ダダダダダと、いや、ドスドスドスとダドリーが階段を上り下りする音が頭に響いた。ドスン、ドスン。ああこれは間違いなくあいつだ。下で男の子の呻き声が聞こえて、バタンとドアが閉まる音がする。ダドリーの心底楽しそうな、嬉しそうな笑い声が耳を突いた。
 目を開けると、窓から見える日はもうすっかり開いている。ダドリーのお下がりの時計に目を向けると八時を丁度過ぎたところだった。ああ、頭が痛い。昨日は遅くまで彼とともにダドリーの玩具にされていたのだ。寝不足な上に関節がなんだか変な感じがした。

 そろそろ起きなければ。右手で目を擦ってのそのそと体を起こす。
 そろそろ起きなければ、可哀想な従弟のハリーがママやパパに、もしかしたら態度のやたらでかいダドリーにまで、私を起こしてこいと召使いのように命令されてしまう。物心がつく前から目にしている光景ではあるけれど、あれはどうも慣れない。ひょろひょろのハリーがいつか家族に壊されてしまうんじゃないかとひやひやする。だからと言って、私はそれを間に割って入るというような事ができない。こわくて、できない。臆病者でいつも遠巻きに見てしまっていることに罪悪感にかられてしまうのもその光景に慣れない一因だった。

 一度、あまりにもハリーが不憫でならなくて両親に口答えしたことがあるのだが、最終的に怒鳴り散らされ、ご飯どころか水さえ二日間抜きの罰を頂いてからは出来なくなってしまった。
 その夜に部屋の中で謹慎していたら、ハリーがパパに、お前が唆したんだろう!え?と責めていたのを聞いたのだ。
 深夜、家族が寝静まった後、ハリーは私に、デイジー、ありがとう。ごめんね。とそっと、パンと水を置いてくれて、翌日ママに怒られて罰としてトイレ掃除をさせられていたのも私は聞いていた。

 急いで着替えてドアに向かう。途中で我儘ダドリーがお気に入りの番組が中止になるという仕様もない理由で画面を蹴破ったテレビに足の小指をぶつけた。くそ、痛い。大体この部屋は私のなのに、半分はダドリーの玩具部屋じゃないか。ママはダドリーに甘い。パパは私にちょっと甘いけど、ダドリーにもやっぱり甘いから結局ダドリーの方が優遇されているのだ。
 買ったその日に隣の犬を轢いた子供の乗れる小型戦車(もちろん搭乗したのはダドリーなのでその犬は哀れにも前足を骨折してしまったが)や、何も中身のない鳥籠、重いお尻に敷かれて銃身を酷く曲げられ、今や棚の上で埃を被っているエアガン。全部全部ダドリーの物で、しかも壊れて使えなくなってしまったものばかりだ。ここはゴミ箱じゃない。さっさとダドリーに捨てさせてくれ。まかり間違って本人も連れてかれればいいのに、というのが私とハリーの些細な、しかし、大いなる安寧の為の希望であったりする。当たり前の話だが、二人の内緒の話だ。ダドリーは体だけは成長が早いから学校では恐れられていて、だから友達に言ったりなんかしたら、仮に妹だとしてもダドリー軍団にサンドバックにしてやられる。まぁ、とろいので基本的には当たりはしない(ついでに言うと、ハリーと二人でやられていれば、どちらかが隙をついて誰かを転ばして一緒に逃げられるのだ)けど、たまに一人だけが狙われて、もう片方がその場にいない時なんかは最悪だ。鼠みたいな顔でひょろいピアーズ・ポルキスが羽交い締めにするので、それはもう、ひどい。一度頭突きしたら、ピアーズの前歯がかけて、ハリーと二人、ざまあみろ。と影でニヤッと笑った次の日、先生によって彼に謝らせられたのは今でも苦い思い出だ。
 しかし、それだけで終わればまだよい方だったりする。悪夢はそれだけじゃ終わらなかった。殊更悪いことに私の時にはダドリーはあまり手を出さないのだ。出してくれればパパに訴えて少しくらいは、本当に少しだけれど、少しくらいは怒ってもらえるのに、こういうときだけは無い脳味噌がフル回転するらしく、少し離れて笑っているだけなのだ。帰ったら、パパやママに言ったらどうなるか、わかるよな?これを忘れない。別に言わなくたって、どうせ、夜に“プロレスごっこ”をされるのだが、それ以上をされるのが嫌で、毎回黙って頷いた。そう、前述した通り、私は臆病者で、チッキーとか言う馬鹿馬鹿しい名前で呼ばれた時期もあった。少しばかり頭の足りない軍団どもは朝出会って二時間ほどひっきりなしに言っていた癖に授業を挟んだら既に忘れていたのだから笑い物だ。

