目を開けると、まったく知らない場所のベッドで、真っ青の布団を被って私は転がっていた。妙に天井が低くて、そこでやっと二段ベッドだと言うことに気付く。 どうにも体が重くて、昨夜は何をしていたんだっけ。と考えると頭まで重く感じてきた。家出して、ファブスターおじさんとおばさんのところに愚痴でも聞いてもらおうと向かっていたところまでは覚えている。けれど、その先がぼんやりとしか思い出せない。なんだったかなあ。なんて考えているうちに、昨日のケンカを思い出して気分が悪くなった。 考えるのも思い出すのも起き上がるのも、全部が面倒になって、赤く腫れているだろう目蓋も持ち上げるのが億劫になって、もう一度惰眠を貪ろうと思った。貪るはずだった。丁度、あともうちょっと、というところでピリリリリと私の頭のすぐそばにあるバッグから電子音が鳴ったのだ。 私の携帯電話にかけるような人は限られていたから、アラームだろうアラームに違いない。と無視を決め込む。しかし、しばらくして…というか五分くらいしても中々止まなくて、とうとう中が魔法で拡大されているバッグの中を目を瞑りながらまさぐった。もそもそと探しだし、のろのろと通話ボタンを押す。できるだけゆっくり携帯を耳に当てた。 『デイジー、今どこに、』 「おかけになった、電話は、電波の届かな…い、場所にある、か、現在使われて、おりま、せーん。」 『冗談を言っとるんじゃない!』 電波の向こうで怒鳴ったらしい。キーンと耳鳴りがした。今、どこにいるんだ。と荒い息とともにパパが話しかけてきたので、目脂で錆ついた目蓋を開けて視線だけで辺りを見回す。 「…へや?」 『だから、どこの誰の部屋なんだ?』 「……うぅ…ん、…さあ?」 どうでも、いいよ、そんなこと。と言いながら布団を被り直す。パパはどうやら私がフィッグおばさんのところにでも泊まって今朝にでも帰ってくるだろうと思っていたらしい。朝になってもまだ戻ってこないから、フィッグさんやファブスターおじさんに電話して、居場所がわからないことにようやく気付いたのだろう。おじさんに怒られてるといいのにと思った。誘拐されたのか?とパパが焦った声で言っていて、娘を取引に使うくせに、心配するんだ、と癇に障った。むくむくと昨日鎮まったはずの、どこに向けたって意味のない怒りが膨らんでくる。 「誘拐だったら、私が、電話に出れるわけ、ないでしょう。そばに荷物、置いてあるし、部屋も、やけに生活感があるから、違うと思うよ。」 目まで布団から出して、部屋の隅にあるクローゼットに視線を這わせて言う。使い込まれた茶色い扉の間から押し込んだように布が見えている。ゆっくり目を閉じて、用件はそれだけ?と通話を切ろうとすると、違う!待ってくれ!とパパが言った。 『昨日は、悪かった…。』 「なんのことか、さっぱり、わからない。」 『……お前に何も言わなかったことは悪かったと思っとる。』 「……。」 『もちろん、相手様方がしっかりした家柄だからそうしたんであって、デイジーのことをおざなりにしたわけでは、』 「……悪かったって、なにそれ。わるかったって、そんなことじゃ、ない……わかってない。」 なんにも、わかってない。と私は繰り返す。そりゃ、家族とはいえ私達は一心同体なわけじゃないから、私のことを全部家族が理解してるなんて思ってない。私は、私のことを理解してもらおうという努力をとっくにやめていたから、みんなが私の気持ちをわかっていないのは当然だ。でも、どうしても、気付いていたっていいじゃないかと気付いていてほしかったと目が熱くなった。おさまれ、おさまれ、と心の中で呟くのに、頭の中で、わかってない、わかってない!私の気持ちなんか、なんにもわかっちゃいない!と叫んでいる。 「私は、そんなこと、どうだっていいって、昨日、言った…!」 『だから、謝ったろう!いいからまずは帰って来んか!』 「だからそれに文句言ってんの!わたし、帰らないから…!」 『帰って来い!帰ってから話し合えばいいだろうが!何をお前は、』 「捨てるんでしょ!」 パパが言葉に詰まったので、息を吐いてから、そうなんでしょ…?と手を目に押し当てながら声を殺して尋ねると、パパは苦しげにそうじゃないと言った。 「…ダドリーは、ずるい。