ハリーが、誰かがノックしてるんだ。と呟いた。ちょっとだけ、まさか。とは思ったけれど、こんなところで大砲が撃たれる方が、まさか。だった。


「何?大砲?どこ?」


 悲しいかな、やはりお前と私は双子らしいねダドリー坊や。
 ダドリーが跳び起きて、寝ぼけた声に額を押さえた。奥の部屋でガラガラガッシャンと音がしたかと思ったらパパがライフルを片手にすっとんできた。


「誰だ。そこにいるのは。言っとくが、こっちには銃があるぞ!」


 パパが叫び、ノックが消える。私の隣でハリーがほっと肩をおろしたその時、バターン!と扉が床に落ちた。どういうことだ。そんなに立て付けが悪かったのか。吹っ飛んできた蝶番が額に当たって痛かった。擦った。腫れてた。
 涙目ながらに戸口を見る。大きな大きな、それはそれは大きな男だ。ボウボウと長い髪にモジャモジャの髭、それに隠れて顔は見えなかったけれど、真っ黒い目がキラキラ輝いていた。

 いや、でかい。たぶんでかいダドリーと比べても、普通の男の人と比べてもかなり大きい。窮屈そうに部屋に入ってきたのだが、体を曲げてもまだ髪が天井を擦った。
 男がドアを拾いはめる。そんなパズルみたいに直るって、どういうこと。


「お茶でも入れてくれんかね?いやはや、ここまで来るのには骨だったぞ……。」


 大股でソファに近づき、少し空けてくれや、太っちょ。と一言。恐怖で凍り付いていたダドリーは金切り声をあげてママの元に逃げた。さらにママはパパの後ろで震えていた。気持ちは、わかる。


「こいつがいなかったら、ここまで辿り付けなんだ。」


 男の肩から赤い鳥が翼を広げて私の肩にとまる。


「カプリコ!おまえ、どうしてここに?」

「おまえさんのか、助かったぞ。俺をここまで運んでくれたんだ。賢い不死鳥を持っとるな。」

「え、ふし…え?」


 私の疑問は大男の大きすぎる掌に撫でられることによって止まった。首が埋まりそうになるのにかなりの力が必要なのだ。それが終わって、さあ質問!というときに男が完成をあげる。ハリーだ!と目がクシャクシャになってハリーに笑いかけた。


「最後におまえさんを見た時にゃ、まだほんの赤ん坊だったなあ。あんた父さんそっくりだ。でも目は母さんの目だなあ。おお、ハリーの隣の、そうそう、あんただ。おまえさんも目がよーく似ちょる。」


 私は私を指を指すと男は大きく頷いた。従姉弟でもやっぱり似てるとこはあるもんだ。と一人で感心している。
 パパは少しおかしなかすれ声を出した。


「今すぐお引き取り願いたい。家宅侵入罪ですぞ!」

「黙れ、ダーズリー。腐った大すももめ。」


 大男に向けられたライフルの銃口が彼によって直上に変わる。引き金を引くと、ドン!と大きな音がして天井に穴が開いた。パパが、ひっ!と小さく悲鳴をあげる。


「何はともあれ……ハリーや、お誕生日おめでとう。おまえさんにちょいとあげたいモンがある……どっかで俺が尻に敷いちまったかもしれんが、まあ味は変わらんだろ。」


 気分は変わるけどな。そう言いたかったが黙った。ハリーが差し出された、少し形が歪んだ箱からチョコレート・ケーキが出てきたからだ。緑色の砂糖で、たんじょびいおめでとう。なんていい人なんだろう!私のやりたかったことを代わりにしてくれて心底嬉しかった。
 ハリーは口をパクパクさせていて、たぶんありがとうって言いたいんだろうなあと思っていたら、あなたは誰?と言ったのでこづいた。


「ありがとうじゃないの普通!」

「だって、言葉が迷子になったんだ!」


 男が私達を見てクスクス笑う。


「さよう、まだ自己紹介をしとらんかった。俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ。」


 男は右でハリーのを、左で私の腕をブンブン振って握手する。離された時、遠心力かどうか知らないが、腕がじんじんした。
男がお茶にしようじゃないか。ともみ手した。本人は、遠回しに酒が飲みたいと言ったけれど、生憎、そんなものがあったら既に燃料として使用しているだろう。男が火の気のない暖炉に覆いかぶさる。
 肩のカプリコが撫でてという風に頭を頬にすり寄せてきたので、カリカリと首を撫でていたらその間に暖炉の中で火が燃えていた。

