「……なんだい、これは?」


窓の外の様子が全部目に入った途端、呆気に取られて口が塞がらなくなった。まさか、本当にデイジーと運良く出会ったのかな。いや、ほんの一時間前に出たばかりだから違うだろう。
ロンはターコイズ・ブルーの旧式な車の後部座席の窓から身を乗り出していた。そして、僕達は鉄格子を挟んで向かい合っていて……つまり、車は空中に駐車している。


「よう、ハリー、元気かい?」


唖然としていると前の座席からフレッドとジョージが笑いかけてきた。一体どうしたんだよ。とロンが言う。


「どうして僕の手紙に返事くれなかったんだい?手紙を一ダースくらい出して、家に泊まりにおいでって誘ったんだぞ。そしたらパパが家に帰ってきて、君がマグルの前で魔法を使ったから、公式警告状を受けたって言うんだ…。」

「僕じゃない。でも君のパパ、どうして知ってるんだろう?」

「パパは魔法省に勤めてるんだ。学校の外では、僕達魔法をかけちゃいけないって、君も知ってるだろ?」


そう言うロンに、自分のこと棚に上げて。と宙を浮く車から目を離さずに言うと、ロンは違うと首を振った。


「パパのなんだ。借りただけさ。“僕達が”魔法をかけたわけじゃない。
君の場合は、一緒に住んでるマグルの前で魔法をやっちゃったんだから…、」

「言ったろう、僕じゃないって。でも話せば長いから、今は説明できない。
ねぇ、ホグワーツのみんなに、説明してくれないかな。おじさん達が僕を監禁して学校に戻れないようにしてるって。当然、魔法を使って出て行くこともできないよ。そんなことをしたら、魔法省は僕が三日間のうちに二回も魔法を使ったと思うだろ。だから、」

「ゴチャゴチャ言うなよ。」


僕達、君達を家に連れて行くつもりで来たんだ。とロンが続ける。デイジーは?起こしてきてよ。とドアへ目をやった。


「僕とデイジー、同じ部屋だよ。でも、今は家出中さ。」

「家出だって!?あいつが?またなんで?」

「それも長いから、今は説明できない。少なくとも今夜中には戻らないと思うよ。」


それより、僕を連れ出すって言ったって、魔法で連れ出すことはできないだろ。と話を戻す。そんな必要ないよ。とロンが言った。


「僕が誰と一緒に来たか、忘れちゃいませんか、だ。」


ロンは運転席の方を顎で指してニヤッと笑う。フレッドがロープの端を放ってよこし、鉄格子に巻きつけろと言うもんだから、ロープを鉄格子に堅く巻きつけながら、おじさん達が目を覚ましたら、僕はおしまいだ。と呟いた。フレッドが、心配するな。下がって。と言ってエンジンを吹かす。言われた通りに部屋の暗がりまで下がって、ヘドウィグとカプリコの隣に立った。二人とも、ことの重大さがわかっているらしく、じっと静かにしている。エンジンの音がだんだん大きくなって、突然バキッと派手な音を鳴らして、鉄格子は窓からすっぽり外れた。フレッドはそのまま車を空中で直進させる。窓際に掛け戻って覗くと、鉄格子が地上すれすれでブラブラしているのが見えて、ロンが息を切らしながらそれを車の中まで引っ張り上げた。大きな音がしたから、もしかしたらダーズリー夫婦が起きたかもしれないと耳をそばだてたけれど、夫婦の寝室からはなんの物音も聞こえない。
鉄格子がロンと一緒に後部座席に無事収まると、フレッドは車をバックさせて、できるだけ窓際に近付けた。乗れよ。とロンが言う。


「だけど、僕のホグワーツのもの…杖とか、箒とか……デイジーのも…。」

「どこにあるんだよ?」

「階段下の物置に。鍵がかかってるし、僕、この部屋から出られないし…、」

「まかせとけ。」


ジョージが助手席から声をかけた。ハリー、ちょっとどいてろよ。と少し焦った声で続ける。僕が少し横にずれると、フレッドとジョージがそーっと窓を乗り越えて、部屋に入ってきた。そして、ジョージがなんでもない普通のヘアピンをポケットから取り出して鍵穴にねじ込む。この二人には、まったく負けるよな…。と舌を巻いた。


「デイジーが教えてくれたんだ。マグルの小技なんて、習うだけ時間のムダだってバカにする魔法使いが多いけど、知ってても損はないぜ。ちょっとトロいけどな。」


フレッドが笑う。少しして、カチャッと小さな音がしたと思ったらドアがハラリと開いた。


「おっと、お前には手伝ってもらいたいんだ。」


ジョージが今度はカプリコの鳥籠を素早く開け、おいで。と言ってその肩にカプリコを乗せる。


「それじゃ…俺達はトランクを運び出す。君は部屋から必要なものを片っ端から掻き集めて、ロンに渡してくれ。」

「わかった。一番下の階段に気をつけて。軋むから。」


踊り場の暗がりに消えていく双子達の背中に向かって囁き返した。
僕はその間に部屋の中を飛び回って持ち物を掻き集め、窓の向こう側のロンに渡した。デイジーの必要そうなものはイマイチわからなかったから、テキトーに引っ掴んだ。少ししてから、お腹が空いて力が出ないのか、フラフラとカプリコがトランクを掴んで階段を飛んできた。頑張って、もう少しだから。と励まして、彼の後ろからフレッドとジョージが重いトランクを持ち上げて階段を上ってくるのが見えたので、それに手を貸す。バーノンおじさんが咳をするのが聞こえた。
フーフー言いながら、やっと踊り場までトランクを担ぎ上げ、スーッとやってきたカプリコに再び手伝ってもらい、僕の部屋を通って窓際に運んだ。フレッドが窓を乗り越えて車に戻り、ロンと一緒にトランクを引っ張って、僕はジョージと部屋の中から押す。カプリコは自らの鳥籠や、僕が回収していなかったデイジーのものを車の中へ運んでいた。じりっじりっとトランクが窓の外へ出て行く。バーノンおじさんがまた咳をしていた。


「もうちょい。」


車の中から引っ張っていたフレッドが、あと一押し…。と喘ぎながら言う。僕とジョージがトランクを肩の上に載せるようにしてグッと押すと、トランクは窓から滑り出て車の後部座席に収まった。オーケー。行こうぜ。とジョージがささやく。それに頷き、ジョージに続いて窓枠を跨ごうとした途端、後ろからギャアギャアと大きな鳴き声がして、それを追いかけるようにおじさんの雷のような声が響いた。


「あの忌々しいふくろうめが!」

「ヘドウィグを忘れてた!」


カプリコが普通に飛んでいたから、すっかりヘドウィグもそうだと思ってしまった。部屋の隅まで掛け戻ったとき、パチッと踊り場の明りがついた。そんなこと、気にも止めずに鳥籠を引っ掴んで窓までダッシュして籠をロンにパスする。それから急いで箪笥をよじ登ったけれど、そのとき、すでに鍵のはずれているドアがおじさんにドーンと叩かれ、勢いよく開いた。
一瞬、おじさんの姿が額縁の中の人物のように、四角い戸口の中で立ちすくんだ。そして次の瞬間、おじさんは怒れる猛牛のように鼻息を荒げてこちらに飛びかかり、僕の足首を掴んだ。ロン、フレッド、ジョージが僕の腕を掴んで、力の限り、引っ張る。千切れるんじゃないかと思うくらいに手足の付け根の皮が伸びた。


「ペチュニア!やつが逃げる!やつが逃げるぞー!」


おじさんが喚く。デイジーが家出したときはこんなに喚かなかったくせに、あれだけ虐げてきた僕は逃したくないらしい。ウィーズリー三兄弟が満身の力で僕を引っ張って、自分の足がおじさんの手からするりと抜けるのを感じた。車に乗って、ドアをバタンと閉める。


「フレッド、今だ!アクセルを踏め!」


ロンが叫び、車は月に向かって急上昇した。自由になったんだとはすぐには信じられなくて、車のウィンドウを開け、プリベット通りの家並みの屋根がだんだん小さくなっていくのを見て初めてじんわりと実感が湧いてきた。バーノンおじさん、ペチュニアおばさん、ダドリーの三人が僕の部屋の窓から身を乗り出して呆然としている。それを見たら、いよいよ自由になった感覚が身に染みてきて、来年の夏にまたね!と堪らず彼らに叫んだ。どうしても顔が緩む。ウィーズリー兄弟は大声で笑っていた。


「ヘドウィグを放してやろう。後ろからついてこれるから。」


ずーっと一度も羽を伸ばしてないんだよ。とカプリコを窓の外へ放してロンに言うと、ジョージがロンにヘアピンを渡した。間もなく、ヘドウィグは嬉しそうに窓から空へと舞い上がり、白いゴーストのように真っ赤な炎とともに車に寄り添って、滑るように飛んだ。


「さあ、ハリー、話してくれるかい?一体何があったんだ?」

「まずはデイジーを捜すのが先だろ。」


待ちきれないと言うような顔のロンにジョージが早口で言う。フレッドが口笛を吹いたけれど、本人は気にしていないようで(というより、開き直っているようだった)、カプリコを呼んで捜索するよう頼んでいた。ロンが、何があったの“何”にそのことも入ってるさ。とブーブー言っている。


「さっきは説明できないって言ってたけど、本当に、どうしてデイジーは家出なんかしたんだい?」

「僕も部屋に閉じ込められてた間のことだから実際に見てないんだけど、…デイジー、政略結婚させられるみたいでさ。」

『なんだって!?』


さすがのこれには三人とも驚いたらしく、双子までも僕を振り返って聞き返した。うわぁ、スッゲェ…。と呟くロンに、笑いごとじゃないぞ。とジョージが言う。フレッドは目を瞬いて、でもあいつなら、そんなことどうでもいいって言い放ちそうな程度のことだろ?そんなやつが家出?と首を傾げた。


「その前からデイジー、機嫌があんまり良くなくてさ……これって最初から話した方がいい?はじめの方、すごくくだらないんだ。」


ロンがコクリと頷いたので、そうだなあ…、と僕は口を開く。


「十日くらい前、ダドリーがいつもつるんでるやつらとバンドやりたいからって、デイジーからベースを教えてもらおうと、デイジーにベースを弾けるようにしろって言ったんだ。」

「はあ?」

「そういう兄貴なんだよ、フレッド。
で、デイジーは断ったらどんなに酷い目に遭うかわかってたから、三日でマスターして兄貴に教えた。そしたらダドリーのやつ、いつまで経っても…って言っても十五分くらいなんだけど、とにかく弾けなから癇癪起こしてデイジーをベースで殴ったんだって。」

「ちょ、ちょっとまってよ。ベースってあれだろ?ギターの…、」


ロンが眉間に皺を寄せながら尋ねたので頷いた。そういうやつなんだよ、ダドリーは。クラスター爆弾って妹に称されるくらい気が短いのだ。
あの時、デイジーはデイジーでうまく衝撃を逃がしたとかなんとかで、そんな大ケガじゃなくて、そこまで気にしてなかったみたいだった。
次の日、僕とデイジーがテレビゲームしてたら、ダドリーが来た。まだダドリーのやつったら怒ってて、ゲームでデイジーを負かしてやろうと思ったのか僕からコントローラ引ったくった。もちろんダドリーはデイジーに返り討ちあって、余計に怒り狂ってゲームをジャンクにしていた。丁度デイジーのすきなゲームで、データが全部吹っ飛んじゃったから彼女も少なからず不満に思ったらしい。ダドリーの存在を片っ端から無視していた。


「…話を聞いたらわかるかもしれないけど、ダドリーが耐えられるわけないんだよ。それこそ生まれてからずーっと一緒にいたし、何かあったらデイジーに絡んでたんだから。寂しいなら普通に接してくれれば僕だってデイジーだって親しく付き合ったさ。やあダドリー、調子はどう?ってね。でもあいつ、間違っちゃったんだ。」


デイジーが今年作品展に提出するはずだった蝋の像に火を点けた。ドロドロになって、デイジーは折角の特別枠を貰ったのに出すのを止めた。


「それでもデイジーは何も言わなくて、たぶんそれが一番堪えるって知ってたからだと思う。デイジー、めずらしく本気で怒ってたし、あれですごく頑固なんだ。そうじゃなかったら、口を聞く元気もなかったんだと思うよ。でもダドリーにはそれが腹立たしくて……いつも自分の思い通りにしてたから……だから、デイジーのハグリッドからもらったオルゴールを壊して、本を片っ端からグシャグシャにして、デイジーはそれを止めようとしてダドリーを突き飛ばして、当然ダドリーもやり返して……壁に突き飛ばしたんだ…デイジーを、思い切り。」


