翌日、朝食を取りに大広間へ向かうと、そこにデイジーはいなかった。ハーマイオニーだけが一人ミルクの入った水差しに『バンパイアとバッチリ船旅』を立てかけて読んでいる。大広間の天井はどんよりと曇っていて、なんとなく気分も盛り下がっていた。


「おはよう、ハーマイオニー。」

「…おはよう。」


 彼女の挨拶はちょっとつっけんどんで、僕らがホグワーツに向かった方法がまだ許せないらしいのがわかる。「デイジーは?」と尋ねると、「ハグリッドのとこよ。」とこれまた素っ気ない。どうやら、森の方でいつものお手伝いをしているようだ。
 「へえ、あいつもよくやるよな。」とロンが感心しながら卵とベーコンを皿によそっていると向かいのネビルから嬉しそうな挨拶をかけられた。彼は、ハーマイオニーとは違って、車でやってきた僕らに尊敬の眼差しを向けているようだった。ネビルが、「もうふくろう郵便の届く時間だ。」と僕らに教えてくれる。「ばあちゃんが、僕の忘れた物をいくつか送ってくれると思うよ。」と恥ずかしそうに呟くネビルは僕の知っている限り、一番の忘れん坊だ。ネビルの想像通り、きっと何か送られてくるんだろう。新学期が始まったばかりだしね。
 噂をすれば、頭上で慌ただしい羽音がして、百羽を超えるふくろうが大広間へ押し寄せる。僕は食べ始めたばかりのオートミールをテーブルの端に寄せた。ふくろう達は、ペチャクチャ騒がしい生徒達の上から手紙やら小包なんかを落としている。大きな凸凹した小包がネビルの頭に落ちて跳ね返った。そして、次の瞬間、ガチャンと大きな灰色の塊がハーマイオニーの本が立てかけられていた水差しの中に落ちる。周りのみんなに、ミルクと羽の飛沫を撒き散らした。ロンが、「エロール!」と足を掴んで水差しの中からミルクでぐしゃぐしゃになったふくろうを引っ張り出す。エロールは気絶していて、テーブルの上にボトリと落ちた。もうここに来るまでに息も絶え絶えだったのだろう。足を上向きに突き出して、嘴には真っ赤な手紙をくわえている。
 「大変だ……。」とロンが息を飲むのがわかった。ハーマイオニーがエロールを指先で突ついて生きているのを確認したのか、「大丈夫よ、まだ生きてるわ。」と声をかけたが、どうやら違うらしい。ロンは、赤い封筒を指差しながら、「そうじゃなくて、あっち。」と声を絞り出していた。別に、赤いだけでなんの変哲もない手紙に見えるけれど、ロンやネビルにとってはそうではないみたいだった。まるで、ダイナマイトを見るような目つきだ。一体この手紙のどこが怖いんだろう?


「どうしたの?」

「ママが……ママったら『吠えメール』を僕によこした。」


 何それ。僕が口を開こうとすると、「開けないともっとひどいことになるよ。」とネビルがひどく怯える。「僕のばあちゃんも一度僕によこしたことがあるんだけど、放っておいたら……、ひどかったんだ。」と生唾を飲み込みながらそう言った。ひどいって、どういうこと?今度こそ、「『吠えメール』って何?」と尋ねる。
 しかし、ロンは赤い封筒に全神経を注いでいてそれどころではないらしい。無視だ。『吠えメール』とやらは、封筒の四隅から煙が上がりはじめていた。ネビルが、「ほんの数分で終わるから…。」とロンを説得する。
 ロンが震えながらもエロールの嘴から封筒をそっとはずし、開封した。ネビルがすぐさま耳に指を突っ込む。


「(なんで耳に指なんか、)」

……車を盗み出すなんて、退校処分になってもあたりまえです!


 突然の爆音に耳の奥がキーンとした。ネビルはきっとこれを予想していたんだろう。大広間いっぱいにウィーズリーおばさんの怒鳴り声が響く。石壁に反響して鼓膜が破れそうだ。おばさんの声は本物の百倍くらいに拡声されてるんじゃないかと思うくらいに大きくて、天井からは埃がバラバラと落ちてくるし、テーブルの上の皿もスプーンもガチャガチャと揺れた。『吠えメール』はロンに向かって、ロンの予見能力のなさや浅はかさを責めたて、まかり間違えばロンも僕も死ぬところだったと嘆いている。


まったく愛想が尽きました。お父さんは役所で尋問を受けたのですよ。みんなおまえのせいです。今度ちょっとでも規則を破ってごらん。わたしたちがおまえをすぐ家に引っ張って帰ります!


