「俺のカノジョになってほしい。」

口を彷徨わせてふさわしい一文字目を探すも、いつまでも気まずい沈黙は続く。

どう考えてもこの状況は私の返事待ちだし、このままだと流石に三ツ谷くんがフラれた感じみたいになっちゃうよね。……誤解されちゃう。早く返事をしないと。

「……………ッッ!!」

だけど思えば思うほど気持ちばかりが焦って適当な言葉が全く出てこない。気持ちを押しとどめるように口を結んで無意識に息を止めていれば、突如受話器越しの三ツ谷くんがフッと沈黙を切るように笑った。

「あのさ、言っておいてなんなんだけど、別にそんなに返事焦んなくてもいいよ」
「え………!?」
「今のは完全に俺がタイミングしくじっただけだし、困らせるの承知で言ってんだから、名前さんは焦らしてやるくらいの優位な気持ちでどんと構えてりゃいいんだよ」
「いやいや焦らすってそんな「告った俺がいいっていってんだからいーの。てか、俺のためにもそうしててよ」

そんな訳にはいかないよと続けようとすれば、つべこべ言うなと言わんばかりにすかさず上から遮られる。

「分かった?」
「………」
「返事」
「……………分かった」
「ン、お利口サン」

半ば強引なように見えて、物凄く上手に気を使われたなと思う。声色を明るく取り繕っていても分かった。三ツ谷くんが口にする言葉の節々から『言ってしまった』という隠れた申し訳なさや後悔のようなものをひしひしと感じとってしまえば、出来れば少しも待たせることなく答えてあげたい。

「俺、何年でも待つから」

まるで自分に言い聞かせるかのような言葉の響きにドキリとする。気づけば告白されてからずっと縋り付くように胸元のシャツを強く握りしめていたようでその部分が皺だらけになっていた。

「……じゃあまた落ち着いたら連絡するね」
「ウン、大変だろうけど仕事頑張って」

プツン。
またねと三ツ谷くんからの激励を最後に通話が切れた途端、私は電池が切れたように手洗い場にへろへろと手をついてしゃがみ込む。

「………っ゛ぁーー」

ため息混じりの声が情けなく震えた。熱った顔面を両手で押さえる。………あっつい。色んな意味でダメージを食らって、これはもう仕事どころではない。三ツ谷くんの声が未だ鼓膜を震わせて、壊れた音楽プレイヤーのようにリピートしている。定時を過ぎてもまだ慌ただしい繁忙期の弊社だけど、こうなるとちょっとした雑音程度は少しも私の耳には入ってこなかった。

ねぇと気さくにその肩に触れることすら躊躇うくせに、彼の視線が布に集中する時、不意にその髪や頬やまつ毛に触れたくなる。こっちを見てほしいと祈ってみる。彼と同じ制服を着て、彼と同じ方向を見ながら、彼と同じ教室で、彼と同じ目線で、彼と同じ授業が受けられたなら、どんなにいいだろう。絶対どうにもならないことを夢見たりもすれば、見ず知らずの三ツ谷くんの同級生達を羨んだりもする。今だってできることならこのまま仕事を放って会いに行きたい。

これを恋煩いと言わずに何といおう。

どんどん理想のお姉さん像には遠ざかっていくけど、それすら何故だか心地がよかった。頼れる大人でも、憧れのお姉さんでもなく、三ツ谷くんにとって唯一の女の子になれたらどんなに幸せだろう。そのためには私がただ一言その気持ちを口に出せばいい。きっと笑って答えてくれる。

******

あれっきり豆だった三ツ谷くんからの連絡がぷっつり途絶えてから数日が経つ。タイミングの悪いことに私は繁忙期でろくに休みも取れずどたばたしていたし、送れなかった書きかけの長文メールを未送信ボックスに複数溜めてる内に、11月末の告白からのなんと一ヶ月も経ってしまった。

全く使われなくなった布を被ったままのミシンがここ最近、ちらちら視界に入ってはどことなく寂しそうだ。

一人暮らしする時に、場所を取るし断固として使わないからいらないと言い張ったのに、手芸好きのお母さんから「こんなに便利なものはないから」と半ばゴリ押しに持たされて、案の定宝の持ち腐れとなってしまった哀れなミシン。「使っていい?」それをキラキラした目で見つけ出して、丁寧にミシンに糸を通した三ツ谷くんの姿を頭に思い浮かべれば、とうとう会いたいと痺れを切らしたのは私の方だった。

