210000HITと称した復活祭\(^O^)/ | ナノ

俺がお腹空いたと呟いて、なまえちゃんがフラッとキッチンに入ってから数秒後、メニューが決まったらしく、水の音やまな板に包丁があたる音が聞こえだした。時刻は五時半、十二月も二週目に入った今、外はすっかり暗くなっている。


「昨日、皆既月食綺麗でしたよ。折原さんはパソコンやってて見てなかったから言いますけど。」


何を切っているのかは判別不可能だったが、トントンという音を鳴らしながらなまえちゃんは少し恨みがましくそう言った。今年見なくったって、来年は部分、十四年は部分と皆既、十五年は皆既が見えるじゃない。とキーボードを打ちながら答えると、カタンとデスクに綺麗に切られた果物が置かれ、案外月食って多いんですねえ。知らなかったや。と彼女が言う。どうやら怒っているわけではないらしい。なんだ、つまらないなあ。パソコンに嫉妬してるのかと思ったのに。
ご飯、これからちゃちゃっと作りますから、これで一先ずお腹満たしてくださいね。とキッチンに戻るなまえちゃんから、なんだか生臭い臭いがした。魚介でも調理しているのだろう。実は怒っていて、夕飯に魚の目玉…なんてことには、ならないといいけれど。
どうせ今朝の新聞で一面とってると思ってたしね。とフルーツを口に入れてから付け足しておくと、風情も何もあったもんじゃないですね。肉眼で見る感動ってすごかったなあ。とすげなく返された。


「…ねえ、」

「はい?」

「まさかとは思うけど……、一緒に見たかったの?」

「…ち、が、………べっつにぃー。こういうの、いつも父と見てたので一人で見るの寂しかっただけですぅー。」

「一緒に見たかったんじゃん。」

「折原さんじゃなくてもいいですもん。一人が寂しかっただけで。」


…寒かっただけで!と慌てて続ける彼女に、拗ねて小さく主張するあたり、かわいいなあ。と思う。でも今包丁を持っているから、そんなことを言ってしまうと手元が狂って指を切らない可能性もなくはないから黙っておいた。


「そういえば、紅い月って皆既月食のことを言うんですね。昨日見たとき紅くて感動しました。」

「太陽光が地球の大気で青系の光が拡散されて赤系だけが月面に届くからだよ。」


ほら、朝焼けとか夕焼けだって赤く光ってるだろ?空気中のダストが少ない時だけ、そう見えるんだよ。そこまで言うと、あーあ、昨日見ながらその解説聞きたかったなあ。となまえちゃんが大袈裟に溜息を吐いた。なかなかしつこいね、君も。と言ってパソコンから離れる。
キッチンに入ると、彼女は急いで何かをゴミ箱に捨てた。まな板の上にイカがあったから、たぶんそれの目玉や嘴だろう。素早く手を洗ってパスタを茹ではじめ、もう一つのコンロでニンニクと鷹の爪、オリーブオイルを炒める彼女を抱き締めると、邪魔だなあ。と苦笑いされた。ちぇっ、と言って離れると、怪我しちゃう。となまえちゃんが眉をハの字にして言うもんだから、それは嫌だなあ。と返してフライパンの中を見た。彼女がそこから鷹の爪とニンニクを取り出して、イカとスカンピとかいう海老を入れた。暫くするとそれらをだし、ムール貝とアサリを入れ、蒸し、殻を開かせて取り出す。魚介類の旨味が出ているだろうそこにトマトソースを入れ、先程取り出した具を戻した。
波江と一緒に夕食をつくっているときにたまに思うけれど、この子もなかなか調理が手早い。それからよく見てみると丁寧だった。育った環境がそうさせたのかも、となんとなく思う。


「今日の夕飯何?イタリアン?」

「はい。昨日、月食見たあとにチューボーですよ見てたらペスカトーレを作ってたので食べたいなあって。波江さん今日お仕事ないし、じゃあつくちゃおうって。」

「いい匂い。」


俺が言うとニッコリ笑って、ニンニクいいですよねえ…。と嬉しそうに言う。明日学校とかって言っていたけれど、いいのだろうか。と思ったが、本人がつくっているので問題ないのだろう。元々なまえちゃんは、そういうのにあまり頓着がないし。


「あ、お皿出すの忘れた。」

「ん。先に食器並べとくよ。」

「ありがとうございます。」


銀色のフォークとスプーンを並べていると、綺麗に盛り付けられたトマト色の魚介類がパスタとともにやってきた。トン、と軽く音がして目の前に置かれる。どうぞ。と彼女が言った。