 赤い封筒が、突然燃え上がる。どうやら終わったらしい。耳がジンジンする。しばらく身動きが取れずにいると『バンパイアとバッチリ船旅』を閉じたハーマイオニーと目があった。ハーマイオニーがロンに、当然の報いだなどと言っている途中でロンが遮っているのが聞こえる。そうだ、当然の報いなのだ。食べかけのオートミールを押しやった。ウィーズリーおじさんが役所で尋問を受けた……。おじさんとおばさんには休暇中、散々お世話になったのに。デイジーの言う通り、せめて先に手紙を送っていればまた違ったのかもしれない。実際、マクゴナガル先生もそうすべきだったと言っていたし。
 悶々と考えていると、マクゴナガル先生がグリフィンドールのテーブルを回って時間割を配り始めたので、ぐるぐると終わりの見えない考え事はやめた。デイジーはまだここにはいなかったから、ついでに彼女の分も受け取る。時間割によると、僕らの最初の授業はハッフルパフとの薬草学らしい。

 三人一緒に城を出て、野菜畑を横切り、魔法植物が植えられている温室へと向かう。途中でデイジーと合流した。彼女の着ていたポロシャツとアンダーシャツ、それに体にピッタリとした乗馬用ズボン(キュロット)は汗と土でドロドロに汚れていて、低い位置でポニーテールに纏められたデイジー自身の髪の毛もしっとりと濡れている。ハーマイオニーが、「部屋に忘れてたわ。風邪引く前に着替えてきなさいよ。」とデイジーの制服やローブを手渡した。


「これこれ。忘れてた。ありがとう。ダッシュで行っても遅刻しちゃうなって思ってたとこなんだ。」

「こんなにドロドロでどこで何してたって言うんだ?」

「ハグリッドのとこでヒッポグリフに乗ってた。私の馬具、クィディッチの競技場に置かせてもらってるから片付けてたら時間食っちゃって。お昼休み手入れと残りの子達の蹄の裏の土を掻き出しに行かないと。」

「ヒッポグリフってアレだろ?お尻が馬で、頭が鳥の……、」

「鷲ね。まあ、とにかくヒッポグリフに一頭すごく性格悪い子がいて、跳ねて立ち上がったと思ったら空飛んじゃってさ。ダイナミック下馬。」

「腕治ってないのに!」


 ゲラゲラ笑うデイジーにハーマイオニーが咎め、デイジーはきょとんとしてから、「言うと思った。」と苦笑する。ロンだったらきっとここで、うるさいなとつっぱねて喧嘩になるんだろう。けれど、デイジーはこういう状況なんか何度もくぐり抜けているから慣れたものらしい。「世界には腕がなくても乗れてる人がいるから大丈夫だって。」なんて言いながらのらりくらりと呑気に交わしていた。


「それより三人とも、昨日と雰囲気違うけど何かあったの?」


 デイジーがポロシャツの襟をパタパタ仰ぎながら僕達に尋ねる。その場の空気を読むのはヘタクソなくせに、こういう、なにかが違うっていうのは敏感に気付くんだからデイジーの勘は中々バカにできない。
 今朝の吠えメールの一件を伝えると、少し戯けた顔をしてから呆れた顔に変わった。


「まあ、そうなるでしょうね。」

「その言い方、どこかの誰かさんみた、イタッ!」


 普段の調子が戻ってきたロンを慌てて小突く。明らかに僕らが悪いっていうのに、そんな風に言ったらまた怒るじゃないか。
 デイジーは、「私も強く止めなかったから、あんまり非難するつもりはないけどさ、沢山の人に迷惑をかけたんだから自慢できることではないと思うよ。」と昨日の僕等の態度を窘めた。やんわりとした口調ではあったけれど目が冷ややかだったから、少なからず腹立たしくはあったらしい。一回こっきりの叱咤だったけれど、自覚していただけにちょっと堪える。


「ちょっと!あなたここで着替えるつもり?」

「大丈夫だって!すぐだから!」


 そういう問題じゃないわ!とハーマイオニーが非難の声を上げた。なんだと思えばデイジーが、今、ここで着替えるというのだから当然と言えば当然だ。「君、女の子だよね?」とロンが戸惑う。
 デイジーは、本当に言った通り、すぐに着替え終わった。ポロシャツを着たまま、中のアンダーシャツを首から抜き、ポロシャツを腕だけ外すと上から少しだけボタンを外したワイシャツを被る。腕をシャツに通し、ボタンを少し留めて、ポロシャツを外した。スカートも同じように、先に制服を身につけてからズボンを脱いだ。あっという間だ。靴は持ってきていなかったから、乗馬用のショートブーツ(ジョッパー)だけれど。