……うらやま、しい…。すきなように…やりたいように、やって、人に…面倒押しつけ、て、自分が楽してもほめられて、自分ばっかり…優先されるのが当たり前で……わたしは、切り捨て…られ、て……。」 ひどいよ。と私は言った。もし、パパが私を少しでも大切に思ってて、私の言葉に傷ついているなら、いっぱい傷つけばいいと思った。私はいやな人間だと思った。でも、私はそう思ってるんだとわかってほしかった。きっと、ダドリーの方が、家族の誰よりも、よっぽど私を理解しているのだと思う。じゃなかったら、あんなに的確に私を傷つけられるはずがないのだ。 「ダドリーも、わたし…わた、私だってわかってたことを、一々言わなくてもいいのに、なんで……なんで、わざわざ、言うの…あの人は。そんなにきらいなら、放っといてよ。…わたしだって好きで骨なんか折ってるわけじゃない。」 いたかったのに。つらかったのに。それを言葉に出来ないでいるとボロボロと涙が溢れた。たすけて、ほしかった、のに。と思いながら私はしばらく声を押し殺した。私ばっか期待して…バカみたいだ。 別にあの話は勝手に決めればいい。どうにもならないって諦めてるもん。と開き直るように言えば、パパは唸るだけで、その代わり、ピアノもバイオリンも、もう二度と、コンクールなんかでない。と吐き捨てると、もう声も出さなかった。 「才能がないの、わかってたでしょう?ママが求めるような結果は、私は、出せない……もう、頑張れない。」 それじゃあ、ね、…ごめんなさい。しばらくは帰らない、けど…今度の夏休み、帰るよ。耳から携帯を剥がす。少しの間、ぼーっと握りかけた掌と、その掌から離れた携帯を眺めた。すっかり目が覚めてしまって、二度寝は諦めることにする。ベッドに落ちていた赤毛を見て、どっちかに枕びしょびしょになっちゃったって謝らなきゃ。と瞬きをすると瞳に残っていた涙が落ちた。キィ…と音を立てて扉が開く。バッチリとこの部屋の主人の一人と目が合ってしまった。目を擦って飛び起きる。 「…えっと…声が聞こえて、あの、起きてるんなら朝ご飯、食べるだろうなって、それで…、」 ごめん。話、聞いた。と双子の、黒子のある方のウィーズリーが言った。怖い夢を見て、顔が痛かっただけだよ。と間に合わないことをわかって出来損ないの嘘を吐けば、彼は一瞬ひどく悲しい顔をして、わかってるから、別にいいよ。と眉を下げて微笑む。それをどう捉えていいのかわからない私は、都合のいい風に取ってしまって、俯いて声を出さないまま、涙を流した。期待しちゃダメだ、ダメ、と頭のどこかがそう言った。彼は私が泣き止むまで、背中を撫でていた。 あまりにも目が赤くなってしまったので、ジョージに洗面所を案内してもらい、顔を洗ってから下に下りる。いくつかの家がくっついているみたいに階段が多くて、まるで小さなホグワーツのようだ。そう呟いたら一緒に降りていたジョージは、だろ?とはにかむ。うん。と頷いて不思議な造りの家を眺めているとささくれだった気持ちがいくらか落ち着いた気がした。 ダイニングキッチンに入ると、ハリーやロン、フレッドはすでに大きなお皿を半分も空にしていた。駅でお世話になったことのあるウィーズリー夫人はフライパンの中の大量のソーセージをフレッドのお皿に注いでいた。私を見つけるとフライパンをロンに押し付け、こちらに駆け寄って私を抱き締める。 「いらっしゃい。昨夜は長旅で疲れたでしょう。今、あなた達の話をしていたところですよ。ジョージがあんまりにも遅いから、またなにか厄介ないたずらをされてたんじゃないかと…。」 「してないよ!」 「そうだよママ!ジョージはデイジーに惚れてるんだから!」 「フレッド!」 ジョージが顔を真っ赤にしてフレッドを睨み付けた。そして憤慨したまま椅子に座っておあずけにしていた朝食にありつく。 本当なの?とウィーズリー夫人が恋の話をする少女のような顔をして私に尋ねた。私が、フレッドのいつもの冗談かと…。と苦笑すると、あら、それは残念ね。と私をハリーの隣の端の椅子に座らせた。ママは君のことが気に入ってるんだよ。ハリーの向こうからロンが顔を出して言う。そう言えば、去年もそんなようなことを言っていた気がする。