「デイジー、デイジー。」


名前を呼ばれた。誰かは声でわかる。ハリーだろう。目を開けた。青空とハリーとハグリッド…はいなかった。どこだここは。人通りの多い通りの店の脇だった。


「魔法ってすごいね!」


魔法の素晴らしさを語る前に、現状を教えてください。


どうやら私は昨日、途中で寝ていたらしかった。なんとなくは、わかっていたけど、そうらしい。ハグリッドずっと担いでくれていたんだそうだ。カプリコはずっと前に空に放して、たぶんそのうち私達を見つけて戻ってくるだろうとのこと。
嫌な話は聞かなくてすんだけれど、そのあとダドリーにブタの尻尾が生えたというのはちょっと見たかった。可哀相だけど、普段やられてた分、いい気味だと思ってしまうのは致し方ない。


「どうやってパパとママ説得したの?私、寝てたでしょ?」

「上手く魔法扱えるようにするのも学校の仕事なんだって、魔法が暴走して死傷者が出るケースって学校に行ってない子の場合、格段に数字が高くなるんだってハグリッドが。」

「はあ、それでやたらすんなりと。でも、私、まだ学校行くとか言ってなかったと思うんだけど…。」

「言ったじゃない!覚えてないの?」

「言ってないよ!?」


どうした、どうして記憶がないんだ。ハリーに、あんなにはっきりデイジーが言ってなかったら、おじさんもおばさんもお金くれないよ!と言われ、バックの中を見たら恐ろしいくらいにお金が入っていた。貯金、してたけど、これは明らかに足されている。オーケー、私は入学の意志を伝えたらしい。
で、ここはどこ?とキョロキョロ周りを見たら、ダイアゴン横丁。らしい。即答だった。数時間でこんなに知識に差がつくとは思わなかった。そしてこんなに違う場所にこれるだなんて驚きだ。三角帽子だとか、黒いマントだとか、普通の人だったら普段の生活ではしないような格好の人ばかり。テーマパークの中に入るみたいだった。


「これ魔法使いのお金だって。金貨がガリオンで銀貨がシックル、銅貨はクヌート。十七シックルが一ガリオンで、一シックルは二十九クヌートね。」

「え、ごめんもう一回。」

「一ガリオン、十七シックル、四百三クヌートさ。」


がっつり巾着に入れて渡される。グリンゴッツとかいうこっちの世界の銀行で普通の…マグルのお金と換金してきたらしい。ハリーのはおじさんとおばさんの遺産だって。


「ハグリッドは?」

「グリンゴッツのトロッコに酔ったから漏れ鍋っていうダイアゴン横丁の入口のあるパブで元気薬飲むんだって言ってたよ。」

「で、ここに行けって?」

「そう。マダムマルキンの洋装店。制服調達しないとね。」


店に入ると、少しだけ埃っぽいにおいがした。台がいくつかあって、布がたくさん。なにこれ、すごい。
マダム・マルキンは、藤色ずくめのまるっこい、人のよさそうな人だった。口を開きかけた途端、ホグワーツなの?と声をかけられる。こくりと頷けばにっこりその人は笑った。


「全部ここで揃いますよ……もう一人お若い方が丈を合わせているところよ。」


確かに、店の奥の方で、青白い、顎の尖った男の子が踏み台に立っていて、店員と思われる人がローブをピンで留めていた。私達はその隣に立たされた。頭から長いローブを着せられ、マダムが丈を合わせてピンで留めはじめる。男の子がこちらに目を向けた。


「やあ、君達もホグワーツかい?」

「うん。」


私は聞こえないフリをする。人見知りなのだ。ハグリッドは話しやすかったから、だいぶ、まぁ、大丈夫だった。


「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその先で杖を見てる。
これから、二人を引っ張って競技用の箒を見に行くんだ。一年生が自分の箒を持っちゃいけないなんて、理由がわからないからね。父を脅して一本買わせて、こっそり持ち込んでやる。」


