ウィーズリー家の双子と別れた後の私は、本当についてなかった。ギリギリで最後尾が森に入っていくところに追い付いたはいいが、狭くて険しい道に何度も足を滑らせた。その数、五十数回にも及ぶ。…地面がぬかるんでたせいだと思いたい。
転びはしなかったものの、その度に前にいたマルフォイに、マヌケと罵られた。彼らも相当へばっていたのか、また杖を向けられるのが怖かったのか、物理的な嫌がらせはなかった。といっても船が一緒でその時には危うく船から落とされそうになったのを除けば、だったが。
どうして落ちなかったのかと言うと、運良く水中からいきなり水中人と自称していた生物が現れてマルフォイ達を驚かせ、私を助けてくれたからだった。だけれどその代わりに彼らが湖に落ちてしまったので、船に上がったとき、教科書で見た発火呪文で火を出し乾かしてあげた。
マグル出身ごときがとかなんとかブツブツ言っていたが、感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない。ありがとうくらい言えばいいと思った。

ドンドンドン、城の扉をずっと先に見えるハグリッドが大きなこぶしで三回叩いた。扉が開いて、エメラルドいろのローブを着た背の高い黒髪の魔女が現れる。ハリーほどではないけれど、私も決して目のいい方ではないので(普通に生活する分にはもちろん問題はないが)、その人の顔はよく見えなかったが、厳格そうな雰囲気を醸し出していた。


「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです。」

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう。」


マクゴナガル先生が扉を大きくあける。玄関ホールはうちんちがまるまる入りそうなくらいに広くて、高かった。天井がどこまで続くかわからない。大理石の階段が正面から上に続いていた。マクゴナガル先生について私達は石畳のホールを横切っていった。入口の右手の方から、何百人もの騒めきが聞こえた。学校中の生徒がそこに集まっているように思えた。
私達もそこへ行くのかと思ったのだけれど、だったら上級生達と別れる理由がわからないので、きっと違うところに行ってから、何か大切なことをして、そちらに向かうのだろう。先生はホールの脇にある小さな空き部屋に一年生を案内した。


「ホグワーツ入学おめでとう。
新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席につく前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組分けは大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が学校での皆さんの家族のようなものです。教室でも寮生と勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります。」


マクゴナガル先生は、それぞれの寮や学校の寮対抗杯の説明をした。ホグワーツにいる間、よい行いは、自分の属する寮の得点になり、規律に違反した時は寮の減点になる。学年末には、最高得点の寮に大変名誉のある寮杯が与えられと言った。普通に生活していれば減点なんて滅多にないだろう。


「まもなく全校列席の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい。学校側の準備ができたら戻ってきますから、静かに待っていてください。」


先生が部屋を出ていくと、周りの子達がこそこそと話はじめた。寮ってどう決めるんだろうとか、身なり大丈夫かなとか、そんな感じだ。隣にいたマルフォイが髪を撫で付けている。私は全校の人がいる前に出ることに、転びやしないかと緊張した。


「君のせいでスリザリンじゃなくなったら、呪ってやる。」

「そしたら嘔吐がとまらない呪いをかけてあげる。言っておくけど、私がいなかったら、今ごろびしょびしょでそこに立ってたと思うよ。」


マルフォイが黙った。そして、どうやって寮を決めるんだろうね?と呟く。あんなに自慢げにしていたこの子でも緊張はするらしい。青白い頬が三割増しで青く見える。


「試験かな?」

「先生は組分けをとても大事な儀式って言ってたから、たぶん、そんな面倒なことじゃないと思うよ。」

「…君に聞いてない。自問自答さ。勝手に話さないでくれないかな。」

「(なにこいつうざい。)」


カチンときたけれど、ずいぶん大きな独り言だね。と皮肉ってマルフォイを視界から消した。


「もう許して忘れなされ。彼にもう一度だけチャンスを与えましょうぞ。」


太った小柄な修道士らしいゴーストの突然の登場にヒュッと息を呑んだ。マルフォイが驚いて声を上げ、私の影に隠れた。後ろの壁からゴーストが二十人ほど現われたのだ。真珠のように白く、少し透き通っている。
私だってビビッたし、幽霊の存在に少し震えたが、マルフォイの方が遥かにチキンだったのでいくらか落ち着いていた。せめてクラッブとゴイルにくっつけよ。と呆れた視線を送るが気付かない。
ゴーストはみんな一年生の方には殆んど見向きもせず、互いにスルスルと部屋を横切っていった。


