飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です。  

こんな掲示があって、誰が笑えるだろうか?いや、笑えない。少なくとも私は笑えない。


「そらきた。お望み通りだ。」

「私、木曜日、突然の発熱に襲われて授業出れない気がする。」

「ああ、そうか、デイジー……まあ、でも、マルフォイの目の前で箒に乗って、物笑いの種になるよりましかもね。」

「そうなるとは限らないよ。あいつ、クィディッチがうまいっていつも自慢してるけど、口先だけだよ。」


何よりも空を飛ぶ授業を楽しみにしていたハリーは絶望的な声で言ったが、ロンの言うことはもっともだった。が、私の中でマルフォイと授業だということは頭の中じゃ二の次だ。どうでもいい。自慢なら勝手にしてろ。むしろマグルのヘリにぶつかればよかったんだ。
マルフォイだけじゃなく、魔法に触れて育った子達(主に男の子だが)は、やたらめったら、俺、箒に乗るのうまいんだぜ?というのを主張してくる。シェーマスしかり、ロンしかり。そしてみんなひっきりなしにクィディッチの話だ。ルールも知らないのに、話を聞いて何を楽しめと?
私はロンと同室で、この間ロンとクィディッチとサッカーの素晴らしさで大論争したらしいディーン・トーマスとそんな話をした。サッカーいいよねサッカー。私はバスケットボールの方がすきだけど。大きな声では言えないけど、お腹がチラチラ見えるのが、うわ運動してる!って思えるのだ。痴女ではない。断じて。私は球技が笑えないくらいにできないので(バスケは人並みにできるけど)、憧れの対象でもあるのだ。

で、だ。その授業が今日、行われる。緊張してっていうか怖くて五時に起きてしまった。いつもはハーマイオニーと一緒に行くのだが起こすのも悪いので一人で着替えて朝食を取りに大広間に向かう。


「やあ、デイジー。おはよう。グリフィンドールとスリザリンの一年は今日飛行訓練だって?」

「なんでいるの。」

「なに、俺だっていつも寝坊してるわけじゃないぜ?」


フレッドは今日もいつも通りみたいだけど。と目の前のウィーズリーは言った。どうやらジョージのようだ。どうせ、よからぬことでも考えついたから早起きしたんだろう。
それよりも、あれだ。私は世紀の偉大な挑戦をしなければならないので深く聞く余裕なんてものはなかった。糖蜜パイやらエクレア、アイスクリームなど、とりあえず重くて甘そうなものをお皿に取って座る。隣に座って、アップルジュースが好きなんだっけ?とゴブレットに注いでくれたジョージが顔を顰めた。こうすると、フレッドとそっくりすぎてどちらがどちらか分からないなあ。


「やめとけよ。箒と相性悪いと暴れだすから運が悪けりゃ吐いちまう。そしたらおまえの大嫌いなマルフォイにまたバカにされるぞ?」

「大丈夫、問題ない。」


ローブから液体の入った紺のガラスの小瓶と小石を出す。小瓶の蓋を開け、一口大にした糖蜜パイに一滴だけ液体を垂らした。気になったらしいジョージが首を傾ける。


「それ、なに?」

「糖蜜パイ。」

「いやそっちじゃなくて、瓶の中身。そっちはベゾアール石だろ?よくお世話になってる。」


なにしようとしてるんだ?と急に保護者みたいな顔をした。そういえばこの人、仮にもロンと妹のジニーのお兄ちゃんだったなと思い出す。黙ってたら怒られそうな気がしたので素直に白状した。


「あー…発熱を引き起こす薬。一滴で体温が、だいたい三十八度前後まであがって四時間後には元通りってやつ。あとは適当に気持ち悪い辛いってやり過ごせばいいし。苦いから、糖蜜パイと一緒に口に入れようかと。」

「で、解毒にこれね。サボり?」


こくりと頷くと、へえ。と言って小瓶とパイ達は没収された。そんな!なんてこと!


「それ、私の!」

「いやいやいや、こんな素晴らしいものを見過ごせるはずないだろ?」

「は?」

「俺もフレッドも、こういうの探してたんだ。授業サボりたい時にサボれるような七つ道具みたいなの。」


というわけでこれもらうわ。そっちのパイもあとで効果試すから。とジョージは自分のお皿にサラダだとかスクランブルエッグを乗せて渡してきた。どうやらこいつは私に死ねと言っているらしい。
トマト食べたい。いっぱいがいい。と今にも死にそうな声で言ったらたくさん乗っけてくれた。それにオリーブオイルと岩塩をかけて食べる。うめえ。最後の晩餐はトマトで決まりだ。


「箒で飛ぶの、気持ちいいぜ?しかもそれが授業なんだから……なんでサボろうとするのかわかんないなあ。ホグワーツの城一周飛んできたらよさがわかると思うけど。」

「……。」


ホグワーツ、一周…だと…!?ばかな!想像しただけで心臓が嫌に駆け足で血液を送る。考えただけでガクがアシアシ、トリがハダハダ…でなくて、脚がガクガク、鳥肌が立つ。


「デイジー?すごい汗だ…。
ねえ、まさかとは思うけど、怖いの?」

「………こわいなんてものでかたづけられるものではないとおもう。」


フォークをテーブルに置いて、お皿とともに少し避けてからテーブルに突っ伏す。だれだよ箒で空飛ぼうとしたやつ。飛行機はジャンプしても揺れないからいいけど、箒って!か弱すぎる!
隣のジョージが困ったように笑うのがわかった。頭を撫でられ、どうして?と聞かれる。別に、ハリーも知ってるし、知られてどうというものでもなかったから、ぼそぼそと答えた。


「私、双子の兄がいるんだけどね、両親共々親バカで、甘やかしすぎてて、立派な我儘なおデブなの。」


ダドリーは、それはもう、よく食べた。逆に私は食道が細くて、食べるのが遅くて、ハリーはうちの両親に嫌われていたから、いつもいつも私達が食べきる前にダドリーがご飯をかっさらっていった。当然、ダドリーは発育がよくて、ハリーも私も人並みよりか少し下回ってた。身長だけじゃなくて、お腹まわりも。
ある年の誕生日、ハリーはフィッグおばさんに預けられ、私達は遊園地に行きました。ダドリーの友達のピアーズも一緒です。ダドリーは仕切りにジェットコースターに乗りたがりました。しかし、私の両親とピアーズはジェットコースターはすきではありませんでした。私も嫌いでしたが、無理矢理乗せられました。先程も言いましたが、ダドリーのお腹まわりは私よりも大きく、私の約二倍。当然安全ベルトはダドリーのサイズで止まります。
トロッコが落ちた瞬間、私は死を感じたね。浮くって。浮くってどういうこと?その恐怖が刻まれたあと、観覧車に半ば強制的に乗らせられれば、あいつが揺らす揺らす。壊れて落ちても不思議じゃないと思ったね。


「その後、私が高いところを苦手とわかったその日からこの間まで、プールに行けば高さ二十五メートルのジャンプ台に引き摺られて登り、落とされること約三百回。どこか展望台に行けば、足でバンッと頼りない足場を壊されるんじゃないかと思うほど踏み鳴らして驚かされること約七百回。
これで、空を楽しめと?あなたはそう仰るか。なにを世迷ごとを仰るんでしょうかね。甚だ理解できませんな全く。」

「ねえ、デイジー怖い。」


フォークを手にとってスクランブルエッグを口に入れた。おいしい。でも、ほんと、まじ、返してくんないかな。とジョージを睨むと何を勘違いしたのか、アイスクリームをひとすくい、私の口の中に突っ込んだ。


「まあ、でも、そういう弱みみたいなのがあった方が可愛げあるんじゃない?」

「可愛げ求めてませんお兄さん。」


あ、フレッドには言わないでね。ピーブスもだよ。と言えば、察しのいい彼は、わかってるよ。と頷いた。絶対にあの二人はこのこと知ったら私を高所に引きずり倒してからかうに違いない。


「しぬかもしれない。ゆううつだ。」

「ビビッてると箒が言うこと聞かなくなるから気を付けろよ。あと、柄だけは死んでも離すな。飛ぶのなんて箒の癖さえわかれば簡単さ。」


すてきなご忠告をどうもありがとう。と残りのトマトに手を伸ばして、それはそれは重い溜息を吐き出した。

七時をすぎると、段々大広間も賑やかになっていってハリーとロンが目の前に座った。


「見ろよ、ハーマイオニーのやつ。本で仕入れた飛行のコツをウンザリするほど話してる。」

「そうですね。」


三十分程前に一時間かけて食べ切ったお皿を眺めて言う。そうですね。飛行関連の話はやめていただきたいですけどね。ジョージは朝食を食べ終わると、これ見よがしに私の小瓶とお皿を手に寮に戻っていった。今ごろフレッドと、二人の友人のリー・ジョーダンと騒いでいるに違いない。三人の同学年でしっかりしたアンジェリーナ・ジョンソンにお目玉を食らえばいいのに。と私が再び溜息を吐いた。

その時、ふくろう便が届いた。マルフォイのワシミミズクは、いつも通り家からのお菓子の包みを運んできていて、マルフォイはそれを自慢げに広げていた。
めんふくろうはネビルにおばあさんからの小さな包みを持ってきた。大きなビー玉くらいのガラス玉に白い煙が詰まっていて、ネビルが手に取ると煙は真っ赤になった。思いだし玉と言うらしい。ネビルはローブを忘れていた。
マルフォイがグリフィンドールのテーブルのそばを通りかかり、玉をひったくるとハリーとロンは弾けるようにして立ち上がった。いざこざを目ざとく見つけたマクゴナガル先生が現われたので何も起きなかったのが幸いだ。


「ねえ、あれ、ふくろうじゃないよね?」

「すごい大きなもの運んでるわ!」


生徒たちが騒ぐ声が聞こえて、私もなんだろうと見回す。大きな赤い鳥が同じくらい大きい袋を足で鷲掴みにしていた。ドスッと音を立てて、テーブルではなく床に荷物を落とした。カプリコがテーブルに登ってサラダを食べたそうにしたので、私のお皿に盛って差し出した。


「それ、誰から?」


ロンが尋ねたので、袋を持ち上げようとしたら重くて持ち上がらなかった。カプリコがそれに気付いたのか、代わりに運んでくれて、テーブルにそっと乗せる。あんた、よくこんなん持って飛べたな。喉を撫でると自慢げに鳴いた。


「ああ、パパとママからだ。私の好きなハーゲンダッツ入ってる。」


まだ全然溶けていなかったので、どれだけカプリコは速く来たのだろうと思った。雲の上でも飛んできたのだろうか?
ロンが羨ましそうに見てきたので、アイスに凍結呪文をかけ、夜に食べよう。と笑いかける。飛行訓練を無事終えられたらのお楽しみにしなければやってられない。
袋の中には他にもたくさん詰まっていたので、取り出す。


「うわ。なにこれ?僕、割り算までしかできないんだ。」

「マグルの勉強だよ。」

「通信のこと、すっかり忘れてた…。」


ポケットから携帯を取り出し、もう少し減らせないかとメールを打つ。隣でロンが携帯を見て、パパが見たら、きっと半狂乱になって仕組みを聞いてくるだろうな。と呟いた。

その日の午後三時半、重い足取りでハーマイオニーのクィディッチ今昔の講義をBGMに、不本意ながら初めての飛行訓練を受けるため、正面階段から校庭を横切って平坦な芝生まで急いだ。腹が立つくらいによく晴れた少し風のある日で、足下の草がさわさわと波立っている。雨が降ってくれれば、延期になったかもしれないのに。と思ったが、延期になっただけじゃ結局やることに変わりはないと気付いた。
スリザリン寮生はすでに到着していて、二十本の箒が地面に並べられている。まじか。これで本当に飛ぶんか。


「なにをボヤボヤしてるんですか。」


白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をしたマダム・フーチがやってきた。開口一番ガミガミ言ってくる。箒の傍に立って。さあ、早く。と。だらだら横に立つ。ボロボロの、穂がバサバサな箒だった。


「右手を箒の上に突き出して、上がれ!と言う。」


みんなが上がれと叫んだ。ハリーのはすぐに上がって、ハーマイオニーのは地面を少し転がっただけだ。私も上がれと言おうとしたが、飛びたくなくて、上が…らなくていいよ。と言ったらフーチ先生に殴られた。なにをあなたは言ってるんですか。と怒られた。つらい。
あがれー…。と気の抜けた声でやる気なく言えば、もう一度殴られ、箒の方もやる気なくふわふわと手に収まった。

次にマダム・フーチは、箒の端から滑り落ちないように箒にまたがる方法をやって見せ、生徒達の列の間を回って、箒の握り方を直した。ハリーとロンはマルフォイがずっと間違って握り方をしていたと先生に指摘されたので喜んでいた。
そして、飛べと、先生は言った。隣のマルフォイが、どうした?ダーズリー。震えてるぞ。とせせら笑ってきたので、手汗をマルフォイのローブで拭ってやった。ちょっと、黙っててくれないか。


「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。一、二の、」


ネビルが飛んだ。三を言う前に、一人だけ地上に置いてきぼりを食いたくなかったらしく、ツーテンポも早く思い切り地面を蹴ってしまったのだ。
先生が止めようと声を上げたが、ネビルはヒューッと上空に昇っていく、私は怖くなって見るのを止めた。両手で顔を隠して俯き、両目を強く瞑っていると、ネビルの悲鳴とみんなの悲鳴が聞こえて、耳を押さえる。ドサッ、ポキッ。タイミングが少し遅れていやな音が聞こえた。
マダム・フーチがネビルと同じくらいに真っ青になってネビルの上に屈みこむ。


「あらまあ、手首が折れてるわ。」


先生がネビルを立たせ、こちらの方に向き直った。


「私がこの子を医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。さもないと、クィディッチの“ク”の字を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ。」


涙でグチャグチャの顔をしたネビルは、手首を押さえ、先生に抱き抱えられるようにして歩いていった。
あいつの顔を見たか?あの大まぬけの。と二人がもう声の届かないところまで行った途端、マルフォイは大声で笑い出した。他のスリザリン寮生達ももてはやす。


「やめてよ、マルフォイ。」


パーバティが咎めると、マルフォイが、へー、ロングボトムの肩を持つの?と嘲笑う。


「パーバティったら、まさかあなたが、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ。」


気の強そうなパンジー・パーキンソンが、パーバティを冷やかすのでパーバティが押し黙る。別に彼女も良心が痛むから言ったまでであって、気があるわけではない。
スリザリン寮生がクスクス冷やかし笑いをした。パーバティが泣きそうな顔をした。これじゃ、あまりに彼女が可哀相だ。言われてるネビルの気持ちにもなってみろとも思う。彼女の前に立ちはだかって、パグのような潰れた顔のパーキンソンを睨み付ける。


「なによ。」

「…気があるどうこうじゃない。人の陰口を聞くのが不快だから、パーバティは言ったんだよ。」

「あーら、デイジー。あなたまでネビルに気があるだなんて!きっとネビルは喜ぶわ。」

「勝手に言えばいいよ。五歳児じゃあるまいし、誰も気に掛けやしない。そんなことも理解できなかった?ごめんね。私、スリザリンって、もっと頭がいいかと思ってた。」


そんな幼稚な冗談しか言えないなんて、さぞ勉学に不自由してらっしゃるようだなあ。と私が言えば、今度はグリフィンドール寮生が噴き出した。私は、口喧嘩にはめっぽう強いと自負している。力では全く適わないけれど、ダドリーとの喧嘩は口論にさえ連れ込めば私にも勝てる見込みがあるから、頭の回転だけは無駄に速いのだ。舌の回りは遅かったけど。
パーキンソンが怒りを顕にし、杖を出そうとしたので、先回りして杖を首に突き付ける。


「その顔、本当のパグにされたくなかったら、さっさと杖をしまって、黙れ。」


ピーブスに私がどんな手段で仕返しをしたのか、既に凡その生徒が知っていた。ロンがこの間の夕食の席で自慢げにみんなに話していたのだ。だから、パーキンソンは杖を収めたのだろう。私も続いてしまう。
するとマルフォイが飛び出して、草むらの中から何かを拾いだした。


「ごらんよ!ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ。」


次から次へと、こいつらはどんな些細なからかいのネタを見付けだす才能があるらしい。
マルフォイが高々と上げる思いだし玉はキラキラと陽に当たって輝いた。ハリーが一歩前に出る。


「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう。」

「…それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられる所に置いておくよ。そうだな……木の上なんてどうだい?」


静かな声で言ったハリーに、マルフォイがニヤリと笑う。こっちに渡せったら!とハリーが強い口調で言うと、マルフォイはヒラリと箒に乗って飛び上がった。
箒を針に変えてやろう。と杖を取り出すと、ハーマイオニーに止められた。ダメよ!マルフォイが怪我をしたら、あなたがただじゃ済まないわ!と言われ、確かにそんなことで人生棒に振りたくないな。と杖を収める。
が、ここまで取りにこいよ、ポッター。と言うマルフォイの挑発に頭に来たのかハリーが箒を掴んだ。


「ダメ!フーチ先生が仰ったでしょう、動いちゃいけないって。私達みんなが迷惑するのよ!」


ハーマイオニーが叫んだけれど、ハリーは無視した。ハリーが箒にまたがって地面を強く蹴ると、箒は急上昇する。ネビルとは違って、明らかに自分の意志で高度を上げている。ハリーがクルリと箒の向きを変えて空中でマルフォイと向き合うと、マルフォイは呆然としていた。


「こっちへ渡せよ。でないと箒から突き落としてやる。」

「へえ、そうかい?」


ハリーが前屈みになってマルフォイ目がけて、凄いスピードで突き進んだ。マルフォイが紙一重で躱すと、ハリーは一回転してまた向き合う。ロンやシェーマスとともに私も拍手すると、ハーマイオニーに溜息を吐かれた。


「クラッブもゴイルもここまでは助けにこないぞ。ピンチだな、マルフォイ。」


その言葉にマルフォイは一瞬固まって、取れるものなら取るがいい、ほら!と叫んで、ガラス玉を放り投げて、すぐに地面に戻った。
おかしいな。と思って周りを見る。おかしいな、マルフォイがあんな風な逃げ方をするなんて。あいつはだいたい負け惜しみを言って返すのに。私達の後ろにマクゴナガル先生が歩いているのが見えた。ハリーを見る。落ちていくガラス玉を追って急降下していた。下に、下に向かって、手を伸ばし、地面スレスレで玉を掴んだ。
ハリーが箒を間一髪で引き上げ、水平に立て直して、草の上に着陸した。手には思いだし玉をしっかり握っている。
喜ぶべきか、焦るべきか。マクゴナガル先生が走ってきた。


「ハリー・ポッター…!まさか、こんなことはホグワーツで一度も……。よくもまあ、そんな大それたことを……首の骨を折ったかも知れないのに……。」

「先生、ハリーが悪いんじゃないんです……。」

「お黙りなさい、ミス・パチル。」

「でも、マルフォイが、」

「くどいですよ、ミスター・ウィーズリー。ポッター、さあ、一緒にいらっしゃい。」


マクゴナガル先生は大股で城に向かって歩きだしたので、ハリーがトボトボと後ろをついていく。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが勝ち誇った顔をした。またしても、二人が消えてからマルフォイは大声で笑い出した。


「見たか?お高いポッター様もとうとう退学だ!どうだ?ダーズリー、従弟が消えて寂しいんじゃないか?」


杖を振り上げた。マルフォイが怯えた顔をする。


「“嘔吐せよ(ボミティオ)”!」


斯くして、無事マルフォイに嘔吐の呪いをかけた私は、みんなに拍手で迎えられ、騒ぎを聞いて駆け付けたスリザリンの監督生からは減点二十点と罰則が与えられた。




「今朝も聞いたけど、もう一回聞いていい?」

「何を?」

「なんでいるの。」


罰則として地下牢に向かえば、双子のウィーズリーがお出迎えしてくれた。なにこれ、聞いてない。片方に聞けば、残念、俺は今朝も寝坊さ。と言われた。こっちがフレッドかよ。


「ここにいるんだ。俺達も罰則に決まってるだろ?今日、早速スネイプの授業中に、デイジーからもらったアレを食べようとしたんだ。」

「そしたらスリザリンのやつが目ざとく見付けやがってさ、奪ったと思ったら食ったんだ。で、俺とジョージ、合わせて二十点減点。
それにしても、あれ、凄い効果だな。作り方教えてくれよ。」

「一年の教科書の後ろの方に載ってるよ。まさかとは思うけど、それ大量生産する気じゃないよね?」


訝しげに見ると、そのまさかだけど。と二人がニヤニヤ笑う。こんなに徹底してサボろうとする人達がここまで進級できるなんて奇跡だ。ロンは二人を、成績はいい。と言っていたから、決して頭が悪いわけではないのだろう。
才能の無駄遣いだ…。と呆れた目で見てから大鍋洗いにかかった。


「なんでほっぺた腫れてるの?」

「ああ、なぐられた。友達に。色々あって。痛かったなあ。今も痛いけど。」


ジョージに聞かれてほっぺたを触る。手は水で濡れていたので、熱を持っていたそこには丁度良かった。、後で医務室いけよ。マダム・ポンフリーが治してくれる。とジョージが言うと、フレッドが、俺達もよく世話になってるしな。と言う。暇だったらね。と返しておいた。


「で、最初の飛行訓練はどうだった?」

「ネビルが腕折ってくれたおかげでなくなったよ。後でお礼言わなくちゃ。」

「そういえば、デイジーがネビルにお熱だって噂が流れてたぞ。手が早いなー、デイジーちゃんは。」

「ねえ、ジョージ、この大鍋で殴ったらフレッド気絶するかなあ。」

「フレッド、からかうの止めてやれよ。」


ジョージが溜息を吐いた。そういえば、ハーマイオニーもこんな風に溜息してたな、と思い出す。憂鬱だ。ハーマイオニーにすごく怒られた。心配してるというのがひしひし感じたので申し訳なくなる。殴られたけど。


「でも、なんでネビルなんだろうな?おまえらそんなに接点ないだろ?」

「飛行訓練のとき、腕折ったネビルをマルフォイがバカにして、パーバティが庇ったら、パンジー・パーキンソンが、パーバティはネビルがすきだみたいなこと言って、可哀相だったから私が言い返したら、あら、デイジーもネビルに気があったなんて!だって。勝手に言わせておけと思ったらこれだよ。」

「気にするなよ、俺なんか実際しょっちゅう女をとっかえひっかえさ。」

「ごめん、見損なったよフレッド。」


完全に冷めた目でフレッドを見る。ジョージが、それがまともな反応だ。と言った。せっかく励ましてやってんのに。とフレッドが呟く。でも、なんで罰則?と続けた。


「色々あってマルフォイに念願の嘔吐の呪いをかけてやりました。うまくいきました。褒めてください讃えてください。」

「やるなあ!」

「デイジーには俺達に近い才能を感じる。」

「え、それは勘弁してよ。毎日のように、あんなに減点されたら堪ったもんじゃない。」

「途端に失礼だな。」

「ちなみに何点?」

「……え…、…に…二十。」


デイジー、おまえ最高だぜ!とフレッドが私の背中を叩いた。シンクに頭を突っ込みそうになったのをジョージが肩を押さえて止めた。あの、泡だらけなんですけど。
なんとかしてくれ。と視線で訴えても、杖、罰則の間は取られてるんだよ。とジョージ。


「私のがあるよ。」

「なんで?スネイプに取られなかったの?」

「全く。」


私がそう答えると、嘘だろ?おい。とフレッドがうれしそうに言う。貸して。俺がローブ綺麗にするから、鍋はデイジーが綺麗にしてよ。とジョージ。頭を傾げながら手を洗って杖を渡すと、“清めよ(スコージファイ)”。と杖を一振り。私のローブは綺麗になる。扱いにくいな。と一言。そりゃそうだ、自分の杖じゃないのだから。


「いいか、俺達は、鍋を洗うのに魔法を使っちゃいけない。」

「だから杖を取られた。」

「でもデイジーは違う。」

「力は抜けよ、強過ぎると汚れどころか鍋ごと消える。」

「…ねえ、私丸め込まれてる気がする。」

「いいからいいから。うまく行けば、今すぐにでもこんなとこから離れられる。」

「デイジーも授業を先取り出来て一石二鳥だ。」


なんだか利用されているような気もしたけれど、私にもメリットがあるし、デメリットはない。何よりも私達は言われたことを言われた通りに遂行できるのだ。
私はこくんと頷いて杖を振るった。


「ジョージ、俺達は最高の友を今ここに得たと思う。」

「利用するだけの友達とか友達じゃないし。私、あくまで自分のためにやっただけだし。」

「そんなこと言うなよ、寂しいじゃないか。ちなみに俺は今、おまえにどんな悪態を吐かれても可愛く見える。ツンデレかこの!」

「え、フレッドまじ変態。タラシ。やだ近寄らないでよ。孕む。気持ち悪い。」

「おまえ口悪いな。それ本性?それとも俺達に慣れたから?」

「……………慣れたから。」

「嘘つけないとかほんと可愛いな。あ、もちろん妹みたいで可愛いって意味だよ。なあ?ジョージ。」

「……。」

「ジョージ?」

「…え?ああ、うん。可愛いよ、うん。」

「あ、ジョージに言われた方がうれしい。胡散臭くないし。」

「おい。」


一つ、鍋が削れた気もするが気にしないで地下牢を出ることにした。
また、呪文学で双子にご教授いただいた清めの呪文が出たために一発で成功した私は、フリットウィック先生から十点を、なんとスネイプ先生の授業で発熱薬の調剤で一番早く丁寧に出来たために十点をグリフィンドールに加点されることとなり、ハーマイオニーからのお咎めがなくなったのは次の日のことである。


「そういや聞いたぜ?ハリーのやつ、クィディッチのシーカーになったって。」

「知らないけど。でも、なんで?」

「なんでも、今日の訓練でマクゴナガルがハリーの飛びっぷりを見たらしい。百年来の最年少の寮代表選手だ。」

「え?うそ、あれ私ハリーの退学手続きをするために先生が連れてったのかと思った。」


なんだ、ちがうのか。よかったな。と溜息を吐く。両脇の男達は、やっとシーカーが見つかったとスキップしそうな勢いだ。シーカーがなんなのか、私にはクィディッチのポジションとしかわからないので、へえ、よかったね。とだけ言っておいた。二人もビーターというポジションの選手だと言っていた。


「あ、ハリーがそうなったっていうの、公言するなよ。ウッドのやつが……あ、キャプテンな。そいつが秘密にしておきたいみたいでさ。」

「私に言っていいんですかお兄さん方。」

「だから口止めしてるんだろ?」

「まあ私、クィディッチわからないから聞いても大した意味持たないと思うけど。」

『なんだって?』


口を揃えて二人が私を見た。なに、この迫力。そりゃおまえ、人生の五分の四は損してる。と汽車の中でロンが言ったようにフレッドは言った。損しすぎだと思う。
ホールに向かうまでの間、ずっとクィディッチのやり方やらルールを聞かされた。ボールを棍棒で殴って邪魔するってこれほどこの双子に似合うポジションはないと思ったし、こわいと思った。

大広間に向かって真っ先にハリーの元に向かう。うーん、顔が明るい。確かに退学じゃなさそうだ。おかえり。と言われたので、ただいまー。と言いながら席につく。
すごいな。とジョージが低い声で言った。


「ウッドから聞いたよ。僕達も選手だ。ビーターだ。」

「今年のクィディッチ・カップはいただきだぜ。チャーリーがいなくなってから、一度も取ってないんだよ。だけど今年は抜群のチームになりそうだ。ハリー、君はよっぽどすごいんだね。ウッドときたら小踊りしてたぜ。」

「あれ、ねえ、私にはおまえだったのになんでハリーは君なの。」

「うるさいぞデイジー。」

「うるさいぞデイジー。
じゃあな、僕達行かなくちゃ。リー・ジョーダンが学校を出る秘密の抜け道を見つけたって言うんだ。」

「それって僕達が最初の週に見つけちまったやつだと思うけどね。きっと、おべんちゃらのグレゴリーの銅像の裏にあるヤツさ。じゃ、またな。」


フレッドとジョージが消えると、ロンに、なんで一緒だったの?と聞かれたので、罰則をともにやった。と答える。私、一人であの二人分の減点されたんだもんな。なんかダメな気がする。
そしてめんどくさい奴らがやってきた。クラッブとゴイルを従えたマルフォイ。くそ、すっかり元気になってやがる。私を見るとざまあみろと言う風に笑ってきた。


「ダーズリー、ずいぶんと下働きに慣れてるみたいだね。早かったじゃないか。ポッターも、最後の食事かい?マグルのところに帰る汽車にいつ乗るんだい?」

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね。」

「さっきまでの青い顔が懐かしいよ。大丈夫?」


ハリーの冷ややかな言葉に少し笑った。どう見たってクラッブもゴイルも小さくはないけれど、上座のテーブルには先生がズラリと座っているので、二人とも握り拳をボキボキならして私達をにらみつけることしかできないのだ。肝の小さいやつめ。


「ポッター、僕一人でいつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。魔法使いの決闘だ。杖だけだ、相手には触れない。どうしたんだい?魔法使いの決闘なんて聞いたこともないんじゃないの?」


マルフォイが言うので、ロンが、もちろんあるさ。と睨んだ。


「僕が介添人をする。お前のは誰だい?」

「クラッブだ。真夜中でいいね?トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね。」


マルフォイが立ち去ったので顔を見合わせた。


「魔法使いの決闘って何だい?君が僕の介添人ってどういうこと?」

「介添人っていうのは、君が死んだらかわりに僕が戦うという意味さ。
でも、マルフォイもせこいよな、君達二人に喧嘩を売っておきながら、結局決闘はハリーに申し込むんだもの。デイジーには勝てないってわかってる証拠だけどね。今日のでやっと理解できたんだ。」

「まあ、私、フリットウィック先生に実戦を授業後に手解き受けてるから。私、文字じゃ頭に入らないらしくてさ。
でも決闘するにしろしないにしろ、私は行かないけどね、トロフィー室。」

「またどうして?君がいたほうが心強いのに。」

「マグルの方の勉強。あれ、溜めるとしんどいんだ。それに変身術の宿題もちょっとずつやらないと。」

「できたら僕に見せてよ。まだ全然なんだ。」

「ギリギリまで頑張って、どうしても間に合わなかったらね。
ていうかさ、マルフォイがくると思う?真夜中にわざわざ危険を犯して喧嘩する?へっぴり腰のマルフォイが?」

「万が一のためさ。あいつにでかい顔されてもムカつくじゃないか。」

「否定はできないけどさあ。」


私達が話している間、ハリーは下を向いて黙っていた。ハリー?と呼び掛けても聞こえていないようで、ぴくりとも動かない。顔色が悪い。ロンが慌ててさっきの言葉を訂正する。


「ねえ、ハリー、死ぬのは本当の魔法使い同士の本格的な決闘の場合だけだよ。君とマルフォイだったらせいぜい火花をぶつけ合う程度だよ。二人とも、まだ相手に本当のダメージを与えるような魔法なんて使えない。マルフォイはきっと君が断ると思っていたんだよ。」

「もし僕が杖を振っても何も起こらなかったら?」

「杖なんか捨てちゃえ。鼻にパンチ食らわせろ。」

「人間って体の真ん中の線に急所集まってるから顎にヘッドバットかリバーブローとか決めちゃえ。」


いや決めちゃえじゃないでしょ。怖いよ。ハリーが言った時、頭上で、ちょっと、失礼。と声がした。今度はハーマイオニーだったので、ロンは、まったく、ここじゃ落ち着いて食べることも出来ないんですかね?と言う。


「聞くつもりはかったんだけど、あなたとマルフォイの話が聞こえちゃったの。」


ロンが、聞くつもりがあったんじゃないの。と呟いたので、思い切り足を踏んだ。


「痛い!なにするんだよ!」

「ハーマイオニー、こわい。さからう、きけん。」

「よく言うぜ。自分だって怒るとこわいくせに。」

「なぐられた。退学するかもしれなかったのよとグーで。わたし、あぜん。」

「ごめん怖いね。」


いや、わかればいいんだよ。とミートローフを頬張る。うん決めた。私、この件は口出さない。実は柔らかいミートローフを噛むと言う小さなワンアクションでも頬が痛いのだ。あの双子の言う通り、医務室に行こうかと思ったけど、面倒臭いのでやっぱり結局やめた。
ハーマイオニーの咎めをBGMにかぼちゃスープを飲む。あ、これはいけそうだ。と思った時、ハーマイオニーが席を立ってどっかへ行ってしまった。言葉を交わすこともない。殴られた手前なので声がかけづらかったりするのだ。ちょっとつらかった。


夜、談話室の暖炉の前でカリカリと通信の方をやっていたら、階段からハーマイオニーが降りてきた。会話もなく、ハーマイオニーが私の前の肘掛け椅子に座った。なんで、そこ。なんだか監視されてるみたいだ。
カリカリカリ、カリカリカリ。途中で丸付けをするためにシャーペンをおいて赤ペンを手に取った。解答を見て丸を付けていく。生物は案外得意みたいだ。薬草学は苦手だけど。
数学は、あんまり芳しくない。三年の選択の数占い学は止めておこうと思う。
次の英国史はそれとなく良かった。元々好きだったからかも知れないけど。百年戦争は惜しかったなあ。ジャンヌ・ダルクが男装した魔女だから火刑っていうのはどうかと思う。そこまで考えて手が止まった。私、魔女なんだよなあと思って顔を上げるとハーマイオニーが私を見ていて、そらした。
魔法が使えても、笑ったり、泣いたり、怒ったり、心配して喧嘩したりするのは普通の人と変わらないんだよなあ。
ハーマイオニーは私を心配していて、寮のことを考えていて、ちょっとみんなより物知りだから勝ち気なところとか、お節介なところとか、少し上から目線なところとか、突っ張っちゃうところがあるけれど、でも、ちゃんと考えてくれてる。喧嘩はしていないけど、ハーマイオニーが怒っていたのは明らかだった。


「ねえ、ハーマイオニー、」

「ごめんなさい。」

「え?」

「痛かったでしょ?デイジー、泣きそうな顔してたもの。私、つい感情的になっちゃって……悪い癖だわ。」


ハーマイオニーに、そうだね。と答える。私もあの時、カッとなって呪いをかけたし、悪い癖を持っていることは自覚している。


「反省はしてるよ。」

「当たり前だわ。」

「でも後悔はしてない。」


しなさいよ。と睨まれた。ごめんごめんとちょっと笑って謝るとハーマイオニーも少し吹き出した。


「だって、ね、もしもの話だけどさ、」

「なあに?」

「もし、誰も助けちゃいけません。助けたら死ぬことよりもひどい目にあいます。っていう規則があったとして、自分のパパとママが死にそうになってる。そんなときハーマイオニーはどうする?校則みたいに規則を守る?」

「……スケールが違いすぎると思う。」

「あー…うん、ごめん。例えが悪かった。あと話こんがらがるから例えるの止める。」


ハーマイオニーがクスクス笑って、あなたって、たぶんすごいことを考えてるはずなのに、話せないなんて勿体ないわ。と言ったので顔が熱くなった。


「あのね、たぶん私、ハーマイオニーがマルフォイじゃない誰かにああ言われてても杖振ったと思う。」

「……やめてよ、点数が減っちゃう。」

「だって、本当に誰かを傷付けるためだけの行為をしちゃいけないっていうのは規則よりも重要な人としてのルールだよ。」


そういうのってあると思う。と呟くように言えば、時と場合によるけどね。とハーマイオニーが笑った。あなたのは呪いの種類がいけなかったのよ。足引っ掛けるくらいの言い訳が通じるようなものにしなきゃ。なんて言うもんだから私も笑った。


「通信、手伝ってあげる。」

「私のためにならないのに?」

「あなたがマグルの仕事につこうとさえしなければ問題ないわよ。」

「話がわかるなあ。」


暫く二人で小声で話ながらドリルをやっていった。ハーマイオニーがなんで部屋に戻ろうと言わなかったのか、私はわかっていたので黙っていた。
時刻は十一時半、階段の上からドアの開く音がした。ハーマイオニーがそっとシャーペンをおく。


「デイジーってばまだ勉強してたのか?」


ロンが小声で驚いた声を出す。あと二ページ。と見せた。ハリーが、頑張ってね。と言って先に進む。よく考えたら、私、板挟みだなあ。と考えながらドリルをテーブルに戻した。ハーマイオニーがごそりと動く。