なんにせよ、人に好かれるというのはひどく心地がよかった。 私のお皿に、一口大に刻まれたソーセージとチーズオムレツが載せられたので、すみません。ありがとうございます。と伝える。夫人はにっこり笑顔で、いいのよ、気にしなくて。とこれまた一口で食べられそうな大きさのパンにバターを塗って私にくれた。口の中を刺激しないように首を横にしてそれを咀嚼していると、あまりにもその姿が変だったのか、それにしても大丈夫なの?とロンが再び顔を突き出す。何を指しているのかはなんとなくわかっていたけれど、あえて、何が?首をかしげる。その言葉の真意を、みんなは気付いたみたいだったが、ロンはそうではなかった。 「だって、君、……大ケガした上に無理矢理結婚させられそうになったんだぜ?」 その話題を避けるために惚けたつもりだったのに、それが裏目に出たらしい。私は私で、思っていたよりもずっと、その事柄を気にしていたみたいで、サーッと顔から血の気が失せるのがわかった。ピシッと空気が固まり、ハリーやフレッドとジョージがロンを思い切り睨む。おっと……ごめん。とロンは頬を掻いた。ロンは、私のケガの経緯を知っているようだった。というか、たぶん、この流れだと双子も話を聞いているに違いない。まあ、結局のところ、ハリーは言ったらしいと言うことである。ソーセージの刺さったフォークをカタンと置いた。 「通りでみんな、何も聞かないなと、思った。ハリー…言ったの?全部?」 「あー…う、うん……あの、ごめん。」 「うん。私、自分の口で言うの嫌だったし、いいよ。気にしてない。ちょっと恨むけどね。」 ありがとう。と自分が出来る限りの柔らかく笑顔を向けると、ハリーはしばらく何かを考え込むようにして黒目を動かし、結局、お礼なんか、いいよ。と言うだけだった。 少しだけ気まずい空気が流れ、それを払拭するようにウィーズリー夫人が、みんなが口にしないから、デイジーのケガはタブーなのかと思ったわ。と朗らかに口にした。 「さあ、デイジー、顔のガーゼを取ってちょうだい。女の子なんだから、せめて顔だけはきれいに治してあげなくちゃ。」 そう言う夫人に私はすぐには首を縦には動かせず、ハリー達を横目で見る。それから首を横に振った。見られたく、ない…。と小さく小さく呟いて彼女に伝える。それを聞いた夫人はにっこり笑って、大丈夫よ、ついてらっしゃい。と私を隣の部屋へと連れていき、私は戻る頃には少しばかり元気を取り戻していた。 「夏休み中ずっと、君のことばっかり話してたよ。」 私達のいない合間に、ロンの妹のジニーがこちらに現れたらしく、ロンがそう言った。それに続いてフレッドが、あぁ、ハリー、君のサインを欲しがるぜ。とニヤッとしたけれど、私とともに戻ってきたお母さんと目が合うと途端に俯く。おもしろいなあ、あの先生達でさえ手を焼くフレッドを人睨みで黙らせるなんて。と思いながら椅子に座りなおすとハリーがこちらを見ていた。 「治ったみたいだね。」 「うん。腕は完全に折れてるし、手術してボルト入れたから無理だったけど、すっごくきれいに戻った。ちょっと傷は残ったけど、そんなに目につくとこじゃないし、安心。」 「傷?」 「ハリーと同じところに三センチくらいね。ほら、」 前髪をあげると、ハリーは目を凝らしてそれを見た。たぶん、周りとは色が少し違うピカピカと光沢のある皮膚が見えているはずだ。おそろい。と機嫌がよくなった私は前髪をおろす。顔が痛くて、あんまり笑えなかったんだ。とパクパク卵を口の中に入れた。 あっという間に四つの皿は空になって、あとは一人でモゴモゴと食べている私だけとなる。フレッドがやっとナイフとフォークを置き、欠伸をした。 「なんだか疲れたぜ。俺、ベッドに行って、」 「行きませんよ。」 ウィーズリー夫人の一言でそれは叶わなくなったのだが。 「夜中起きていたのは自分が悪いんです。庭に出て庭小人を駆除しなさい。また手に負えないぐらい増えています。」 「ママ、そんな、」 「お前達二人もです。」 夫人はロンとジョージをギロッと睨み付けた。 「ハリー、デイジー。あなた達は上に行って、お休みなさいな。あのしょうもない車を飛ばせてくれって、あなた達が頼んだわけじゃないんですもの。」 「…あ…えっと、もう、十分寝ましたから……。」 