「修道士さん。ピーブスには、あいつにとって十分過ぎるくらいのチャンスをやったじゃないか。我々の面汚しですよ。しかも、ご存知のように、やつは本当のゴーストじゃない。」


おや、君たち、ここで何してるんだい?とひだ襟のついた服を着て、タイツをはいたゴーストが、急に一年生たちに気付いて声をかけた。誰も答えなかった。太った修道士が、新入生じゃな。これから組分けされるところか?と微笑みかけると、二、三人が黙って頷く。


「ハッフルパフで会えるとよいな。わしはそこの卒業生じゃからの。」


修道士が言った。ゴーストが一人ずつ壁を抜けてフワフワ出ていった。そして、代わりにマクゴナガル先生が戻って来た。


「さあ行きますよ。組分け儀式がまもなく始まります。さあ、一列になって。ついてきてください。」


ゆっくりと一年生が列となり、前に進んでいく。みんな足取りが重く、さながら絞首刑を迎える囚人のようだった。
いつまでそうやってるの?とマルフォイに言うと、パッと離れ、埃を払うみたいに手を払った。最低限の礼節くらいわきまえてくれよ、もう。ほんと最低だ。
部屋を出て再び玄関ホールに戻り、そこから二重扉を通って大広間に入った。入った瞬間、静かに歓声をあげる。夢にも見たことのない不思議な光景がそこに広がっていた。
何千もの蝋燭が宙に浮かび、四つの長テーブルを照らしていた。テーブルには上級生達が着席し、キラキラ輝く金色のお皿とゴブレットが置いてある。広間の上座の長テーブルには先生が並んで座っていた。そして、何といっても天井だ。黒のような深くて濃いミッドナイトブルーの空に、小さな星が点々と光っている。
本当の空に見えるように魔法がかけられていると前の方からハーマイオニーが言っているのが聞こえたけれど、とてもそんな風には見えなかった。


「わっ!」


突然、恐れていた事態が起こった。上ばかりを見ていたら、足元が疎かになっていたらしい。私はバランスを崩して転んだ。
べしゃり。周りから、特に左から面白がる笑い声が聞こえて、ゆっくり顔を上げる。周りの人はみんな私を見ていて、顔が真っ赤になるのがわかった。右にいたマルフォイが足を引っ掛けたのだ。ニヤニヤと笑い、どうしたんだい?と嫌味っぽく言う。ちくしょう。おまえあとでおぼえてろ。


「大丈夫?」


すぐ右のテーブルに座っていた上級生が私に手を差し伸べた。爽やかなかっこいい人である。左胸には黄色とアナグマがいた。手を取られて引き起こされ、埃が払われる。


「あ、あの、ありがとう。」

「いいんだ、別に。気にしないで。ほら、みんな向こうに行ってしまったから君も行きなよ。」


頭を下げて早足で最後尾につく。一年生の列から遅れていた私は、もちろんうれしくない方の注目の的だった。私は、そもそも注目されるのがとことん苦手なので、もういっぱいいっぱいで泣きそうになった。マルフォイをいつか絶対呪いの練習台にしてやる。そう心に誓った。

クスクス笑いが静まり、前を見るとマクゴナガル先生が一年生の前に黙って四本足のスツールを置いていた。椅子の上にはボロボロでつぎはぎだらけの山高帽が置かれている。みんなが帽子を見ていて、広間が水を打ったように静かになった。すると、帽子がピクピク動き出す。つばのへりの破れ目が、まるで口のように開いて、帽子が歌いだした。


「私はきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ。シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組分け帽子
私は彼らの上をいく
君の頭に隠れたものを
組分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう
君が行くべき寮の名を

