家に呼んだのをきっかけに三ツ谷くんは度々私の家に顔を出すようになった。ルナちゃん、マナちゃんを連れて三人でくる時もあれば、ここ最近は1人で訪れることもある。素直な妹ちゃん達に懐かれているのはそこそこ自覚していたけれど、

『……名前さん、ゴメン、来ちゃった』

モニターに少しばつの悪そうな顔をした三ツ谷くんが1人映し出された時は心底驚いた。てっきりいつも妹達の付き添いで渋々来てくれているものだと思っていれば、別にそういうわけでもないらしい。

「家で勉強出来ねぇんだよ。ウルセェし。」
「あー、お兄ちゃんしなきゃだもんね。」
「あと暑いしな。」
「そっかそっか。」

見た目も雰囲気も大人っぽい三ツ谷くんだけど、実はこれでも初めての受験を控えた中学三年生。余計なお喋りはせず、黙々とうちで教科書とノートに向き合っていた三ツ谷くんは、そのうち私の部屋の隅にある新品同様のミシンに気づくと「ミシンあんじゃん。使ってもいい?」と嬉々として尋ねてきた。ミシンに興味を示すんだと正直意外すぎて目が点だったけど、断る理由はない。「好きに使っていいよ」許可を出せば、それをいいことに翌日から三ツ谷くんは大量の布や糸を我が家に持ち込んで、作業に没頭するようになった。いつになっても教科書を取り出す様子がないし、大丈夫かなと多少心配になったけど、ウザがられたら嫌なのでとりあえずここは見守るに徹することにする。

がたがたがたとひたすら慣れた手つきでミシンを取り扱う三ツ谷くんはなかなか様になっている。理由を聞けば、それもそのはず三ツ谷くんは中学で手芸部の部長を務めているそうだ。玉結びすら知らなさそうな見た目で、三ツ谷くんはもう三、四時間くらい休憩なしのぶっ続けでデザイン、型作り、裁断、縫製までを一人でこなしていた。

角ばった細い指先が見惚れるほど手際よく動いて、見る見るうちにただの布切れはワンピースへと変貌を遂げていく。まるでビビデバビデブーの一言でボロ切れをドレスに変える魔法使いのようだと思ったけど、流石にすでに匠のような空気を身に纏う三ツ谷くんにそんな幼稚な言葉を伝える勇気は湧かなかった。

「それ、ルナちゃんとマナちゃんの服??スゴい上手だねー。」
「そっ、流石に俺のには見えねぇだろ?」

感心する私をハハっと笑いながらなんでも無いことみたいに茶化すけど、服作りなんて本当に手慣れてなきゃ同時進行で二着も作れないハズだ。むしろ一着だって私は作れない。その上、ただ着られればいい服というよりは夏らしい色合いや緩やかに波打つスカートにこだわりを感じた。ちゃんとデザインが熟考されているんだと思う。

あと全然関係ないけど、横から見ると三ツ谷くんの睫毛がお人形のように長かった。マスカラしてもこんな綺麗な美しい睫毛にはならない。いいな。ホントにキラキラしてて羨ましい。

作業に打ち込む三ツ谷くんの横顔をしばらく夢中で眺めているとさすがに「見過ぎじゃね?」って怒られたので、しょんぼりした私はこれ以上邪魔にならないよう机に広げられたデザイン画を眺めることにした。ささっと書き上げられたイラストには専門用語や寸法が事細かに書き記されている。彼の将来の夢は齢15にしてデザイナーに定まっているらしい。口だけならなんとでもいえると思うけど、実際こうやって夢に向かって努力しているのを目の当たりにすると、求人誌から適当に自分にも出来そうな事務仕事を選んだ私は頭が上がらなかった。

そんな私にやれることといえば、作業しやすい場所を提供して、ジュースを差し出すことくらいだ。ことん、とグラスをテーブルに置けば、カランと氷が揺れる音に三ツ谷くんがようやく俯きっぱなしだった頭を上げる。

「あ、ドーモ……ってもう17時じゃん!帰って飯作んねえと!」

ちなみにルナちゃん、マナちゃんは、今、家で三ツ谷くんの友達に面倒を見てもらっているそうだ。「任せても大丈夫なの?」心配になって聞いたら、「ルナ達も懐いてっし、ソイツのことは結構信頼してっから」となんだか男前な返しにまだ見ぬお友達を密かに羨んだ。私も三ツ谷くんにそんな風に思ってもらいたいものだ。三ツ谷くんは『大人のくせに』ってきっと笑うだろうけど。

「ご馳走様ッ」

がさがさと慌てて資料や材料をカバンの中にかき集めながら、出したジュースを一気にゴクゴクと喉を鳴らして飲み干してくれる三ツ谷くんの律儀さに感心していれば、三ツ谷くんは「お邪魔しました」と礼儀よく頭を下げる。

「ウン、帰り気をつけてね。1人でも3人でもいいからまた作業しにおいでよ。」

誰か来た後の一人暮らしの部屋って普段以上に寂しくなったりするものだ。お邪魔しましたと玄関先で靴のつま先を軽く蹴って整える三ツ谷くんの背中に名残惜しく語りかければ、キョトンとした顔が正面に立った。

「……そりゃありがてぇけどさ、簡単にそんなこと言ってもいいの?俺、ホントに居座るけど」

そんな寂しさを感じ取ったのか悪戯っぽく三ツ谷くんはじわじわ口角を上げる。敬語も完全に砕けたし、いじられてるだけかも知らないけど、それでも近づけたみたいで何だか嬉しい。

「いいよ。私、カーテン、新しくしたいんだよねぇ」

わざとらしく含ませた言い方をすれば、キョトンとした後ですぐに意図を汲み取ってくれた三ツ谷くんはケラケラと笑った。

「オッケー。採寸だけしといて。」

あー、楽しみ。カーテン、何色にしよっかな。
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