この子はなんだか気取った話し方をしてなんだか妙にとっつきにくかった。なんとなく、やあ。の言い方からそんな感じはしていたが、間違っていなかったようだ。
親を脅して欲しいものを買ってもらうと言う考えがダドリーと似ていて嫌だった。親は慕うべきであって、脅すべきじゃないと思う。
私が最初に無視をしたせいか、男の子はやれ自分の箒は持っているかだの、クィディッチはやってるかだの、ハリーに自分の自慢をやたらめったらしていた。そんな言い方をしなくてもいいのにと思った。クィディッチのことも、寮のことも私達は全然知らない。

私はぺちゃくちゃ忙しそうに犯罪だなんだと口を動かすその子をどうしてもすきにはなれなかった。別にならなくてもいいかなと思った。どうせ学校で関わらないだろうし。そう思ってたからだ。

しかも彼は、店の外でいつの間にか戻ってきたカプリコを肩に乗せてアイスクリームを二つ持って待っていたハグリッドを、召使いだとか野蛮人だとか言ったから、余計に関わりたくないと思った。
きっと面倒なことをおこすんだろうなあ。それが私の直感だった。案外、これがバカにできなかったりする。


「彼って最高だと思うよ。」


ハリーが冷たく、でもしっかりした声で言うと、へえ?と男の子は鼻で笑った。


「どうして君と一緒なの?そうだ、その隣の君は友達じゃないの?入ってくる時に一緒に喋っていたのを僕見たよ。どうして無視するんだい?」

「従姉だよ。耳がちょっと、悪いんだ。」


ハリーのそれは激しく苦しい言い訳だった。仕方がない。半ば、話したくないという私の我儘なのだから。
じゃあ君達の両親はどうしたの?と彼は聞いてきた。ハリーは、死んだよ。とそれしか言わなかった。僕の両親はね。
おや、ごめんなさい。とその子は謝るが、どうにも謝っているような口調ではなかった。


「でも、君の両親も僕らと同族なんだろう?」

「魔法使いと魔女だよ。そういう意味で聞いてるんなら。」


それを聞いて恐らく私の両親も魔法族だとでも思ったのだろう。少し口に笑みを浮かべている。


「他の連中は入学させるべきじゃないと思うよ。そう思わないか?連中は僕らと同じじゃないんだ。僕らのやり方がわかるような育ち方をしてないんだ。手紙をもらうまではホグワーツのことだって聞いたこともなかった、なんてやつもいるんだ。考えられないようなことだよ。入学は昔からの魔法使い名門家族に限るべきだと思うよ。」


君、家族の姓は何て言うの?その子が聞いた。その時、マダムが仕立てが終わったと告げてくれ、その子の話は終了することになるのだが、なんだか聞いていて気分のいい話ではなかったから安心した。


「ねえ、君。」


目の前を通ったとき肩を叩かれる。どうやら私に話し掛けたらしい。片手を口にあてていたので、内緒話かと思って耳を寄せると、わっ!と突然大声をあげられ跳び退いた。片耳を押さえる。なんだかじーんとした。


「なあんだ、やっぱり耳なんか悪くなかったんだ。
じゃ、ホグワーツでまた会おう。たぶんね。」


やっぱりこの子とは、関わりたくないなあ。

店を出て、ハグリッドが持ってきたアイスクリームを食べる。ラズベリーがすきだから、私はすごく気分がよくなったがハリーは違うようだ。羊皮紙と羽ペンを買ったときに、書いてるうちに色が変わるインクを見付けて、いくらか元気にはなっていたけれど。

まぁそのあとで、ハリーがクィディッチや寮のことを聞いていたので適当に聞きつつ流しつつ、アイスクリームを溶かしていった。

教科書を買った。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の棚は、天井まで本がぎっしりで、私はもう、さっきの男の子なんかすっかり忘れてずっと興奮状態だった。敷石くらいの大きな革製本、シルクの表紙で切手くらいの大きさの本、わけのわからない記号ばかりのわけのわからない本、何も書いてない本。本、本、本。活字を見るだけで拒絶反応を起こし、ママに弱音を吐くダドリーでさえ、たぶん夢中で触ったに違いないと思う本もいくつかあった。
ハリーはハグリッドによって、ヴィンディクタス・ヴェリディアン著“呪いのかけ方、解き方(友人をうっとりさせ、最新の復讐方法で敵を困らせよう  ハゲ、クラゲ脚、舌もつれ、その他あの手この手  )”から引き剥がされていた。


「僕、どうやってダドリーに呪いをかけたらいいか調べてたんだよ。」


ハグリッドに、まだ呪いを使えるレベルじゃないと言われ、渋々店を出た。ちらりと私が好奇心で買った読書用の本を見せるとニヤリと笑った。そうです、私が購入者です。何もダドリーにかけるってわけじゃないけど。


「普段着のローブ三着、買った。普段着の三角帽、買った。安全手袋、買った。冬用マント、買った。教科書、買った。大鍋、薬瓶、望遠鏡、ものさし、買った。」


必要なもののリストを見ながらチェックを付けていく。ハグリッドが、あとは杖だけだな。と私のリストを覗き込んだ。


「おお、そうだ、まだ誕生日祝いを買ってやってなかったな。」

「そんなことしなくてもいいのに……。」

「ハグリッド、もしよかったら、とびっきりいいのを買ってあげて。ハリー、今までうちの家族に碌なものもらったことないの。靴下とか靴下とか靴下とか靴下なの。」

「靴下は一回だけだよ。それもおじさんのお古。」


ハリーが顔を顰めた。言いたいことはわかる。私だって欲しくない。ハグリッドから私の肩に移ったカプリコが、構って構ってと言う風に私の耳を甘噛みした。撫でると、コー。と鳴いて手に擦り寄る。かわいいなこいつかわいいな。見た目が猛禽類なのに、ものすごく飼いやすい。見た目が猛禽類なのに、草食。雑草も食べるけどカプリコはハーブがすきらしい。グルメだと思う。
カプリコを見たハグリッドが、そうだ。と呟いた。動物をやろう。


「ヒキガエルはだめだ。だいぶ前から流行遅れになっちょる。笑われちまうからな……。猫、俺は猫は好かん。くしゃみが出るんでな。ふくろうを買ってやろう。子どもはみんなふくろうを欲しがるもんだ。なんつったって役に立つ。郵便とかを運んでくれるし。しかしデイジーは何がほしい?ふくろうはいいだろう。もうそいつがおるしなあ。」

「私?いいよ、別に。ドラゴンをくれるって言うんならほしいけど、飼えるスペースないだろうし。」

「ああ、ドラゴンなら俺がほしいところだ。」


想像するに、絶対あれはかわいいよねえ。と言えば、いやはや、あれは可愛いなんてモンじゃねえ。と返され、再び口を開こうとすれば、強く耳たぶを噛まれた。カプリコだ。嫉妬だ。血が出た。痛い。謝った。

イーロップふくろう百貨店からは、二十分で店を出た。ハリーの持つ大きな鳥籠には、雪みたいに綺麗な真っ白のふくろうが、羽根に頭を突っ込んでぐっすり眠っている。ハリーはものすごくどもりながら何度もお礼を言っていて、ハグリッドはぶっきらぼうに、礼はいらん。と返した。


「ダーズリーの家ではほとんどプレゼントをもらってなかったんだろうな。靴下以外。」


ハリーと私は勢いよく首を縦に振った。


「あとはオリバンダーの店だけだ。杖はここにかぎる。杖のオリバンダーだ。最高の杖を持たにゃいかん。」


ハリーの目が一段と輝いた。オリバンダーの店は、なんというか、暗くて狭くて、みすぼらしかった。剥がれかかった金色の文字で、扉に“オリバンダーの店  紀元前三八二年創業 高級杖メーカー”と書いてある。これが、高級とな。それにしても紀元前三八二年はすごい。今年は一九九一年だから既に二三七三年もやっているらしい。時代で言ったら、中国なら漢の前だ。項羽と劉邦の赤壁の戦いより、もう二〇〇年くらい前。すごい。
中に入ると、奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。細長い箱が天井近くまで積まれていた。手前から奥まで、ずっとだ。
梯子が手前にスッとやってきて、いらっしゃいませ。と柔らかい声がいきなりしたもんだから、心臓が跳び上がった。隣のハリーは身体ごと跳ねていた。目の前に老人が立っている。


「こんにちは。」


ハリーがぎこちなく挨拶したものだから、私も会釈した。依然、ドキドキが止まらない。おお、そうじゃ。と老人が発する言葉にもいちいち肩が跳ねた。カプリコが迷惑そうに身震いした。