「汗と泥でベタベタだ。気持ち悪いなあ。」

「どうせ次は薬草学だもの。綺麗になったってドロドロになるわ。」


 温室が近くなってくると、他のクラスメートが外に立って、薬草学のスプラウト先生を待っているのが見えた。僕らがみんなの所へ集まった直後、先生が芝生を横切って大股で歩いてくる。ギルデロイ・ロックハートと一緒だ。スプラウト先生は腕一杯に包帯を抱えている。遠くの方に植わっている暴れ柳の枝のあちこちに吊り包帯がしてあるのが見えて、申し訳なくなった。
 スプラウト先生はふわふわした髪の毛を靡かせたずんぐりした小さな魔女で、つぎはぎだらけの帽子をかぶっている。ほとんどいつも服は泥だらけだし、爪なんか見たら、ガーデニング好きなペチュニアおばさんなら気絶ものだ。
 ギルデロイ・ロックハートはと言えば、ターコイズ色のローブを靡かせ、輝くブロンドの髪に、金色で縁取られたターコイズの帽子を完璧に着こなしている。


「やぁ、みなさん!」


 ロックハートは集まっている生徒を見回して、笑みを溢した。デイジーが、「あの人、常にパーティって感じ。」と肩をすくめる。


「スプラウト先生に、暴れ柳の正しい治療法をお見せしていましてね。でも、(わたくし)の方が先生より薬草学の知識があるなんて、誤解されては困りますよ。たまたま私、旅の途中に暴れ柳というエキゾチックな植物に出会ったことがあるだけですから、」

「みんな、今日は三号温室へ!」


 そう、なんて言うか、根拠のない自信に満ち溢れてる感じ。
 スプラウト先生は、普段の快活さはどこへやら、不機嫌さが目に見えてわかるようにロックハートの言葉を遮った。


「三号温室ですって!」

「今まで一号温室だけだったもんね。もっと変わった植物がいるんでしょ?楽しみだなあ。これで成績さえ良ければ最高なんだけど。」


 ハーマイオニーとデイジーが囁き合う。彼女達だけじゃない。みんなが興味津々で騒めいていた。これまで一号温室でしか授業がなかったから。
 スプラウト先生が大きな鍵をベルトから外し、ドアを開ける。天井からぶら下がった、傘ほどの大きさがある巨大な花の香りに混じって、湿った土と肥料の臭いが鼻をついた。ロン達と一緒に入ろうとすると、誰かの手に遮られる。


「ハリー!君と話したかったんだ。」


 ロックハートだ。デイジーが邪魔だと言わんばかりに彼を一瞥して中に入っていった。


「スプラウト先生、彼が二、三分遅れてもお気になさいませんね?」


 スプラウト先生の顰め面を見れば、どう考えたって“お気になさる”ようだったけれど、ロックハートは構わず「お許しいただけまして。」と言うなり、先生の鼻先でピシャッとドアを閉めた。周りがどう思うかに鈍感らしい。
 「ハリー。ハリー、ハリー、ハリー。」ロックハートは、僕の名前を呼ぶ度に首を左右に振り、白い歯を陽の光で輝かせた。名前を連呼して一体何が言いたいのか、さっぱりで、言葉も出ない。


「私、あの話を聞いたとき……もっとも、みんな私が悪いのですがね、自分を責めましたよ。」

「(一体何の話をしたいんだろう?)
あの、一体何の、」

「こんなにショックを受けたことは、これまでになかったと思うぐらいですよ。ホグワーツまで車で飛んでくるなんて!まぁ、もちろん、何故君がそんなことをしたのかはすぐにわかりましたが。目立ちましたからね。ハリー、ハリー、ハリー。」


 詳しく教えてくれたみたいだったけれど、結局意味不明だし、どうやったら話していないときでさえ、綺麗な歯並び一つ残らず見せつけることができるのかということの方が気になってしまう。話がちゃんと頭に入らないし、そもそもその話が僕の中でちゃんと話として成り立ってくれないから、理解するのに困難を極めた。


「有名になるという蜜の味を、私が教えてしまった。そうでしょう?『有名虫』を移してしまった。新聞の一面に私と一緒に載ってしまって、君はまたそうなりたいという思いを堪えられなかった。」

「あの……先生、違います。僕はただ、」

「ハリー、ハリー、ハリー。」


 今度は僕の言葉を遮って、ロックハートは僕の肩を掴む。ようやく話が理解できてきた。どうやらロックハートは僕が車でホグワーツまで来たのは目立ちたいからだと思っていて、それが自分の影響だと思っているらしい。


わかりますとも。最初のほんの一口で、もっと食べたくなる……君がそんな味をしめるようになったのは、私のせいだ。どうしても人を酔わしてしまうものでしてね。しかしです、青年よ、目立ちたいからといって、車を飛ばすのはいけません。落ち着きなさい。ね?もっと大きくなったら、そういうことをする時間はたっぷりありますよ。ええ、ええ、君が何を考えているか、私にはわかります!『この人はもう世界中で有名な魔法使いだから、落ち着けなんて言ってるんだ!』ってね。しかしです、私が十二歳のときには君と同じくらい無名でした。むしろ、君よりもずっと無名だったかもしれない。だって、君の場合は少しは知っている人がいるでしょう?『名前を呼んではいけないあの人』とかなんとかで!」