グリフィンドールに行くならば
勇気ある者が住う寮
勇猛果敢な騎士道で
他とは違うグリフィンドール

ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない

古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
機知に学びの友人を
ここで必ず得るだろう

スリザリンではもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目的を遂げる狡猾さ

かぶってごらん!恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!」


帽子が歌いおわると拍手喝采となった。帽子は四つのテーブルにそれぞれお辞儀をして、再び静かになる。
つまり、あれは寮の特徴ということらしい。どうしよう。周りの一年生がほっと安心している中、逆に私の心臓はバクバクし出した。どうしよう。私、勇敢よりもむしろ臆病者だし、すぐに諦める癖があって忍耐強くもないし、賢くない。唯一自覚できるのは狡猾さくらいだ。ダドリーから逃れるためには勇気よりも忍耐力よりもずる賢さが必要だったのだ。ある意味、賢さなのかもしれないけれど、きっとスリザリンだ…!
バッとマルフォイを見る。スリザリンなんか余裕だなと笑っていた。そうでしょうとも、君みたいな底意地の悪い人なんか初めて見たもん。私は、こいつと一緒に七年間を過ごしたくなんかない。
マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻紙を手にして前に進み出た。ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって組分けを受けてくださいと言った。


「アボット・ハンナ!」


ピンクの頬をした金髪のおさげの少女が転がるように前に出てきて帽子をかぶる。


「ハッフルパフ!」


帽子が叫ぶと私をさっき立たせてくれた男の子のテーブルから拍手と歓声が起こる。ハンナがハッフルパフのテーブルに着いた。


「ボーンズ・スーザン!」


帽子がまた、ハッフルパフ!と叫んだ。次のテリー・ブートはレイブンクローと告げられ、すぐ左のテーブルから拍手がわく。その次のマンディ・ブロックルハーストもレイブンクローで、そのまた次のラベンダー・ブラウンが初めてグリフィンドールになった。一番左のテーブルから弾けるような拍手と歓声があがって、誰かが口笛を吹いていた。

ミリセント・ブルストロード、スリザリン。マイケル・コーナー、レイブンクロー。ビンセント・クラッブ、スリザリン。ああ、余計にスリザリンに行きたくなくなった。


「ダーズリー・デイジー!」


名前を呼ばれ、前に進む。マルフォイがまた足を引っ掛けようとしたので、ぴょんと跳んで踏み付けた。顔を思い切り顰めている。ざまあみろ。お返しだと言わんばかりに鼻で笑ってやった。
呼ばれるのは前のくせに一番後ろにいたもんだから、少し時間がかかった。もう一度、名前を呼ばれた。あの、私、ここにいます。と言うと、目を丸くした先生に、お座りなさい。と言われた。
先生からは私が見えなかったらしい。右から再び笑いを耐える声がした。スリザリンだ。私、あそこだけは絶対に行きたくない。

上座の来賓席を見るとハグリッドがいて、拳を左胸にトントンと二回あてる。自信を持て。そう言われたが、自信は持てないままで、小さく手を振ってから処刑台に座った。


「フーム。」


低い声が耳の中で聞こえて、痒くなった。


「自分には勇気がないと思っておる……。根性がないとも思っておる。…知恵はずる賢い方ばかりだとも思っておる。」


はいそうですその通りです。ズバリと思っていることを言い当てられ、落ち込んだ。


「自分に何が足りないのか、きちんと分析できる頭がある。しかも、それをちゃんと真っ正面から受け止められる。得たものをうまく、ある意味狡猾に使いこなす力がある。…さてさて、どこに入れたものか……。」


過ごしやすいところがいいなと思った。スリザリンはもちろん論外だ。ハッフルパフには優しそうな人がたくさんいそうだなあ。


「グリフィンドール!」


帽子が声を張り上げ、鼓膜が割れそうになった。マクゴナガル先生に帽子を渡して、転ばないように気を付けながらグリフィンドールのテーブルに向かう。
駅で、ロンのお母さんに、パーシーと呼ばれていた赤毛の男の子が手を差し出したので握手した。色々な上級生が同じく握手を求め、拍手する。フレッドかジョージのどちらかに背中を叩かれた。たぶんジョージだ。フレッドはジョージの向こうで私を見てニヤニヤしていた。
ジョージの隣に座って(というより座らされて)から、ゴブレットの中に飲み物はないかと覗いたが、何も入っていなかった。


「ドジなデイジーちゃんは足がもつれちゃったのかい?」

「あれほど見事な転倒は見たことがないね。」

「…違うよ。マルフォイが…あの一番後ろの子が引っ掛けてきたんだよ。」


視線で示すと、ああ、あいつか。とジョージが呟く。思い当たる節があるようだ。


「確かあいつの親父とうちの親父がよく喧嘩してたっけ。」

「ちゃんと仕返しの方法考えとけよ、デイジー。なんなら俺たちが代わりにやってあげるけどね。」

「組分けの前にまた引っ掛けられそうになったから、避けて踏んどいたよ。次なんかされたら嘔吐がとまらない呪いかけるつもり。マヌケってバカにしてくるんだもん。」

「ああ、」

「でも、」

『外れちゃいないな。』


二人してニヤリと笑うのでジョージの二の腕をパンと叩いた。フレッドには腕が届かなかったのだ。ジョージは大袈裟に痛がったフリをしたので、恐らく全然痛くないのだろう。
右隣にはさっきのひだ襟のゴーストが座っていてこちらを見てにこりと笑った。ニコラス・ド・ミムジー=ポーピントン卿と言います。出来ればニコラス卿とお呼びください。どうぞお見知りおきを。と腕を差し出してきたので、ゴーストなのに触れるのかと思いつつ手を伸ばしたら、氷水を浴びたような感覚がしてすり抜けた。
触れるわけがないのに!と横でお腹を抱えて笑っている二人には、もう無視を決行した。

一分ほど椅子に座っていたシェーマス・フィネガンがみんなに迎えられ席につく。その後のハーマイオニーもグリフィンドールと叫ばれた。うれしそうにこっちに駆け寄って、それから、どうしてあんなに後ろにいたの?と聞いてきた。
双子がまた声をあげて笑ってきたので、もう一度ジョージの二の腕を叩いた。俺の上腕二等筋をそんなに触りたいのかそうかそうかと言ったので、次から頭突きに変更しようと思う。だって、この人、フレッドとセットだとものすごく人が違う!

ヒキガエルに逃げられてばかりいたネビル・ロングボトムが呼ばれた。ネビルは椅子までいく途中で転んでいて、なんだか親近感を持った。暫く帽子は悩んで、グリフィンドール!と叫んだが、ネビルは帽子をかぶったまま駆け出してしまって、爆笑の中をとぼとぼ戻っていた。フレッドに、仲間がいてよかったな。とニヤニヤされた。転んだ瞬間の視線を思い出して、俯いた。
マルフォイは帽子が頭に触れるか触れないうちにスリザリンと言われていた。私はこいつが激しく苦手なのでこれ以上は割愛させていただく。
ファミリーネームがMが終わり、N、Oと過ぎていく。Pのパーキンソンはスリザリンで双子のパチルはパーバティがグリフィンドールでパドマがレイブンクローだった。


「ポッター・ハリー!」


広間がどよめく。ハリーが前に進むと、突然広間中に、シーッという囁きが波のように広がった。
ぎゅっとハリーが椅子を握っているのが見えた。もう、シェーマスと同じくらい座り続けている。


「グリフィンドール!」


立ち上がって拍手した。ハリーがフラフラとこっちに向かってくる。左でフレッドとジョージが、ポッターを取った!ポッターを取った!と歓声を上げていた。
ニコラス卿の前に座ると、腕を叩かれ、あの感覚を味わったのかゾッとした顔を見せていた。

