16/32 「わ、髪サラッサラ。え、これうちのシャンプーで洗ってんの?リンスは?」

「石鹸だけだ。」

「ガビガビになんないの?」


いいなぁ…。と言って髪を梳く。人間が怖いっつってたのはどこのどいつだ?

夕食は山菜料理で日本人のオレには嬉しい和食だった。デイシャやマリは箸の使い方が難しいらしく、フォークで物珍しそうに食べていた。

師匠は部屋に引きこもって絵を描いているらしい。


そして今、風呂にもう一度入って髪を乾かしている。


豪雨は未だに止まず時々鳴る、鋭い雷の音に緋彗はいちいち髪を梳く手を止めて、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…。と連呼していた。
何が大丈夫なんだか。


「そ、そうだ。日本語の勉強しなきゃね…!」


雷にビビりながらパタパタと走って何冊かの本を持ってくる。


「これが日本語の本で、あとこれが英和辞典とわ、和英辞典。それでこれが漢字ドリルでひらがなドリル。まずはひ、ひらがなから。」

「(多っ!)」


オレは鉛筆を久しぶりに握った。雷は鋭い音ではなく、ゴロゴロと低い音が鳴っていた。









「ユーくんってば意外とやるね。」


一通り終わって言われた一言。


「意外とはなんだコラ。」

「なんか剣道一筋十年って感じだから、もっとてこずるかとね、思ったわけですよ…。

そういや何歳?」

「一昨日から11歳。」

「ワオ、おめでとう。勝手にケーキ食いやがってコンチクショー。」

「(無視。)お前は?」

「たぶん10歳じゃない?今年の12月22日に11歳。」

「たぶん?なんで年はアバウトなのに誕生日は正確なんだよ。」

「捨てられた時に持ってた手紙に書いてあった。あなたの名前は緋彗で12月22日に生まれましたーって。年号くらい書けよって話だし。」


緋彗はテーブルに頬杖をついて、紙をじっと見ていた。


「たしか、その時から歩けたけど字は読めなかったんだよね…。だから酒場のおじさんに聞いたんだっけ?翼と尻尾を出しっぱなしで聞いたから、お嬢ちゃん悪魔のコスプレかい?って言われた…。」

「翼と尻尾って昨日のか?」

「そう。」


バッと出して広げる。有り得ないことにパジャマは破れていない。


「怖い…か…?」


黙っていると緋彗が聞いてきた。今にも泣き出しそうな顔。廊下で雷が鳴ったときよりも弱々しい表情。


「僕は何もしてないのに異形だから石を投げられた…。だから…翼や尻尾を戻した。だけど…ダメ…。髪も瞳も血の色なんて人間…いないでしょ…?普通じゃないから怖いんだって。そんなに…


そんなに…恐ろしいの…?気味が悪い…の?」


知るか。周りの奴がどう思ってんのかわかるわけがねェ。本当は羨ましいのかもしれねェし、本当に怖いのかもしれない。

だけど、少なくともオレやマリ、デイシャは怖いなんざ思ってねェよ。」

「…

本当?」


目に涙をためて聞いてくる。顔が熱くなった。


「本当に怖くないのか…?」

「当たり前だろ。(か、可愛い…。)」


オレの服をぎゅっと両手で握って泣きそうになりながらも必死で聞いてくる緋彗は可愛くて、下手に扱ったら絶対に崩れそうな気がした。


「ありがとう…ユーくん。」

「礼なんていらねェよ。」


オレの目を見ながら涙声で緋彗は感謝した。 page:
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