いつものノリで『学校終わったら作業しに行っていい?』とメールを送るも、『繁忙期に入るから最近あんま家にいないの。ごめんね!!』と断られたのは12月に入る手前のことだった。何事もいいよいいよと甘やかしてくれる名前さんから誘いを断られるのはなんだかんだこれが初めてで、正直言うとまあまあがっくしきた。だけど、こんな短いメールの中で汗の絵文字がここぞとばかりに乱用されていてれば、本当に仕事が忙しいんだろうなと納得するしかない。

『そっか、忙しいのにゴメンな。繁忙期が終わったら教えて』

流石に仕事に励む大人相手には物わかりのいいイイコを取り繕うしかなかった。本音を言えば仕事と俺どっちが大事なの?だなんて面倒な常套句で駄々をこねたかったけど、そんなこと言えば流石に彼女の恋愛対象から外されそうなので、ギリギリのところで飲み込んだのは正解だったと思う。

ただしなんとか取り繕ったイイコの仮面が外れたのは、それからたった三日後のことだった。

『繁忙期、終わった??(笑)
日曜とか少しでも会えたらいいなって思うんだけど・・・・・・』

数分に渡って送るべきか否か散々迷ったけど、結局送っちまった……。構ってほしい気持ちが先走って送信ボタンに指をかけた後でハっと我に帰る。いくらなんでも堪え性がなさすぎることに自覚はあったけど、小さなストレスやラッキーが積み重なるたびに会いたいなとその顔を思い浮かべてれば、お兄ちゃんで鍛え上げられた忍耐など全く意味をなさない。

送った以上は取り消しも効かないし、意を決してじっと返事を待っていれば、・・・・・・ブーッ、ブーッ。しばらくして携帯のバイブが鳴った。待ち望んだ返信にドキドキしながら即座に携帯を開けば、

『ゴメンネ。繁忙期はまだまだ終りません!(笑)日曜も休日出勤なので・・・・・・』

これまた"繁忙期"に続き、"休日出勤"という学生の俺には到底理解できない社畜ワードで悲報が告げられた。

……なんだよキュージツシュッキンって!!

仕事終わりだけでなく、休みの日まで名前さんを拘束する会社にモヤっとする。衝動のままに携帯を放り投げる寸前で、決して安いものでもないのを思い出して、とりあえず一旦机の上に避難させた。今頃携帯の前で苦笑いをしてるだろう名前さんの顔を脳裏に描いてしまえば、子供じみた自分にかつてなく凹んでしまう。

『んじゃ落ち着いたら構ってなー。待ってっから』

一旦冷静になると嫌われたくないという一心でこれ以上粘る勇気は湧かない。冗談に逃げれるように語尾に涙の絵文字をつけた後、シンプルに女々しいなと再度落ち込む。自分がこんなに重たい男だとは夢にも思わなかった。

『うん、仕事頑張るね!』

この調子じゃ本気で言ってるって伝わってもねぇし。

ワガママいったり、可愛がられたり、甘えやすいのは利点だけど、恋愛するには歳の差って結構煩わしい。共感ができれば。理解が出来れば。きっとまだ支えになるという道もあるのに。経験もなく、想像すらつかない事柄には気の利いたことの一つも言えない。

ままならない現実に1人で勝手に打ちのめされて、いつのまにか1人になってしまった被覆室の作業台でうつ伏せていれば、何か察したのか意中の名前さんから着信が入る。うっかりワンコールで出てしまった。

「……名前さん??」
『三ツ谷くん、何かあった??』

懐かしいっていうほど間隔が空いたわけでもないのに、優しく鼓膜を撫でる名前さんの声は随分と久しく感じる。初っ端から労わるような声色で名前を呼ばれて、だらし無く目元と頬が緩むのが分かった。人に心配をかけておいて迷惑極まりない。分かっているけど、名前さんに許されるのが心地良いから抜け出せない。

「ゴメン、忙しいのに。」
『ううん、仕事の息抜きだから大丈夫。それに声が聞けて嬉しい。久しぶりだね、元気?』
「………いや、それがさ、あんま元気じゃねぇかも」

嘘ばっか。昨日なんて元気に人を殴りまくってきたってのに口は軽々しく優しい彼女を心配させるような嘘をつく。

だってさ、悔しくね……??

