ダドリーが厚切りのベーコンを口に入れながら寝ている間に、左手でリモコンを取る。そして、やれ悪だ、やれ正義だと至極どうでもいい、かつベタベタな朝のアニメからニュースの天気予報に変えた。ほう、今日は晴れか。


「今週に入って三回目だぞ!」


ダンッとパパがテーブルを叩く前にゼリーと紅茶を手に掴んだ。どうやらこっちは大荒れの模様らしい。ハリーは今日も、うんざりしてるんだよ。いつも外を飛び回っていたんだもの。と同じ言い訳を繰り返した。


「夜にちょっとでも外に放してあげられたらいいんだけど……。」

「わしがそんなにまぬけに見えるか?あのふくろうめを外に出してみろ。どうなるか目に見えておるわ。」

「(口髭に卵焼きのってると、怖さ半減だなあ。)」


予報が終わり、さて今日のニュース、と言うところでチャンネルが変わる。テーブルの下で私の脛を蹴りあげたのは十中八九ダドリーだろう。
ハリーはパパに何か言い返そうとしたけれど、兄の、長くて大きいゲップがそれを飲み込ませた。


「もっとベーコンがほしいよ。」


おまえ、本当に本能に忠実だな。風景の一部を見るようにしてダドリーを視界に入れ、消した。顔を見るだけで、まだ腹が立つ。し、同時にひどく空っぽな気分になった。何故なら、アイツがつい一昨日、私の右腕と顔の右半分に包帯で巻かなければならないようなことをしたからだ。その上、私の私物をぐしゃぐしゃにして使い物にならなくしてくれた。本当にひどい。そんなことの後なのに、ママはダドリーをベタベタに甘やかして、ぶくぶく肥らせているんだから、もう、本当に居たたまれない気持ちになった。

フライパンにたくさん入ってるわよ。かわい子ちゃん。ママが巨大な兄をうっとり眺めている。せめて、うちにいる間は、たくさん食べさせてあげなくちゃ。学校の食事はなんだかひどそう……。だなんて、これ以上肥らせて、いったい何がしたいのだろうか。


「バカな。ペチュニアや、このわしがスメルティングス校にいたころは、空腹なんてことはなかった。ダドリーは十分食べているはずだ。息子や、違うかね?」


私は立ち上がって冷蔵庫からアップルジュースを取出し、グラスに注いでごくごくと飲み干した。さっさと上に上がって部屋に籠もろう。今年のハリーの誕生日もケーキをあげられないのは無念だけれど、仕方ない。
ダドリーはニタッと笑い、キッチンにいる私に、フライパンを取ってよこせよ。と言った。ゆっくりと焦点をダドリーに合わせ、首を傾げる。


「あ、病院行かなきゃ。」


ぽかんとしたダドリーは、私がパタパタと玄関を出た頃になって初めてそのこと言葉を上手く咀嚼し、癇癪を起こした。


家に帰りたくなくて、だらだら歩いていたら、病院に行って帰るのに四時間もかけることが出来た。顔馴染みの院長さんに診てもらって、顔のガーゼを取って消毒してもらったり、右目の状態を診てもらったり、腕や指ののギブスを取って(取り外し可能なのだ)肌を洗ってもらった。
漸く家の十数メートルまでやってきて、うちのガレージが見えた。中にあった蝋の像はドロドロに溶けた後、冷えて形がないまま放置されている。あんなもの、さっさと捨ててくれればいいのに。と泣きたくなった。あれは、明日から始まる州の公募制の作品コンクールに特別枠で出すものだった。ピアノだって、バイオリンだって、この手じゃコンクールは出られないから棄権した。ロンの家に本当に行こうかな。と思ったけれど、心配されるのは御免被るので(というか原因がしょうもなく、それを知られて幻滅されるのが嫌なので)、我慢することに決めた。
ダドリーによる骨折だったり流血沙汰はよくあることだったからいいけれど(本音を言うと全く良くないが)、こうも不運が続くと気が滅入る。それに、今日はメイソンさんというパパの商談相手をご夫妻で招いて接待パーティをするらしい。しかも、両親を含めた四人は何やら私に話があるという。
将来、うちの会社を背負って立つ(予定の)ダドリーではなく、私にだ。どう考えても向こう側に利益があるとは思えないから、裏があるに違いない。ああ、もうやだなあ。


「♪ハッピ・バースデー、ハリー…、ハッピ・バースデー、ハリー…。」

「うわっ、」


ダドリーと顔をあわせないように、裏口から入ろうとすると、庭のベンチにハリーがいた。突然バースデーソングを自分のために歌いだしたのだが、そのトーンがバカみたいに低くて思わず退いてしまう。声を出したら顔がひどく痛んで呻いた。ケガのせいでまともに飲み食いできないどころか、まともに話せも笑えもしないだなんてもどかしくて仕方がない。


「大丈夫?」

「…そっち、こそ。ひとりでその歌、うたうなんて…だいぶ、まいってる、ね。」

「カードもプレゼントもなしなんだもの。一人でだって歌いたくなるよ。親友から来た唯一の手紙と荷物が君へのバースデーカードとプレゼントだけだなんて…。」

「約束した、お泊りの招待も、ないしね。」


こくりとハリーは頷いた。魔法でヘドウィグの鳥籠の鍵を外し、手紙を持たせてロンとハーマイオニーのところへ送ろうか、とハリーが何度も考えていたのを私は知っている。でも、パパが私達の杖やらハリーの箒やらを階段下の物置に詰めたせいで断念せざるを得なかった。と言っても、卒業前の半人前魔法使いは学校外で魔法を使うことを許されていないから、そもそも魔法は使えないのだけれど、私達はこのことを口外していない。聞かれていないから、嘘はついていないし、問題ないだろう。
まあ、カプリコに頼めば鍵なんて関係ないのだろうけれど、消える瞬間の大きな破裂音はどうも隠れて手紙を送ることには向いていなかった。

とにかく、おかげでこの間まで私は無傷で毎日を送れたのだ。ハリーはハリーで家に戻ってからの数週間、低い声で口から出任せの言葉を呟いて、ダドリーがでっぷり太った足を動かせる限り速く動かして、部屋から逃げ出すのを見ては楽しんでいた気がする。本当に彼は神経が太くなったと改めて思う。

ハリーが突然立ち上がった。すると、ガサガサ音がして、小バカにしたような、かつひどい歌声ともつかない音声が芝生の向こうから漂ってくる。


「♪今日がなんの日か、知ってるぜ。」


瞬間、私は裏口からいつもと変わらない風に歩いて、それとなく屋内に逃げた。勇敢にもハリーは外でダドリーと対峙している。


「デマカセー・ゴマカセー!インチキー・トンチキー……スクィグリー・ウィグリー…!」

「(なんだアレ。)」


屋外からハリーの声が聞こえた。適当に呪文っぽいものを言っているだけなのだろう。だというのに肝の小さなダドリーは大層怯えたようで、ママーァァァァァ!!!という叫び声と、ドスンッという鈍い音が響く。


「ママーァァァ!!あいつがあれをやってるよう!」


キッチンから裏口へ、ママが泡だらけのフライパンを手に駆け抜けて行った。裏口のドアが開いた時にチラリと見えたのだが、先程の鈍い音はダドリーが慌てて家の中に駆け込もうとして、自分の足に躓いて地面と接触した時のもののようだ。ダドリーがうつ伏せになって、わんわん騒いでいた。

ハリーのはダメだったけれど、私の教科書はなんとか物置入りから免れていたから、近所迷惑だなあ。と思いながら、二階に上がって宿題に取り掛かる。左手で字を書くのは非常に時間が掛かる上に、汚なかった。けれど、一日のノルマを溜めるのは嫌だったし、後でハリーがこれを写すことを考え、時間をかけて丁寧に宿題を進める。コンクールのための練習がなくなったのと、蝋の像を仕上げる必要がなくなったのは、ある意味、好都合ではあった。

ダドリーがアイスクリームをなめながら、のらくらとハリーを眺めている間に、私は魔法薬のレポートを終わらせ、ついでに明日のノルマまで達成し、ハリーは窓を拭き、車を洗い、芝を刈り、花壇をきれいにし、バラの枝を整え、水やりをし、ガーデン・ベンチのペンキ塗りをした。

昼の五時になるとママがやってきて、今日のために買っておいたのよ。とうれしそうにハンガーにかけたミッドナイトブルーのスリットドレスと白のボレロをドアノブにかける。十二歳でスリットデビューか、はやいなあ。なんて。


「着替え終わったら、下に降りて私のお化粧をお願いできるかしら?あなたの方がきれいで早くできるでしょう?」

「うん、左手でいいなら、ね。」

「まあ、なんていい子なんでしょう!
じゃあそれが終わったら今日の手順をもう一度復習しますからね。」


バタンとドアが閉まり、私は着替え始める。ギブスが邪魔で、やたら時間がかかったけれど、一人でできないことはなかった。
下に降りてママの顔をコスメで覆い、私もやれとやけに強い口調で勧められて、渋々目元と唇だけアイラインやらグロスやらをつけた。
朝に取ってきたらしいディナー・ジャケットを纏ったパパに最終確認をするからハリーを呼んでこいと言われて庭に出る。ハリーの背中は汗でぐっしょり濡れていた。


「最終確認、だって。」

「今朝やったばかりじゃないか!」

「先々週から、言い始めて、今回で…何回目?」

「百八十回くらいじゃないの。二十回超えて数えるのやめたよ。」


君、顔に何かしてるの?と尋ねられ、こくんと頷くと、かわいいね。ダドリーの妹にはとても見えやしないよ。とハリーが言う。誉め言葉なんだか違うんだか、よくわからない言い回しだ。
新聞の上を歩きながら、ピカピカに磨き上げられたキッチンに入ると、待ち構えていたようにパパがこっちを見てから、さて、と口を開いた。


「今朝も話した通り、今日は非常に大切な日だ。」


知ってるよ、僕の誕生日さ。とハリーが小声で言うので、同情心を感じたのと共に少し噴いてしまい、ガーゼの上からそっと右頬を左手で押さえる。ああバカ、笑うだけで痛いっていうのに、ちくしょう。
パパがペラペラと今日に向けた意気込みを熱く語っている間に、キッチンへ素早く向かい、痛み止めの薬を飲んで戻った。


「いいか、最後だ。最後にもう一度みんなで手順を復習しようと思う。八時に全員位置につく。
ペチュニア、おまえはどの位置だね?」

「応接間に。お客様を丁寧にお迎えするよう、待機しています。」

「よし、よし。ダドリーは?」

「デイジーと一緒に玄関のドアを開けるために待ってるんだ。」


メイソンさん、奥様、コートをお預かりいたしましょうか?とダドリーがバカみたいな作り笑いを浮かべて台詞を言うと、お客様はダドリーに夢中になるわ!とママが狂喜して叫び、パパは上出来だと褒める。


「子ども…から見ても、寒気がする親バカって、どんな仕打ちよりも、ひどいよ。」


ハリーが噴いた。パパがハリーの方を見て睨み、私を見てニッコリ笑った。


「…わたしは、…あー……
…メイソンさん、奥様、お暑い中、ご足労いただき、大変、痛み入りますわ。あっ、そこの段差に気を付けてくださいね。私、先日不注意でそこで躓いてしまったんですの。」

「そうだ、完璧じゃないか。客人を労い、その大ケガの原因をそれとなく伝えるんだぞ。出来るだけ、笑顔で。」


今の私にとっては、とてもハードルの高い要求だ。しかも、見ず知らずの人に自分から話し掛けるだなんて!
ああああどうしようどうしよう嫌だよう…!と胸中で頭を抱えていると、パパが荒々しくハリーに向き直った。


「それで、おまえは?」

「僕は自分の部屋にいて、物音をたてない。いないふりをする。」


私がこのポジションだったら、全力でいないふりをするのに、パパはそれを提案しても、頑として受け付けなかった。
パパが嫌味ったらしく、その通りだ。と言う。


「わしがお客を応接間へと案内して、そこで、ペチュニア、おまえを紹介し、客人に飲物をお注ぎする。
八時五十分、」

「私がお食事にいたしましょうと言う。」

「母はとても料理が趣味で、すごく美味しいんですよ。私も手伝ったのですけど、手際が違います。」


本当は一ミクロだって手伝っちゃいないし、ママの趣味はガーデニングとキッチン掃除だ。ぼーっと庭を見ていたら、目が死んでるし、棒読み。とハリーに注意された。他の家族はそんなことに構っちゃいられないらしく、真剣に紳士淑女を演じている。


「そこで、ダドリーの台詞は?」

「奥様、食堂へご案内させていただけますか?」


ダドリーがブクッと太った腕を女性に差し出す仕草をすると、なんてかわいい私の完璧なジェントルマン!とママは涙声になった。もう、なんなんだろう。頭がおかしくなりそう、この茶番。


「それで、おまえは?」

「自分の部屋にいて、物音をたてない。いないふりをする。」

「それでよし。さて、夕食の席で気のきいたお世辞の一つも言いたい。ペチュニア、何かあるかな?」

「バーノンからききましたわ。メイソンさんは素晴らしいゴルファーでいらっしゃるとか……。
まあ、奥様、その素敵なお召し物は、いったいどこでお求めになりましたの?」

「完璧だ。じゃあデイジーは?」

「…お二人にはとても心優しいご子息がいらっしゃると父から聞いたのですが、確かにこんなに素敵な家族に恵まれれば優しくなれるのも当然ですね。」


話によると、心優しいことは心優しいのだが、どうやら家族(主に母親)に心優しすぎて、どうも婚期を逃しているらしい。優しさも考えものだなあと思った。
パパが頷き、ダドリーの名を呼ぶ。


「こんなのはどうかな、“学校で尊敬する人物について作文を書くことになって、メイソンさん、ぼく、あなたのことを書きました。”」


ハリーがテーブルの下に潜り込んだ。私も左の頬をつねる。そんなバカな、ダドリーはアルファベットだってこの間やっとまともに書けるようになったっていうのに、作文をだなんてそんな、まさか!
ついに私は頭が痛くなった。あと腹筋。ママは感激で泣き出してダドリーを抱き締めていて、ハリーはやっとテーブルの下から出てきた。


「それで、小僧、おまえは?」

「…僕は自分の部屋にいて、物音をたてない。いないふりをする。」

「まったくもって、その通りにしろ。メイソンご夫妻はおまえのことを何もご存知ないし、知らないままでよい。
夕食が終わったら、ペチュニアや、おまえはメイソン夫人をご案内して応接間に戻り、コーヒーを差し上げる。わしは話題をドリルとアレの方にもっていく。運がよけりゃ、十時のニュースが始まる前に、商談成立で署名、捺印しておるな。明日の今頃は買い物だ。マジョルカ島の別荘をな。」


パパが髭を撫でる。おまえは早くお食べ!メイソンさん達がまもなくご到着だよ!とママはテーブルの上のお皿に載った二切れのパンとチーズ一かけらを指差してハリーに言った。
ハリーが手を洗って夕食を急いで飲み込んでいると、食べ終わるか終わらないうちにママにお皿を片付けられ、キッチンから追い出された。


「早く!二階へ!」


お互い、幸運を祈る。と言葉を交わしてそれぞれの“ポジション”へと歩を進める。玄関のベルが鳴り、パパが階段の下でハリーに何かを言っていた。小走りでこちらに来るのを確認してから、深呼吸をして、ドアに手をかける。


「…あ、あの、いらっしゃいませ、メイソンさん、奥様。今か今かと…お待ちしておりましたの。お暑い中、ご足労いただき、大変、痛み入りますわ。」






そして悲劇のはじまりである(`・ω・´)キリッ←
ねむいです。テスト前になにやってんだろうと思います。
20111130
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