ブラジル産大ヘビの逃亡事件のおかげで、僕は恐らく今までで一番長いお仕置きを受けた。出してもらったときには既に夏休みが始まり、ダドリーの様々な事件も終わっていた。
 哀れにもデイジーは冤罪を受けたらしいが、僕と違って陽の射す部屋で本を読んだり誕生日プレゼントに貰った鳥(カプリコと名付けたらしい)と遊んだり、そこそこ悠々自適に過ごしたようだ。学校に行かなくてよかったと喜んでいて、僕のことについては怒っていなかったらしく安心した。

 休みが始まっていたのはうれしかったが、毎日のようにやってくるダドリーの悪友から逃れることは出来なかった。ピアーズ、デニス、マルコム、ゴードン、みんな揃いも揃ってデカくてウスノロ。軍団のリーダーは中でもとびきりでかくてウスノロなダドリーだった。残りの四人はダドリーお気に入りのスポーツ“ハリー狩り”(不愉快な名称である)(デイジーは“相手に頭さえ使わせれば簡単に逃げられる死闘”と称している)に参加出来るだけで大満足だった。

 デイジーは心優しい女の子だ。あのダーズリーの子だとは思えないくらい。おばさんが言うには、目が僕の母さんやおじいちゃんに似ているらしい。顔はおばあちゃん似。見たことはないけれど、たぶんそうなのだろう。見た目からして両親とは似てなかった。
それに加えてデイジーは頭がいい。ダドリーと比べてしまえば当たり前だけど、他の子と比べても抜きんでて頭のキレが良かった。嘘はつかないにしても、咄嗟の言い訳が上手くて何度も助かったことがある。

 デイジーは家で勉強(九十パーセントの確率で“しているふり”だろうけど)している。そうすればおじさんおばさんがダドリー軍団の魔の手から、勉強の邪魔をするな!の一言で守ってくれるのを知っているのだ。
 ハリーもこっちに逃げてきたら?と彼女は誘ってくれたが、どうせおばさんにすぐに、邪魔するんじゃないよ!と叩きだされ軍団に見付かってしまうのがオチだ。それを言えば、天才的予知能力だね。と苦笑いした。

 そういうわけで、なるべく家の外でぶらぶらして過ごすことにした。夏休みさえ終われば、と言うのが僕とデイジーのわずかな希望の光だった。九月になれば僕は七年制の中等学校に入るし、デイジーはロンドンにいるおじさんの知り合いの家に居候してそこから学校に通うことになっている。
 お互い、生まれて初めてダドリーから離れられる。ダドリーはバーノンおじさんの母校“名門”私立スメルティングス男子校に行くことになっていて、ピアーズ・ポルキスもそこに入学する。
 僕は地元の普通の公立ストーンウォール校へ行くことになっていた。ダドリーにはこれが愉快でたまらないらしい。
 デイジーは学校の推薦で王立の名門校に入学する。ダドリーにはこれが不愉快で仕方ないようだ。ことあるごとに昔のことを引っ張りだしては悪く言っていた。お互い名門でよかったね。とにっこり笑った彼女が言えば、すぐに気をよくするのでデイジーとしては扱いやすかったみたいだ。


 七月に入り、ペチュニアおばさんはダドリーを連れてロンドンまでスメルティングス校の制服を買いに出かけた。デイジーは八月にロンドンに引っ越したあと買いにいくからとダドリーとの行動を避けた。いつも通りフィッグばあさんに預けられはしたけれど、飼い猫の一匹につまづいて脚を骨折してからというもの、前ほど猫好きではなくなったらしく、いつもよりましだった。テレビを見ることを許されたし、チョコレート・ケーキを一切れもらったのだ。黴臭い味がした。デイジーは猫と終始遊んでいた。

 その夜、ダドリーはピカピカの制服を着て居間を行進してみせた。おじさんもおばさんもやたらダドリーを褒めちぎって、おばさんなんか、こんなに大きくなって、こんなにハンサムな子が、私のちっちゃなダドリー坊やだなんて、信じられない!と嬉し泣きした。


「……フォワグラつくってたんじゃなかったんだ。」

「ちょ、デイジー…!」

「え?」


 デイジーが小さく呟いたのを聞いてしまった僕は、相乗効果のせいでか笑いを堪えるのに必死で、あばら骨が二本折れたかと思うほど苦しかった。

 翌朝、ひどい悪臭の中、灰色の液体に汚らしいボロ布の質問をしたら、お前の制服だと言われた。ダドリーのお古をまた僕は頂戴するらしい。おばさんは恩着せがましく言ってきたが、全然ほしくない。
 たぶん年とった象の皮を着たみたいに見えるんだろう。と気付かれないように溜息を吐いたとき、デイジーが入ってきた。え、くさい。と呟いて悪臭の原因を探して、ボロ布を見た。目で僕に、なにこれ。と訴えてきたが、僕の表情で“聞いてはいけないもの”として判断したらしい。黙って家族の目玉焼きとベーコンと紅茶、それからトーストを用意をする。

 ダドリーとバーノンおじさんが入ってきて、臭いに顔を顰めた。バーノンおじさんはいつものように朝刊を広げ、ダドリーは、片時も手放さないスメルティングス校の杖で食卓をバンと叩いた。途端にデイジーの肩が飛び跳ねる。デイジーは僕より頻繁に、おじさんたちの目の届かないところであれの犠牲によくなるのだ。背中には今ごろ大きな痣があるだろう。


「あ、郵便きた。」


 デイジーが、郵便が玄関マットの上に落ちる音を聞き取り顔を上げた。バーノンおじさんがダドリーに郵便をとってくるように言う。


「デイジーが一番最初に気付いたんだ。デイジーが取るべきだろ。」

「パパはダドリーに言ったもん。私じゃない。だいたい今手が離せないのわかってんでしょ?焦げてもいいならいいけど。」

「ダドリー。」

「ハリーに取らせろよ。」

「ハリー、取ってこい。」


 結局僕に皺寄せがきた。僕の、ダドリーに、という願いは聞き届けられず、逆にスメルティングス杖で殴られそうになった。おじさんはつついてやれと言ったのに、これのどこがつつくって言うんだ。
 マットの上に郵便が四通落ちている。内二通は同じ所から来ているようで、あとはマージおばさんからの絵葉書と請求書らしき茶封筒。二通はと言うと、僕とデイジー宛ての手紙。
 初めてだ。僕に手紙だなんて人生で初めてだ。デイジーは図書館に登録していたので、返本請求の手紙はきたが、僕はそれすらなかった。サレー州リトル・ウインジング、プリベット通り4番地、階段下の物置内、ハリー・ポッター様。エメラルドのインクで書かれている。正真正銘僕宛てだ!


「小僧、早くせんか!」


 裏返して余韻に浸るのも早々におじさんに怒鳴られる。全然怖くなかった。
 手紙を見たままキッチンに戻り、バーノンおじさんに請求書と絵葉書を、デイジーに手紙を渡し、椅子に座ってゆっくりと黄色の封筒を開き始める。


「あれ、私、本返したんだけどなあ…。あ、ちがう。」

「マージが病気だよ。腐りかけた貝を食ったらしい……。」


 デイジーがまじまじと手紙の装飾を見、おじさんがおばさんに伝えたその時、ダドリーが突然叫んだ。


「パパ!ねえ!ハリーが何か持ってるよ!」


 手紙を広げようとしたとき、それは奪われる。


「それ、僕のだよ!」

「おまえに手紙なんぞ書くやつがいるか?」


 おじさんは鼻で笑い、手紙を開いて目をやった。途端に赤から青、それから牛乳にインクを一滴垂らしたような気持ちの悪い白っぽい灰色になった。おじさんが喘ぎながらおばさんを呼ぶ。
 確かデイジーも同じ手紙だったはずだと後ろに回れば、ダドリーがデイジーのを奪った。さらにおじさんがそれを奪う。デイジーの気の抜けた、あー…。と言う声が耳を素通りした。おばさんが訝しげに手紙を読む。窒息しそうな声を上げたものだから、一瞬、気を失うかのように見えた。
 おじさんもおばさんも、僕達を忘れたかのようだった。あのダドリーでさえ忘れられていた。


「私、なんか厄介そうだし先戻ってる。」


 ダドリーと共に怒鳴られ、部屋から摘み出された後で、そうした方が賢かったのかもしれないと思った。


 その夜、いいことがあった。引っ越しだ。物置からデイジーの部屋に。僕としては手紙をもらえればこのまま物置で一生暮らした方がよかったのだが、それはダメだった。
 全財産を二階のデイジーの部屋に移すのに、一回階段を上がれば済んで、先に生活していたデイジーがカプリコに餌をやっている。


「ダドリーがウソ泣きしても効かないって相当。」

「僕も聞こえた。」


 ダドリーが喚いたり、父親をスメルティングス杖で叩いたり、わざと気分が悪くなってみせたり、母親を蹴飛ばしたり、温室の屋根をぶち破って亀を放り投げたりする音が夜遅くまで続いていた。

 そんなことがあり、次の朝、みんな黙って朝食を食べた。ダドリーはあそこまでやったのにも拘らず取り戻せなかったのが相当ショックだったらしい。

 朝の郵便が届いた。おじさんは、優しくしようとしているのか、ダドリーに取りに行かせた。珍しくデイジーが取りに行こうとしたら断ったのだ。


「また来たよ!二つだ!プリベット通り4番地、一番小さい寝室、ハリー・ポッター様!デイジー・ダーズリー様!」


 そして廊下で三つ巴の大混戦が始まるのだが、結局勝者はおじさんだけだった。昨日のように自室に戻れと命令される。
もはやただの執着だった。場所を越したことを知って出したのなら再び出すだろう。そう思って壊れた時計を直し、翌朝六時に起きるも 失敗。玄関で寝ていたおじさんの顔を踏んだのだ。その日、おじさんは会社を休み、家の郵便受けを釘付けにした。

 金曜、二十四通もの手紙が届いた。郵便受けに入らないのでドアの隙間に所狭しとねじ込まれていたが、その日も休んだおじさんに焼き払われドアの隙間という隙間に釘が打ち込まれた。

 土曜日。もう手が付けられなかった。牛乳配達がおばさんに渡した卵二ダースにも丸め込まれた手紙、手紙、手紙。
さすがのダドリーも驚いていた。

 日曜の朝、おじさんは嬉しそうに今日は郵便は休みだと告げたが、その時がきた。
 キッチンの煙突から、暖炉から何十枚もの手紙が降ってきたのだ。デイジーが、これ、もう開けちゃおうよ。と言うと、ダメだ!と返される。飛び付いて手紙を取ろうとすると腰を掴まれ廊下に放り出された。


「これできまりだ。みんな、出発の準備をして五分後にここに集合だ。家を離れることにする。着替えだけ持ってきなさい。問答無用だ!」


 そしておじさんは口ひげを半分引き抜き、今に至る。デイジーはプレゼントのカプリコを、ごめんね。と言って放し、さっさと着替えと音楽プレイヤー、今まで貯めたお小遣いに飴とガム、それから本を詰めて持ってきた。漫画だとダドリーに取られる可能性があるからだ。僕の用意も簡単だった。ダドリーだけはテレビやらビデオやらコンピュータやらをスポーツバックに詰め込もうとしてみんなを待たせたために、おじさんに殴られ泣いていた。
 どこに行っても手紙は届き、おじさんは燃やした。

 そして今日、ダドリーのテレビ番組がみたいと言う言葉で思い出した。


「今年もダメみたい。」

「いいよ、気持ちだけで。」


 明日は僕の誕生日だ。誕生日が楽しかった記憶はないが、それでも十一歳の誕生日は一生に一度しかない。
 海岸近くに車を止めて姿を消していたおじさんが戻ってきた。どうやら今夜は小さい離島にある小屋で過ごすらしい。おじさんは嵐がくるとすこぶる喜んでいた。


「今ならあの手紙が役立つかもしれんな。え?」


 小屋の中はひどかった。磯臭さで鼻がツンとしたし、何より寒い。本当に雨だけ凌げる程度で今にも風で吹き飛びそうだ。しかもおじさんの用意した食料と言えばポテトチップスとバナナを各自一つだ。
 ポテトチップスの袋に火は点かず燻っただけなのにおじさんはうれしそうだった。それもそうだ、こんな嵐の中、まさかここまで郵便を届けに来る人なんていない。僕も同意見だけれど、おじさんのようには上機嫌になれなかった。

 夜になると予報通り嵐が吹き荒れた。波が相当高いのだろう。飛沫がピシャピシャ小屋の壁を打つ。強風は汚れた窓をガタガタ言わせた。
 ペチュニアおばさんは奥の部屋から黴臭い毛布を二、三枚見付けてきて、ダドリーのために虫食いだらけのソファの上にベッドをこしらえ、おじさんとおばさんは奥の部屋のデコボコしたベッドにおさまった。
 一番薄い、一番ボロの毛布は僕が持っていた。デイジーはどうせこうなると思ったと着替えと一緒にタオルケットを持ってきていたのだ。


「どうせ、ハリーのはないと思った。」


 実はもう一枚あったらしい。みんなが寝静まってから、デイジーは寝床と決めた暖炉の上のスペースからおりて、僕の寝そべっていたところにひっぱり出したそれを置く。眠いのだろう、覚束ない足取りでダドリーやおじさん、おばさんの枕元に飴を三つずつ置いていく。


「なに?サンタクロース?」


 ニヤと笑うと向こうもニヤリと笑い返してきた。嫌い嫌いと言いつつ結局こいつはみんなが好きなのだ。
 デイジーがちょこんと隣に座って、ダドリーの腕にはめられた蛍光文字盤付きの腕時計を見た。


「まだあと五分早いけど、ハッピーバースデー、ハリー。プレゼントって言っても、飴四つとガムだけど。」

「最高だね。」


 指先で楕円を描く。そこに直線二本と曲線を付け足す。もう一本曲線を足してお皿だ。デイジーが十一本の蝋燭を立てた。


「あと三十秒……二十……十…九……嫌がらせにダドリーを起こしてやろうか。」

「やだよ、あいつ寝起き最悪だもん。殺されちゃう。あ、四…三…二…一…、」


 ドーンと音が響いた。外で大砲が打たれたみたいに小屋中が震える。僕もデイジーもビクッと肩を揺らし跳び起きてドアを見付けた。
誰か外にいる。それはドアをノックするのによく似ていた。






ロンドンの王立名門中等学校とか知らない。し、可愛いと思っただけでカプリコに意味はない←
ちなみにストーンウォールはゲイの象徴的な場らしいお。
20110809
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テーマ「人外ファンタジー」
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