 この際はっきり言ってしまうけれど、私はダドリーが苦手だ。嫌いとまでいかないのは、たぶん、あいつが私よりも親孝行だからちょっと偉いなと思ってしまっていることと、たまにやりすぎたときにおんぶしてくれるからだろう。流石に家族は、仮にも血を分けた双子の兄は、慢性的に嫌いにはなれないらしい。死んでくれればどれくらい助かることか!と一時的に思ったことは、それこそ死ぬ程あったけれど。

 ドアを開けて階段を降りる。体を半回転して階段下の物置の前を通った。埃の臭いがした。ここが約九年半、ハリーの部屋なのだから本当に可哀相だ。昔部屋を私と一緒にしていいと言ったらパパにダメと言われたことがある。即答だった。
 リビングダイニングへのドアを開けると目の前にハリーがいて、お互い黙って目を丸くする。


「おはよう、ハリー。」

「おはよう、デイジー。はい、トースト。そろそろ起きる頃だろうと思って。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。」


 そして小さな声で、誕生日おめでとう。と微笑む。ありがとう。と私もつられて小さく微笑む。小さく、というのは、ばれないようにする必要があったからだった。ハリーが家族よりも私にハッピーバースデーを言うのがみんな気に食わないらしい。
 目の前でダドリーが、去年よりも二つプレゼントが少ないだけで癇癪を起こし、二人がなだめているところをみるとその心配は必要なかったようだ。抜かしていたらしいマージおばさんのを含めて三十七。三十六も三十七も、三十八だってそう変わらない。金額でだったら、だいぶ変わるなあ。だったら私は現金で貰った方が嬉しい。
 ハリーはダドリーの癇癪がいつ大爆発を起こすか危惧してベーコンを急いで口に入れた。私もそれに倣ってトーストを口に入れる。美味しい。ただ口の水分が急速に奪われていくのでキッチンにトーストとともに向かって、コップにグレープジュースを注いだ。
 ママがダドリーの傍で膝を付いて宥めている。


「今日お出かけした時、あと二つ買ってあげましょう。どう?かわいこちゃん。あと二個もよ。それでいい?」

「そうすると、ぼく、三十……三十……。」


 周知の事実ではあるけれど、算数に限らず凡その教科の成績において、ダドリーは下から数えた方が早かった。勿論ハリーも私も上から数えた方が断然早い。友達がいなくて、遊ばず、勉強ばかりしていたから。という理由だけではないといいのだけど。
 しかしながら、ああ、何たることか。我が双子の兄ながら、ミドルスクールに入学する前から出来るような計算にてこずるとは。あまりにもおかしくてグレープジュースが気管に入って噎せた。
 そこでやっと両親は私に気付くのだが、ダドリーは手近なプレゼントを手にとって、汚くビリビリと包装を裂いていた。パパが私を見て顔を満面の笑みにする。ママは私に優しく微笑んで、それから電話が鳴ったので、キッチンを出ていった。