「僕、ロンの手伝いをします。庭小人駆除って見たことがありませんし…。」 「まあ、やさしい子ね。でも、つまらない仕事なのよ。それに、片腕じゃあ少し難しいわ。デイジーは見学にしてちょうだいな。」 日向ぼっこにでもどうぞ。と夫人にブランケットを渡された。そして彼女は暖炉の上の本の山から、分厚い本を引っ張り出す。 「さて、ロックハートがどんなことを書いているか見てみましょう。」 「ママ、俺達、庭小人の駆除のやり方ぐらい知ってるよ。」 表紙を見てうっとりとしている夫人にジョージが唸った。本の背表紙には豪華な金文字で“ギルデロイ・ロックハートのガイドブック 「あぁ、彼ってすばらしいわ。家庭の害虫についてほんとによくご存知。この本、とてもいい本だわ…。」 そんな彼女にわざと聞こえるように、ママったら、彼にお熱なんだよ。とフレッドが囁く。バカなこと言うんじゃないわよ。とフレッドを叱る夫人は頬をほんのり紅らめていた。 「いいでしょう。ロックハートよりよく知っていると言うのなら、庭に出て、お手並みを見せていただきましょうか。あとでわたしが点検に行ったときに、庭小人が一匹でも残ってたら、そのとき後悔しても知りませんよ。」 欠伸をし、ぶつくさ言いながら、ウィーズリー三兄弟はだらだらと外に出た。ハリーがそのあとに従う。私も、ブランケットとウィーズリー夫人から借りたロックハートの“狼男との大いなる山歩き”という本とバスケットを手にして続いた。外で本を読みながら朝食の続きをとるのも素敵だと思ったからだ。どんだけ食べるつもりなの?とハリーに驚かれたので、今日はいっぱい食べる日みたいだ。と私は開き直って笑った。 隠れ穴の庭は、雑草が生い茂っていて芝生は伸び放題だった。しかし、壁の周りは曲がりくねった木でぐるりと囲まれ、花壇という花壇には、見たこともないような植物が溢れるばかりに茂っていたし、大きな緑色の池は蛙でいっぱいだった。うちの家族の、特にママは気に入らないだろうが、広くて、庭らしい庭だと思えた。ハリー達から少し離れて花をよく見ようとして顔を近付けたら、くしょん!とくしゃみが出た。 「それっぽっちか!俺なんかあの木の切り株まで飛ばしてみせるぜ!」 私の少し先で、フレッドがロンに向かってそう言い放ち、庭小人らしきものを投げ輪のように振り回してから思い切り投げていた。日向に出て、壁際の座り心地のよさそうな芝生の上に体育座りをして足にブランケットをかける。その上に本を置いて背中を壁に預ければ、それはもうとても居心地がいい。日光で本の白地の部分が少し眩しかったが。 少しして、宙を舞う庭小人で空が埋め尽くされたのを見て、顔を引きつらせた。逆光で小さな人型しか見えなかったが、ちょっと不憫に感じたからだ。まあ、そうは言っても害虫として判断されるからには何か面倒なことをしでかすのだろう。とバスケットの中のコンビーフのサンドを口にいれてページをめくる。 どうやらギルデロイ・ロックハートは、写真ではあんなおちゃらけた感じではあるものの文才というのはあるらしい。中々に面白くてすぐに彼の書く世界に入り込めた。些か、ノンフィクションであることに疑問を持ったけれど(だって、到底彼に狼男を倒すだけの能力があるとは見えない)、人は見た目じゃあないんだな、と思うだけにしておく。誰かにブランケットの裾を引っ張られて深く考えることをやめざるを得なかったからだった。 「ちょっと、邪魔しないでってば…!」 引っ張られる方を見て、固まる。ジャガイモみたいにゴワゴワした頭に体がついて、足と手がついていた。放せ!と言って私のブランケットを取ろうとする。何様だこいつは! もちろんブランケットは借りたものだったし、取られるはいやだったので、何も見ていなかったと自分に言い聞かせて埃を払うようにブランケットを上下に振ってはたいた。ドサッといって七十センチほど飛んだジャガイモが落ちる。あれが庭小人なのだろうか?茶色で薄汚れた肌が少し不気味で気味が悪い。頭が禿げていて、ちょいちょいキウイみたいな髪の毛が生えているのだ。てっきりサンタクロースのちっちゃいのをイメージしていた私は、正直、引いた。あれじゃ、サンタクロースのような上品なおじいさんと言うよりか、小汚いおっさんである。 