僕がそう言うと、三人とも顔を顰めた。フレッドは、気持ちがわからないでもないような顔で、ジョージは難しい顔で、ロンは何故そうなるのか理解できないような顔をしている。兄弟でも三者三様なんだなと思った。それで…?とジョージが重い口を開く。


「いくら双子って言っても性別も体格も全然違うから…。病院で、額割れて、右の頬骨にひびが入ったのと腕の骨折だって言われたみたい。特に右腕の手首がひどいらしいよ。本人が気にしてほしくないみたいだったから言わなかったけど、悲惨そのものさ。」


デイジーはすっかり落ち込んで部屋どころかベッドからすらあんまり出なくなって、ちょっとの間、冷戦状態が続いた。ダドリーもデイジーにあんなケガをさせてしまったから多少は気を遣ってたのか、それともあいつも怒って無視に入ったのかはわからないけど、お互い喋らなかったのだ。
でも、今日の夕暮れ、ついにデイジーは我慢がならなくなったらしい。


「僕、部屋に閉じ込められてたからあんまりわかんないんだけど……うん、なんか…おじさんの商談相手とこの間、色々あってさ、取引成立の条件に息子と結婚しろって、おじさん達メチャクチャなことを言われてたみたい。」

「それって……えぇと、つまり、」

「うん、取引相手のご機嫌をとるために、デイジーも知らないうちに結婚の話が進んでたってこと。」


デイジーは、あれで一応ピアノとかバイオリンでよく賞とってるし、芸術でも最優秀作に選ばれてる。それに家事もこなせて学校でも成績優秀で配慮のある子だって近所で有名なんだそうだ。
ダーズリー一家の奇跡の成功例さ。と言えば、フレッドがジョージをこづいた。


「それで、まあ、結婚婚約の話をデイジーに言ってたのが僕にも聞こえて、デイジーは…たぶん呆然としてたんだろうけど、しばらく黙って、一応、聞くけど……どうして?って。涙声だったから、もうその時点で泣いていたのかも…。それをダドリーが……、」


言葉に詰まって一度口を閉じた。


「ママとパパはお前なんかいらないからだよ。って。」


それを口にしたら、自然に眉間に皺がよったのがわかった。
いつものデイジーなら、それが冗談だってわかったんだろうけど、状況が状況だったし、思わずワッとなってしまったんだろう。啜り泣く声とドタバタという音がして、どうしてとデイジーが涙声で怒鳴っていた。そしてデイジーは出て行った。


「泣いた?デイジーが?」

「うん。吃驚だろ?でも昔はすごく泣き虫で、みんなに赤(ベベ)ちゃんってからかわれてたくらいだったんだよ。」

「へぇ、僕、一年間ずっと一緒だったけど、一度も見てないよ。」

「まあ、そんなもんだろ。聞くところによると二度目撃しているやつがいるらしいぞ。なあ、ジョージ。」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。いい加減怒るぞ。」


ジョージがイライラしながら言った。ロンは、でもすごいな、マグルって。僕達、政略結婚なんて十八世紀くらいに廃れたんだとばかり思ってたよ。と難しい顔をしている。カプリコを追って車が高度を下げたので、一度地面を走ってデイジーを捜そう。とフレッドが言った。


「真夜中だし、危ないやつがいなきゃいいけど…。」

「ハリー、デイジーって家を出る時にどんな格好してたんだい?」

「うーん……パジャマだと思うけど、あんまり服で捜さない方がいいと思うよ。」


今までも何回か、デイジーは、ファブスター大佐というバーノンおじさんの妹のマージおばさんの知り合いで、東洋人の奥さん(比喩かはわからないけれど、デイジー曰く、魔女、らしい。)を持ったデイジーがかなり慕っている人の家にこっそり亡命する程度の家出したことがある。その度に両親によって捜索願を出されたにも拘らず、一度も警察官に捕まったことがないのだ。自分から交番に行って、しばらく泊めてくださいと言ったことはあるらしいのだけれど、そうでない時は全部掻い潜っている。何度か、本人が家出から帰ってきた時の姿を見たことがあるけれど、まるで別人ですごく驚いたのを覚えている。黒くて、少し癖があるけれどまっすぐの髪は、肩までのフワッとした金髪だったり茶色、白、白金、赤に青、何でもありだし、緑の目は灰色だったり青色だったりで、化粧もしていたのか真っ黒く縁取られている時もあった。服装だって、行きと帰りで変わってるのが当たり前だ。


「魔法なしで変身してるようなものさ。」

「じゃあ顔のガーゼと腕のギブスを捜そう。いくらなんでも取らないだろうし目立つしね。」


まぁ、カプリコについていけば、そんなに捜す必要もないと思うけど。とジョージが外をぼんやり眺めながら続けた。皆がデイジーを捜すのに集中し始めて車の中が、しん…、と静まり返る。僕も窓の外を眺めていると、窓ガラスに助手席に座っている双子の片割れの思い詰めるような顔が映って、ふと、ジョージは何を考えてるんだろう。と思った。去年の半ばから、ジョージのデイジーに対する態度が僕達のとは明らかに違っていて、なんとなく、すきなんだろうなあ。とはわかっていたからだ。双子のフレッドやロン、ハーマイオニーにまでからかわれるくらいあからさまなんだから、たぶん、この勘は間違っちゃいないはずだ。気付いてないのは本人くらいで、フレッドがあまりにもからかい過ぎたせいで、またいつもの冗談だと思っているようだった。それに、小さい頃に双子の兄に恋愛ネタで散々からかわれてきたから、もう騙されないぞと思っていてもおかしくない。
好きな子に、自分の想いが冗談だと思われている上に、突然の婚約者の出現だなんて、僕には到底わからないことだけれど、きっとすごくつらいのだろう。まあ、婚約者と言っても、本人が逃げ出したんだからどうなるかもわからないけれど。
…でも、デイジーはこの問題とどうやって決着をつけるんだろう。そう考えると、なんだかんだで家族が嫌いになれなくて、押しに弱いデイジーだから、イエスと言ってしまいそうだと思った。大切な時に運がないんだから、なんだか不憫だ。


「…あぁそうだ。言い忘れてたけど、僕があの話したの、なかったことにしてね。デイジーって、ああ見えてセンシティブだし、家族とケンカしたあとで、たぶん自己嫌悪してるだろうし、コンクールも全部棄権せざるを得なくて気が滅入ってるだろうから。」

「…わかってる。」


怒ったような声でジョージが言うので目を丸くする。前のフレッドが笑いを堪えきれないような顔で、シーッと人差し指を立てた。車が、暗い公園を通り過ぎる。


「あっ、おい!あれ!フレッド止めてくれ!」

「いてっ!」


突然ジョージが声を上げて公園のブランコを指差した。その拍子に腕がフレッドの顎に当たって、なんなんだ、いきなり…。と言いながら彼は車を止める。ジョージの指の先にはまっすぐのプラチナブロンドをボブヘアにして、パソコンのキーボードを左手で打ちながらイヤホンで何かを聞いている女の人が座っていた。いくら見た目変えてるって言ったって、デイジーにしてはちょっと大人っぽくない?とロンが言う。


「いや、合ってる。と思う。ケガは見えないけど…あの、パソコンってやつ、普通は両手使うんだろ?」

「じゃあ試しにハリー、相棒もこういってることだし、ここは一つジョージを信じてあの子に声かけてよ。あの子が仮に本物のデイジーだとしたら、いきなり現れた俺達に驚くことになる。」


仮にってなんだよ。と顔を顰めるジョージをチラリと見てから、わかった。と頷いた。窓を開けて、デイジー!と呼んで手を振る。彼女は、ビクッと肩を跳ねて、ゆっくりこっちを見て、目を細めるようにして僕の存在を確認した。


「あっ、逃げた!」

「なんで!?」

「わかんないけど、デイジーのことだしもしかしたらバーノンおじさんに言われて連れ戻しに来たとかって考えたんじゃないかな。」


とにかく追いかけなきゃ!ともたもたヘドウィグの籠を退かしているうちにバタンと助手席のドアが閉まった。燃えるような赤毛が車道を駆ける。


「あいつって、いつからあんなに積極的になったかなあ。」


ニヤニヤと笑っているフレッドの視線の先にはジョージと、ジョージに左腕を掴まれて、顔の右半分をガーゼで覆い、右腕を白い布で吊った赤い瞳にプラチナブロンドの女の子。デイジーと同じで肌が透けているんじゃないかと思うくらい白かった。白いシャツと赤いドルマンのサマーセーター、黒いショートパンツに黒い膝上まであるブーツを身につけている彼女は、よーく見てみるとどことなくデイジーと似ているかもしれない。ロンが、嘘だろ?と呟いた。その気持ちはわかるけれど、間違いなくデイジーみたいだ。ジョージが腕を放さないのがその証拠である。


「あ、ジョージのやつ、ありゃ怒ってるな。」

「何を話してるんだろう?」

「フレッド、ちょっとだけ窓開けて話聞き取れない?バレないようにさ。」


ロンが提案すると、まかせとけ。とフレッドが輝かんばかりに顔を綻ばせて、じっと二人の口元を見た。読唇術まで体得しているとは……本当に侮れないな。と思う。


「何考えてるんだよ。こんな真夜中に女の子が一人で出歩くなんて、攫ってくれって言ってるもんだろ。……心配したんだぞ。って言ってるくさいな。普通ナチュラルにあんな男前なこと言えないよ。只者じゃないな。惚れるぜ普通。」

「あっ、泣いた!ジョージが戸惑ってる!うっわあ…デイジーっていきなり泣くんだね。声とか出さないんだ。」

「あーあ、ばっかだなアイツ!背中撫でてる暇あったら思い切り抱き締めてキスぐらいかましてやれよあのヘタレ野郎…!」


二人共、そっとしておいてあげればいいのに。と心の中で溜息を吐いた。ロンもフレッドも、まるでテレビでドラマかボクシングでも見ているような野次っぷりだ。
少しして、デイジーとジョージがこちらに歩き出したので、僕達はクィディッチの話に切り替えた。フレッドは、どうもジョージがデイジーの荷物をさりげなく持っているあたりが気になって仕方ないらしく、チラチラと疑っては終始ニヤニヤしていた。どうやら双子の弟の恋路がどうしようもなく面白いようである。
デイジーは車の上に止まっていたカプリコに、ごめんねを言ってから、ジョージに扉を開けてもらって(もちろんフレッドは笑いを隠すために窓側を向いている)車に乗り込んだ。フレッドが滑るように車を空へ発進させる。


「…………えっと……やあ、デイジー。調子はどう?」


ロンの冴えないどころか、ただ空気を読めない声かけに僕はこづいた。ロンったら、テンパるといっつもそうだ。自分から墓穴を掘りに行くんだから気が気じゃない。しかも相手は絶賛センチメンタルタイムのデイジーだ。またいつ泣き出してもおかしくない。
デイジーは、さいこうだよ。と下を向きながら自嘲気味に笑って、擦れた声で言った。空気が、悪い。そんな中、ロンは、化粧落としたら?肌に悪いだろうし…。などとわざわざこの場で言わなくてもいいような至極どうでもいいことを指摘し、どうでもいいよという元気もないらしいデイジーはノロノロとそれに従い、化粧とカラーコンタクト、ウィッグを外した(もちろん、片腕しかないデイジーの代わりにものを用意したりしまったりするのは僕である)
それが終わると泣き疲れたのか歩き疲れたのか、僕の肩を枕にしてクークーと死んだように眠りはじめる。改めて、相当この人は弱っているな。と思った。


「髪、伸びたね。」

「ハーマイオニーがきれいって言うから伸ばしてるんだって。」

「ふーん…。それにしても本当に、顔が半分見えないや。」

「ロン、いくらなんでもそれだけは言うなよ。」

「わざわざ調子を聞くなんて正気の沙汰じゃないな。ビビったぜ、俺。ロン、お前立派なエアブレイカーだなあ。」


双子も内心ハラハラしていたみたいで、それとなく口々にロンをたしなめる。しばらくそれが続いて、ロンはイライラしたらしい。もうわかったよ。いいったら。と顔を顰めてから、それよりもハリー、君、今日は一体何があったんだ?と待ってましたとばかりに言った。
僕もデイジーのことで忘れかけていたから、あっと言ってそれを思い出して(その時、僕の声でデイジーが身動ぎしたので少し体が強張った)、ドビーのこと、自分への警告のこと、スミレの砂糖漬けデザート騒動のこと、ついでにこの一連の事件のせいでデイジーを婚約者にと言われたらしいということなんかを全部話して聞かせた。話し終わると、しばらくの間、デイジーの話とは別のショックでみんな黙りこくった。


「そりゃ、くさいな。」


一番初めに口を開いたのはフレッドだった。そして、まったく、怪しいな。とジョージが相槌を打つ。そして、それじゃ、ドビーは、一体誰が罠を仕掛けてるのかさえ教えなかったんだな?と、そう尋ねられた。


「教えられなかったんだと思う。今も言ったけど、もう少しで何か漏らしそうになるたびに、ドビーは壁に頭をぶっつけはじめるんだ。」


僕が答えるとフレッドとジョージが顔を見合わせたので、もしかして、ドビーが僕に嘘をついてたって言いたいの?と聞く。すると、うーん、なんて言ったらいいかな。とフレッドが答えた。


「屋敷しもべ妖精ってのは、それなりの魔力があるんだ。だけど、普通は主人の許しがないと使えない。ドビーのやつ、君がホグワーツに戻ってこないようにするために、送り込まれたんじゃないかな。誰かの悪い冗談だ。学校で君に恨み持ってるやつ、誰か思いつかないか?」


そう尋ねられて、即座に、いる。と僕とロンが同時に答えた。ドラコ・マルフォイ。あいつ、僕を憎んでる。そう言うと、ドラコ・マルフォイだって?とジョージが振り返った。


「ルシウス・マルフォイの息子じゃないのか?」

「たぶんそうだ。ざらにある名前じゃないもの。だろ?…でも、どうして?」


僕が聞くと、パパがそいつのことを話してるのを、聞いたことがある。とジョージが言った。ルシウス・マルフォイは『例のあの人』の大の信奉者だったという。
フレッドが前の席から首を伸ばして、ところが、『例のあの人』が消えたとなると、とこちらを振り返りながら口を開く。


「ルシウス・マルフォイときたら、戻ってくるなり、すべて本心じゃなかったって言ったそうだ。ウソ八百さ。パパはやつが『例のあの人』の腹心の部下だったと思ってる。」


前にもマルフォイ一家のそんな噂を聞いたことがあったし、噂を聞いても特に驚きもしなかった。マルフォイを見ていると、ダーズリー家のダドリーでさえ、親切で、思いやりがあって、感じやすい少年に思えるくらいだ。それにはデイジーも(まあ、家族という贔屓目があるからかもしれないが)大いに賛同していて、ダドリーはただの我儘ですむけど、マルフォイはただの社会不適合者のコミュ症だと言い放っていた。


「マルフォイ家に屋敷しもべがいるかどうか、僕知らないけど…。」

「まあ、誰が主人かは知らないけど、魔法族の旧家で、しかも金持ちだね。」

「あぁ、ママなんか、アイロンかけするしもべ妖精がいたらいいのにって、しょっちゅう言ってるよ。だけど家にいるのは、やかましい屋根裏お化けと庭に巣食ってる小人だけだもんな。屋敷しもべ妖精は、大きな館とか城とかそういうところにいるんだ。俺達の家なんかには、絶対に来やしないさ…。」


ジョージが肩をすくめた。
ドラコ・マルフォイがいつも最高級のものを持っていることから考えても、マルフォイ家には魔法使いの金貨が唸っているのだろう。マルフォイが大きな館の中を威張って歩いてる様子が目に浮かぶ。屋敷しもべを送ってよこし、僕がホグワーツに戻れなくしようとするなんて、まさにマルフォイならやりかねない。ドビーの言うことを信じた僕がバカだったんだろうか?


「デイジーはドビーが嘘を言ってるようには見えなかったって言ってたんだけどなあ。もちろん嘘って可能性も言ってたけど、嘘吐きにしては小心者だし、嘘吐きにしては話の筋書きが下手すぎるって。」

「デイジーが?」

「うん。あ、こんなにしょぼくれる前にね。嘘なら、こんな見え透いた嘘を本気で言ってるような人だし気にする必要ないけど、本当ならヤバいって。信用するしないは別として、気を付けるに越したことはないって言ってたよ。」

「まあそれが一番だろうな。」

「うん。あいつの勘、あながち侮れないし、確率とかとにかく理詰めで結果言うから……気を付けろよ、ハリー。」


もしかしたら、もしかしてってパターンもなきにしもあらずってやつだ。とフレッドが真剣みを帯びた顔で言ったので、ぶるりと震えた。
しばらく沈黙が続いて、そして、とにかく、迎えにきてよかった。と隣のロンが言う。


「いくら手紙を出しても返事をくれないんで、僕、ほんとに心配したぜ。初めはエロールのせいかと思ったけど、」

「エロールって誰?」

「うちのふくろうさ。彼はもう化石だよ。何度も配達の途中でへばってるし。だからヘルメスを借りようとしたけど、」

「誰を?」


パーシーが監督生になったとき、パパとママが、パーシーに買ってやったふくろうさ。と今度はフレッドが前の座席から答えた。


「だけど、パーシーは僕に貸してくれなかったろうな。」


自分が必要だって言ってたもの。とロン。パーシーのやつ、この夏休みの行動がどうも変だ。とジョージが眉をひそめた。


「実際、山ほど手紙を出してる。それに、部屋に閉じこもってる時間も半端じゃない。…考えても見ろよ、監督生の銀バッジを磨くったって、限度があるだろ…。
フレッド、西にそれ過ぎだぞ。」


ジョージが計器盤のコンパスを指差しながら言う。フレッドがハンドルを回した。じゃ、お父さんは、君達がこの車を使ってることを知ってるの?と僕はフレッドとジョージがいる時点で答えがなんとなくわかってはいたけれど、聞いてみる。もちろん、ロンは首を振った。


「パパは今夜仕事なんだ。僕達が車を飛ばせたことを、ママが気づかないうちに車庫に戻そうって仕掛けさ。」

「お父さんは、魔法省でどういうお仕事なの?」

「一番つまんないとこさ、マグル製品不正使用取締局。」

「なに局だって?」

「マグルの作ったものに魔法をかけることに関係があるんだ。つまり、それがマグルの店や家庭に戻されたときの問題なんだけど……去年なんか、あるおばあさん魔女が死んで、持ってた紅茶セットが古道具屋に売りに出されたんだ。どこかのマグルのおばさんがそれを買って、家に持って帰って、友達にお茶を出そうとしたのさ。そしたら、ひどかったなあ……パパは何週間も残業だったよ。」

「一体何が起ったの?」

「お茶のポットが大暴れして、熱湯をそこいら中に噴き出して、そこにいた男の人なんか砂糖つまみの道具で鼻をつままれて、病院に担ぎ込まれてさ。パパはてんてこまいだったよ。同じ局には、パパともう一人、パーキンスっていう年寄りきりいないんだから。二人して記憶を消す呪文とか、いろいろ揉み消し工作だよ…。」


溜息を吐くロンに、だけど、君のパパって…この車とか…。と不意に湧いた疑問を口にすると、フレッドが声をあげて笑った。


「そうさ。親父さんたら、マグルのことにはなんでも興味津々で、家の納屋なんか、マグルのものがいっぱい詰まってる。親父はみんなバラバラにして、魔法をかけて、また組み立てるのさ。
もし親父が自分の家を抜き打ち調査したら、たちまち自分を逮捕しなくちゃ。お袋はそれで気が狂いそうでさ。」


ケラケラ笑うフレッドとは対照に、ジョージがフロントガラスから下を覗き込んで、大通りが見えたぞ。と言った。


「十分で着くな……よかった。もう夜が明けてきたし…。」


ジョージの言う通り、東の地平線がほんのり桃色に染まっている。
フレッドが車の高度を下げたため、畑や木立の茂みが黒っぽいパッチワークのように見えてきた。ジョージが目を細めて、ゆっくり口を開く。


「僕らの家は、オッタリー・セント・キャッチポールっていう村から少しはずれたとこにあるんだ。」






長くておさまらなかったので結局分けた。
泣き虫をやめようとした結果、久しぶりに泣くとなかなか完全におさまりません。一回泣くと、しばらくダバダバ泣きます。
ファブスター大佐の奥さんはアジア人魔女設定。本家に何も書いてなかったので捏造。
20111230
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