短編 | ナノ


▼ イザナくんはお姉ちゃんが欲しい

どうしたの?おくれそ?もう待ってるんだけど。

『いや、ごめん。忘れてたわ。ダチと遊んでる』

約束の時間後のラインに「(あ、もう別れようかな)」と思った。彼のいう"ダチ"は彼が仕切りに女友達だと言い張る彼女のことを指すと知っているので、尚のこと腹わたが煮えくりたつ。

ズッシリと腹の底に重たいモヤモヤを抱えたせいで、最悪な気分で1人徘徊する横浜中華街。無駄な電車賃と無駄な時間を使ったのが悔しくて、1人でも楽しもうと宛てもなくブラブラと歩いてたけど、気分悪すぎて全くお腹空いてないし、それこそ時間の無駄だったかもしれない。

そんな風に虚しく思ってたら、向こうから物凄く浮世離れしてる綺麗な男の子が向こうから歩いてきた。一瞬で見惚れる。

綺麗だなあ。

褐色の肌にシルバーの髪がさらりと髪に靡く。目は淡い紫。異国情緒に溢れてて、スタイルもいい。すれ違う時に特徴的なピアスがカランカランと揺れたのがやけに耳に残った。

風格がありすぎて、過ぎ去った後で芸能人かな?とか考えたけど、それもしっくりこないのは彼がこの世のものでは無いくらい浮世離れしているからだ。

何か特別いいものを見た気がする。

その後も再び五つ先の曲がり角から現れた彼を見て、あれ、実は今日はいい日かな?とさっきまでのどんよりした気持ちを全て忘れた。それから、三度目で流石にこんな頻繁にすれ違う事を不思議に思って、四度目であれ?流石にこの人何してるんだろうって考えて、五度目でえ?もしかしてこの人私にしか見えない幽霊・・・・・?とまるであり得ない馬鹿げた空想にビビリだして、

ついに六度目、彼を見かけた時に確信した。

「あの、もしかしてお腹空いてますよね???」
「・・・・・・」

肉まん屋の前でじっと看板を凝視した後、結局何も買わずにその場を離れようとした彼に思わず声をかける。沈黙が痛いけど、無言は肯定・・・ってことでいいのかな?

「よかったらどーぞ」

肉まんを自分の分も合わせて2つその場で購入して、その内の一つを彼に手渡す。彼と一方的に出会ってからいつの間にか最悪な気分を忘れていたのでほんの謝礼と見物料のつもりだった。彼は目の前の私と突然渡された肉まんを交互に眺めて驚いたように目を丸める。だけど全然喋る様子がないし、もしかして外国の人かな・・・・・?この際、幽霊じゃなければ何でもいいけど。

「・・・・・じゃあ。」

あんまり見てても食べづらいかもだし、黙られてもまあまあ気まずいし、ぺこっと頭を下げてその場を去ろうとする。

しかしなぜかついて来る。

「あの・・・・・」
「・・・・・・」

どういう訳か中華街を離れようとしても肉まんをもくもぐと頬張りながら無言で付いてくる。振り切ろうと駅内を全力で走れば、彼も息一つ切らさず走る。立ち止まれば、同じように少し後ろで立ち止まる。なんだってんだ。

「えっと、・・・・・すみません。あなたの名前を聞いても???」
「イザナ。」

キリが無いから立ち止まったついでに名前を聞くと意外にもすんなりと答えてくれた。無言でストーカーされるのは訳が分からなさすぎて、若干、・・・・・いやとても恐怖に感じていたので、思ったより普通に意思疎通できたことに安心して肩の力が抜ける。

「・・・・・・お前は?」
「あ、苗字 名前です。」
「ふーん、名前な。確かに名前って感じ。」

どんな感じだよ!!って思ったけど、さすがに突っ込みずらくてアハハと乾いた笑みを浮かべた。

「名前は一人で何してたの?」
「え、まあ、・・・・・実は彼氏に約束をすっぽかされまして。」
「ふーん。ムカつくね。」
「ですよね。ホントに。」

そんな会話を時折交わしながら私とイザナ君は長い通路を2人で肉まんを食べながら肩を並べる。そのままの流れで、同じ電車に乗り、当たり前のように隣の席に座った私とイザナ君は、まるで最初から待ち合わせて遊ぶ約束をしていたかのように地味に会話を弾ませていた。

まあそもそも激しくどんよりとしていた気分だったので、結果的にはこんな好みの顔をしたはなし相手ができてよかったのだけど、こんなに腕が擦れる距離でピッタリと隣をキープされるくらいには懐かれてると思うのにイザナ君は感情をちっとも顔に表さない。正直腹の底で何考えてるか分からない。本当に変な感じだ。

「イザナ君、どこに住んでるの?」
「横浜を拠点に動いている」

拠点とは・・・・・???

微妙に質問からズレた返答に「・・・・・そっか」と答えるしかない。天然なのかな?難しいな、コミュニケーション。イザナ君ってどんな人なんだろうと思ってした質問は先ほどからこんな感じで不自然に途切れて繋がらない。
会話にならなかった事に内心落ち込んでいれば、

「天竺って知ってる?俺、そこのトップやってんだけど」

唐突にイザナ君は『ねぇ、そのお店知ってる?』とでもいうかのように淡々と教えてくれた。それから長い睫毛の下から綺麗な紫の瞳が私を捉うように捕らえる。

天竺。

族上がりの兄から出先に「横浜行くなら気をつけろ」と言われたばかりだった。そこらへんにいる素行の悪いただ不良とは言い難い、天竺は少年院上がりのヤバい奴がゴロゴロ溢れたヤバイチームなんだと。その時は普通に生きてれば関わる事なんてないし、大丈夫でしょと気楽に考えてたんだけど、そしたらこのザマだ。

そんなヤバいチームのトップ?

まさかこの子が??冗談ではなく?・・・・・いや、彼がそんな冗談を言うようなタイプでは無いのはこの短時間でよく分かっている。彼がそう言うならホントに本当なんだろう。かと言って、なかなかその言葉をすんなりと飲み込めない。

「ネェ、アンタ、俺のオネーチャンになってよ。」

困惑する私に感情乏しい彼が僅かに口角を上げて目を細める。

いや何それ。ホントに怖い。

だけど意に反して初めて見たイザナ君の微笑みに動揺した私は訳もわからず頷いていた。

「さ。俺をその野郎の所に連れてってよ。オネーチャン。」

それが私の人生最大の分岐点だとは予想だにしない。



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きぴちゃんに捧ぐ

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