私が振り払った小人が起き上がり、ブランケットを視界に入れると再びそれを引っ張った。そして私に振り払われ、また起き上がり、ひっぱって、振り払われ、起き上がり、ひっぱって……それを五回繰り返して私は振り払うのを止めた。 「(もう、いちいち反応するのも意味ない気がする…。)」 どうやら彼は学習しないようであった。振り払うのを諦めて本を閉じる。はあ、と溜息を吐くのも束の間、バスケットの中に入ろうとしている別の小人が視界に入った。手足のついたジャガイモとキウイの合成獣がたくさんいる。わらわらとその数を増やしていく様子の気持ち悪さといったらない。気付けば私は三十を超える彼らに囲まれていた。 「(え、なにこれ?お腹空いて餌探し?ちょっと、多、)」 小人たちが一斉に私に飛び掛かった。ぞわりと鳥肌が立ち、たちまち私は悲鳴をあげて逃げる。ブランケットを左手に持っていたけれど、バスケットはその場に置いたままだった。髪と胸にそれぞれ一匹ずつ小人がしがみ付いていて、ブランケットを持ったまま胸の方をまず引き剥がそうとしたら手を噛まれた。最悪だこいつら厄介すぎる! 「なんでついてくんの!ご飯はあっちだってばあ!」 私の背後で走っている小人は面白がるようにピョンピョン跳ねていて、すこぶる泣きたくなった。うわあああああんと声をあげて逃げ回っているとゲラゲラ笑う声が聞こえて、余裕のない頭をそちらに向かせるとウィーズリー三兄弟が大爆笑していた。最低である。そろそろ本気で泣き出しそうになって、散々走り回ってハリーに抱きついた頃には目から涙が零れる寸前だった。 「気付いてたなら、もっと早く助けてくれたって!」 「まさか、箒とねずみの他にも意外な弱点があるとはなーって呆然としてただけだよ。」 「…笑ってたの、私、見たもん。ウソつき、フレッド、変態。」 鼻をぐずぐず言わせながら、フレッドのお腹をボスボスとグーで弱く殴る。 一方、ロンとジョージは、なんであんなのが怖いんだ?と言いたげだった。小さい頃に寝ている間にダドリーにたくさんの虫をかけられて以来、小さくて気味が悪くて、わらわらと集団行動をとったりだとか、ワサワサとしたものが苦手なんだ。とハリーが教える。すると、それが聞こえたらしいフレッドがニヤッと笑って茂みに私の手をつっこませようとしたので全身全霊で彼に頭突きを見舞わした。 やがて、外の草むらに落ちた庭小人の群れが、あちこちからだらだらと列を作り、小さな背中を丸めて歩き出した。小人達が草むらのむこうの垣根の中へと姿をくらますのを見ながらロンが口を開く。 「また戻ってくるさ。」 「まあ、その時はまたデイジーを囮にすれば一石二鳥だから問題ない。」 「その囮の件が一番問題なんですが。」 冷ややかな目を向けるデイジーにフレッドは、やれやれ。と肩をすくめた。 どうしてわざわざ戻ってくるの?向こうで巣を作ればいいじゃない。とハリーがロンに尋ねると、連中はここが気に入ってるからね。とフレッドと同じように肩をすくめる。 「パパったら連中に甘いんだ。面白いやつらだと思ってるらしくて…。」 丁度そのとき、玄関のドアがバタンと音を立てた。 「噂をすれば、だ!」 親父が帰ってきた!とジョージが言う。早く来いよ!とロンに言われ、いきなりフレッドに腕を引かれた私は危うく転びかけた。ジョージが素早くバスケットを回収する。大急ぎで庭を横切り、家に駆け戻った。 ウィーズリー氏は台所の椅子にドサッと倒れ込み、メガネをはずし、目を瞑っていた。細身で禿げていたけれど、わずかに残っている髪は子供達とまったく同じ赤毛だ。ゆったりと長い緑のローブは埃っぽく、旅疲れしていた。 「ひどい夜だったよ。」 子供達が周りに座ると、ウィーズリー氏はお茶のポットをまさぐりながら呟く。私が片手で音を立てないようにお茶を注いで渡すと、至って普通にありがとうを言ってカップを口に近付けた。 「九件も抜き打ち調査をしたよ。九件もだぞ!マンダンガス・フレッチャーのやつめ、わたしがちょっと後ろを向いた隙に呪いをかけようとし…。」 ウィーズリー氏はお茶をゆっくり一口飲むと、フーッと溜息を吐いた。パパ、なんか面白いもの見つけた?とフレッドが急き込んで聞けば、わたしが押収したのはせいぜい、縮む鍵数個と、噛みつくやかんが一個だけだった。