▼ 場地さんと散歩
「犬も飼ってみたいんスよね。まあでも団地だし、飼っても忙しくてなかなか散歩させてやれねェから」
散歩の時にたまたま出会って世間話をするようになった動物好きな場地君は愛犬をうりうりと撫でながらポツリと独り言のように呟いた。犬と鼻同士を擦り合わせるようにして笑う彼はとても可愛いんだけど、やっぱりこれで中学生と言われるととても違和感がある。
「あはは、じゃあ場地くん、ウチの子になる??
犬と散歩が趣味の私がついてくるよ」
度々冗談を交わす事もあったので軽く笑い飛ばしてくれるかなという軽い気持ちだった。
しかし、予想だにしない事で、今まで穏やかな春みたいだった和やかな空気がその言葉を放つと同時にピシリと音を立てて凍りつく。
固まった空気の中で痺れを切らしたようにオーバーに俯いてため息をつく場地くんは「アンタさー、分かってないだろ」と呆れたような顔をして少しも笑ってはくれなかった。それからすっとやけに真面目な顔が此方を見上げる。
「え、なにがよ?」
「お前は女で、俺が男だってコト。」
ど、どういうこと??そんなのさすがに知ってるけど。
どんなに真剣に考えても全くその言葉の真意は分からなかったけど、とりあえずいつになく怒らせたことだけは分かったので、その場凌ぎで「ごめんなさい」と即座に謝る。・・・・・ヤバイ。何か私間違ったんだ。ぐるぐると何が不味かったのかアレコレ思考を巡らせながら反省していると、場地君はそんな私の何が面白かったのか、ぷっと吹き出してくつくつと肩を揺らして笑った。大きな口から覗いたいつもの白い八重歯が眩しい。
「ったく、分かってねぇ癖に適当に謝んなよ。はぁー。名前って本当真面目なのか不真面目なのか分かんねぇよな」
「え、そう??」
そうだよ。って笑う場地くん。とりあえずいつもみたいに屈折なく笑ってくれたことに、心底安心して私もそうかなー?とゆるりと笑った。場地くんはそんな私を見て困ったようにガシガシと後頭部をかく。
どうしたんだろうと首を傾げれば、少し悩んだ素振りを見せた後で
「いーよ、俺、アンタん家の子になっても。そしたら犬も名前もついてくるんだろ??」
ととんでもない爆弾をぶっ込ちこまれた。
固まる私。視線を逸らしてくれない場地くん。全く興味なさげにその場で用を足す犬。シュールすぎる。
・・・・・冗談のつもりだったのに。
先ほど自分が言った冗談がそのまま彼の口から返ってきて、ようやくアレが全然冗談になってなかったことに気づいた私は「考えなしで申し訳ございませんでした。」ととりあえず深々と頭を下げて謝る。
「ダロ?ただでさえ名前は惚れた女なんだから冗談になんねぇんだよ。」
しかし彼はそんなすんなりと許してはくれないようだった。
今までそんな感じとは無縁だったのに、突然訪れた夕焼けをバックにした青春モードに「え!?なになに怖い怖い!!!!?」と先程以上に動揺して大声で後ずさる。私は、場地くんが、惚れた、おんな???いや何度リピートしてもしっくりこない。
いい子だな。カッコいいな。また会えるかな。好きだな。
正直私は犬と戯れる場地くんを見て、そう思ったことが何度もある。歳の差はあるけど、それは場地くんが私より大人っぽいのもあってどうでもよかった。時間も行き先も不規則だった犬の散歩を17時半の土手沿いにキッチリ変更したのはつまりそう言うことだった。正直約束をしてるわけでも無いのに、場地くんがそこを通るのを犬放置で待ったこともあった。
だから素直に喜べばいいのに頭が真っ白で返事をする事を忘れる。
「おい、何だそれ。コッチは死ぬ気で告白してんだから引いてんなよ。」
「だ、だってさ・・・・、今までただの犬好きの男の子だったじゃん。驚くでしょ。そりゃ・・・・・」
不機嫌に寄った眉間の皺。私だってリアクションが相当酷かったのは自覚してるけど、そんなこと言っても真面目に思考が追いつかないわけだ。
「ここら辺、本当は近所でも何でもねぇんだよな。最初あった時は後輩を送る時にたまたま通っただけだったし、犬は好きだけど、それより俺はこのリードの先が気になる。」
恥ずかしがる様子もなくそう言いきった場地くんが思いっきりリードを引っ張ったので、リードを握っていた私は必然的に手前に倒れた。あっさりとその腕の中で抱き止められれば、もうパニックだ。
「意味分かってくれるよな?」
好きな人から耳元で低く囁かれれば、私の小さなキャパなんて簡単に崩壊する。それをみた場地くんが満足そうに笑うので、私には小さく頷く事しか出来なかった。
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はるちゃんに捧ぐ