【元気にしてる?】

意を決して3日前に送ったメールの返事はまだ返ってこない。

「ねぇ!三ツ谷くんから返事がこないんだけど!!」
「いやあんたねー、自分の方がそれ以上に返事を待たせてんだから、少しくらい待ってあげなよ」
「……だって前まで気づいたら即レスくれてたし。」
「ハイハイ、惚気惚気」

いつものごとく仕事終わり、同僚のクミにえんえんと泣きつくも「名前が本音も打ち明けないままにビビって逃げたのが悪いんでしょ。餌もなく待たされるなんてどんなに好きでも相手にとっちゃただただ労力だよ」とバッサリ切り捨てられる。突き放すような言い方だけど、流石社内で一番頼れるクミさま、相変わらずのど正論である。今にしてみればクミの言う通り、あの時の私は素直に本心を打ち明けられる三ツ谷くんにただただビビっていた。一回りも歳が違うし、これから友達と濃密な時間を過ごして大人になっていく15歳だ。そりゃあいざとなればビビりもする。

だけど、それすら言い訳に思えるほど、人から返事を待つ時間が物凄く怖いというのは身に染みて分かった。待つ時間が長ければ長いほどポジティブを保つのが難しくなってくる。期待が大きければ大きいほど、今日も来なかったというガッカリ感は疲労に代わる。

何年でもこんな気持ちで三ツ谷くんを待たせちゃ絶対にダメだ。改めて自分に喝を入れるも、ただ三ツ谷くんからのメールの返事が来なければどうしようもないんだよな……。

世間はクリスマスの夜に浮かれる男女で満ち溢れていて歴然とした差に一層物悲しくなる。

やっぱり口ではああいっても怒らせちゃってたんだろうか?それとも待ってるうちに冷めてどうでもよくなったとか、それとも……他に夢中になれる子、学校で見つけた、とか…。

「……寂しい」

寒さも相まって分かりやすく虚無感にうなだれれば、「あーあ、随分その子に甘やかされてるのねー」と呆れたように笑ったクミが、あ、ほらと街中に特設されたケーキ屋をみて「ねぇ、あれいいんじゃない??」と励ますように肩を揺すった。「え、なに?」とその方向を向けば、三人ほど並んだ列の真横で格好だけ装った明らかに短期バイトのサンタクロースがベルを振りながらこちらに手招いている。

「??クミ、ケーキ食べたいの?買う?」
「ハ?なにそれ?なんでクリスマスに家で待ってくれてる彼氏放って名前とケーキつつかなきゃなんないのよ。」
「つめたい………」
「……アホなの?だからさー、ケーキでも買って、ミツヤくんをクリスマスに誘ってみたらいいじゃんっていってんの!クリスマスのお誘いなんて返事みたいなもんじゃん。フるにしてもわざわざこんな日選ばないでしょ?」

きっと喜んでくれるよ。

なるほど!!流石!!そういって微笑んだクミにまんまと乗せられ、促されるまま買ったクリスマスケーキはサンタの砂糖菓子ののったどうみても家族向けの可愛らしいやつだった。だけど、余った分をルナマナちゃんにあげられるなら丁度いいかもな。電車に揺られながら、うっかり紙袋を傾けてしまわないように膝の上に大事に抱える。

これからもしかしたら会えるかもと思えば、帰路を急ぐ足は浮き足立つ。会いたいな。三ツ谷くんとクリスマスしたいな。

電車の中で『今日ちょっと会えないかな?』と言うメールを一回、帰ってから『よかったら一緒に食べない?』という二回のメールをケーキの写メと共に送り直した。

突然の誘いだし、ダメ元のつもりで……。もし来れなくても落ち込まなくていいようにと再三自分に言い聞かせるも、もしかしたら時間も時間だしうちで晩御飯も食べてくかもと都合のいい妄想を頭に描いてしまえば、結局返事も待たないままに三ツ谷くんを迎える準備を始めてしまう。

台所で焼いたり巻いたり簡単で見栄えの良い料理を作り始めること1時間弱。一人暮らしの家の小さなローテーブルの上が、いつのまにやらあっという間に皿で埋め尽くされていた。その時点で8時半を回っていたので、もう一度携帯を開くもやっぱり返事は来ていない。虚無感に打ちひしがれる。

