアメジストみたいな色をしたウルフカットの彼は、私と目が合うと気だるげに伏せていた目元をニッコリと微笑ませてひらひらと手を振った。
いかにも高級そうなハリのあるスーツを着こなす彼の喉元には何かの刺青が彫られている。何の模様だろうと喉仏を凝視してれば、
「お嬢さんがこの絵を描いたんだって?イイじゃん。気に入ったよ」
と男は大きく拍手をしながらカツカツと革靴を鳴らして近づいてきた。先生が許可を取ったというなら、彼は美術館の関係者なんだろう。が、なんだ???この違和感。
目の奥が全く笑ってない・・・・・。
例えるなら甘いマスクの下にどんよりとしたものが張り付いて蠢いているイメージ。男は人当たりの良さそうな笑みを更に深めるが、正直、尚更怖くなった。
「・・・・・へえ、苗字 名前チャンっていうんだ。」
だけど、絵の下に添えられた名前を呼ばれて、何となくその人を無視するのはマズイと直感した私は何とか強ばる表情でお礼を言って会釈する。クツクツと喉を鳴らす彼が「その上、賢いとくりゃ上等だな。」と彼は私の頭に角ばった大きな手の平を乗せた。ひやりと凍えきった心臓が収縮していく。
「無茶苦茶カッコいい人だったねぇ!!先生、息止まっちゃったわ。」
去った後で、興奮気味な先生は能天気に私に前のめりで同意を求める。確かに、名前を呼ばれたあの瞬間、息は止まった。だけど、ソレは先生のように色めきだったものではない。
その目が瞬間ギラリと光って獲物を捉える捕食者のようだった。
危険信号。心臓が鳴り止まない。