 大男がソファにドッカリ座った。重みで軋み、大きく沈む。さっきこの人はカプリコが運んでくれたって言っていたけど、そんなまさか。だ。いくらカプリコが大型の鳥類だと言っても、私の肩にだって乗れるし、あの隼や鷹だって重いものを運ぶ限界は精々鹿とかそこら辺だ。この人の大きさといったら、熊と言ったって差し支えないくらい大きい。

 ハリーが男の隣に座ったので私もその隣に腰を下ろす。
 男はポケットからヤカンやらソーセージやら、火掻き棒にティーポット、口の欠けたマグカップ数個とトパーズの色をした液体の入った瓶。その液体を一口飲んでからソーセージを焼き始める。香ばしいいい匂いと焼ける音にお腹が鳴った。男が再びクスクス笑うので俯いた。
 ダドリーがそわそわしはじめる。太くて軟らかそうな、少し焦げ目のついたソーセージが六本、焼串から外されたのだ。


「ダドリー、この男のくれるものに、一切触ってはいかん。」


 パパが一喝する。私にしないのはきっと、私が勝手にとったりしないとわかってるからだ。私だって、いくらお腹が空いててもそれくらいわきまえる。
 男が低く笑いながら言った。


「おまえのデブチン息子はこれ以上太らんでいい。ダーズリーとっつぁん、余計な心配だ。」


 男がハリーにソーセージを渡し、ハリーが私にソーセージを渡した。


「受け取っちゃいかん!」


 パパは怒鳴ったが、男が睨むとすぐに縮こまった。これは、食べていいのだろうか。ハリーを見ると目だけは大男に向けたままソーセージを食べていた。我慢は限界だった。
 肩のカプリコに視線を投げ掛けると彼(性別がわからなかったため勝手に男の子と思うことにした)は、それをすぐに理解したようで、肩から膝の上におり、体を丸めた。どうやら寝るらしい。彼は草食だから、これはあげられない。


「あの、僕、まだあなたが誰だかわからないんですけど。」


 もちろん私もだ。大男はお茶をガブリと飲んで、手の甲で口を拭った。


「ハグリッドと呼んでくれ。みんなそう呼ぶんだ。さっき言ったようにホグワーツの番人だ。
ホグワーツのことはもちろん知っとろうな?」

「あの……、いいえ。」


 ハグリッドがショックを受けたような顔をした。こっちを見て、おまえさんは?えぇっと、と言葉に詰まっていたので、デイジーです。デイジー・ダーズリー。ダドリーの妹の。双子なんです。と軽く自己紹介をした。ああ、覚えとる。覚えとるぞ。と感傷に浸っていたが、私には残念ながらその記憶はなかった。


「デイジーはホグワーツを?」

「あの、すみません。全く。」


 さらにショックを受けたような顔をした。ハリーが慌ててごめんなさいと謝るが、逆効果だったらしい。ごめんなさいだと?とハグリッドから吠えるような大声が出され、パパとママを睨み付けた。家族はみんな薄暗いところで小さく固まっている。


「ごめんなさいはこいつらのセリフだ。おまえさんらが手紙を受け取ってないのは知っとったが、まさかホグワーツのことも知らんとは、思っても見なかったぞ。なんてこった!ハリー、おまえの両親がいったいどこであんなにいろんなことを学んだのか、不思議に思わなんだのか?」


 ハリーが私を見る。私もわからなかったので首を横に振った。


「いろんなことって?」

「いろんなことって、だと?」


 とうとうハグリッドが仁王立ちになる。パパもママもダドリーも、みんな竦み上がっていて壁に張り付いていた。ハグリッドが詰め寄る。


「この子が……この子ともあろうものが……何も知らんというのか……まったくなんにも?」

「僕、少しなら知ってるよ。算数とか、そんなのだったら。」


 私は思い切りハリーの脚を踏みつけた。
 違う!絶対違う!算数なんかで誰が怒るって言うんだ!絶対違うよ!私は首を全力で横に振る。ハリーが首を傾げる。ハグリッドが首を横に振る。


「我々の世界のことだよ。つまり、あんたの世界だ。デイジーだってもうすぐ自分の世界になる。俺の世界。あんたの両親の世界のことだ。」

『なんの世界?』


 さすがに黙って聞くのには耐え兼ねた。抽象的で全く理解できない。ハグリッドが吠える。


「ダーズリー!!」


 小屋が震えた。カプリコが跳び起き、私の周りを見回した。それを、よしよし、なんでもないよ。お眠り。と撫でて宥めてやる。パパは真っ青な顔でゴニョゴニョとわけのわからないことを言うだけだった。ハグリッドがハリーを燃えるような目で見つめた。


「だが、おまえさんの父さん母さんのことは知っとるだろうな。ご両親は有名なんだ。おまえさんも有名なんだよ。」

「えっ?」

「ハリーが?どこで?有名?おじさんとおばさんが?」

「僕の……父さんと母さんが有名だったなんて、ほんとに?」

「知らんのか……おまえは、おまえらは、知らんのか……。
デイジーはまだいい。マグル生まれはこれから知る。…ハリー、おまえは自分が何者なのか知らんのだな?」


 ハグリッドが静かに言った。パパが急に声を取り戻して張り上げる。


「やめろ!客人。今すぐやめろ!その子達にこれ以上何も言ってはいかん!」

「貴様は何も話してやらなかったんだな?ダンブルドアがこの子のために残した手紙の中身を、一度も?俺はあの場にいたんだ。ダンブルドアが手紙を置くのを見ていたんだぞ!それなのに、貴様はずーっとこの子に隠していたんだな?」

「いったい何を隠してたの?」


 それは私も気になるところである。パパが、止めろ、絶対言うな!と狂ったように叫び、ママは引きつった声を上げた。二人とも勝手に喚いていろ。ハグリッドが冷たく言い放ち、こちらを向く。


「ハリー、おまえは魔法使いだ。」

「………僕が何だって?」

「魔法使いだよ、今言った通り。デイジーもだ。」


 ハグリッドが再びソファにドシンと座った。ギシギシとソファは苦しそうな音をあげて、前より深く沈んだ。


「しかも、訓練さえ受けりゃ、そんじょそこらの魔法使いよりすごくなる。なんせ、…あー…デイジーにはおじさんおばさんにあたるが、ハリー、おまえさんはああいう父さんと母さんの子だ。おまえは魔法使いに決まってる。そうじゃないか?」


 私の魔法使いの信憑性、薄くはないだろうか。ハリーのママにちょっと似てるとママに言われたことはあるけど、おばさんだ。三等親なのだから、血なんて近いようで遠いものだ。
 さて、手紙を読む時がきたようだ。ハグリッドが嬉しそうに手紙を渡すものだから、今更そんなことは言えなかった。


海の上、
岩の上の小屋、
暖炉の上
デイジー・ダーズリー様


 ハリーのをみたら同じ字で、最後にハリー・ポッター様と綴られていた。せーので取り出した中身を開く。


親愛なるダーズリー殿

 この度、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要ない教材のリストを同封いたします。
 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。
敬具

副校長ミネルバ・マクゴナガル


 魔法使いとは聞いていたけれど、まさか学校があるとは。ふくろう便とはなんぞ。今日だけど、期限。大丈夫なのかな。


「これどういう意味ですか?ふくろう便を待つって。」

「おっとどっこい。忘れるとこだった。」


 バスン。ハグリッドが自分のおでこを叩いた音である。爆風が私の髪を揺らした。そして、コートのポケットから今度はソーセージでなくてふくろうを引っ張りだした。ふくろうが強張った体を解すように翼を広げた。え、ちょ、生きてるよ、これ。
 私が目を丸くしているうちに同じポケットから出したらしい長い羽ペンと羊皮紙の巻紙を取り出した。なんだ、その中世チョイス。


ダンブルドア先生、
二人に手紙を渡しました。ハリーとデイジーです。明日は入学に必要なものを買いに連れてゆきます。
ひどい天気です。お元気で。
ハグリッドより


 ハグリッドは手紙を軽く丸めてふくろうの嘴にくわえさせて、戸を開けて嵐の中に放った。まてまてまて、どうして平然と電話をかけたあとみたいに当たり前の顔なんだ。どうして普通にソファに座りなおせる。下手したら動物愛護の人達が動くような仕打ちだぞ、あれ。

 どこまで話したかな?とハグリッドが言った時、パパが灰色の顔に怒りの色を広げ、暖炉の火の明るみにグイと進み出た。


「こやつらは行かせんぞ。」

「おまえのようなコチコチのマグルに、この子を引き止められるもんなら、拝見しようじゃないか。」

「マグ……、何ていったの?」

「マグルだよ。連中のような魔法族ではない者をわしらはそう呼ぶ。よりによって、俺の見た中でも最悪の、極め付きの大マグルの家で育てられるなんて、おまえさんたちも不運だったなあ。」


 別に私、ダドリーが上って言うのには運がないと思ったけど、それっきりだけれど。


「ハリーを引き取った時、くだらんゴチャゴチャはおしまいにするとわしらは誓った。この子の中からそんなものは叩き出してやると誓ったんだ!それなのに、あぁ、デイジーまで……魔法使いなんて、まったく!」

「知ってたの?おじさん、僕があの、ま、魔法使いだってこと、知ってたの?」


 知ってたかですって?突然ママが甲高い声を上げた。


「ああ、知ってたわ。知ってましたとも!あの癪な妹がそうだったんだから、おまえだってそうに決まってる。
デイジーと同じような状況さ、父も母も普通だった。なのにだ、妹にもちょうどこれと同じような手紙が来て、さっさと行っちまった……その学校とやらへね。
休みで帰ってくる時にゃ、ポケットはカエルの卵でいっぱいだし、コップをねずみに変えちまうし。
私だけは、妹の本当の姿を見てたんだよ……奇人だって。ところがどうだい、父も母も、やれリリー、それリリーって、我が家に魔女がいるのが自慢だったんだ。」


 ママが深く息を吸った。何年も我慢していたものを吐き出すように一気にまくしたてた。


「そのうち学校であのポッターに出会って、二人ともどっかへ行って結婚した。そしておまえが生まれたんだ。ええ、ええ、知ってましたとも。おまえも同じだろうってね。同じように変てこりんで、同じように……まともじゃないってね。それから妹は、自業自得で吹っ飛んじまった。おかげでわたしたちゃ、おまえを押しつけられたってわけさ!」

「吹っ飛んだ?自動車事故で死んだって言ったじゃない!」


 確かにそれは私もそう聞いていた。けど、話に割り込む気はなかった。これ以上抉れても困るのだ。ハグリッドに家族の、まぁ外れちゃいないけど悪口を言われるのも、ママの自分本位な悲劇を聞くのもこりごりだった。どっちが悪いだとかそういうんじゃなくて、喧嘩を見るのが耐えられないのだ。


「自動車事故!」


 カプリコを撫で、気を紛らわそうとしてはいたのだ。しかし、ハグリッドが立ち上がったことによって、また私の注意が話に戻ってしまった。


「自動車事故なんぞで、リリーやジェームズ・ポッターが死ぬわけなかろう。何たる屈辱!何たる恥!魔法界の子どもは一人残らずハリーの名前を知っているというのに、ハリー・ポッターが自分のことを知らんとは!」


 怒鳴り声が耳に響いた。聞きたくない。もう、聞きたくない。十分だ。うるさい、うるさい、うるさい!パパもママもまるでハリーが本当にいらないと思ってるように聞こえるではないか。魔法使いだと宣告された私が必要ないみたいではないか。ハグリッドもハグリッドで、もう少しパパやママを悪く言うのなら私に気を遣ってほしい。
 おわれ、おわれ、おわれ。そう思えばそう思うほど周りの動きが速くなった気がした。ただ、憎いくらいに声だけはやはり聞き取れてしまった。

 ハリーの両親は当時強大な勢力を誇った史上最凶とも言われるヴォルデモート卿に殺害されたらしい。魔法界では『例のあの人』と呼ばれている彼は生後間もないハリーをも殺そうとしたのだけど、何故か魔法が自分自身にはね返り、ハリーは生き延び、ヴォルデモート卿は肉体を失って逃げ去ったのだそうだ。だから、ハリーは有名。生き残った男の子だから。

 夢の中で緑色が光った。






後半、別にデイジー喋らないから説明いいかなと思った。
20110810
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -