▼ たい焼き屋のお姉さんとココ
たまたま金のやり取りで待ち合わせた先で、移動販売をするたい焼き屋の女に出会った。たい焼き自体に全く興味はなかったが、「そこのカッコイイおにーさん!待ち合わせ中ならそれまで私とお話ししよーよ」と店から上半身を乗り出して話しかけてくる女には少しだけ興味が湧いた。なんせこの見た目なので、これまでこんな気さくに、それも全く群れてない状態の女に話しかけられたことがなかったので、物珍しさに思わずその場に立ち止まる。
「たい焼きなんかいらねぇけど・・・・・、甘いの苦手だし」
「いやいや押し売りなんかしないって!本当に話したいだけだよ!!」
それから聞いてもないのに一人でベラベラと喋り始めたこの女。会話するどころか俺は相槌すら打ってないのに全く気にする素振りもなく喋り続けるそのメンタルの強さに徐々に感心すらしてくる。
「最近、お店によく来てくれる男の子がカッコいいんだけど、男心ってどうやったらつかめるん?」
・・・・・そんなの俺が知るかよ。
「みんなが集えるようなそんな店を持ちたい」という熱い夢話から切り替わった勝手な恋愛相談に嫌気がさしたが、苛立ちを隠さず舌打ちしても惚気話を辞める様子がない。ホント、どんな神経してんだ。
「そうやってヘラヘラ笑ってればいいんじゃね?」
若干しつこかったので、投げやりに気まぐれで返してやれば、店員は何がそんなに嬉しいのかにんまりと口角を吊り上げて笑った。
「なるほど。・・・・・どう?こんな感じ??」
文字通りニコニコと笑ってみせるその女に思わず面食らったが、別にソレで男心を掴まれたわけじゃない。
俺がそんな単純な男なら、こんな自ら破滅に向かうような荒んだ生き方を選ぶ訳はないし、断じて絆された訳じゃない。ただ笑った女がどことなく赤音さんに似ていただけ。大好きだったあの笑顔が蘇る程度にコイツは似ていた。
「アンタ、名前は???」
だから心の奥で蓋をしていた感情が溢れただけだ。
***
それ以来、あのたい焼き屋に度々顔を出すようになった。一応、能天気にみえるアイツも真面目に商売をやってるわけで礼儀として好きでもないたい焼きを買う。そして買ったモンは全てイヌピーに横流しするというのが、最近のルーティンだ。
「こんにちは、ココくん!」
「コンニチハ、名前さん。」
もーなんで棒読み!?と相変わらずへらへら笑いまくる名前さんに「たい焼き、五つ」と注文を入れる。五つ買ったところで食うのはイヌピー、一人だけど。大体単価の安いたい焼き一本で店舗を持とうなんざ夢の夢すぎるつーの。
「どう?うちのたい焼き美味しいっしょ?」
「・・・・シラネー」
にやけた顔で「だろうね!」と嬉しそうにハニカむ女にはきっと全部が口実だってバレてたと思う。いくらなんでも。そこまでアホではないだろ。
***
「なんで突然のたい焼きブーム?」
モグモグと咀嚼しながらイヌピーは首を傾げた。そりゃいきなりこれだけ持ってくるようになれば疑問にも思うだろうなと思う。
「そこの店員が赤音さん似ててさ。
顔とかじゃなくて雰囲気だけど。」
本来ならアノヒトへの気持ちは自分にとっては唯一の神性なもので、普段はイヌピーにさえ滅多なことじゃ話したくないんだけど、不思議と今だけは答えてやってもいいかなと思えた。聞かれたままに素直に理由を告げれば、優しいイヌピーは案の定いい顔をしない。
分かりやすく顔を曇らせたイヌピーは慎重に言葉を選びながら「あんまこんな事言いたくないんだけど、赤音に似てる子を選んでも結局ココが傷つくだけだぞ」やけに真面目な顔して忠告してきた。
分かってる。
こんな風にイヌピーが厳しく言うのは俺がいなくなったあの人の代わりを探そうとして、その都度失敗してきたのを全て知っているからだ。だけど本当に今回のはちょっと今までのとは違うんだよ。何故か無性に分かって欲しくて、名前さんの顔を思い浮かべて、後に続く言葉を探す。
「赤音さんと違うところも許せた女はアイツが初めてなんだ」
嗚呼。なるほど。自分で言っておきながらこれほど名前さんに拘り出した自分にようやく腑に落ちる。言葉にして初めて自覚した。
目を大きく見開いたイヌピーは「それって!」と興奮したように真正面から俺の肩を掴む。嘘をつく理由もないので俺は黙って頷いた。
「よかったな。本当によかったよ」
自分のことのように喜ぶイヌピーに対して、俺の心境はなかなか複雑だ。自分が前に進もうとしていることに物凄い罪悪感と抵抗感を覚える。
忘れるのか?あんなに大好きだった赤音さんを??
だけど自覚をすると無性にアイツに会いたくて堪らなかった。
「なぁ、俺ならすぐにでもアンタに店持たせてやれるよ。」
タクシーに乗って閉店間際の店に慌てて駆けつけると「ココくん?どうしたの?」といつにない様子の俺に焦った様子の名前さん。初めて会った時に男心なんてもんを浮かれながら尋ねてきた名前さんに苛ついたこともあったっけ。
だけど、アンタ、俺のこともカッコいいっていったよな?
だったら金でも愛でも何でも使ってどこぞの野郎より俺の方がイイって言わせてやる。
「勿論、タダじゃねぇけどな。」
爪先立ちでカウンターの向こうに乗り出してアイツの唇を奪う。
見開いた揺れる大きな瞳に自分が映るのを見て、満たされるってのはこういうことなのかとしみじみ実感するわけだ。
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高原ちゃんに捧ぐ