先日顔を真っ赤にしてたじろぎっぱなしだった人とは思えない受話器越しの余裕に、何故かとんでもなく距離を取られたような気がした。本気で心配させたいわけじゃないので、一通りからかったらすぐに訂正するつもりではあったけど、元気じゃないなんてほらを吹けば否定する間もなく「え゛ッッ!?怪我したの??それとも風邪?」「ちゃんと病院には行った??頑張り屋のは知ってるけどこういう時に無理しちゃダメだよ??」と一息で問い詰められる。段々と彼女の声のボリュームや誤解が大きくなるにつれて、さっきまで不貞腐れていたのもすっかり忘れてしまった。

いや、これは流石に名前さん、俺のこと絶対好きじゃん………。これで好きじゃねぇとかある??勘違いしていい?

底辺まで沈んでた気持ちが一気にふわふわと優越感やら高揚感に浮つく。

「そんなに騒いで大丈夫??今、会社にいんだろ?」

にやけた笑いを必死に噛み殺していたけど、そのうち気づいた名前さんは抗議するようにわざとらしく語気を強めた。

『トイレにいるから平気。………ってかさ、気のせいじゃなければ、三ツ谷くんなんか笑ってない???』
「ふ………ハハッ、笑ってねーって!」
『いやめちゃくちゃ笑ってんじゃん!!嘘ばっかり!』

言葉だけで聞くと怒ってるようだけど、最後の方は俺に釣られて小さく笑ってしまってた名前さんが物凄くカワイイ。きっとニコニコしてるんだろうな、…………うっわ、見たすぎる。先ほどの名前さんに劣らず、妄想を膨らませていれば、弾み出す気持ちはどうにも抑えきれそうにない。

「………ねぇ、会いたい。」

言うはずじゃなかった本音が半ば無意識に口から溢れた。

『へ………っ!?え、どうしたの??』

あ、ヤベ……と密かに焦っていれば、一拍置いて生唾飲むような音が受話器越しに聞こえる。お互いに次の言葉を選ぶ沈黙の中で、先手を切ったのは意外なことに彼女のほうだった。

『………仕事、頑張るね』

くすぐったいほど消え入りそうな声がスピーカー越しに耳に届く。俺の言葉がちゃんと名前さんに響いていることが顔を見ずとも分かって、ぼんっと顔が一気に熱を帯びた。

会いたい。顔が見たい。笑って欲しい。
大人の男に見向き出来ねーくらい俺を好きになって。

胸の中で静かに張り詰めたものが破裂して溢れ出しそうだ。

「なぁ、……次あったらさ、アレ、してほしい。手当てする前にルナにしてたヤツ、………ダメ??」

いやもう無理だわ、コレ。

『………えッ!?いやいや、どうしたの!?ホントに大丈夫??頭打った???』

柄にもないのは分かってんだって。でもさ、どうにもならない歳の差埋めるには、やっぱりこの気持ちを必死に伝えるくらいしか思いつかない。
あーあ、1回でも寄りかかるとどんどんダメになってきそうで怖いんだけどな………。

「打ってねーよ、名前さんがスキだ。」

だけど今更だし。もうここまで立派に腑抜けてしまったんだから、あとはキッチリ責任とってくんねーと・・・・・・。

ルナとマナの姉ちゃんに。いつか冗談で言った言葉を思い出す。今思うと全然シャレになってねぇなって思うんだけど、あれ、やっぱ撤回。

「俺のカノジョになってほしい。」
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