「……どうすんのこれ」

並べられて冷めていく料理を前にどんどんヒットポイントがどんどん削られていく。とにかく現実逃避に冷蔵庫の中のビールを取り出してプルタブを捻った。お腹はすいたのにラップをかけた夕飯にはなかなか手をつけることはできず、ナッツ系のおつまみでひたすらお腹を慰めながら、気晴らしにぼんやりと特番のバラエティ番組を眺める。

結局、三ツ谷くんから連絡はこないまま、日付を超えて、クリスマスは終わる。ぐううううきゅるるるるる。お腹がやたらと鳴るのでこんな時間だけどとりあえずサラダだけもりもりとお腹におさめて、他のものは明日食べれるように冷蔵庫にしまう。………パタン。扉の閉まる音がやたらと部屋に響いて虚しい。

「……寝よ」

歯ブラシを咥えながら数個開いたお酒の缶を洗う。突然誘っておいて来れないのは仕方ないけど、ケーキを買う時も料理を作る時もずっと三ツ谷くんのことばかり考えてたから、ちょっとだけ涙腺が緩んでしまった。シンクの上にぼたぼたと大粒の涙が落ちて鈍い音を鳴らす。一回泣けばこんなに好きだったんじゃんって思い知らされて、余計引っ込みがつかない。

来れないってひとことメールを返すこともできないくらい忙しいの?クリスマスの夜に??

ふて寝をして朝起きてもやっぱり三ツ谷くんから連絡はない。代わりにクミから【昨日どうだった??】とメールが一件きていた。腫れ上がった目元を冷やしながら、下手なこと言うと心配かけそうだしどう返そうかな。うんうんいいながら悩んでいると、突然ピンポーンとインターホンが鳴る。日曜の朝から誰だろう?のそのそとモニターをオンにすれば、デジャブ。見た事のある光景に途端に顔が引き攣った。

「…‥メリークリスマス、名前さん」

包帯まみれで、生傷だらけ、うちに来るより絶対病院に行った方が良さそうなレベルで顔をぼっこし腫らした三ツ谷くんが、バツが悪そうに小さな画面の中で苦笑いしている。……な、なに??クリスマスにどうしてそうなった??真っ白になった追いつかない頭で呆然と眺めていたら、いつまでも無言の私に三ツ谷くんが困ったような顔でポリポリと頭をかいてる。

「朝からゴメン。ちょっとだけあがっていい?」
「…………ヤだ」
「なんでそんなこというの?返事できなかったの怒ってる??」
「……………」
「…………もしかして泣いてんの?」

ぷつんと張り詰めた糸が切れる音を聞いた。口を覆ってバレないようにと鼻水垂れ流しで声を押し殺していたけど、それでも見抜くのが三ツ谷隆という末恐ろしい男の子だ。

「名前さん、開けて」

有無を言わせない真剣な目がレンズを通してこちらを見つめる。本音を言うとこんな顔は見られたくないし、あげたら絆されるに決まってるので拒否を貫きたかったけど、もう一度「開けて」と圧をかけるようにいわれれば、やっぱり簡単に押しに負けた。自動ドアが開くなり、走り出した彼は画面から消えて、それからすぐにドンドンと力任せにドアをノックする音と名前を呼ぶ声が部屋に響いた。

「名前さん!」

近所迷惑になることをわかっててインターホンを使わないのだろうか。迷ってる暇もなく大慌てで鍵を開ければ、すぐに玄関に入ってきた三ツ谷くんからギュッと抱きすくめられる。包み込まれるように背中に回された腕は力加減を忘れているのか骨が軋むほどキツイ。だけど拒む気にはなれなくて、黙ってシャツの胸元を濡らしていると三ツ谷くんがしばらくしてから少しだけ腕を緩めて、泣き腫らした顔を両手でそっと包み込む。

「……やっぱ泣いてんじゃん。目、真っ赤になってる」
「……てかさ、」
「ん??」
「いくらなんでもクリスマスまで喧嘩しなくてよくない?」
「ホントにその通りデス。心配かけてゴメンな」
「……ほんとだよ……日曜、病院空いてないのにさぁ……」
「ウン、ゴメン」