と欠伸をする。 「かなりすごいのも一つあったが、わたしの管轄じゃなかった。モートレイクが引っ張られて、なにやらひどく奇妙なイタチのことで尋問を受けることになったが、ありゃ、実験的呪文委員会の管轄だ。やれやれ…。」 「鍵なんか縮むようにして、なんになるの?」 ジョージが聞くと、マグルをからかう餌だよ。とウィーズリー氏がまた溜息を吐いた。 「マグルに鍵を売って、いざ鍵を使うときには縮んで鍵が見つからないようにしてしまうんだ…。もちろん、犯人を挙げることは至極難しい。マグルは鍵が縮んだなんて誰も認めないし……連中は鍵を失くしたって言い張るんだ。まったくおめでたいよ。魔法を鼻先に突き付けられたって徹底的に無視しようとするんだから…。しかし、我々の仲間が魔法をかけた物ときたら、まったく途方もない物が、」 「たとえば車なんか?」 ウィーズリー夫人が登場した。長い火掻き棒を刀のように構えている。ウィーズリー氏の目がパッチリ開き、奥さんをバツの悪そうな目で見た。 「モリー、母さんや。く、くるまとは?」 「ええ、アーサー、そのくるまです。 ある魔法使いが、錆ついたおんぼろ車を買って、奥さんには仕組みを調べるので分解するとかなんとか言って、実は呪文をかけて飛べるようにした、というお話がありますわ。」 夫人が目をランランとさせて言うと、ウィーズリー氏は目をパチクリした。ねえ、母さん。と息子達と同じように縮こまって恐る恐る声をかける。 「わかってもらえると思うが、それをやった人は法律の許す範囲でやっているんで、ただ、えー、その人はむしろ、えへん、奥さんに、なんだ、それ、ホントのことを…。 …法律というのは知っての通り、抜け穴があって……その車を飛ばすつもりがなければ、その車がたとえ飛ぶ能力を持っていたとしても、それだけでは、」 「アーサー・ウィーズリー。あなたが法律を作ったときに、しっかりと抜け穴を書き込んだんでしょう!」 あなたが、納屋いっぱいのマグルのガラクタにいたずらしたいから、だから、そうしたんでしょう!ウィーズリー夫人が声を張り上げた。 「申し上げますが、ハリーとデイジーが今朝到着しましたよ。あなたが飛ばすおつもりがないと言った車でね!」 「ハリー?デイジー?」 どこのハリーとデイジーなんだね?とウィーズリー氏はポカンとしてぐるりと見渡した。私達が彼の息子達と一緒に座っているのを見つけると、飛び上がった。 「なんとまあ、ハリー・ポッター君かい?…ということは、こちらがデイジー・ダーズリーさんというわけだ。よく来てくれた。ロンがいつも君達のことを、」 「あなたの息子達が、昨夜彼らの家まで車を飛ばしてまた戻ってきたんです!」 何かおっしゃりたいことはありませんの。え?と夫人が怒鳴り続ける。それなのにウィーズリー氏は、なんだか…ウズウズしていた。 「やったのか?うまく言ったのか?…つ、つまりだ、」 ウィーズリー夫人の目から火花が飛び散るのを見て、ウィーズリー氏は口籠もった。 「そ、それは、お前達、イカン……そりゃ絶対イカン…。」 ウィーズリー夫人が大きな食用蛙のように膨れ上がったのを見て、二人にやらせとけばいい。とロンが囁いた。彼の部屋に案内してくれるようだ。 台所を抜け出し、狭い廊下を通ってジグザグに伸びた凸凹の階段を上って行く。三番目の踊り場のドアが半開きになっていて、中から明るい鳶色の目が二つ、ハリーを見つめている。こっそりとハリーに知らせると、ハリーがチラッと見るか見ないうちにドアがピシャッと閉まった。ジニーだ。とロンが言う。 「妹がこんなにシャイなのもおかしいんだよ。いつもならおしゃべりばかりしてるのに…。」 それは、ハリーに少なからず好意を持ってるってことじゃないの。そう思ったけれど、人の恋(まだそうと決まったわけじゃないが)を掻き回すのはどうかと思ったので口にはしなかった。 長くなって分けて視点変えたからちぐはぐになってしまった。 長くなるのでロンの部屋はカットしてお送りしました。今年もよろしくお願いします。 20120101
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