目を開くと低い真っ白い天井、と言うわけではなく、酷く見慣れた高い天井出会った。頭が重く、起き上がれば布団が体から剥がれ、ぶるりと寒気が走る。
医務室か。と漸くベッドの横に置いてあった薬のボトルを見て、何となくわかった。私の他に、人は…ハリーとマダム・ポンフリーぐらいだった。なんというか、寂しいなあ。
ハリーは身体中に傷をつくって死んだように寝ていた。そう考えたら、…まさか、本当に死んでるんじゃ、と途端に不安になる。ベッドを降りたら、どこから駆け付けたのか、マダム・ポンフリーが大層ご立腹なさったお顔で私を押し戻した。


「意識が戻ったのなら、いち早く教えなさいとあれ程言ったのに!」

「っひ、(き、聞いたことねえ…!)」

「全く、あなたほど私に感謝しなければいけない人は一年生にいないでしょうよ。」


ガミガミと十分ほど説教を受けてから、飲んで。とどぎつい紫の液体の入ったグラスを渡される。躊躇していると、無理矢理押し込まれた。あ、アップルジュースみたいな味だ。
されるがままに体温を計られ、着替えさせられ、蒸しタオルで身体を拭かれた。だいぶ下がったわね。と言われて教えられた体温は三十八度だった。一体私は何度を叩きだしたのだろう。


「このくらいなら明日にでも平熱になりますよ。」

「今日ってもしかして最後の授業じゃ、」

「ダメです。話によれば、兆候があり、忠告もあり、それでも放置した上に徹夜したそうですね。私、」

「あの!」

「あら、どうかした?」

「もう十二分にわかってるんで、…もう、いい…です。」


これ以上、再び怒られるのは精神的にとてもつらいものがあった。遮るとマダム・ポンフリーは少し間を置いてから、よろしい。…そういえば、あなたにお客さんですよ。と医務室の扉を開けた。
その後、ロンとハーマイオニーに最後のクィディッチの試合でシーカーのいないグリフィンドールがレイブンクローにやられ、寮対抗の優勝がスリザリンだという話を聞いている間、とある双子がハリーにとトイレの便座を持ってきて、衛生的でないとポンフリーに怒られるのである。


二日後、朝食を食べ終え、昨日と同じようにハリーのお見舞いに向かった。少し鼻がぐずぐずしているけれど、私は元気だったので昨日の夜明けと同時に退院することができたのだ。医務室に行く途中でダンブルドア先生に会い、ハリーが目覚めたと教えてもらった。


『ハリー!』


ハーマイオニーは興奮すると誰彼構わず抱きつく癖があるのだけれど、今回は思い止まったようで、ゆっくりバグを交わしただけだった。


「あぁ、ハリー。私達、あなたがもうダメかと……デイジーなんか死んでるんじゃないかって何度も確認してたわ。」

「ちょっと。三回だけ!」

「はいはい。ダンブルドア先生もとても心配してらっしゃったのよ。」

「学校中がこの話でもちきりだよ。本当は何があったの?」


事実が、突飛な噂話よりずっと不思議でドキドキするなんて滅多にないと校内ではその話一色だった。話を聞くかぎりじゃフィクションの冒険もののようだけれど、ハリーはそれを身を以て体験したのだ。おぞましいったらありゃしない。


「それで君達の方はどうしたんだい?デイジーったら入院したんだって?」

「えぇ、私、ちゃんと戻れたわ。ロンの意識を回復させようとしたらカプリコが来たの。彼が私達を引っ張って、歌うように鳴いて、それで廊下を出てすぐデイジーとマクゴナガル先生とそれからジョージにあったわ。マクゴナガルがすぐに地下に向かって、私はダンブルドアに連絡をとるために手紙を書いてカプリコに渡したの。そしたらデイジーが倒れちゃって、少し手間取ったけれど、今度こそロンの意識を回復させて医務室に向かったら玄関ホールでダンブルドアに会ったのよ。肩にカプリコを乗せていた彼にね。ダンブルドアはもう知っていたわ。ハリーはもう追い掛けていってしまったんだね。とそれだけ言うと、矢のように四階にかけていったわ。」