 「お前も。誕生日おめでとう、デイジー。ほら、プレゼントだよ。お前は控えめで何が欲しいか、チラとも言わないからね。母さんと一緒に悩んだんだ。気に入るかな?」


 鳥籠だった。白鳥くらいの大きさの綺麗な赤い鳥が窮屈そうに納まっている。それ一つだけで、たぶん私のが多いとダドリーが怒るからそうしたんだろうけど、私には充分だった。
 確かに、人間的にはあまり尊敬出来るような家族ではないけれど、家族としては愛情あるいい人達なのだ。
 だけれど、両親がハリーにあげるプレゼントは、それこそ欲しくもない使い古した靴下だったり、爪楊枝だったり、毎年散々なものだった。今年こそ作ったケーキがハリーの口に届けばいいのになあ。毎年、作るはずのものを作っている段階でダドリーに全て食べられてしまっていた。

 こっそり、ダドリーの方が数が多いからな、お前のは高いのを選んでおいた。とウインクする。いいのに、そんな、貰えただけで嬉しいのに。と言えば、お前は本当にいい子だね。と頭を撫でられた。違うんだ。違うんだよ、パパ。私は全然いい子なんかじゃない。そりゃダドリーなんかよりずっといい子にはしてるけど…ハリーを見てごらんよ、ちょっとたまに癇癪起こすけれど、あんなにいい子は私、知らないもん。


「うわあ、きれい。ありがとう。」

「母さんにも、ちゃーんとその言葉を言うんだぞ。」


 ママは動物が嫌いだ。汚いから。私はすきで、でもママが嫌いだから今までそういうのは買ってもらったことがなかった。ダドリーが、羨ましそうにこっちを見てきたので少し気分がいい。まさかこれまでも私から奪ったりはしないだろう。自分のお小遣いで買った音楽プレイヤーはその日のうちに盗られ、壊れて返ってきた。私はすごくすごく怒って、そしたら次の日のダドリーはなんと三十四回も転んで、内一回、足の骨を折った。悪いなとも思ったけど、天罰だとも思った。

 あまりにも鳥籠が狭そうで、そこから出してあげるとバタバタと彼(彼女かもしれないが)は暴れる。私の指を突いて、血が出た。パパが立ち上がる。


「やっぱりそれは返してこよう。バカな鳥なんぞ止めておけばよかった!」

「いや、いいよ。この子もストレスが溜まってたんだと思う。こんなに狭いとこにいたんだし。」


 一暴れして落ち着いたその子を優しく撫でると、目を細め、私の指先で首を傾けた。ぽたりと雫が落ちて、コー。と申し訳なさそうに一鳴きする。傷がなくなるのが見えて、目を丸くした。


「バーノン、大変だわ。フィッグさんが脚を折っちゃって、この子を預かれないって。」


 嬉しくて、パパにもう一度、ありがとうを言おうとしたとき、ママが起こったような困ったような顔で現れ、ハリーをあごで指した。ハリーを預かれない。つまり一緒に動物園に行けるかもしれないと。
 ダドリーはショックらしく、馬鹿みたいに(元々おばかだけれど)口をあんぐり開けていて、ハリーは目を丸くした。私と同じ色の目がらんらんと輝いている。
 毎年誕生日になると、私とダドリーと、あとダドリーの友達と三人で、両親に連れられ、私かダドリーの行きたいところに出かけていた。と言っても三回に二回はダドリーの行きたいところな上、両親の目の届かないところになると“お遊び”し始めるため、これならハリーと一緒にフィッグおばさんのところで、ハリー曰く、目に猫を焼き付けさせられるところで過ごした方がマシだと思う。私は猫がすきだ。
 今年はどうなるのだろう。と私の肩にとまって首を埋めている彼を綺麗な指先で撫でた。

 どうします?とママが、ハリーがまるで仕組んだと言わんばかりに恐ろしい顔でハリーを睨んだ。ハリーはそれでも平然とした顔である。心臓にスチールウールみたいな毛が生えてるんじゃないかと目を疑った。


「マージに電話したらどうかね。」

「バカなこと言わないで。マージはこの子を嫌ってるのよ。」

「それなら、ほれ、なんていう名前だったか、お前の友達の……イボンヌ、どうかね。」

「バケーションでマジョルカ島よ。」

「僕をここに置いていったら。」


 ハリーを無視して話を進めようとした二人の話にハリーが割り入る。僕をここに置いていったら。と。私だって出来るならそうしたい。というよりダドリーと違う場所ならなんだっていい。


「それで、帰ってきたら家がバラバラになってるってわけ?」


 まさか、ハリーにそんな力がないだろうに。ママは、それが本当に起こりかねないと思っているような顔だった。ハリーは勿論そんなことを起こすわけがないと主張するのだけど、誰も、私くらいしかハリーの言うことを聞いていなかった。


「動物園まで連れて行ったらどうかしら……それで、車の中に残しておいたら……。」

「しかし新車だ。ハリーを一人で中に残しておくわけにはいかん……。」


 ダドリーが大声で泣き出した。とてもうるさい。ブルドックが吠えてるみたいだった。どうせウソ泣きだ。ここ何年も本当に泣いたことなんてない……いや、私が本気で怒った時は泣いて失禁していたことはあったけれど、こんなことで泣いたことなんてない。涙なんて出さなくても顔を歪めてメソメソすれば、ママがほしいものは何でもくれることを知っているのだ。


「ダッドちゃん、ダドリーちゃん、泣かないで。ママがついてるわ。おまえの特別な日を、あいつなんかにだいなしにさせたりやしないから!」

「ぼく……いやだ……あいつが…く、く、くるなんて!」


 ママがダドリーを抱きしめ、ダドリーはしゃくりあげるふりをしてわめいた。なんて三文芝居なんだろう。ハリーを見ると彼もそう思ったらしい。お互い笑いを堪えるのに必死だった。ダドリーの今年の誕生日プレゼントの一つの八ミリカメラでその顔を撮ってばらまいてしまいたい。


「いつだって、あいつが、めちゃめちゃにするんだ!」


 ママの腕の間から、ハリーに向かって意地悪くニヤリと笑った。本当にもう、十一歳だと言うのにまるで昔とやっていることは変わらない。
 玄関のベルが鳴って、ママは、なんてことでしょう。と大慌てだった。ダドリーの一の子分、ピアーズ・ポルキスが母親に連れられて部屋に入ってきた。ダドリーはたちまちウソ泣きを止めた。

 三十分後、車の後部座席にピアーズ、ダドリー、私、ハリーが並んだ。プレゼントにもらった子は、どうやらすでに私の部屋を家として認識したらしく、放せば棚の上に止まった。名前は帰ったら考えようと思う。

 後部座席に四人が座っている割に案外広いのはたぶん、ダドリーの分を補って余りあるくらいにピアーズとハリーがガリガリだからだった。ハリーが隣でそわそわしている。ハリーは動物園に行くのが生まれて初めてなのだ。ハリーにしても私にしても、信じられないくらい幸運だった。ハリーは初めて預けられなかったし、私は“お遊び”から逃れられる。結局、パパもママもハリーをどうしていいかほかに思いつかなかったのだ。ただ、パパは出発前にハリーをそばに呼んで忠告して(というよりも脅して)いたけれど。

 うちの両親はハリーをまともな人間じゃないと思っている。確かに、昔、ママが彼の髪を前髪以外短く切った時、翌日には元のボサボサになっていた。一週間物置に閉じ込められていた。
 私もさすがにハリーは普通とは違うのだろうとは思ってはいる。だって、ハリーも私も、大抵ダドリーの、着たくもないブカブカの服をお下がりで与えられるのだが、昔、あまりにも着たくなかったらしいハリーにママが茶色でオレンジ色の毛玉のついた、古くなる前にしてもどこで買ったかも知れないセーターを着せようとしたら指人形サイズにまで縮んでしまったし、学校でダドリー軍団に運悪くハリーだけが標的になったときにはいつの間にか食堂の屋根の煙突に腰掛けていたし、私とハリーが四歳だったとき、いつものようにダドリーにしてやられてお気に入りの灰色の猫のぬいぐるみがぐしゃぐしゃにされ、私が泣いたとき、何故か私が灰色の子猫になったこともあった。私は喋れないものだから余計にわけがわからなくて、ハリーもよくわからないまま物置。家族はハリーが私をそうしたと思ってたらしかった。すぐに元に戻ったが、私は猫がすきなので、もっと猫でいたかったのになあと思った。


「僕、オートバイの夢を見たよ。」


 ダドリーと目を合わせるとまた面倒なので、ピアーズとともに腿を抓ってくるのを、触んな不愉快。この変態。と一蹴して窓の見ていたときだった。後ろからオートバイが抜かしてきたからだろう、ハリーがそう言った。


「空を飛んでたよ。」


 途端に急ブレーキがかかって腰が浮く。危ない危ない、もうすぐで前の車にぶつかるところだった。


「オートバイは空を飛ばん!」


 パパは真っ赤になってハリーを怒鳴り付けた。うちの両親はハリーが質問するのを嫌っていたが、まともでない行動をする話をもっと嫌っていた。私からすればちょっと頭が堅いとか、もう少しやんわりした言い方でもいいじゃないかとも思うのだが、昔に何かあったのだろうと押し黙った。隣でダドリーとピアーズがクスクス笑っていた。

 その日は天気もよく、土曜日で、だから動物園は家族連れで混み合っていた。ダドリーとピアーズは入口ですでにチョコレート・アイスを買ってもらっていて、私はバニラを買ってもらった。後でみんなの目の届かないところでハリーにあげようと思ったのだ。だけど、幸運なことにハリーをアイス・スタンドから遠ざけるのに少し遅れて、愛想のいい売り子のおばさんが、坊やは何がいい?と聞いたので、ママは仕方がないという風に安いレモン・アイスをハリーに買い与えた。
 ついでに言うと、お昼ではダドリーがパフェが小さいと癇癪を起こし、パパがもう一つ買うはめになり、ハリーはパフェのお下がりを食べることが出来たのだ。後で聞いたら、こんないいことばかりが続くはずないよ。だった。
 実際、その通りで、昼食の後で爬虫類館を見たのだが、そこで事件は起こった。館内はひんやりとしていて肌寒く、暗かった。ダドリーとピアーズは巨大な、そして猛毒を持つコブラと、人間でも絞め殺しそうな太いニシキヘビに興味を示し、見たがった。ダドリーはすぐに館内で一番大きなヘビを見つけた。が、今は何かに巻き付いて締めあげる気分ではなかったらしく、体をまとめて眠っている。


「動かしてよ。」


 ダドリーにはそれがどうしてもつまらなかったようで、パパにせがんだ。パパはガラスをトントン叩いたが、ダメだった。
 ダドリーが、もう一回やって。と命令する。パパもやめればいいのに、今度はドンドンとガラスを叩いた。なんでも言うことを聞いてるからダドリーに舐められるのだ。うちのヒエラルキーの頂点がダドリーだなんて、さいあくだ。ヘビは依然、眠り続けたままだった。それに興味を失せたのか、つまんないや。と文句を垂れながら他に向かう。ダドリーにはどんな時でも無視が一番きくことは私が一番身をもって知っていた。

 ガラスの前に指先を持っていくと、私の目の前のアオダイショウはかま首をもたげ、私の指先に向かって舌を出したり引っ込めたりしている。指を右に持っていけば右に、左に持っていけば左に顔を向けたのが少し可愛らしかった。背後から巨大な影が私に被った。


「早くハリーと一緒に向こうのヘビでも見てろよ。」


 そしてこづかれる。双子と言ったって、育て方が違えば成長も違うのだ。ダドリーは他の子と比べて大きかったが、私は小さかった。体格が違えば力の差も歴然で、私にとってダドリーのこづく行為は突き飛ばされるのと同意。つまり私は転んだ。
 別に体がみんなより小さいことは気にしていない。むしろダドリーと違えば違うほど私にはよく思えた。体格差で負けることだけは悔しかったけれど。

 仕方なしにハリーのところに向かえば、ハリーは口から空気の抜けるような、ヘビが出すそれとよく似た音を出していた。ヘビが大きく頷く。


「ハリー?」


 ハリーはこちらを見て目を輝かせていた。ヘビが、喋ってくれるんだ。とうとうハリーは壊れてしまったのかもしれない。でも確かにさっきのヘビの動きは会話を理解してるようにも見えた。
 再びハリーがシューシューと空気の擦れる音を口から出した。聞けば、私を紹介していたらしい。ヘビがぺこりと、どう考えてもお辞儀にしか見えない動きをしたので、私も頭を下げた。


『君はどこから来たの?』


 ヘビはガラスケースの横にある掲示板を尾でつついた。ハリーがまたシューシュー言う。ヘビがもう一度尾で掲示板を続いた。ブラジル産ボア・コンストリクター。大ニシキヘビ。このヘビは動物園で生まれました。出生地か名前でも聞いてるのかもしれない。


『そうなの…じゃ、ブラジルに行ったことがないんだね?』


 ヘビが頷いて、後ろで耳をつんざくような大声がした。ヘビもハリーも私と同じように飛び上がりそうになった。


「ダドリー!ダーズリーおじさん!早く来てヘビを見て!信じられないようなことをやってるよ!」


 ピアーズの声にダドリーがドタドタと、それなりに走ってきた。全速力だったのだろう、息が切れている。


「どけよ!」


 そして再び尻餅をついた。ハリーが不意討ちで肋骨にパンチを食らったらしい。リバーブローだなんて卑怯だ。向こう脛を蹴ってやろうかと思った思った時だった。
 ダドリーとピアーズは注意書きにガラスに触るなと書いてあるにも拘らず、寄り掛かっていたのだが、突然、叫んだのだ。
 ニシキヘビのケースのガラスが消えていた。それに気付いたらしいヘビはスルスルと外に這い出した。ヘビだ!とか、逃げろ!とか、人が叫びをあげて出口に向かって逃げ出した。
 ヘビはハリーの前で一度止まり、シューシューと低い声で何かを言った。


「…なんて、言ったの?」

「ブラジルに行くって。ありがとよ、アミーゴって言われちゃった…。」

「そっか、ブラジルはポルトガル語だもんね。」


 私もあれで混乱していたらしい。何語だとかどうでもいいことを口走っていた。ダドリーもピアーズも勿論混乱していて車に全員戻った時には、ヘビに脚を食いちぎられそうになった。だの、ヘビが絞め殺そうとした。だのと、通りがかりざまに二人の踵に噛み付くふりをしただけだというのに、だいぶ…というかかなり誇張して伝えていた。しかし後で、そのまま混乱してればよかったのにと思うことになる。


「ハリーは……、あ、もしかしたらデイジーは、二人共かもしれないけど、ヘビと話してた。そうだろ?」


 これが私達にとってどんな結末を連れてきたのか想像に容易かった。
 私は部屋で、ハリーは物置で謹慎。食事抜き。私なんか完全にとばっちりだ。違うと言っても取り合ってくれさえしなかった。どちらかだけでも自由な行動が出来れば食事抜きは回避できたのに。普段のハリーの不当な扱いに再び同情した。


「時間を有意義に使ってお前の名前を決めようね。」


 赤い赤いその子を撫でると、目を細め、何も知らずにうっとりしていた。






やりたくなった。
20110809
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