210000HITと称した復活祭\(^O^)/ | ナノ

別に、きらいなわけじゃなかった。最初から。


「すきです!つき合ってください!」


どいつもこいつも頭の中はいつまでも春らしい。
放課後、とある一件で先生に呼び出されたあと、職員室を出た私は、一組の男女の横を何の気遣いもなく擦れ違った。あ、ありがとう。私も…、と聞こえたところで聴覚をシャットダウンさせる。午後四時半を過ぎた頃だけれど、日はまだ落ちる気配が見られない。


「(リア充爆発しろ。)」


廊下に設置されている鏡を見て、荒んだ心が余計に荒んだ。あいつら、ちゅーしてやがる。私は、謂われのないことで呼び出され、仕事を押しつけられたって言うのに、他人が何の縛りもなく青春を謳歌しているのを目にするのはうんざりする。今なら世界の人生うまくいってる人みんな呪えそう。
ガラリと自分の教室のドアを開ければ、誰もいなかった。私、二人に喧嘩しないで待ってなさいって言ったんだけど、無理なのはわかってたけど、この歯牙にもかけられなさは流石に怒る。
外から凡そ学区内にいるとは思えない轟音が響き、無言で窓を開けた。


「おら静雄ぉぉおっ!!」

「うぉっ、」

「電信柱抜くなって何回も言ってんだろーが!自販機置け今すぐ!」

「いや、でも、あいつがおまえを、」

「でもとだっては男の使う言葉じゃないってうちのお母さん言ってるでしょう!!」

「じゃ、あいつ仕留めたらなっ!」


私の声に一瞬だけ動揺した静雄の投げた自販機は、数メートル先を走る男子生徒に向かっていったが、紙一重で外れ、土煙を起こす。ちょっと、俺気管支弱いんだからやめてよ。と非難がましい声がわざとらしい咳とともに響いた。


「あっ、なまえちゃんだ。先生に怒られた?」

「黙らっしゃい!」


元はと言えばあんたのせいだよばかたれ!とベランダから乗り出して怒りを訴えれば、危ないから気をつけなよー。とすべてを無視して呑気に返答された。だいたい、もっとデンジャラスなことしてる人に言われたくない。
私の言葉を無視して再び壮大な喧嘩を始める二人に、もう勝手にしろ!と捨て台詞を吐くと、なまえちゃん帰るのー?と何かがなんか言ってた気がするが、そのまま待つわけもなくリュックを背負った。


「(ガソリン片付けよ。)」


そう、私が職員室に呼び出されたのは正にそれのせいである。悪いんだけど、三階の廊下にガソリンの入ったドラム缶が転がってるから片付けてくれないかなあ。なんだったら友達にも手伝ってもらっていいから。と理不尽で不条理な依頼をされたのがつい先程のこと。先生だって、その“友達”が原因だって気付いているからそんな言い方をしたんだろうけど、少なくとも臨也の方は、自分の代わりに犠牲になった人間を愛らしいとか可哀想とは思っても、可哀想だから、申し訳ないから手伝おう。というような一般的な思考回路は持っていないので、結局無駄なのである。屑と言っても差し支えないような人間なのだ。
三階に辿り着くと確かにガソリンの酷い臭いが充満していた。ドラム缶が転がるどころかガソリン自体が零れ、リノリウムの床に広がっている。そんなん生徒の掃除するような範囲内じゃないだろ。何の被害も被っていなさそうな床にリュックを置き、先生に押し付けられたゴム張りの手袋をはめて作業に取りかかる。近くで、臨也、という雄叫びが響いた。


「いたいた。」

「…いたいた。じゃないでしょ。静雄が呼んでるよ。」

「そんなのに応えるわけないじゃない。死んじゃうよ。俺、シズちゃんと違って人間だもん。」

「あ、そう。静雄に喧嘩売るんだから、てっきり頭のおかしな新生物か死にたがりなのかと思った。」

「まさか。」


で、なまえちゃんはこんなところで何をしようとしてるの?と臨也が続けるもんだから、こんなところだから片づけを頼まれたの。と余分にもらった手袋を投げつける。顔面に投げつける勢いで手放したのに、ポテッと彼の手前で落ちたのがとても悔しい。溜息をついて、で、あんたはなんなの?何の用?まさか、一緒にあんたの尻拭いでもしてくれるわけ?と問えば、いや全然。などと飄々と応え、拾った手袋をこちらに投げてよこした。手袋を目で追い、受け止めようと後ろに下がると思い切り後頭部を打ち付けた。臨也が肩を震わせる。あいつの、私に対する態度は元々いいものではなかったけれど、ここ最近、そう、静雄が顔を真っ赤にして私に話し掛けるようになってから、特に顕著になったと思う。私だって馬鹿じゃない。静雄が、少なくとも私に好意を持っているらしいことぐらいはわかった。そうでなかったとしても、まともに同世代の女子と話したことのない彼にとって、私の存在は他とは少し違うのだと思う。私からすれば、だからどうという話ではないし、勝手な推測で彼との関係をぎこちなくさせたくはないから、特に思うところはないのだけれど、奴からしたらいい駒を見つけたってところだろう。奴の性格の悪さから考えれば、静雄を傷つけるより私を傷つけた方が手軽だし静雄に対する効果も覿面と思考しても頷ける。


「なまえちゃんがいくのが見えたからきただけ。」

「静雄の顔が歪むのが見たいだけっていうのの間違いじゃない。」


臨也の綺麗な形をした眉がピクリと動いて、眉間に皺を作った。あながち間違いじゃないらしい。表情崩すなんて珍しいなと思いながら、彼に背を向けドラム缶を起こして壁際に寄せた。その時である。私が臨也から一瞬、目を離したその隙に壁に押さえ込まれる。臨也の手によって後頭部を強打することはなかったけれど、背中を打って少し噎せた。痛いと非難の言葉を私のできる限りの鋭い睨みとともに放ってはみたものの、謝罪の言葉が返ってくることはなく、何を思ったのか臨也は綺麗な睫を落として私の唇に自分のものを重ねた。


「なまえちゃんが行くのが見えたから、きただけ。」


それだけ。なんて、真っ白な肌を少しピンクにして彼が言うもんだから、調子が狂ってしまって目を瞬かせるしかできなかったのだけれど、廊下の向こう側で破壊音が響き、弾かれたようにそちらを向く。


「臨也ぁ、手前今何した?」

「シズちゃんさ、いい加減俺の邪魔しないでくれる?なまえちゃんと一緒に帰りたかったら俺より先にそうすればいいじゃん。無理だけど。阻止するけど。」

「殺す!」


ぎゃあぎゃあわあわあと再び騒ぎ出す二人に、さすがの私も最早叫ぶ気力はなかった。今更になって心臓が大きく脈を打ち出したので、顔を隠すように下を向いて両手で覆い、廊下の壁に頬を貼り付ける。だめだ、おさまらない。


「(唇、熱いけど、手も、熱いや。)」


頭の中が、夏です。




二十四時間戦争コンビというよりかは臨也夢になりました。すみません。
20130727