「ぞうじゃとも、そうじゃとも。まもなくお目にかかれると思ってましたよ、ハリー・ポッターさん。」


老人がハリーの名前を口にするのを聞いて、ハグリッドが、ハリーは有名だと言っていたのを思い出した。ハリーのパパもママも有名だとも言っていた。老人はハリーの両親も知っているらしい。ハリーに近寄って、二人が杖を買った時のことを語っては懐かしんでいた。鼻と鼻がくっつきそうなくらいに近い。


「それで、これが例の……。」


老人の白くて長い指がハリーの額の稲妻に触れた。


「悲しいことに、この傷をつけたのも、わしの店で売った杖じゃ。三十四センチもあってな。イチイの木でできた強力な杖じゃ。とても強いが、間違った者の手に……。そう、もしあの杖が世に出て、何をするのかをわしが知っておればのう……。」


老人は頭を振り、こちらを見ると目を見開いた。私の頭をがっしりと両手で掴み、目を覗いてくる。カプリコが肩から離れた。そしてハリーと見比べ、始めるので、ああ、そういうことか。と納得した。


「ハリーの、従姉です。デイジー・ダーズリー。母のペチュニアが、ハリーのお母さんの姉で、」

「それでか!」


老人はうれしそうだった。
本当に、目だけは、リリーに…あいつにそっくりだわ。とママが忌々しそうに、でも泣きそうな顔で言うことよくあったのだ。昔の話だ。
そして老人がハグリッドに気付く。


「ルビウス!ルビウス・ハグリッドじゃないか!また会えて嬉しいよ……。四十一センチの樫の木。よく曲がる。そうじゃったな。」

「ああ、じいさま。その通りです。」

「いい杖じゃった。あれは。
じゃが、おまえさんが退学になった時、真っ二つに折られてしもうたのじゃな?」

「いや……あの、折れました。はい。」


急に険しい口調になったオリバンダー老人に、ハグリッドは足をモジモジさせながら答える。そして威勢よく、でも、まだ折れた杖を持ってます。と言葉を続けた。


「じゃが、まさか使ってはおるまいの?」


ピシャリと言う老人に、とんでもない。とハグリッドは慌てて答えたけれど、ピンクの傘の柄をギュッと強く握り締めていた。
暫くオリバンダー老人はハグリッドを探るような目で見ていたが、さて、と銀色の目盛りの入った長い巻尺をポケットから取り出して話を戻す。


「どちらから拝見しましょうか?」

「ハリーで。」


すかさず答える。とりあえず、どんな感じか見てみたいし。ハリーは何か言いたげに口を開いたが、老人が先に、どちらが杖腕ですかな?と尋ねたので諦めて右利きだと告げた。
老人に言われ、ハリーが腕を伸ばす。肩から指先、手首から肘。ここまでは測ることは何となくわかっていたが、まさか肩から床、膝から脇の下、頭の周りまで寸法を採られるとは思っていなかった。


「ポッターさん。オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔力を持った物を芯に使っております。
一角獣のたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線。一角獣も、ドラゴンも、不死鳥もみなそれぞれに違うのじゃから、オリバンダーの杖には一つとして同じ杖はない。
もちろん、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないわけじゃ。」


いつの間にかオリバンダー老人は棚の間を飛び回って箱を取り出していた。巻尺をはひとりでにハリーの鼻の穴の間を測っている。それはいらんだろう。そう思ってから、はたと体が止まった。カプリコが、いない。
どうせすぐ戻ってくるとは思ったが、周りを見まわそうとした時、老人が、もうよい。と言った。巻尺がハリーから離れ、私の鼻の穴自体の直径をいきなり測りだしたので叩き落とした。


「いらないだろ!」


隣でハリーが噴き出したので睨み付ける。あ、目を反らすなちくしょう!
オリバンダー老人はせかせかといくつか持ってきた箱から杖を出して見せた。


「ぶなの木にドラゴンの心臓の琴線。二十三センチ、良質でしなりがよい。手に取って、振ってごらんなさい。」


そう説明された杖は少し振っただけでもぎ取られた。楓に不死鳥の羽根も、黒檀と一角獣のたてがみもダメ。次々と渡されていたが、振るどころか持っただけで奪われた杖も少なくない。それなのに、棚から新しい杖を下ろす度に、老人はますます嬉しそうな顔をした。奥の方でドサドサと杖の箱が雪崩たのが見える。


「難しい客じゃの。え?心配なさるな。必ずピッタリ合うのをお探ししますでな。
……さて、次は次はどうするかな…。
…おお、そうじゃ……めったにない組み合わせじゃが、柊と不死鳥の羽根、二十八センチ、良質でしなやか。」


その時、巻尺が私の胸囲を測りだした。おいおい勘弁してくれ発育途中の繊細な私をそんなに傷つけたいのか!ベリリと引き剥がす。目の前で赤と金の火花が見えた。ハグリッドは歓声を上げて拍手をハリーに送り、オリバンダー老人は、ブラボー!と叫んだ。それから不思議じゃ不思議じゃとブツブツ繰り返しながらハリーの杖を箱に戻して茶色の紙で包む。


「あのう、何がそんなに不思議なんですか?」


ハリーが聞くとオリバンダー老人はハリーをジッと見つめ、それから私に未だ絡んでくる巻尺をを回収した。


「わしは自分の売った杖はすべて覚えておる。全部じゃ。あなたの杖に入っている不死鳥の羽根はな、同じ不死鳥が尾羽根をもう一枚だけ提供した……たった一枚だけじゃが。
あなたがこの杖を持つ運命にあったとは、不思議なことじゃ。兄弟羽が……なんと、兄弟杖がその傷を負わせたというのに……。」


つまりは、ハリーの両親を殺したヴォルデモートの…確か三十四センチのイチイの杖と同じ不死鳥の尾羽根を芯にしていると言うことだ。別に、使う人が違うなら傷付けられもするだろうと思うのだけど、どうやら違うらしい。
不思議なものじゃ。と老人は言った。


「杖は持ち主の魔法使いを選ぶ。そういうことじゃ……。ポッターさん、あなたは偉大なことをなさるに違いない……。
『名前を言ってはいけないあの人』もある意味では、偉大なことをしたわけじゃ……恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない。」


ハリーが身震いした。そして杖の代金に七ガリオンを支払った。さて!と老人が明るい声を出し、手を叩いた。私を見ている。
え、なに。このポッターまじすげえ偉大だぜと褒めちぎったあとに私、とか、 なに。あああやっぱり私最初の方がよかった…!
そして利き腕を伸ばされ再び測られる私。さっきのはいったい何だったんですか。そう聞いたら、この巻尺は女性が好きでしてねえ。と。巻尺のセクハラだなんて初耳だ。

オリバンダー老人が私から離れる。何となく浮き足立っていた。偉大な人のあとだもんね、一応血縁者だしね。期待されているのが目に見えてわかった。目が遠くなるのもわかった。
焦点のズレた目で雪崩を見る。褪せたビビアンの箱の山に赤いものが見えた。絶対カプリコだ。おまえが倒したのか。と額を押さえる。翼を広げ、こちらに向かってきた。脚に箱を掴んでいる。杖を選んでいた老人に、それを落とした。オリバンダー老人がカプリコを見、杖を見て、もう一度彼女をみた。


「なんと!あの時の!」


慌てて老人が戻ってくる。ハリーもハグリッドも見たが、二人ともかぶりを振った。老人が箱を開け、杖を差し出す。


「黒檀に不死鳥の羽根。この子のじゃ。三十二センチ、なめらかで良質、驚くほどしなる。他のものより力があって扱いにくいかもしれん。が、あらゆる戦闘系の魔法、及び変身術に最適。」


結構見た目は普通。しなるって割には細いわけでもない。黒くて、ハリーのものと比べると無駄に長い。
肩にとまったカプリコがそれをくわえ、私の鼻先に持っていった。
掴む。掌に触れた瞬間、吸い付くような感じがした。暖かくて、熱くて、まるでカプリコを撫でている時のようだった。
雪崩に向かって振ると、サッと箱が元の位置に戻った。力が強かったせいか少し反対の棚の杖が飛び出たが、ハリーとハグリッドが手を叩く。老人がにんまりと笑った。


「素敵な友達をお持ちのようだ。」


カプリコが誇らしげに首を伸ばし、私の耳たぶに涙を落とす。
嬉しかったが、なんだか呆気ない。感想はそれだ。ハリーは長々選んでいたけれど、私は一回で終わってしまったから、もう少し違いみたいなものを感じてみたかった。老人は、こんなに早く、簡単に見つけてしまった客は初めてじゃ。と言っていた。
芯はカプリコのものだったので、ハリーのよりも安く売ってもらった。半分以下の三ガリオンだ。セールどころの話じゃない。カプリコにはルッコラとバジルを買ってあげた。安かったのでお礼にも何にもならなかったが。

私とは反対に、ハリーは元気がなかった。変な形の荷物をどっさい抱え、ハリーの膝の上でイギリスでは野生に絶対いないだろう白ふくろうが、私の膝の上で真紅の猛禽類が眠っているため、地下鉄の乗客は私達を唖然として見ていたのにも拘らず、全くそれに気付かなかったのだ。
パディントン駅で地下鉄を降り、エスカレーターで駅の構内に出たのだが、未だ上の空だった。ハグリッドと目を合わせる。


「電車が出るまで何か食べる時間があるぞ。」


ハグリッドに肩を叩かれ、ハリーはやっと自分がどこにいるのか気付いた。


「ご飯どうする?」


ハグリッドが私達にハンバーガーを買ってくれた。店のプラスチックの椅子に座って食べる。ハリーはハンバーガーをちびちび食べながら周りを眺めていた。私も早く食べると喉に詰まらすのを自覚していたのでゆっくり食べた。


「大丈夫か?なんだかずいぶん静かだが。」

「…………みんなが、僕のことを特別だって思ってる。」


ハグリッドが声をかけると、ハリーは一口ハンバーガーをかじってから答えた。


「“漏れ鍋”のみんな、クィレル先生も、オリバンダーさんも……。
でも、僕、魔法のことは何も知らない。それなのに、どうして僕に偉大なことを期待できる?有名だって言うけれど、何が僕を有名にしたかさえ覚えていないんだよ。
ヴォル、……あ、ごめん…。僕の両親が死んだ夜だけど、僕、何が起こったかさえも覚えてない。」


ハリーは俯いてハンバーガーの包みを弄っていた。一歳の時のことを覚えてる方がおかしいと思うけど。と私はハンバーガーの最後の一口を飲み込む。綺麗に畳んでテーブルに置いた。


「そりゃずっと魔法に触れないで来たんだから存在も知らなかったわけだし、当たり前じゃないの?
これから一緒に学んで、そしたらわかるものだよ。最初から知ってたら学校なんていらない。だから、心配なんかいらない。と思う。」


テーブルの向こう側にいたハグリッドがこっくり頷いて身を乗り出した。モジャモジャのひげと眉毛の奥にある黄金虫みたいな黒い目はやさしく笑っている。


「デイジーが言う通りだよ、ハリー、心配するな。すぐに様子がわかってくる。みんながホグワーツで一から始めるんだよ。大丈夫。デイジーも、強がんなくて平気さ。内心、どうなるかわからないって顔をしちょるぞ。ありのままでええ。
ハリー、そりゃ大変なのはわかる。おまえさんは選ばれたんだ。大変なことだ。だがな、ホグワーツは、楽しい。俺も楽しかった。今も実は楽しいよ。」


ハグリッドは、私達が家に戻る電車に乗り込むのを手伝った。最後に封筒を手渡される。


「ホグワーツ行きの切符だ。
九月一日、キングクロス駅発。全部切符に書いてある。ダーズリーのとこでまずいことがあったら、ハリーのふくろうでもカプリコでもどっちでもええ。手紙を持たせて寄越しな。昨日カプリコがしたみたいに、こいつらが俺のいるところを探し出してくれる。……じゃあな。二人とも。またすぐ会おう。」


電車の扉が閉まり、走りだした。ハリーは座席から立ち上がってハグリッドが見えなくなるまで見ていようとしたけれど、瞬きしたら消えちゃった…。とうなだれながら私に伝えた。






元々文で表された話を自分なりに文にするのって難しいし、この話って隙がないと思う。いろいろ手を抜きすぎた気がする。中二くさい、かも。
20110811
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -