「もうやだ。」


私の今の心境を表す一言を当てはめるとしたら、まさにそれだった。

もうやだ、ハリーが有名だからって親戚関連で知らない人が話し掛けてくる。

もうやだ、クラスの場所が覚えられない。階段が動くから余計覚えられない。ハリーに、だってデイジー方向音痴だから仕方ないよ。とわけのわからないフォローの仕方をされた。

もうやだ、双子のウィーズリーがやたら驚かしてきて笑ってくる。特にフレッド。ジョージはまだマシだ。
見た目じゃわからないけど、大概私をからかうのはフレッドだ。蹴ろうとしたら足を掴まれて、女の子がそんなはしたないことしちゃダメじゃないか。とか、初めて会ったときは子猫みたいにびくびくしてて可愛かったのになあ。とか言ってきた。慣れれば必然的に話せるものだし、だったら、いたずらをやめてくれ。だいたいかわいくないわ。冗談も休み休みにすればいい。私はそう言いたい。

もうやだ、私がビビりだと知るやいなや、ピーブスがやたらいたずらしてくる。おかげで教科書を盗られて奪い返そうと吹き出物ができる呪いを掛けようとしたら管理人のフィルチに見つかった。運良くフレッドがよくわからない爆発物を廊下で放ったから逃げられたけど、結局教科書がないまま授業を受ける羽目になった。
先生に理由を言ったら、話を付けてくれたけど、ピーブスはどっかのゴミ箱に捨てちゃったとか言うし、半日かけて探した教科書は、結局広間の隅っこに立て掛けてあった。
廊下で魔法は使うなとのお達しだったけれど、昨日、太った婦人の前で髪が抜けそうなくらい引っ張られた時はさすがに全身金縛り術を掛けて、食事の時に拝借したタバスコを両目と鼻の穴、残りを全部口内に入れてやった。
それほど私の恨み辛みは六日程で莫大なものとなっていたのだ。ピーブスは昨日今日と私の前には姿を現していない。私の細やかな自慢だ。

授業の方は楽しいのもあればつまらないのもあった。水曜日の真夜中には、天文学と言って、望遠鏡で夜空を観察し、星の名前や惑星の動きの授業を受けたのだが、覚えるのはいい。ちょっとなら。ただ真夜中にやるので、すこぶる眠かったし、仮に寝たとしてもお腹が冷えてすぐに壊した。残念ながら私は消化器系が弱かったりする。

週三回、ずんぐりした小柄なスプラウト先生と城の裏にある温室へ行って、薬草学を学んだ。不思議な植物やきのこの育て方、どんな用途に使われるかなどを勉強した。
個人的に動く植物はどうもダメらしかった。だって、おじぎ草とか、蝿取り草みたいなのなら大丈夫なのに、平気で不気味な動きを不規則にしだすんだもん。気持ちが悪いのとか少なくない。

一番、私が普通だと思ったのは魔法史だった。板書をとるだけ。私が今まで通ってた学校とそんなに遜色ない。違いは、内容と先生がゴーストだということくらいだ。ホグワーツで唯一、ゴーストが教える授業なのだが、どうしてビンズ先生がゴーストになったのかは授業中に言っていたと思うのだけど眠くて忘れた。
ただ、私はノートをとる作業は書くのは遅いけれど、我ながら得意なのでハーマイオニーと共に知識の追加と修正を重ね、ついでに魔法で物語のように絵が動いて話を進めるようにしてみた。作ってるのが楽しいだけであんまり意味がなかったかもしれない。

呪文学はフリットウィック先生の担当だった。先生はレプラコーンの血を引くらしく、ちっちゃな魔法使いだった。本を積み上げた上に立って、やっと机越しに顔が出るくらいだ。最初の授業で出席を取っていた時、ハリーの名前までくると興奮して、キャッ!と言った途端、転んで姿が見えなくなっていた。かわいい。しかもやさしくてわかりやすい。たまに飴をくれて、それがまたおいしかった。

厳格で聡明そのもののマクゴナガル先生は、最初のクラスにみんなが着席するなりお説教を始めた、らしい。
らしいと言うのも、この日、私がピーブスに教科書を盗られ、泣く泣く杖一本で遅刻してきたからである。ハーマイオニーに後から聞いたのだが、変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つらしい。あと、それから、いい加減な態度で授業を受ける生徒は教室から出され、二度とクラスに入れられないらしい。
そのあとで先生は机を豚に変え、また元の姿に戻して見せたそうだ。私が教室に入ってきたのは、先生がマッチ棒を配っていた時だったのでハーマイオニーのノートを写させてもらった。みんなハーマイオニーのことを、まじあいつ知ったかだわー。とか言うけど、何ていうか、主張が強過ぎるだけで、悪い子じゃないんだけどなあ…。余談だが、私はハーマイオニーに気に入られているのか色々尽くしてもらっていたりする。髪梳かしてもらったりとかエトセトラ。
まぁとりあえず、マクゴナガル先生には初日遅刻とは何事かとみんなの前で叱られ、私が俯いて理由を説明すると見逃してもらうことができた。そしてマッチ棒を針に変える練習が始まり、私が七回で出来たことに驚いていて、ピーブスと話をつけてくれることにもなった。
授業が終わるまでにマッチ棒をわずかでも変身させることが出来たのはハーマイオニーと私だけだった。マクゴナガル先生はクラス全員に私達のマッチ棒を褒めちぎってくれた上に、優しい微笑みを見せてくれたのでなんだか気恥ずかしかった。

闇の魔術に対する防衛術の授業はみんなが、すごいんだぜ?きっとすごいんだぜ?と期待していたが、大した意義もなく、必要そうなところだけ教科書にメモしておいた。
クィレル先生の授業の教室はにんにく臭くてどうも集中できなかった。にんにくはすきだけど、あれはさすがに頭が痛くなった。

今日は金曜日で、魔法薬学。そう、ここで冒頭に戻る。もうやだ、スリザリンの人たちと授業なのだ。


「…あ、あの子よ、ほら、組分け前に転んでた…。」


すれ違うたびに左胸にスリザリンのシンボルの緑と蛇をつけた人たちはクスクスクスクス笑ってくる。人の噂も七十五日と聞くけれど、まだ一週間しか経っていない。
そうそう、話によると担当のスネイプ先生はスリザリンの寮監だそうな。スリザリンを贔屓するらしいとロンが大広間で教えてくれた。
今日の唯一の楽しみといえば、ハリーとハグリッドとのお茶だ。魔法薬学の授業がスリザリン生と別になるというならまた違う話だけれど。

魔法薬学の授業は地下牢で行われた。ここは城の中にある教室より寒くて、壁にずらりと並んだガラスビンの中でアルコール漬けの動物がプカプカしているのが余計気味悪さを引き立たせていた。
フリットウィック先生と同様にスネイプ先生もまず出席を取って名前と顔を一致させていた。スネイプ先生は私の顔を見ると一瞬、目を丸くした。本当に一瞬だけだったので、特に出席に影響をあたえなかったけれど、ハリーの名前まできてちょっと止まった。


「あぁ、さよう。ハリー・ポッター。我らが新しい、スターだね。」


低い、ちょっとだいぶ私が好きかもしれない声を持つスネイプ先生が、猫なで声で言った。その言葉はマルフォイやクラッブ、ゴイルの気をよくしたらしい。三人はクスクス冷やかし笑いをした。


「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。」


出席をとり終わると先生は生徒を見渡して、呟くようにして話し始めた。静かなのによく通る声で、生徒達は一言も聞き漏らさなかった。


「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い循る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……。
諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。
だだし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが。」


クラスの誰も声を発しなかった。隣のハーマイオニーが椅子をかなり浅く座っていて、身を乗り出すようにしていた。


「ポッター!」


突然先生がハリーを呼んだ。さっきまでの呟くような素敵な低い声でなく、半ば怒鳴り声にも聞こえたので、いきなりということもあってか私は跳び上がった。ハーマイオニーが訝しげな目で私を見た。


「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」


隣のハーマイオニーがパッと手を高く上げる。ハリーがそんなハーマイオニーをチラッと見て、わかりません。と答えた。
有名なだけではどうにもならんらしい。とスネイプ先生はハーマイオニーの上げた手を視界にも入れず、口元でせせら笑った。


「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」


ハーマイオニーが椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。私の髪の毛が風圧で揺れるのを感じる。ハリーが再び、わかりませんと答える。