 ロックハートが僕の額の傷をちらっと見て、「わかってます。わかってますとも。」と続けた。ちなみに、彼の話で僕のことを言い当てたところは一つもない。


「『週刊魔女』の『チャーミング・スマイル賞』に五回も続けて私が選ばれたのに比べれば、」

「すみません、先生。」


 スッと温室のドアが開いて、デイジーが顔を出した。


「ああ!君はサイン会の!えぇと……、」

「ダーズリーです。それより、三分経ちました。今日は少し危険な授業だそうなので、ハリーが来ないので授業が始められません。先生ともあろう人が、まさか生徒の限りある授業時間を奪うだなんて、そんなことしませんよね?」


 澄まし顔のデイジーにロックハートは少し唸り、「もちろんだとも。あと二、三言で終わりますよ。」と白い歯を溢す。「了解です、先生。」デイジーは口元だけにこりと笑って、先程のロックハートの様にピシャッとドアを閉めて消えた。


「そう、それで……何でしたっけ?ああ、そうだ。そう、私が五週連続で受賞したことに比べれば、君のはたいしたことではないでしょう?でも大きくなれば何時だってできる。はじめはそれぐらいでいい。はじめはね。


 二、三言ではなかったけれど、言いたいことは終わったらしい。ロックハートは僕に思いっきりウィンクをすると、すたすたと行ってしまった。言いたいことはなんとなくわかったけど、それって僕に何か当てはまる?って感じ。とりあえず、本当に少しで終わったから、途中で割って入ってくれたデイジーに感謝したい。
 しばらくポカンとしてから、授業の存在を思い出して温室の中へ滑り込んだ。スプラウト先生は温室の真ん中に架台を二つ並べ、その上に板を置いてベンチを作って、その後ろに立っている。ベンチの上には色違いの耳当てが二十個程並んでいた。欠伸をする音が聞こえたので目を向けると、ハーマイオニーの隣でデイジーが目を擦りながら大きな口を開けている。朝が早かったから、眠気の波が襲ってきているみたいだ。急いでロンとハーマイオニーの間に立つと、先生が授業を始めた。


「今日はマンドレイクの植え替えを行います。マンドレイクの特徴がわかる人はいますか?」


 思っていた通り、一番先にハーマイオニーの手が挙がる。その勢いにデイジーの髪が舞い上がったらしく、デイジーが押さえつけていた。


「マンドレイク、別名マンドラゴラは強力な回復薬です。姿形を変えられたり、呪いをかけられた人を元の姿に戻すのに使われます。」

「たいへんよろしい。」


 いつもの様に教科書をそのまま読んだようなハーマイオニーの答えに、スプラウト先生から十点が与えられる。


「マンドレイクは大抵の解毒剤の主成分になります。しかし、危険な面もあります。誰かその理由が言える人は?」


 今度はハーマイオニーのこっち側の手が挙がり、危うく僕の眼鏡を引っ掛けそうになった。手が挙がった拍子にぶつからないよう、デイジーが自分側のハーマイオニーの腕を押さえたせいだ。ハーマイオニーは気にせず、マンドレイクの泣き声が命取りになることを淀みなく答え、また十点をもらっていた。


「さて、ここにあるマンドレイクはまだ非常に若い。」


 先生が一列に並んだ苗の箱を指差す。生徒がよく見ようとして一斉に前の方に詰めた。紫がかった緑色の葉のふさふさした小さな植物が百程並んでいる。なんてことない苗だ。ハーマイオニーの言うマンドレイクの泣き声って一体どういうものなのか見当もつかない。
 先生が耳当てを取るようにと言ったので、みな一斉に耳当てを取ろうと揉み合った。ピンクのふわふわした耳当ては人気がなかったようで、スプラウト先生が手に取る。


「私が合図したら耳当てをつけて、両耳を完全に塞いでください。耳当てを取っても安全になったら、私が親指を上に向けて合図します。それでは……耳当て、つけ!


 耳当てで両耳を覆うと、外の音が完全に聞こえなくなった。先生はピンクのふわふわな耳当てをつけ、ローブの袖を捲り上げて苗を一本しっかりと掴み、引き抜いた。
 土の中から出てきたのは、植物の根っことは似ても似つかない、小さな、泥だらけの、酷く醜い男の赤ん坊だった。あらん限りの声で泣いているように見える。葉はその頭から生えていて、肌は薄緑色でまだらだ。見た目だけで言えば、この夏に初めて見た庭小人よりも悪い。ふとデイジーを見てみると、瞬きを繰り返しながら船を漕いでいて、今まさに睡魔と戦っているところだった。
 スプラウト先生は、テーブルの下から大きな鉢を取り出し、マンドレイクをその中に突っ込むと、ふさふさした葉っぱだけが見えるように黒い湿った堆肥で赤ん坊を埋め込んだ。先生が手の泥を払い、親指を上に上げて自分の耳当てを外す。


「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声も命取りではありません。しかし、苗でも、みなさんを間違いなく数時間気絶させる力があります。新学期最初の日を気を失ったまま過ごしたくはないでしょうから、作業中は耳当てをしっかり離さないように。後片付けをする時間になったら、私からそのように合図をします。」


 先生はベコニアに水をやるのと同じように、平然と言ってのけた。一つの苗床に生徒が四人、振り分けられ、傍の少し大きい鉢に堆肥とともに植え替える。やることは確かに普通と言えば普通だ。
 僕とロン、ハーマイオニーのグループに髪がくるくるとカールしたハッフルパフの男の子が加わった。ジャスティン・フィンチ−フレッチリーと言うらしいその子は、明るい声で自己紹介をしながら握手をした。彼の向こう側でデイジーが、これまたハッフルパフの太った男の子と三つ編みの女の子とグリフィンドールのラベンダー・ブラウンとで自己紹介をし合っている。吃りながらも精一杯頑張っているようだった。


「君のことはもちろん知ってますよ。有名なハリー・ポッターだもの……。それに、君はハーマイオニー・グレンジャーでしょう?何をやっても一番の……。それから、ロン・ウィーズリー。あの空飛ぶ車、君のじゃなかった?」


 笑顔で握手に応じたハーマイオニーとは違って、ロンはにこりともしない。吠えメールのことが、まだどこかに引っかかっているらしい。双子のウィーズリーですら恐れるおばさんの怒りは、下手な呪いよりも効果的な魔法だ。


「ロックハートって、たいした人だと思いません?」


 四人でそれぞれ鉢にドラゴンの糞の堆肥を詰め込んでいると、ジャスティンが朗らかに言った。なんでも彼もロックハート信者の一人らしい。デイジーが「ここはさすがにシャレなのか本気で言ってんのかよくわかんない。」と失笑していた、狼男に追い詰められて電話ボックスに逃げ込んでから倒すエピソードを輝かんばかりの顔で語っていた。


「僕、ええと、あのイートン校に行くことが決まってたんですけど、こっちの学校に来れて、ほんとに嬉しい。もちろん母はちょっぴりがっかりしてましたけど、ロックハートの本を読ませたら、母もだんだんわかってきたらしい。つまり家族の中にちゃんと訓練を受けた魔法使いがいると、どんなに便利かってことが……。」


 ダーズリーもそれだけ物分りがよかったらいいのにと思った。それからはあまり話をするチャンスがなくなった。耳当てをつけたし、マンドレイクに集中しなくちゃいけなかったからだ。スプラウト先生のときは随分簡単そうに見えたけれど、実際は、もう、格闘だ。一種のスポーツかと思うくらいに息が上がった。マンドレイクは土の中から出るのを嫌がるくせに、一旦出ると土に戻りたがらないのだ。もがいたり、蹴ったり、尖った小さな拳を振り回したり、ギリギリと歯軋りしたりで丸々太ったやつを鉢に押し込むのに優に十分はかかった。
 授業が終わったときには、クラスの誰もが汗まみれの泥まみれで体のあちこちが痛んだ。唯一平然としてたのはデイジーくらいだ。普段もっとおっかない生き物の世話をしてるから慣れているんだろう。マンドレイクを押し込むのに苦戦しているときにチラッと見たけれど、ちょうど庭小人を気絶させるみたいに頭の上で振り回して弱らせてから鉢に突っ込んでいた。それが合ってるのかはわからなかったけれど、腕一本でまともに押さえ込むことなんてほとんど不可能だし、あまりにも彼女の顔に表情がなかったので誰も何も言わなかった。相当眠かったに違いない。

 だらだらと城まで歩いて戻り、さっさと汚れを洗い落としたあと、僕らはマクゴナガル先生の教室へと急いだ。グリフィンドール生には変身術の授業が待っているのだ。
 マクゴナガル先生の授業はいつも大変だったけれど、今日は殊更難しかった。去年一年間で習ったことが、夏休みの間に頭から溶けて流れたみたいにすっからかんになっているのだ。コガネムシをボタンに変えるはずだったのに、杖をかいくぐって逃げるもんだから、机の上でたっぷり運動させてやっただけだ。
 今日は珍しくデイジーも苦戦していて、コガネムシに当たるはずの魔法を机に当て、ボタン型のイボを作っていた。それもそのはず、彼女は本来、杖腕の右手で使うはずの杖を左手で振っていたのだ。右手に比べて振り方もきごちないし、魔法の強さも調節出来ない。加えて、眠気で狙いが定まっていなかった。時間が経つにつれてイボは増えていき、ようやくコガネムシをボタンに変身させたのは、コガネムシがイボの間に落っこちて身動きが取れなくなったときだった(それでもボタンから脚が六本きっちりと生えていたし、戻したときには力が強過ぎたのかバラバラになっていたが)
 とは言え、ロンに比べたらデイジーなんか全然マシで、ロンの杖は借りた魔法のセロテープ(スペロテープ)で折れた先を繋げてはみたものの、もう杖は修理できない程に壊れてしまったらしい。とんでもないときにパチパチ鳴ったり、火花を散らしたりしたのだ。コガネムシを変身させようとする度に、杖は濃い灰色の煙でもくもくと包み込むし、煙は腐った卵の臭いがするしで最悪だ。煙で手元が見えづらくなったロンは、うっかり肘でコガネムシを潰してしまい、新しいのをもう一匹もらう羽目になった。マクゴナガル先生は、ご機嫌斜めだった。

 それでも時間はちゃんと過ぎていくもので、昼休みのベルが鳴って、ようやく一息吐く。脳味噌が、搾ったあとのスポンジみたいだ。うつらうつらしていたデイジーは、ベルの音で飛び起き、マクゴナガル先生への挨拶も早々にまたハグリッドのところへ戻っていった。忙しい人だ。
 みんながぞろぞろと教室を出て行く。そんな中、僕は、杖を机に叩きつけて癇癪を起こしているロンを待っていた。


「こいつめ……役立たず……コンチクショー。」

「家に手紙を書いて別なのを送ってもらえば?」

「そうすりゃ、また吠えメールがくるさ。『杖が折れたのは、お前が悪いからでしょう!』ってね。」


 すんなり納得のいく理由を口にしたロンが、シューシュー鳴り始めた杖を鞄に押し込む。
 そんな機嫌の悪いロンに対して、昼食のテーブルでハーマイオニーが授業で作った完璧なコートのボタンをいくつも見せてくるもんだから、もう気が気じゃなかった。ロンがまた爆発する寸前で、草臥れたデイジーがドサッと隣に座ってきてくれたときは、彼女が女神か何かかと思ったくらいだ。


「随分疲れてるね。」

「そりゃ四時半に起きたし、お昼食べ損ねたくなかったから走ってきたもん。」

「何か取る?」

「うん。あ、コーヒーも。」

「はいはい。」


 適当にデイジーの好きなものをお皿に盛って戻ってくると彼女はテーブルに腕を投げ出してすっかり寝ていた。初日だし、感覚がまだ戻ってきていないのだろう。彼女の肩をトントンと叩くと、ジュルと涎を啜りながら、むくりと起き上がった。ボソボソとありがとうを言って、目を閉じたり開いたりしながらご飯を口に入れ始める。


「今日の午後の授業ってなんだっけ?私、時間割貰い損ねちゃって。」

「闇の魔術に対する防衛術よ。時間割はハリーが受け取ってたわ。」

「あらどうも。」


  僕から時間割を受け取るデイジーのすぐ傍で、ハーマイオニーの時間割をロンが取り上げた。


「君、ロックハートの授業を全部小さいハートで囲んであるけど、どうして?」


 ハーマイオニーが真っ赤になって時間割を引ったくる。デイジーがヘラヘラ笑ってコーヒーを飲み干した。

 食事を終えたあと、最後の追い込みとばかりに先に教室へ行って寝るというデイジーを除いて、僕らは中庭でお昼休みを過ごしたのだが、まあそれはそれは最悪な時間だった。マグル生まれだというグリフィンドールの一年生、コリン・クリービーに写真とサインをせがまれたし、それをマルフォイを始めとするスリザリン生にこれ見よがしに馬鹿にされた。それだけならまだしも、更には騒ぎを聞きつけたロックハートが、サイン入り写真を配っているのは誰かと寄ってきてコリンのためにツーショットを撮る羽目になったのだ。ロックハートに羽交い締めにされて連れて行かれたときは、それはもう屈辱的だった。おまけにロックハートは、自分と一緒に写真わ撮ることで僕が目立ちたがってることを感じさせないようにしただとか、今の段階でサイン入り写真を配るのは思い上がりだとか、去り際に(といっても彼の教室の前まで一緒に歩いたわけだが)わざわざ忠告をしてくれた。本当にいらないお世話だ。
 ローブをギュッと引っ張って皺を伸ばしてから、一番後ろの席で突っ伏しているデイジーの隣に座り、脇目も振らずにロックハートの本を七冊全部、目の前に山のように積み上げてやった。表紙のウィンクが鬱陶しかったが、実物を見るよりかはずっといい。


「デイジー、時間だよ。」

「……はよ。」


 デイジーを起こすと消え入りそうな声で返事が返ってくる。うんと大きな伸びをしたデイジーの顔は薬草学の終盤のときより随分すっきりとした表情だ。大きな欠伸をしたあと、僕の不機嫌に気付いたのか、本日二度目の「何かあった?」を口にしてきた。ことのあらましを伝えると、困ったように笑う。


「マルフォイはいつものことだけど、あの人のは……ちょっと特殊だよね。見栄っ張りというか、プライドが高いというか……。」

「勘弁してほしいよ。コリンのせいで余計にうるさくなったし。」

「ま、見つからないように逃げるくらいしかないでしょ。」


 デイジーは投げやりに答えたけれど、たしかにそれくらいしかやりようがない。いつでも突っ伏せるよう腕を机の上で組んで、出来るだけ姿勢を低くしているとクラスメートが教室にドタバタと入ってくる。ロンとハーマイオニーが僕らの両脇に座った。ロンの最初の一言は「顔で目玉焼きぐ出来そうだったよ。」だった。僕もだよ。