まだ組分けが済んでいないのは三人だけになって、内一人のリサ・ターピンはレイブンクローになった。ロンが呼ばれる。遠くから見ても彼が青ざめているのがわかった。


「もしあいつだけグリフィンドールじゃなかったら、面白いだろうな。」

「まあ、でも、スリザリンだったら笑いごとじゃないぜ?」

「ねえ、なぜあなたたち、そんなに曇りない眼ができるか。」


ロンはすぐにグリフィンドールに決まった。立ち上がって拍手する。隣の双子が微妙な顔をしていたが、ウィーズリー家の子はグリフィンドールに入れると決めていたらしい。ロンが崩れるようにしてハリーの隣に座った。私の前のパーシーがロンにもったいぶって、ロン、よくやったぞ。えらい。と声をかけていた。
最後の一人、ブレーズ・ザビニはスリザリンだった。

来賓席の真ん中に座っていたアルバス・ダンブルドアが立ち上がった。


「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。
では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」


ダンブルドア先生が席につき、出席者全員が拍手し歓声をあげた。


「デイジー、口が開いてるわよ。」


声のした方を向くとハーマイオニーが笑いながら言った。彼女の隣のパーシーが、ハリーに、少しおかしいかな、うん。と言っていた。ハリーも少しぽかんとしたらしい。
驚くのはこれからだぞ。ジョージが私の下顎を上に上げて口を閉めた。目の前の空だった金の大皿が食べ物でいっぱいになる。再び口があいた。
しかし、残念ながら未だに緊張しているのか、まだ夏バテしているのか食欲がわいてこない。ポリポリとにんじんとセロリのステックをゆっくり食べていたら、斜め前のハーマイオニーがお皿にローストチキンやらビーフやら、肉類とゆでたポテト等の炭水化物を乗せて渡してきた。夕食はいつもそんなに食べないので(というかダドリーにすべて持っていかれるので)、体調が良好の時の量よりも明らかに多い。


「それだけじゃ倒れちゃうわ。ちゃんとバランスよく食べないと。」

「あー…うん。はい。」


ポテトをつついてちまちま食べる。昼間は朝ご飯を食べなかったからさすがに空いていたけど、食べ物を口に入れるのがめんどくさかったし億劫なのだ。たぶん、夏バテだろう。緊張じゃなくて。飲み物と水気のある食べ物は大丈夫なんだけれどなあ。
周りのみんながガツガツ食べているのを見ると余計にお腹いっぱいになった。


「お腹が空いていないのですか?」


隣のゴースト、ニコラス卿がいった。こちらを見ている。なんとなく、うらみがましい目をしていたので申し訳なくなった。


「えと、すみません……。お腹は空いてるのかもしれないんですけど、口に入れたくなくて…。」


おいしそうですね。悲しげにハリーに切られているステーキを見ていた。そうですね。と私が言う。食べられないの?とハリーが尋ねた。何を今更なことを聞いてるのあなた地雷踏んだようなものだよそれ。


「かれこれ四百年、食べておりません。もちろん食べる必要はないのですが、でも懐かしくて。」


まだ自己紹介しておりませんでしたね。と声の調子を変えていかにも楽しそうという風にしたけれど、余計食が進まなかった。
僕、君のこと知ってる!と突然口を挟む。


「兄さんたちから君のこと聞いてるよ!ほとんど首無しニックだ!」

「むしろ、呼んでいただくのであれば、ニコラス・ド・ミムジー、」

「ほとんど首無し?どうしてほとんど首無しになれるの?」


ニコラス卿が改まった調子で言い掛けたけれど、シェーマス・フィネガンが割り込んだ。ニコラス卿は会話がどうも自分の思う方向に進んでいかないので、ひどく気に障ったように自分の左耳を掴んで引っ張った。


「ほら、この通り。」


頭が首からグラッとはずれ、蝶番でドアが開くように肩の上に落ちた。私の持っていたフォークが落ちて、ニコラス卿から後退った。背中にジョージの肘が当たって痛かったけど、どうでもいい。
うわ、うわ、うわ、え、なに。あれ、なに。好奇心とは嫌なもので、目を逸らしたいのに、よりじっくり断面を見てしまった。悲鳴も出ない。口がぱくぱくするだけだった。