「おいしい。」

「麺の固さ、どうですか?一応確かめたんですけど、折原さん合いますか?」

「うん。」


あ、そうだ。飲み物くれる?と言うと、はぁい。と彼女が立ち上がる。


「じゃあこの間、折原さんがもらってきた白ワイン出しますね。チューボーですよで飲んでたんで、合わないことはないと思いますから。」


味でペスカトーレが負けないといいんですけど…。とボトルとコルクスクリューを持ってきて座った。それはないだろ。と返すと、いやいや、作り手にもよりますよ。とコルクにスクリューの先を埋めるのに苦戦している。


「…開けようか?」

「すみません、お願いします。」

「なまえちゃん、非力だもんね。」


俺の言葉に、腕力はある方ですよ、これでも。となまえちゃんはムッとした。ポン、と小気味のいい音がすると、あ、開いた。コルク頂戴コルク!とすぐさま顔を輝かせる。お酒弱いとはいえ、まさか匂いで酔ったりなんかしないよな。なんて疑いの眼差しを送ると、彼女は首を傾げた。


「なんで渋るんです?」

「いや、別に。なまえちゃんってお酒、特にすきじゃないのに不思議だなあって思っただけ。」


ああ、そうですか。と笑う彼女にボトルごとコルクを渡す。なまえちゃんは、いい香りですね。と言うと、それをグラスに注いで俺に寄越した。


「父がワイン開けるときに匂い教えて貰うっていうのが恒例行事なので、なんとなく、やりたかっただけですよ。」


なんだか……すみません。となまえちゃんは顔を伏せた。寂しいのだろう、きっと。彼女の両親は決別してしまったから。
少し躊躇ってから、寂しいの?と聞けば、彼女は、わかんない。と言い、少しして、やっぱりさみしい。と首を振った。


「季節かなあ。」

「…季節、かもねえ。そんなに寂しいなら、昨日一緒に月見てあげればよかったね。」

「いいですよ、別に。あれくらい、どうってことないもん。」


そう言いながら、テーブルの下でパタパタと足を揺らす。俺は、感情隠すのだけは一丁前にうまいんだからなあ。と思って、そう。と言ってワインを飲み干した。なまえちゃんがそれを見つめる。


「何?」

「…いや、いいなあと思って。」

「何がいいのさ?」

「お酒。」

「飲めばいいじゃない。あと半年もしないうちに成人なるんだから。」

「まだ未成年だし、アルコール弱いもん。」

「じゃあどうしていいなあなんて言うの?」


なまえちゃんが黙った。俺も黙る。暫く口を開いたり閉じたりしてから、漸く、だって、わたし、と彼女は恐る恐る言葉を口にした。


「さいきん、よる、やなんだもん。…いっぱい飲んで酔っ払いたい。わけがわかんなくなるくらい酔って、わけがわからないうちに寝ちゃって、夜の記憶がない風にして朝起きたいんです。年越しとか、そうしたい。」


なんだ、そんなことか。とほっと溜息を吐いた。てっきり物凄い嫌なことがあったのかと思った。


「(…いや、彼女にとっては結構重い悩みか。)」


可愛らしい悩みもあったものである。今日、一緒に寝る?と笑って尋ねると、ほんと?と気にした風もなくなまえちゃんは顔を綻ばせた。もちろん俺は軽く頷く。


「あ、でも一応言っておくけど、手、出さないって断言できる自信ないよ、俺。そこら辺、しっかり踏まえ、」


そこでなまえちゃんに遮られた。よかったあ……。と心底安心したように胸を撫で下ろす。


「私、ほんとう最近ダメで、折原さんだいすき!」

「、だ…っ、……ぅ、うん。知ってるから一々言わなくて、いい。」


ほんと、寂しがりだな。と思いながら、たどたどしく答えると、さ、パスタ食べたらおっふっろっ!私お風呂入れてきますね!と軽やかに彼女は席を立つ。自分の言動にどんな影響があるかなんて、なまえちゃんは全く理解していないのだろう。


「(まあでも、そんなことくらいで元気になってくれるなら、それでいいや。)」


俺も俺で、知らないうちに彼女に甘くしてしまうのだから、なんだかお互い様な気がした。






ご希望に沿えていなかったら申し訳ありません。
ただ、お月様がきれいだったのと、ペスカトーレがおいしそうだったのと、金麦のCMに憧れただけです。完全なる私の自己満です。
リクエストありがとうございました!
20111211