「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな、ポッター、え?」


ハーマイオニーの手がプルプル震えている。先生もせめてハリーがわからなかったなら、ハーマイオニーに答えてもらえばいいのにと思った。
スネイプ先生がハリーにモンクスフードとウルフスベーンの違いを聞く。私が、え、名前だけじゃないの?と首を傾けた時、ハーマイオニーが遂に立った。挙げられた手が、地下牢の天井にぶつかりそうだ。
私はハーマイオニーのローブを引いて、座りなよ。ね?落ち着いて。と小声で声をかけたのだが、彼女はそれどころではないらしい。まるで聞いていなかった。ハリーに聞いてるのだから、先生が、他にわかる人を探さない限りあてては貰えないのだ。手を挙げたところで何の意味もない。私の考えは、少なくともスネイプ先生の授業では間違っていなかった。


「わかりません。
ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうですか?」


ハリーのこの言葉を聞いた瞬間、生徒数人が笑い声を上げ、私はハリーの足を踏んでやりたくなった。この人に楯突いたらきっといいことなんか起きないと思ったのだ。
私は昔から双子の兄に、家はおろか学校でも色々やられていたから、先生や両親を味方に付ける必要があった。媚びてるわけじゃない。処世術というやつだ。つまりところ、うまく生きる方法。卑怯だとも姑息だとも臆病者ともダドリーには言われたけれど。
とにかく、どうすれば先生に嫌われないか、見極める目を肥やしたから言える。私は、絶対に止めた方がいいと確信していた。

先生は、座りなさい。とハーマイオニーに言った。


「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、“生ける屍の水薬”と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名アコナイトとも言うが、鳥兜のことだ。
どうだ?諸君、なぜ今のを全部ノートに書き取らんのだ?」


一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音がした。言ってることは正しいけど、言い方がなあ。と思いながら該当ページに付箋を貼って蛍光ペンでラインを引いた。


「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは一点減点。」


やっぱり楯突いていいことなんかないみたいだ。

その後も魔法薬の授業中、グリフィンドールの状況はよくなるどころではなかった。先生は生徒を二人ずつ組にしたので(私はハーマイオニーと同じでラッキーだった)、おできを治す簡単な薬を調合させた。干イラクサを計り、ヘビの牙を砕いて角ナメクジを茹でる。料理みたいだなあと思った。案外うまく作れたが、お気に入りらしいマルフォイを除いて、ほとんど全員が注意を受けた。注意するにしても一々言葉が刺々しい。
ハーマイオニーはハリーが失った一点を取り戻したがっていたけれど、スネイプ先生は注意もしなければ褒めもせず、鼻で笑って長い黒マントを翻した。なんか言ってくれればこっちだって対処できるのに、何も無しかよ。とハーマイオニーと顔をあわせて溜息を吐いた。

その後、マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でたからみんな見るようにと先生がそう言った時、地下牢いっぱいに強烈な緑色の煙が充満した。
ネビルが大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたらしい。シェーマスの大鍋を溶かしてしまった。
石の床にこぼれた薬は生徒の靴に焼け焦げ穴をあけ、ネビル自身はグッショリ薬をかぶってしまい、腕や足のそこら中におできが吹き出していて、痛くて呻き声をあげた。
シェーマスがスネイプ先生にネビルを医務室に連れていくように言われ、ハリーは、ネビルの隣で作業していたのに注意しなかったのは、ネビルが間違えれば自分の方がよく見えると考えたと理不尽な理由でもう一点減点されていた。
どうやらハリーの場合は楯突かなくても、減点は免れなかったようだ。

一時間後、ハグリッドに会うとハーマイオニーに言ってからハリーやロン地下牢の階段を上がりながらハリーをロンとともに励ます。気にするなよ。あいつは生徒っていう生徒がみんな嫌いなのさ。とか、ちょっと運が悪かっただけだって。とか私達が言っても、入学一週間で二点も減らすなんて前代未聞だよ、きっと。とうなだれていた。


