指からマグカップが滑り落ちて、ガン、とデスクにコーヒーが広がる。しかし、俺はパソコンの液晶画面から目が話せず、波江が投げつけてきた台布巾を顔面で受けとめることになった。 「さっさと拭きなさいよ。バックアップはとってるだろうけど、それ、壊れたら馬鹿にならないでしょう。」 「拭いといてよ。今、手が離せない。」 直後、彼女の刺すような視線を浴びた気がしたが気にしないことにした。布巾を手にした波江がディスプレイをちらりと見て、手を止める。 「どう思う?」 「止めてちょうだい。私が何を言っても、あなたは不愉快に思うじゃないの。」 「違いないね。」 左の人差し指の爪を弄りながら言うと、彼女は何も言うことなくマグを回収した。その背中に、あ、コーヒーは淹れてくれなくていいや。と投げ掛けるとそのままマグはシンクへ消える。 【一年くらい前に喧嘩人形と噂になった美乳jkが池袋でご奉仕してる件 ■←】 このまま俺のところだけで働くのは稼ぎが増えるわけでもないし、社会と隔絶されていく気がするからバイトさせてほしいと前に話をしてきてたけど、これは聞いてない。絶対あの子、時給だけで決めてる。ていうかなんだこの画像!一応目に黒い線入ってるけど見ればすぐに誰だかわかるだろ! 怒りに任せ、管理者権限でスレッドを削除する。写真の方ももう回収仕切れないだろうけど、添付者本人に削除依頼して消してもらった。 「波江、俺なまえちゃん迎えに行ってくるねー。」 ああもう、なまえちゃんって、なんでこう…普通っぽい感覚を持ってるはずなのに、突飛な行動取るんだからなあ……安心できない。 ♂♀ 「あっ、おにいちゃんおかえりな…さ、い…。」 「逃げるな。」 客が入ってきたからと、ぱたぱたとやってきた彼女は、その客が俺だとわかった瞬間に背を向けたので即座に腕を捕らえた。なんでいるんですか。と溜息を吐くなまえちゃんを上から下までじっとりと眺めていると、それに気付いたらしく、頭の上の耳と黒い尾を手で隠しだす。 「なあに、それ。おにいちゃんってどういうこと?奥で話してもらおうか。」 「だっ、だめ!はいっちゃだめ!折原さん今すぐ帰ってください!」 俺が中に歩を進めると、阻むように両手を広げた。そんな彼女は黒い兎の耳と尻尾なんかつけちゃって、メイド服なんか着てるし、幸い萌えの象徴ととあるオタク共に称されるニーハイソックスは履いていないものの、黒のタイツを履いているのでそれはそれでいやらしい。ていうか、普段でさえ涙目の彼女に体張って止められると言い返せないのに、そんな格好じゃあもうどうしようもないじゃないか。いや、むしろ一周回って脱いでほしい。性的な意味じゃなくて、みんないるし、腹立たしい。まあ、素っ裸で御奉仕されてた方が腹立つけども。 とにかく、なんだか彼女の言うことをおいそれと聞きたくなくてそのまま無視する。そうすると焦ったなまえちゃんが腰にしがみついてダメだと言った。ダメはこっちのセリフだ。熱が集まっている顔を冷ますためにも溜息を吐いたとき、俺の顔面の傍を木製の椅子が通り去って真横の壁で、粉砕した。 「いぃーざぁーやーくぅーん…。」 「(…げっ、)」 「なぁーんで池袋にいるのかなぁあ…?」 「…やだなあ、シズちゃん。こっちのセリフだよ。なんでいるの?ていうかこんなとこに来てまで俺と遊びたいの?はは、残念。俺、シズちゃんとポッキーゲームやる趣味はないんだよねえ。ほら、そこのメイドさんにやってもらいなよ。」 「ぶっ殺す!!」 そうやって馬鹿の一つ覚えみたいに例の言葉を吐き捨てたかと思うと、今度は木製のテーブルを持ち上げる。ああ、どうしよう。一回外に出て奴を撒いてから戻ってこなきゃなあ。なんて考えていると、俺にしがみついていた黒いもふもふが慌てて奴に駆け寄りしがみついた。 「しっ、静雄さん!ダメですよ!怪我人出すつもりですか!?」 