「デイジー、聞いた?ハリーの熱狂的なファンがまた現れたんだ。」

「聞いた聞いた。サイン会開いたら恐ろしいことになりそうだね。」

「開かない。」

「クリービーとジニーがどうか出会いませんように、だね。じゃないと、二人でハリー・ポッターファンクラブを始めちゃうよ。」

「やめてくれよ。」


 ハリー・ポッターファンクラブなんて言葉、ロックハートには絶対聞かれたくない。僕自身何もしてない今でさえうるさいのに、余計に口喧しく警告しにくるに違いないんだから。

 生徒全員が着席すると、ロックハートは大きな咳払いをした。教室が静まる。ロックハートは教壇から降りてこちら側へやってきて、ネビルの持っていた『トロールとのとろい旅』を取り上げ、ウィンクをしている自分自身の写真のついた表紙を高々と掲げた。


「私だ。」


 本人も何故かウィンクをする。デイジーが「はあ?」と眉間に皺を寄せるのがわかった。


「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞……。もっとも、私はそんな話をするつもりはありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」


 デイジーに再び眠気が戻ってきたのか、頬杖をついたと思ったら隠しもせずに大きな欠伸をかいている。ロックハートはみんなが笑うのを待ったけれど、極少数が曖昧に笑っただけだった。それに気付いていないのか、あるいは恐ろしく強いメンタルを持っているのか僕らが全員ロックハートの本を揃えていることを確認する。なんでも、今日、たった今から本の内容把握のミニテストを行うらしい。時間は三十分。ロックハートの合図で質問に目を通した。


1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2 ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?


 延々三ページ、表裏に続いていて、最後の質問は、ロックハートの誕生日と理想的な贈り物を尋ねている。さっきのデイジーじゃないけど、「はあ?」と言いたい。タイトルですら碌々覚えていないのに答えられるはずもないし、むしろ答える気がない。闇の魔術に対する防衛術らしさの欠片もないんだもの。
 三十分後、ロックハートは答案を回収し、クラス全員の前でパラパラと用紙をめくる。意外にも、即刻解答をやめると思っていたデイジーは全ての解答欄を埋めていて、今の時間に本を開いて答え合わせをしていた。あれだけロックハートを苦手そうにしてたのに……もしかしたら、本の内容は悪くないと言っていたから割り切ったら平気なのかもしれない。


「チッチッチ……私の好きな色はライラック色だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね。『雪男とゆっくり一年』の中でそう言っているのに。『狼男と大いなる山歩き』をもう少ししっかり読まなければならない子も何人かいるようだ。第十二章ではっきりと書いているように、私の誕生日の理想的な贈り物は、魔法界と非魔法界のハーモニーですね。もっとも、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でもお断りは致しませんよ!」


 ロックハートがもう一度いたずらっぽくウインクをした。ロンは、もう呆れてものが言えないという表情でロックハートを見つめていたし、前列のシェーマスとディーンは声を押し殺して笑っている。デイジーはロックハートの言葉を一字一句聞き漏らさないよう羊皮紙に書いていて、ハーマイオニーはロックハートの言葉にうっとりと聞き入っていたから、ロックハートが二人の名前を口にしたとき、二人ともびくっとしていた。


「ところが、このクラスで二人、ミス・ハーマイオニー・グレンジャーとミス・デイジー・ダーズリーは、私の密かな大望を知っていました。この世界から悪を追い払い、ロックハート・ブランドの整髪剤を売り出すことだとね。よくできました!それに……満点です!ミス・ハーマイオニー・グレンジャーとミス・デイジー・ダーズリーはどこにいますか?」


 ハーマイオニーは小さく震える手を挙げ、デイジーは淀みなく真っ直ぐに手を伸ばす。いつもと立場が逆だ。
 ロックハートは二人に賛辞の言葉とそれぞれ十点を贈った。十点の代わりにサインでもいいというロックハートの提案を即座に切り捨て、小さく鼻を鳴らしてニンマリと笑うデイジーを見て、あの異様なやる気はこのためだったのかと漸く得心がいく。現金なやつだ。


「さて、授業ですが……、」


 ミニテストも終わり、ロックハートがやっと授業の内容を口にしようと机の後ろに屈み込んだ。実物を持ってきたのだろうか?布で覆われた大きな籠を持ち上げ、机の上に置く。


「さあ、気をつけて!魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが私の役目なのです!この教室で君達は、これまでにない恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいる限り、何物にも君達に危害を加えることはないと思いなさい。落ち着いているよう、それだけをお願いしておきます。」