ぐずりながら可愛くないことばかり言って三ツ谷くんを責め立てていれば、三ツ谷くんはそのたび相槌のような謝罪をしながらなぜか機嫌がいい。つぅと感触を確かめるように指で涙の跡をなぞっていた三ツ谷くんの手がいつのまにか頬全体をすっぽりと覆っていた。

「……そっか、名前さん、俺のせいで泣いてんだ」

噛み締めるようにわざわざ言葉にする三ツ谷くんの微笑みが最高潮に達する。幸福感を隠さないなだらかな視線に囚われて、腹が立つやら恥ずかしいやらで胸元にごつんと頭突きするしかなかった。まあ私の頭突きなんて三ツ谷くんに効くわけがないし、案の定よろめくこともせずにまた抱きとめられるだけだったけど、すでにこんなにフルスロットルでこられては心臓が持ちそうにない。

「……ッ!三ツ谷くんってこんな意地悪な子だっけ?」
「まあな、割とフツーに好きな子にはイジワルしたくなるタイプだよ」

不満を漏らせばいけしゃあしゃあと喉の奥で笑う三ツ谷くんは「よしよし」とわざとらしく口でいって頭を撫でる。面食らってる私を他所にああそうだと三ツ谷くんが続けた。

「この間の返事、もうできそ?」
「え!?ここまでしておいて!?」
「ハハ、まあ確かにな。めちゃくちゃ愛されてるのはわかったから満足だけど」
「……なら、いいじゃん。そういうことにしよ」
「でもせっかくだし、まあまあ待たされたし、どうせならちゃんと口で言って欲しいなって。」

待たされたと言われれば流石に分が悪い。

ぐっと言葉に詰まるも、目の前で徹底的にじっと待つ姿勢になった三ツ谷くんには多分敵わない。

「……イジワル」

せめてもの抗議にぼそりと独り言みたいに呟けば、三ツ谷くんは「いいなそれ」なんて能天気に笑ってる。何を言ってもこうなった三ツ谷くんは微塵も笑顔が絶やさないので、仕方ない。ごくりと唾を飲んで奪っていく覚悟を決めた。

「……三ツ谷くん、好きだよ」
「……ん、俺も」

口にした瞬間に一生懸命大人として大切に可愛がってきた三ツ谷くんから不意打ちにキスされて、きょとんとしていれば、ニッと満足げに笑う三ツ谷くん。釣られて思わずはにかんでしまったら、三ツ谷くんは少し驚いたようにして耳元に顔を寄せる。

「……次、大人のヤツしてい?」

囁く声がくすぐったい。いいよという前に奪われた二度目のキスはくらくらするくらい深いものだった。靴が三足しか開けないような狭い玄関でそっと肩を押されてゆっくりとお尻をついて後ろに倒される。くちゅっ、っといやらしい粘着質な響きに蕩けて煽られた。必死に舌先で応えれば、三ツ谷くんは少しだけ目を開いてる。今喋らせたら絶対余計なことを言ってきそうだし、今度はこちらから両手で頬を捕まえて逃がさないよう舌を絡めた。

「……っ、あーーー、中学生と玄関先でこんな大人のチューをしてしまった………」
「だな、名前さんが予想外にも積極的でビックリした。」
「……まあ、お姉さんだし」

息も絶え絶えにそういって玄関に横になれば、「それ好きだね」と三ツ谷くんがその隣に座りながらくつくつと笑う。冬なのにお互いの体温でおでこに張り付いてしまった髪をかき分けてくれる手が気持ちよくて、そっと手の甲を撫でれば、三ツ谷くんが「なに?」といってクスクス笑った。三ツ谷くんの角ばったごつごつした手は痛々しいほど傷だらけでかさついてるのにカッコいい。あとでハンドクリームでも塗ってあげようと考えていれば、「床で寝てたら風邪ひくよ」と三ツ谷くんに腕を引っぱりあげられて起こされた。

「じゃ、改めてヨロシクな、名前」
「……よろしくお願いします」
「フハッ!なんで照れてんの?」

下の名前を始めて呼び捨てにされて、ぎこちなく視線を逸らす。照れ屋だよなーと揶揄う彼を不意打ちで隆って呼んでやろうと密かに心に誓ったけど、とりあえずまだ言えるはずもないから、これからどこかで。

ワンルームに幸せが充満していた。
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