「ハリー、まさかあなたがこんなことするとは思わなかったわ。」


ハーマイオニーの声に、また君か!ベッドに戻れよ!とロンが声を荒げた。きっと、やることなすことすべて否定されていると思っているのだろう。別に全部が全部、否定しているわけではないのにな。と思う。
どうして黙っていたんだとロンが私に詰め寄ってきたので、聞かれなかったから。と答えたら、少し、強くこづかれた。それにハーマイオニーが一段と怒ったのがわかる。女の子に手をあげるなんて!と言っていた。


「本当はあんたのお兄さんに言おうかと思ったのよ。パーシーに。監督生だから、絶対に止めさせるわ。」


ハーマイオニーの容赦のない言葉に、ハリーがいよいよ付き合っていられないと思ったらしい。行くぞ。とロンに声をかけ、太った婦人の肖像画を押し開け、その穴を乗り越えた。ハーマイオニーがあとを追って外に出る。私は穴から顔を出した。


「ハリー、これ。」

「やめろよハリー、どうせデイジーもこいつの仲間さ。」


ロンはカンカンだった。ちょっと裏切られた気分になったのだろう。ハリーはそんなロンを見てから、いや、大丈夫だよ。と渡しの差し出したものを受け取った。


「ピーブスにあったら、タバスコ突っ込むぞって一応脅してみて。痛みって、そう簡単に忘れないと思うし。もしあれならマルフォイに使ってよ。」

「ありがとう。」

「デイジー、まさか二人に決闘をけしかけてるわけじゃないでしょうね?」

「違うよ。行くにしても行かないにしても、途中ではち合わせたらただじゃ済まないだろうから、保険。私だって半ば無駄にしか思えないこと勧めたりしないよ。」


じゃあ、頑張って。私、談話室でドリルやりつつ、待ってる。
バタンと閉めてヤカンに水を入れた。紅茶を飲めば、きっと彼らが戻ってくるまで起きていられるだろう。ドサッと肘掛け椅子に沈み込んで溜息をつくと、寮に続く階段に双子のどちらかが立っていた。


「うちのバカ弟が悪いね。」

「……フレッドとジョージ、どっち。」

「ジョージだよ。」


いつも聞かないでバッチリあてるから、見分けがもうつかれちゃったのかと思った。とこっちに来る。そして、近くまで寄ってきて、眉をひそめた。


「医務室行かなかったのか?」

「面倒だったしね。」


急にまたお兄さんの顔になって、私のほっぺたを触った。グレンジャーのやつ、だいぶ怒ったな。と一言。ぴたりと冷たいものがほっぺたに吸い付いた。薬臭い。湿布だ。


「どうせそんなとこだろうと思ったよ。これ、フレッドが毎回マダム・ポンフリーの世話になるのが面倒だっていくつか失敬したんだ。」

「そっか。用意いいね。」


ヤカンからシュワシュワと泡立つ音が聞こえたので火からおろした。用意してたティーポットに注いで、飲む?と聞くと、いただこうかな。とジョージ。お茶の葉がお湯を吸う音が耳に心地よかった。


「元気ないな。」

「夜だからね、つかれてるし。」


紅茶をおいている間にドリルの残りをやってしまう。本当は私とハーマイオニー、二人でやっていたのだからすぐに終わってもよかった。私達はわざとゆっくりやっていた。
ティーポットに手を伸ばすとその少し先にジョージが持ち上げた。カップに入れて渡してくれる。ありがとうと言って受け取ると、未だに心配そうに私を見た。お兄さんなんだなあと再び思った。ダドリーもこれだけかっこよくて、運動もできて、優しければいいのに。


「つらいの?」

「…え?あ、…どうだろう。つらい、かなあ。」

「板挟みの状態が?」

「いやあ、別に。友だちを、おおくかんじて、いやじゃない、けど、」

「けど?」

「じぶんの…ともだちと、じぶんのともだちが、いがみあってるのをきいたり、みたりするのは、こたえるかなあ。」


目を擦る。眠いからであって、泣きそうになったからじゃない。そうじゃないのに、ジョージは私を抱き締めていて、私の背中を擦っている。ママみたいだと思った。
ダドリーに泣かされたあと、ママに泣き付くといっつも背中を撫でてくれた。私、ちょっとホームシックになってるみたいだ。鼻の奥や喉仏の辺りがきゅってしてて痛い。
別に眠いだけなのに、欠伸もしないで涙が出てきた。すんすんと鼻を鳴らす。ジョージの肩が濡れてしまうのは申し訳なかったので袖で拭っていたら顔がいつの間にか胸に移動していて、押し付けられてしまったので手は顔に届かなくなった。


「……。」

「……デイジー…?」


ジョージが暫く考えた末、肘掛け椅子に座って私を抱え込み、布団をかぶっていたところを、戻ってきたハリーやロン、ネビル、ハーマイオニーが叩き起こしたという事実を、翌日、フレッドから聞いて私は知るのである。






いろんな感情が混ざって、わけがわからないまま泣いてるデイジーとほっておけないジョージ、みたいな。いつおまえデイジーを気にしだしたんだみたいな。
友達同士のけなしあいと両親の不和ってなんか自分がなぜか傷付く上に傷付く理由がなんとなく近い気がする。
ボミティオはラテン語で嘔吐。
20110815
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