「ダンブルドアは君がこんなことをするように仕向けたんだろうか?だって君のお父さんのマントを送ったりして。」

「もしも…、もしも、そんなことをしたんだったら…言わせてもらうわ。ひどいじゃない。ハリーは殺されてたかもしれないのよ。」

「でも、マントがなくたって、私達は調べて、石に辿り着いただろうし、あそこにハリーは行ったと思うよ。」


だろうね。とハリーが頷いた。


「そういう悪意があって仕向けたわけじゃないよ、きっと。
ダンブルドアって、おかしな人なんだ。たぶん、僕にチャンスを与えたいって気持ちがあったんじゃないかな。あの人はここで何が起きているか、ほとんですべて知っているんだと思う。僕達がやろうとしていたことを、相当知っていたんじゃないのかな。僕達を止めないで、むしろ僕達の役に立つよう必要なことだけを教えてくれたんだ。鏡の仕組みがわかるように仕向けてくれたのも偶然じゃなかったんだ。僕にそのつもりがあるのなら、ヴォルデモートと対決する権利があるって、あの人はそう考えていたような気がする…。」


それを聞いて、あぁ、ダンブルドアってまったく変わってるよな。とロンは誇らしげに言った。


「明日は学年末のパーティーがあるから元気になって起きてこなくちゃ。得点は全部計算がすんで、もちろんスリザリンが勝ったんだ。君が最後のクィディッチの試合に出られなかったから、レイブンクローにこてんぱんにやられてしまったよ。でもごちそうはあるよ。」


その時、マダム・ポンフリーが勢いよく入ってきて、キッパリと言った。


「もう十五分も経ちましたよ。さあ、出なさい。」


その夜、ハリーはやたら遅く学年度末パーティーに一人でやってきた。一瞬、シンと静まり、再び一斉に騒ぎ出した。スリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いらしく、広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーでいっぱいだ。ハイテーブルの後ろの壁なんか、スリザリンのヘビを描いた巨大な横断幕で覆われている。さっき会ったマルフォイに、俺達勝ったんだぜヘイヘイみたいな嫌味をいくらか言われたけれど、しょうもない小さなことは忘れることにしようと思った。

ハリーはグリフィンドールのテーブルで、ロンとハーマイオニーの向かいで私の隣に座る。みんながハリーを見ようと立ち上がっているのを無視しようとしていたので、そりゃないぜヒーロー。と言ったら、ロンにフレッドみたいと言われた。そりゃないぜアナザーヒーロー。フレッドは反面教師の対象であって、ああなりたいとは思わない。たぶん。時々、あれくらい好き勝手できたら楽しいんだろうなとは思うけれど。

すると、ダンブルドア先生が現れて、騒がしさが消えていった。


「また一年が過ぎた!
一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれの戯言をお聞き願おう。何という一年だったろう。君達の頭も以前に比べて少し何かが詰まっていればいいのじゃが……新学年を迎える前に君達の頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。
それではここで寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。点数は次のとおりじゃ。
四位、グリフィンドール、三一二点。三位、ハッフルパフ、三五二点。レイブンクローは四二六点。そしてスリザリン、四七二点。」


スリザリンのテーブルから嵐のような歓声と足を踏みならす音が上がった。マルフォイがゴブレットでテーブルを叩いているのをハリーも見えていたらしく、胸クソ悪くなるね。と舌打ちをしていた。とんだイービルヒーローである。


「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて。」


広間がシーンと静まり返り、スリザリン寮生の笑いが少し消えた。えへん、とダンブルドア先生が咳払いする。と同時に私はくしゃみをしてしまい、恥ずかしさのあまり死にたくなった。


「…えへん、駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと、そうそう……まず最初は、ロナウド・ウィーズリー君。」


おおお。と小さく一人でロンに拍手を送っていると、ロンの顔が赤くなったのに気が付いた。まるでラディッシュみたいな色だった。


「この何年か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに五十点を与える。」


グリフィンドールの歓声は、魔法をかけられた天井を吹き飛ばしかねないぐらいだ。思わず耳を塞いでも、まだ聞こえた。七人向こうでパーシーが、僕の兄弟さ!一番下の弟だよ。マクゴナガルの巨大チェスを破ったんだ!と他の監督生に言うのが聞こえてくる。さらにそのまた三つ向こうで、パースのアレは恥ずかしいったらありゃしない。病気じゃないのか?と双子がわざとらしく頭を抱えていた。


「次に……ハーマイオニー・グレンジャー嬢に……火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに五十点を与える。」


グリフィンドールの寮生が一気に一〇〇点も増え、狂喜乱舞する中、ハーマイオニーは腕に顔を埋めていた。泣いているのだろう。このところ、周りからのあたりがひどかった分、喜びも一入なのかもしれない。


「三番目はハリー・ポッター君。…その完璧な精神力と並はずれた勇気を称え、グリフィンドールに六十点を与える。」


ざっと計算するとスリザリンと全くの同点で、一人、うわ、うあうわ、あわわ、とよくわからない音声を発していた。
ダンブルドア先生が手を上げ、広間が少しずつ静かになる。


「勇気にもいろいろある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に、十点を与えたい。」


大広間が爆発したのではないか、そう思わせても不思議じゃないくらいにグリフィンドールから歓声が湧いた。ハリー、ロン、ハーマイオニーは立ち上がり、ハリーの肘が鼻にぶつかった私は呻く。ああ、クソ。私っていつもこんなだ。
ネビルは驚いて青白くなっていたけれど、みんなに抱きつかれ、人に埋もれて姿が見えなくなった。ネビルは、これまでグリフィンドールのために一点だって稼いだこともなかったから、それだけにうれしい。
ハリーが私とロンを指先でつつき、マルフォイを指差した。


「金縛りの術をかけられたよりももっとひどい顔してる。」

「さっきまで、散々私にスリザリンがどうのって話してきたからなあ。」

「ざまあみろ、さ。」


レイブンクローもハッフルパフも、スリザリンがトップから滑り落ちたことを祝って、喝采に加わっていた。嵐のような喝采の中で、ダンブルドア先生が声を張り上げる。


「したがって、飾り付けをちょいと変えねばならんのう。」


ダンブルドア先生が手を叩いた次の瞬間、グリーンの垂れ幕が真紅に、銀色が金色に変わった。巨大なスリザリンのヘビが消えてグリフィンドールの聳え立つようなライオンが現れる。


「君だって、十分学校に貢献したのにな。」


ロンはそう言ったけれど、全く私は気にしていなかった。勝ちは何点取ったって勝ちだよ。と言おうとすると、あぁ、そうじゃった。と先生が口を開く。


「逼迫した状況下で的確な判断を下し、窮地の友を救ったデイジー・ダーズリーとジョージ・ウィーズリーに十点ずつ、与えようかの。」


思わず、ロンと目を合わせ、地獄耳みたい。と声をそろえてしまった。グリフィンドールのテーブルはさらに盛り上がり、グラスが転がるだけで笑いの渦が生まれた。テーブルの真ん中で、ジョージがビアシャワーの如くジュースをかけられている。行儀もへったくれもない最高の夜だった。


ハリーは最近のごたごたで忘れていたらしいのだけれど、試験の結果が発表された。総合で見ると、ハリーとロンは上の中、ハーマイオニーはもちろん学年トップで次点が私である。ネビルはスレスレで、非常に残念だったけれど、バカで意地悪なゴイルも退校にならずに終わった。ロンに言わせてみれば、人生ってそういいことばかりじゃないよ。だそうだ。
個別に見ると、呪文学、変身術は断トツトップで魔法史やら魔法薬学、薬草学は少しの差でネビルやハーマイオニーに破れ、天文学は凄惨な点数を叩きだした(こればかりはロンだけでなくハリーにも爆笑された。)(ハーマイオニーには天文学の勉強方法を教えられそうになったが、丁重にお断わりした。)


「デイジーの髪、入学した頃は肩より少し下くらいだったのに、今じゃ胸の下まであるわね。」

「そりゃそうだよ。一年も経ってる。」


あっという間に洋服だんすは空になり、拡大魔法で中をめいいっぱい広げたにも拘らず、トランクはいっぱいになった。


「切るの?」

「うーん…どうしようかなあ。」


カプリコに籠に入ってもらい、カシャンと鍵をかけながら答える。どっちでもいい、かなあ。


「こんなにきれいな黒なんだから……真っ直ぐだし、切るのはもったいないわ。」

「それ、ママにも言われるんだ。ちょっとした自慢。」

「じゃあ伸ばしてみたら?というか、伸ばしなさいよ。」

「え、ちょ、……いいけど、別に。」


城を出る寸前で“休暇中魔法を使わないように”という注意書が全生徒に配られる。前にいたフレッドが振り向き、こんな注意書、配るのを忘れりゃいいのにって、いつも思うんだ。と悲しそうに言うので、大いに同意と頷くとフレッドと同じく後ろを見ていたジョージが苦笑していた。

ハグリッドが湖を渡る船に生徒達を乗せ、そして全員ホグワーツ特急に乗り込んだ。しゃべったり笑ったりしているうちに、車窓の田園の緑が濃くなり、こぎれいになっていく。ハリー達がバーティ・ボッツの百味ビーンズを食べているうちに(最初の一粒目で大ハズレを引いた私は二度と食べることはなかった)、汽車はマグルの町々を通り過ぎた。その間にみんなマントを脱ぎ、上着とコートに着替えた。なんだか、遊園地から出た時と同じ気分だなあ。とキングズ・クロス駅の九と四分の三番線のプラットホームに到着した時、そう思った。

堅い壁の中から、いっぺんにたくさんの生徒が飛び出すとマグルがパニックを起こすからと、プラットホームから出るのには少し時間がかかった。年寄りのしわくちゃな駅員が改札口に立っていて、ゲートから数人ずつバラバラに外に送り出していた。


「夏休みにみんな家に泊まりにきてよ。フクロウ便を送るよ。」

「ありがとう。僕も楽しみに待っているようなものが何かなくちゃ…。」

「…あー…、えっと、気持ちはうれしいんだけど、私はダメかも。コンクールがあるの。」


なんの?とロンとハーマイオニーが口を揃えたので、ピアノとバイオリンと…あと美術作品だっけ?とハリーが答える。私は頷いた。


「へぇー、すごいね。見に行ってもいい?」

「絶対いや。」


目を輝かせていたロンは、私がそう即答すると、ちぇ、つまんないの。と口を尖らせた。


「時間が出来たら泊まりに行くよ、絶対にね。」


人の波に押されながら私達はゲートへ向かう。何人かがハリーに声をかけていて、ロンは、今だに有名人だね。とハリーにニヤッとした。これから帰るところでは違うよ。とハリーは言いながら改札を抜け、私達も続く。


「まあ、彼だわ。ねえ、ママ、見て。ハリー・ポッターよ。ママ、見て!私、見えるわ!」


改札口を出ると、あの日見たロンの妹のジニーがハリーを指差しながら金切り声を上げていた。それをウィーズリーおばさんが叱り、私達に笑いかける。


「忙しい一年だった?」

「ええ、とても。」

「休む暇なんかないくらいに。」

「お菓子とセーター、ありがとうございました。ウィーズリーおばさん。」


私も頭を下げ、セーター、お気に入りです。ありがとうございました。と言うと、おばさんは、まあ、どういたしまして。と微笑んだ。私もつられて笑うのだが、ふと嫌な予感がして、急いで前進してから後ろを見た。思い切り蹴ろうとして、勢い余って転けたのだろう。ダドリーが頭をおさえて転げていた。起こしてあげようと腕を引っ張ってあげたら、お前のせいだ!とヘッドバットを食らって最悪な気分になった。こいつ、この一年でまた一回り嫌な奴になったな…。


「準備はいいか。」


ダドリーの後ろから現れたパパが言った。ママはさらに後ろから、ハリーの姿を見るのさえも恐ろしいという様子で立っている。


「ハリーと、デイジーの家族ですね。」

「…まあ、そうとも言えるでしょう。
小僧、さっさとしろ。お前のために一日をつぶすわけにはいかん。」


ハリーにはそう言い、私には、おかえり、デイジー。先に行っとるからな。と頭を撫で、とっとと歩いて行ってしまう。


「デイジーってよくそんなにまともに育ったね。」

「そりゃ、人間性は疑うけど、夫婦仲はいいし、ダドリーもたまに親孝行だしね。ちょっと自分の身の振り方を考えればいいだけだよ。」


おかげさまで人の顔色を窺うのが得意になれました。と言ったら、すごいね。とひどく悲しそうなトーンで返された。それぞれがトランクを握りなおす。


「じゃあ夏休みに会おう。」

「楽しい夏休み……あの……そうなればいいけど。」


ハーマイオニーは、あんな嫌な人間がいるなんて、とショックを受けたのか、小さくなったパパの後ろ姿を不安げに見送りながら言った。


「もちろんさ。」

「ならなかったら私、逃亡するもの。」


私達が顔中を綻ばせると、二人は目を丸くする。


「それもあるけど、僕達が家で魔法を使っちゃいけないことを、あの連中は知らないんだ。」


この夏休みは、ダドリーと大いに楽しくやれるさ。そう言うハリーに、こいつも性格悪くなったなあ。と思った。






さらっとおわらせてみた
20111128
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