「安心しろ。ノミ蟲だけにあてるし、あいつはちゃんと仕留めるから怪我人じゃねえ。だろ?」 「警察沙汰じゃないですか…!」 ダメですよダメダメ絶対ダメ!余計になまえちゃんは腕の力を強くして言うもんだから、俺なんかもう、茫然だ。そいつなんかにしがみつくなよ。と心底苛立つ。シズちゃんもシズちゃんで真っ赤な顔して万更じゃない風なんだから、もう、死んでくれ。 店内も騒然としている中、なまえちゃんと同じバイトの子が勇敢にもなまえちゃんをつつき、なまえちゃん、ポジション忘れちゃダメだよ。と耳打ちした。あ、そっか。と彼女は納得したらしいけれど、こちらはさっぱり意味を理解できない。意を決したような真っ赤な顔をして、なまえちゃんがシズちゃんの顔を見つめる。 「おにい、ちゃん、わたし、おにいちゃんが警察に捕まったらさびしいよ…。だから、やめよ?」 首の角度、約三十度。恥ずかしさからか耳まで赤くして瞳も潤んで………敢えて言おう、凶悪的犯行であると。いや、本当に。相手がシズちゃんなのが腹立つけれど。ていうかそいつにそんなサービスすんなバカ。なまえちゃんは奴が静かになって、お、おう。と照れながら(激しく不愉快である)テーブルを元に戻したのを確認するとにっこり笑って、じゃあお話の続きしててくださ……しててね!と言うと俺の方へやってきた。 「そういうことなので、折原さんは帰ってください。」 「あれ?お兄ちゃんは?」 「ぐ…っ、…ぉ、おにいちゃん、帰ってよ…!」 「あはは、新鮮だなあ。ちなみにお兄ちゃんは帰るつもりはありませーん。」 「(質悪いこの人。)」 「だって都合とか状況とかを理由にそんなこと言うなら、あいつだって同じだろ?シズちゃんが帰ればいいじゃない。」 「静雄お兄ちゃんはイザ兄と違って仕事なんですぅー。」 「ねえ頼むからあいつらの真似しないで頼むから。」 俺が顔を顰めると、えー、どうしようかなあ…。と唇に人差し指を当てる。確認のため言っておくが、頭には黒い兎耳、そして、メイド服なのである。少し小さめのワイシャツを第二ボタンまで開け、胸を強調させているメイド服を着用中なのである。うぅん…ボタン弾き飛ばしそう。いや、冗談抜きで。そのまま家に持ち帰りたい。いろんな意味で。なまえちゃんは、例のごとく気付いていないんだろうけど、注目の的なのだ。いち早く連れて帰りたい。そんな話をさっさと終わらせたい俺が、で、なんであいつはいいわけ?と苛立ちを顕にして尋ねると、彼女は俺の耳に顔を近付けた。 「あのね、」 「(くそ、この態勢、胸見えそうだしあたるし、耳に息かかる辛い。あわよくば見えてもいいけど、見えたってことは他の客にも見えたってことだしそれは嫌だ。)」 「静雄お兄ちゃんの取り立て先の人がね、ここの常連さんでね、一ヶ月くらい前から私のお兄ちゃんで、なんだかそのせいで借金かさんじゃったらしいの。」 「(世界観守るためなんだろうけど、どういうカオス説明。いや、その前に獣耳と家族設定とメイド混ぜるってどういう世界観。)」 ね、ほら、あそこ。と俺を促すなまえちゃんの視線を追うと、確かにシズちゃんの前の席には男が一人座っていた。気絶しながら。彼女の話によると、彼とシズちゃんとの話はまとまりそうだったそうなのだけれど(お兄ちゃんがただの借金持ちのニートなのは、わたし、悲しいなあ。となまえちゃんが説得したそうだ)、俺が来たためにあの化物はテーブル持ち上げ、それにびびったらしい男は気絶したようだ。だからシズちゃんは出られないと彼女は言う。つまり、シズちゃんがここに居座る根本的な原因はあの男になる。まだ何もされていないというのに気絶だなんて、情けない。俺やなまえちゃんの時間を無駄に浪費させてくれるなよ。 「わかった?」 「まあ、理解はしたよ。」 「なら話が早いですね。ささ、出口はあっちですよ。」 