「次は何も言えないくらい完璧に先手打って、周りを助けるくらいにすればいいじゃん。」

「元気出せよ。フレッドもジョージもスネイプにはしょっちゅう減点されてるんだ。」

「ロン、スネイプ先生。」

「はいはい。あ、ねえ、一緒にハグリッドに会いに言ってもいい?」


ハグリッドは禁じられた森の端にある木の小屋に住んでいる。三時になる五分前に城を出て、校庭を横切って向かえばちょうどいい頃合いだった。
ノックすると、ガリガリと戸を引っ掻く音と、唸るような吠え声が何回か聞こえて、ハグリッドの、退がれ、ファング、退がれ。と言う大声が響く。戸が少し開いてハグリッドの顔が現れた。ハグリッドは大きな黒いボアーハウンド犬の首輪を押さえるのに苦労しながら私達を招き入れた。
中は一部屋だけで、ハムやら雉やらが天井からぶら下がっていて、焚き火に掛けられた銅のヤカンにはお湯が沸いている。部屋の隅にはハグリッドのものと思われる尋常じゃない大きさのベッドがあって、パッチワーク・キルトのカバーがかかっていた。
ハグリッドがファングを話すとファングは一直線にロンに飛び掛かって耳を舐める。ハグリッドが大きなティーポットにお湯を注いで、ロックケーキを皿に乗せた。ハリーがロンを紹介するとハグリッドがロンのそばかすをちらりと見る。


「ウィーズリー家の子かい。え?」

「ねえ、組分けの時もそうだったし、だいたいの先生でロンを見るとウィーズリー家の子かって聞いてたけど、どうして?」


私がロックケーキの欠片を咥内で溶かしながらハグリッドに聞くと苦い顔をした。


「双子の兄貴たちを森から追っ払うのに、俺は人生の半分を費やしてるようなもんだ。あれほど手のかかる生徒はホグワーツの長い歴史の中でも稀だろうて。」


ああ、そういうこと。納得。

ロックケーキは歯が折れるくらい固かったけれど、私たちはおいしそうなフリをして初めての授業についつ話した。
ピーブスの話をしたら、ロンが、あいつがやられるところ、僕、見たかったなあ!と感激していた。ロンもハリーもだいぶしてやられたらしい。
ハグリッドがフィルチのことをあの老いぼれと読んだのでハリーとロンは大喜びしたし、早くミセス・ノリスとファングを引き合わせて欲しがっていた。ミセス・ノリスはハグリッドが学校に行くといつも付け回すそうだ。
ハリーがスネイプ先生の授業のことを話すと、ハグリッドはロンと同じように、スネイプ先生は生徒みんなが嫌いなんだから気にするなと言っていた。


「でも僕のこと、本当に憎んでるみたい。」


ハリーがそう言うと、ばかな。なんで憎まなきゃならん?とハグリッドはハリーから目を逸らして、ロンにチャーリー兄貴はどうしてる?と尋ねる。動物のことに長けていたチャーリーをハグリッドは気に入っていたらしい。
ロンがハグリッドに、チャーリーのドラゴンの仕事のことを話している間、ハリーはテーブルの上のティーポットカバーに手を伸ばしていた。


「なあに?それ。」

「記者でロンが話してくれたグリンゴッツ侵入事件の記事みたいだ。見て、これ僕達が行った日だ。」


ハグリッド!とハリーが呼ぶ。グリンゴッツ侵入があったのは僕の誕生日だ!僕達があそこにいる間に起きたのかもしれないよ!
ハリーがそういうと、ハグリッドはハリーからはっきり目を逸らして私達にロックケーキを勧めた。
ハグリッドの親切を断り切れず、私達はロックケーキをポケットに詰めて、夕食に遅れないように城に戻った。


「おい、デイジー。聞いたぜ?ピーブスにタバスコぶちこんだんだって?」


ロックケーキは私が談話室でどう消費していこうか考えていたら、例の双子が絡みに来たので、まあ、あれだけ生活の邪魔をされれば。と答えた。
そして、そういえば、とロックケーキを二人に差し出した。


「あげる。」

「なんだ?それ。」

「ハグリッド製ロックケーキ。」

「あのアホみたいに固いやつか。」

「それ、紅茶に浸して戻すと中々イケるぜ?」


ジョージの言葉に、なるほど。と呟いてすぐさま鍋に紅茶の葉っぱを入れて用意した。
さすがハグリッドの半生を浪費させた男たちだね。と褒めればジョージが、どういうことだい?お嬢さん。と肩を組んできたので外した。


「この間、フィルチから糞爆弾で逃してあげたのにその言い種はないよなあ。」

「ハグリッドが、俺は人生の半分を二人を森から追っ払うのに費やしてるようなもんだって言ってたよ。」

「よし、明日あたりまた森に行くか。なあジョージ。」

「デイジーも行く?楽しいぞ。」

「行かないですけど。」


とりあえず、せっかく経験豊富な二人が教えてくれたので三人でケーキを紅茶で戻して食べた。普通に食べるよりおいしかった。






ロックケーキがゴミ箱に捨てられてたら可哀相だなと思ったので。
20110813
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