「どうかした?」

「………ぇ…え?あ…あ、うん。だいじょうぶ。なんでもない。」


ジョージが上から覗き込んできたので、上を向く。私が、うん、たぶんね、うん。と落ちたフォークを拾うとニコラス卿の状態を見たようで、そういうことか。と納得していた。
無論、落ちたフォークを拾ったからと言って食欲なぞ、もう既に皆無に等しい。これもらっていい?とジョージが私のお皿を指差して聞いてきたので、うん、あげる。むしろ遠慮なく食べてくださいお願いします。と死んだ目でローストビーフを眺めた。あんな、感じだった、なあ…断面。ぶるりと身震いした。


「さて、グリフィンドール新入生諸君。」


私を含め、生徒達が驚くので、ほとんど首無しニックはうれしそうな顔でヒョイと頭を戻した。ぐちゃっと生々しい音がしたので腕をさする。


「今年こそ寮対抗優勝カップを獲得できるよう頑張ってくださるでしょうな?グリフィンドールがこんなに長い間負け続けたことはない。スリザリンが六年連続で寮杯を取っているのですぞ!血みどろ男爵はもう鼻もちならない状態です。スリザリンのゴーストですがね。」


マルフォイのすぐ隣に、虚ろな目とげっそりした顔を持ち、衣服は銀色の血でべっとり汚れているゴーストが座っていた。マルフォイは顔を顰めている。ちょっと気持ちがわかってしまう自分が悔しかった。
シェーマスが興味津々で、どうして血みどろになったの?と聞く。もう、そう言う話、やめないか。
うれしいことに、ほとんど首無しニックは聞いたことがなかったようで、夕食が消えた後に出てきたデザートは少しだけ食べる事が出来た。

暫くして、デザートも消えた。ダンブルドア先生がまた立ち上がって広間中がシンと静まる。


「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつか忠告がある。
一年生に注意しておくが、校内にある森には入ってはならん。これは上級生にも、何人かの生徒達に特に注意する。」


それから、管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意が出ておる。とダンブルドア先生が双子をキラキラした目で見た。
訝しげに双子を見るとフレッドが、なんだい?俺に惚れちゃったの?と肩をすくめておどけたので冷めた視線に切り替えてやった。誰もそんな話はしていない。

ダンブルドア先生はクィディッチの参加希望者はフーチ先生という人に連絡することというのと、今年いっぱい四階の右側の廊下を立ち入り禁止にすることを告げ、話を切り上げた。


「では、寝る前に校歌を歌おう!」


ダンブルドア先生が声を張り上げた。ピシリと音が鳴ったかのように急に他の先生の笑顔が強ばる。
ダンブルドア先生が杖を一振りすると、金のリボンが流れ出て、夜空に文字を書いた。


「皆、自分の好きなメロディーで。では、さん、し、はい!」


いや、各自好きなメロディーでってどういうこと。と疑問符を浮かべ、固まっていると、本当にそれぞれがバラバラのリズムで歌いだす。
私の左にいる双子なんか、バカみたいに遅い葬送行進曲だ。唖然として見ていると、どうだ俺たちいかすだろ?とでも言いたげに二人してウインクしてきた。もちろん最後まで歌っていたのはこいつらである。
ダンブルドア先生はそれに合わせて最後の何小節かを杖で指揮し、二人が歌い終わった時には、誰にも負けないぐらい大きな拍手を送った。音楽は何にも勝る魔法じゃ。と感激の涙を拭いながら言う。私はどうしても今の双子の校歌には感動出来なかった。


「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」


グリフィンドールの一年生はパーシーに続いてペチャクチャと騒がしい人ごみの中を通り、大広間を出て大理石の階段を上がった。壁の肖像画は動いていて、特に人物なんかは喋りかけてきた。階段が多くて辛かったけど、パーシーが隠しドアを通る度に胸が高鳴った。隠しドアって、すごいかっこいい!
私が肖像画に手を振っていて、隣のハリーが欠伸をしていた時、みんなが止まった。少し先で杖が一束、宙に浮いてる。パーシーが一歩前進すると杖がバラバラと飛び掛かってきた。ピーブスだ。とパーシーが一年生に囁く。


「ポルスターガイストのピーブスだよ。
…ピーブス、姿を見せろ。」


ブーブークッションの上に座ってしまった時と同じ音がして、顔を顰めたであろうパーシーが、血みどろ男爵を呼んできてもいいのか?と言った。
ポンと音がして、暗い目で大きな口の意地悪そうな小さい男が現れた。あぐらをかきながら杖の束を掴んで漂っている。


「おおおおおおお!かーわいい一年生ちゃん!なんて愉快なんだ!」


ピーブスは意地悪な甲高い笑い声を上げて、私達目がけて急降下してきたので、身を屈めて避けた。パーシーが、本気で男爵に怒鳴り付けるぞと怒鳴ると、ピーブスは舌を出して杖をネビルに落として姿を消した。傍にあった鎧をガラガラ言わせながら遠退いていく。
ピーブスには気を付けた方がいい。とパーシーは言った。ピーブスは血みどろ男爵の言うことしか聞かないそうだ。


「さあ、着いた。」


廊下のつきあたりにはピンクの絹のドレスを着た、かなり大柄な婦人の肖像画が掛かっていた。
合言葉は?と婦人が聞くと、カプートドラコニス。とパーシーが唱える。肖像画が前に開いて、その後ろ壁の丸い穴にパーシーは入っていく。少し高い位置に開いていたので手をついて這い登った。
穴はグリフィンドールの円形の談話室に繋がっていて、談話室にはフカフカの肘掛椅子がたくさんある。
パーシーの指示で女子寮に続くドアを開けて入る。螺旋階段をひいひい言いながら登って、上の方で私の部屋を見つける。
深紅のビロードのカーテンのかかった、四本柱の天蓋ベッドが四つあった。ハーマイオニーと双子の妹がいるパーバティ・パチル、ラベンダー・ブラウンが既に中で着替えている。ノックするのを忘れて開けたからラベンダーに怒られた。


「デイジー、宿題が出たら一緒にやりましょ。」

「うん、いいよ。私、わからないこといっぱいあるだろうから、そういうとき教えてもらいたいし、それでいいなら。」


ね、私のベッドってどれ?と聞くとパーバティが一番窓際のベッドを指差して、あれよ。と言ったので壁にもたれる。傍に置いてある鳥籠の中でカプリコが出して出してと籠を噛んでいたのが何よりの証拠である。
誰か、交換しない?いや、交換して。首だけを回してそう言えば、みんなが、きゃっ!と悲鳴を上げた。月光の当たり方が絶妙だったらしい。
ラベンダーがいいと言うのでネームプレートを入れ替え、みんなに許可を取ってからカプリコを鳥籠から出して重いトランクを運んでもらった。よくよく考えたら、汽車に乗る時もこうすればよかったと思った。

カプリコを左腕に乗せて窓を開ける。予想通り物凄く高くて心臓が縮み上がった。
よく我慢してくれたね、ありがとう。いってらっしゃい。と頭を撫でる。不死鳥は、魔法で言うところの姿くらましのようなことが出来るというのに、私が心配すると思ったのだろう。本当にいい子だ。
彼女は、私の指を甘噛みして、もう一度掌に頭をすりよせ、飛び立った。

窓から離れると、ハーマイオニーは黙々と既に何回読んだかもわからない教科書を読み進め、パーバティとラベンダーは誰々が格好よかっただのなんだのと、いかにも女の子らしい話題に花を咲かせていた。


「ね、デイジーはどんな子がタイプなの?」

「は?え、えーと……必要な時に、必要なものを、必要な分、くれる人、とか。」


ラベンダーに聞かれて、ちょっと考えてから答える。二人は首を傾げて、貢いでほしいの?と言ったので、そういうのじゃないよ。と言って、新たな質問に襲われる前にカーテンを閉めた。ハーマイオニーが隣で暗記しようと、何かを呟いているのが聞こえる。
私の懸念は、明日、ちゃんと起きれるか。ただこれ一つである。






パーバティとラベンダーのキャラがわからない。とりあえず女の子女の子してるような気がした。
20110812
「#幼馴染」のBL小説を読む
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