「シズちゃんがここに留まらなきゃいけない理由は理解はしたけど、お前がここでバイトするってのは了承はしてない。」 「は?」 「バイトはしていいって言ったけど、これはダメだろ。てかダメだからね。保護者として見過ごせないね。」 「何を今更保護者面して。普段コーヒー私に頼んでパソコン弄るか爪磨くか、はたまた高笑いしてるだけじゃんか。お金は湯水みたいに湧き出るわけじゃないんですよ。」 「はーたーらーいーてーまーすぅー。君の今の時給の何千倍も稼いでるからね、俺。大体、普通スーパーとかスーパーとか薬局とかスーパーとか、とりあえず新宿でやると思うじゃん。」 「ほぼスーパーだけじゃないですか。そもそもその中にコンビニがないのがおかしい。」 「コンビニは強盗されやすいから却下しただけじゃん。」 「(こいつら兄妹喧嘩みてぇ。つか外でやれよ。)」 「それがどうしてこうなるの。なんでわざわざ池袋なの。コスプレしてさ、何でもない奴に媚びて何か意味あるわけ?社会の勉強になった?」 ね、シズちゃんもそう思うでしょ?と、呆れた顔でこちらを眺めている奴に話を振ると、いつも通り、あ゙?と睨まれた。いやだなー、怖い怖い。 「待って待って。今回は俺が嫌いだからなまえちゃんに味方するとかはダメだからね、彼女の人生の為に叱咤してやってよ。最近俺の言葉だけは聞かなくてさあ、反抗期ってやつなのかなあ。」 「はぁ!?」 驚きと腹立たしさを顔中に表したなまえちゃんは、反抗期なんか小六で終えた!と少し声を荒げて俺を睨む。結構な迫力だった。まさか、そんな反応をするだなんて思っていなかった俺は一瞬怯み、よく言うよ。と鼻で笑う。なまえちゃんは俯いた。すこし強い口調で言ったのは悪いとは思ったけれど、ここで引き下がったら彼女のペースになってしまう。それはあまり好ましくなかった。こんなとこで、あんな言葉遣いで、そんな恰好されるのが嫌だった。嫌だった、それだけだ。それだけでも、十分な理由だと思う。 「中学生じゃないんだから、今更反抗期のこじらせるのやめてくんない。俺、仕事中断してここまで来たんだよ?」 「…。」 「ねえ、聞いてんの?」 スカートの裾を両手でいじっている彼女にそう投げかけると、その隣で歯軋りが聞こえた。 「……そんなに仕事やりたかったら気にしなきゃいいじゃん。迷惑なら引き取らなきゃよかったじゃん。」 「……おい、」 「なんですか、静雄お兄ちゃん。」 なまえちゃんが苛立たしそうに応えると、そのふてぶてしい態度にシズちゃんは少しカチンときたらしい。歯軋りをしつつもその怒りを抑え、手前等こそちゃんと話し合え。と彼女の首根っこを掴んで椅子に座らせた。俺はその前に、シズちゃんは隣に座る。俺の隣には未だに気絶しているなまえちゃんの客がだらしなく腰をかけていた。ここの店長が気を利かせて置いてくれたカフェラテには可愛らしいキャラクターが描かれていて、なんだかシュールだった。 「わ…わたし、」 シズちゃんに小突かれたなまえちゃんがピクリと反応して、俯いたまま、呟いた。 「お、にいちゃんの役に立ちたいなって思っただけ、だもん。」 いきなりぐしゃぐしゃになったなまえちゃんの顔は、決して綺麗なんかじゃないのに、真っ赤な鼻と力のこもった口を両手の甲で隠した彼女に俺は、とうとう折れた。なかなかどうして俺は彼女に弱いのである。 「週一で、帰りは俺と一緒ならいいよ。」 そ、れがいいんじゃねえの?つか、そうしとけ。とぶっきらぼうにどもるシズちゃんの顔は、どうも俺と同じ顔をしているようだ。 すいません。前から書いててまとまりが聞かなくなったので、勝手に終わらせました。期間が空いているので違和感があるやもしれないです。 繭☆さんリクエストありがとうございました遅くなりましたすみません。悶え苦しますことができているかわからないです。応援ありがとうございます! 20130115 |