 「どうか叫ばないようお願いしたい。この連中を挑発してしまうかもしれないのでね。」と前置きをされた手前、気にならないわけがない。目の前に積んだ本の山の脇から籠を見つめた。ロックハートが布に手をかける。ディーンとシェーマスが固唾を飲み、ネビルは一番前の席で小さくなった。


「さあ、どうだ!コーンウォール地方のピクシー小妖精だ!」


 籠には青くて小さい何かがいっぱい詰まっていた。その姿にシェーマスが堪えきれずに噴き出す。さすがのロックハートでも恐怖の叫び声には聞こえなかったらしい。「どうしたのかね?」とシェーマスに笑いかけた。


「あの、こいつらが……あの、そんなに……危険、なんですか?」


 シェーマスは笑いを殺すのに咽せ返っていたけれど、言いたいことはわかる。もっと凶悪なものを想像していたから、拍子抜けなのだ。沢山いるとはいえ、二十センチくらいの小さな生き物だし、尖んがった顔でキーキーと高い声を出す姿はインコのようだったし、籠の中でやっていることと言えば、中をビュンビュン飛んだり、籠をガタガタ言わせたり、生徒に舌を出したりするだけだ。
 そんな中、ロックハートはシェーマスに対して思い込みはよくないと窘め、ピクシー小妖精をやっかいで危険な小悪魔だと言う。


「さあ、それでは!君達がピクシーをどう扱うか……お手並み拝見!」


 籠の扉が開かれ、ピクシーがロケットのように飛び散った。デイジーが顔を引き攣らせる。二匹がネビルの両耳を引っ張ってシャンデリアに引っ掛け、数匹が窓ガラスを突き破って飛び出す。危うく後ろの席にいた僕らにガラスの雨が降るところだったが、デイジーがもたつきながらも素早く杖を取り出してガラスを直したのでなんとか免れた。元はなかった変な装飾がついているのは見なかったことにする。
 インク瓶を引っ掴んだと思ったら、教室中にインクを振りまくわ、本やノートを引き裂くわ、壁から写真を引っ剥がすわ、ごみ箱はひっくり返すわ、本やカバンを奪って窓の外に放り投げ、またもガラスを割るわで教室に残ったピクシーだけでも暴走するサイよりも凄まじい破壊力だ。クラスの生徒の半分が机の下に避難する中、ピクシーに近寄られたくないデイジーだけが悲鳴を上げながら素手でひっ捕らえ、籠の中へ詰めていく。庭小人と同様に、ピクシーも小さくてワラワラしたものに分類されていたようだ。


「さあ、さあ。捕まえなさい。捕まえなさいよ。たかがピクシーでしょう。」

ふざけないでください!


 デイジーが怒鳴った。ちょうど二匹のピクシーがデイジーの耳の穴に紙を丸めたものを突っ込んだからだ。デイジーは耳を触られるのが大の苦手だった。
 デイジーに怒鳴られたロックハートもさすがによくないと思い始めたのか腕まくりをして杖を振り上げる。


「“うるさい妖精よ、私を困らせるな(ペスキピクシペステルノミ)!”」


 なんの効果もない。ピクシーが一匹、ロックハートの杖を奪ってシャンデリアに向かって火花を散らしたかと思うと、窓の外へ放り投げる。ロックハートが息を呑み、教卓に潜り込んだ次の瞬間、天井からシャンデリアとネビルが落ちた。
 終業のベルが鳴ると、みんな一斉に出口に向かう。僕らも遅れじと向かったが、ロックハートが立ち上がり、僕らを見つけて呼びかけてきた。


「さあ、その四人にお願いしよう。その辺に残っているピクシーを摘んで、籠に戻しておきなさい。」


 そうして僕らの横をするりと抜け、後手に素早くドアを閉じる。「耳を疑うぜ。」とロンは残っているピクシーの一匹に耳を噛まれながら唸った。それに対してハーマイオニーがロックハートは実際に経験を積ませて学習させたかったのだと二匹一緒にてきぱきと縛り術をかけて動けないようにしてから籠に押し込む。


「体験だって?ハーマイオニー、ロックハートなんて、自分のやっていることが自分で全然わかってないんだよ。」

「違うわ。彼の本、読んだでしょ?彼って、あんなに目の覚めるようなことをやってるじゃない……。」


 ハーマイオニーがあんまりにも庇護するので、ロンは「ご本人は、やったと仰ってますがね。」と皮肉った。三人でブツブツ言いながらなんとかしようともがいていると、それまで黙って作業をしているデイジーが杖で籠を叩いた。


「“すべてのピクシーよ、集まれ(ピクストータム・コングレゴ)”。」


 デイジーは強制的にピクシー達を籠に戻すと籠に施錠呪文をかける。


「なんだっていいよ、点数くれるなら。」


 左腕で魔法をかけたからか、デイジーが怒ってたからなのかはわからないが、籠は鎖で覆われて中が見えなくなっていた。





20150714
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