うだるような暑さの中、マグルによる偉大なる文明の利器、エアーコンディショナーのない筆記試験の大教室はことさら暑かった。試験用に、カンニング防止の魔法がかけられた特別な羽ペンが配られ、いつも羽ペンは書きづらいからとシャーペンや普通のペンを使っていた私はだいぶ苦戦した。

代わりに実技試験は、この上なくスムーズに終わった。フリットウィック先生は、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかどうかを試験したのだけど、生徒を一人ずつ教室に呼び入れて行ったので緊張しなかったのだ。
マクゴナガル先生の試験は、ねずみを嗅ぎたばこ入れに変えることだった。美しい箱はもちろん点数が高く付けられ、ひげのはえた箱は減点対象になる。一応、他の生徒よりも時間をかけていた教科だったので問題はないだろう。
スネイプ先生は、忘れ薬の作り方を思い出そうとみんな必死になっている時に、生徒のすぐ後ろに回ってマジマジと監視をするので、みんなはドギマギしたらしい。私は魔法薬はもう学問だと思わないで料理と考えるようにした途端、頭に入った。と思う。脳味噌ってすごいよね。

話が変わるけれど、森の一件以来、ハリーは額にズキズキと刺すような痛みを感じているらしい。悪夢も見るそうだ。本人は危険が迫ってるんだと危惧しているけど、ロンやハーマイオニー、私はハリーほど石の心配はしていなかった。確かにヴォルデモートは危険人物だと言うから怖いけど、試験中に他のものに意識を向けていられるほど暇じゃなかったからである。

最後の試験は魔法史だった。思っていたよりは、いくらか易しかったけれど、一時間机に向かって、最後に“鍋が勝手に中身を掻き混ぜる大鍋”を発明した風変わりな老魔法使い達についての答案を書き終えると机の突っ伏した。すべて終了だ。やっと終わった。一週間後の答案返却までは何も気にせず、自由な時間を過ごせる。
幽霊のビンス先生が、羽ペンを置いて答案羊皮紙を巻きなさい。と言った時には、みんな思わず歓声を上げたらしいが、私は爆睡していて何の感慨もなかった。なんか…ちょっと、寂しい。誰か起こしてくれたっていいと思う。


「思ってたよりずーっとやさしかったわ。一六三七年の狼人間の行動綱領とか、熱血漢エルフリックの反乱なんか勉強する必要なかったんだわ。」


暖かな陽射しの中、他のたくさんの生徒と一緒に校庭に出るとハーマイオニーがそう口を開いたので、疲れ切った意識を総動員して、そうですね。と答える。
ハーマイオニーはいつものように、試験の答合わせをしたがったけれど、ロンがそんなことをすると気分が悪くなると言ったので、たぶん今夜夜中まで突き合わされるのだろう。寝不足で頭が痛いのになあ。

私達は湖までブラブラ降りて行って、木陰に寝転んだ。するとウィーズリーの双子とリーがいつの間にかやってきて、あれよあれよと湖の傍まで連れていかれた。暖かな浅瀬では日向ぼっこをしている大イカの足がたまに水をパシャパシャ言わせている。
四人一緒になって大イカの足をくすぐっていると、大イカに足を掬われ、そのまま私だけが転んでびしょ濡れになった。もちろん爆笑するので、面白いやら恥ずかしいやらでどうしようもなくなった。くっしょん!とくしゃみが出たのでジョージとリーに水から出ることを勧められ、素直に従う。まあ、いくら陽射しが暖かくても、テスト明けで熱っぽいから悪化したら洒落にならないしね。
ローブを絞って水気をきっていると、最初から濡れることを想定して持ってきていたらしいタオルを頭に被せられた。真っ赤な髪をしていたので、双子のどちらかだろう。さらに言うと、髪の拭き方がなんだかとっても荒っぽかったのでフレッドだろう。ちょっと痛い。


「もたもたしないで早く拭けよ。ただでさえ体調崩してるんだからさ。」

「もたもたしてないよ。全身全霊を持って、痛っ!」

「あ、ごめん。髪引っ掛かった。」

「デイジー、そのローブ脱いでジョージの羽織れよ。俺達のは脱がなかったから濡れちゃってるんだ。」

「え?ああ、うん。」

「体格違いすぎるから、だいぶ余るだろうけどね。」


てきぱきと三人に髪を拭かれ、ローブを取られ、シャツの上からタオルを掛けられて、さらにローブを与えられる。ちょっと恥ずかしい。なんだかこの状況がくすぐったくて、へらへらしていたら、なんかムカつくなあ。とフレッドに頭を叩かれた。


「だって、なんか、お兄ちゃんがいっぱいできた気分。」


あまりちやほやされた記憶がないので、いいね、こういうの。と俯いたら、かわいいことを言うじゃないか、妹よ。とリーにこづかれる。フレッドはやたらジョージに絡んでいた。段々エスカレートして、肩を叩く力が痛くなってきたから、しつこい!と頭突きしてやった。
とりあえず、磯臭くなるぞ。とジョージにシャワーをおすすめされたので、ハリー達の元に荷物を取りにいく。私が近づくとハリーが突然立ち上がったので、思わず半歩下がった。


「君って鈍臭いよね。」

「いきなり何かと思ったらそれですか。」


どこか行くの?とハリーに尋ねれば、眠たそうなロンの声と被った。今、気づいたことがあるんだ。そう言うハリーの顔は、さっきの無神経な発言はなんだったんだと思うくらいに、サッと真っ青になる。


「すぐ、ハグリッドに会いに行かなくちゃ。」

「どうして?」


足早に歩きだすハリーに追いつこうと息を切らしながらハーマイオニーが聞いた。幸か不幸か、ご丁寧に私の手を引き、荷物を持ち、だ。もしかすると彼女はさっきのハリーの鈍臭い発言を気にしているのだろうか。さすがに私だってそんなに頻繁に何もないところで転んだりなんかしない。心外である。
おかしいと思わないか?ハリーが草の茂った斜面をよじ登りながら言った。


「ハグリッドはドラゴンが欲しくてたまらなかった。でも、いきなり見ず知らずの人間が、たまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現われるかい?」

「あ、ドラゴンの卵が入るポケットってなかなかないもんね。」

「そういう事じゃないってば。ちょっと君黙っててよ。
魔法界の法律で禁止されているのに、ドラゴンの卵を持ってうろついている人がザラにいるかい?ハグリッドにたまたま出会ったなんて、話がうますぎると思わないか?」


どうして今まで気づかなかったんだろう。と吐き出すように言うハリーに、何が言いたいんだい?とロンが聞く。ハリーがそれを無視して校庭を横切って森に全力疾走したので、私が懇切丁寧に説明してあげた。
つまり、都合が良すぎる偶然も、ドラゴンの卵の持ち主がフラッフィーの宥め方を聞き出すために意図的にハグリッドに近づいたとしたなら、違和感なく綺麗に辻褄が合うということだ。まあ、走りながら喋ったので、息続かなくて、ちゃんと意味が伝わったかは知らないけれど。

ハグリッドは家の外にいた。肘掛椅子に腰掛けて、ズボンも袖もたくし上げて、大きなボウルを前において、豆のさやを向いていた。


「よう。試験は終わったかい?お茶でも飲むか?」

「うん。ありが、」

「ううん。僕達急いでるんだ。」


ロンの言葉を遮ってハリーが、ハグリッド、聞きたいことがあるんだけど、ノーバートを賭けで手に入れた夜のことを覚えているかい?トランプをした相手ってどんな人だった?と尋ねる。ハグリッドは、わからんよ。マントを着たままだったしな。とこともなげに答えた。よくまあそんな見るからに怪しげな人と賭けなんかできるものだと絶句していると、ハグリッドは少し眉を動かす。


「そんなに珍しいこっちゃない。ホッグズ・ヘッドなんてとこにゃ……村のパブだがな、おかしなやつがウヨウヨしてる。もしかしたらドラゴン売人だったかもしれん。そうだろう?顔も見んかったよ。フードをすっぽりかぶったままだったし。」


ハリーが豆のボウルのそばにへたりこんだ。


「ハグリッド。その人とどんな話をしたの?ホグワーツのこと、何か話した?」

「話したかもしれん。……うん、わしが何をしているのかって聞いたんで、森番をしているって言ったな。そしたらどんな動物を飼ってるかって聞いてきたんで、…それに答えて……それで、ほんとはずーっとドラゴンが欲しかったって言ったな。それから……あんまり覚えとらん。何せ次々酒を奢ってくれるんで……そうさなあ、…うん、それからドラゴンの卵を持ってるけどトランプで卵を賭けてもいいってな。でもちゃんと飼えなきゃだめだって、どこにでもくれてやるわけにはいかないって。だから言ってやったよ。フラッフィーに比べりゃ、ドラゴンなんか楽なもんだって。」

「それで、そ、その人はフラッフィーに興味あるみたいだった?」


漸くこちらの欲しい話が頭を出してきて、ハリーは気持ちが逸るのを抑えながら、なるべく落ち着いた声で尋ねる。そりゃそうだ。とハグリッドは大きく頷いた。


「三頭犬なんて、たとえホグワーツだって、そんなに何匹もいねえだろう?だから俺は言ってやったよ。フラッフィーなんか、なだめ方さえ知ってれば、お茶の子さいさいだって。ちょいと音楽を聞かせればすぐねんねしちまうって……、」


ガン、と中身がいっぱいに入ったヤカンを思い切り頭にぶつけたようなショックを私は受けた。ほらね、おっちょこちょい。どこかで口を滑らしてるって思ったんだ。
同時にハグリッドは、しまった大変だという顔をして、おまえ達に話しちゃいけなかったんだ!と慌てて言った。ハグリッドに引き止められる前にハリーが走りだし、先ほどと同じようにハーマイオニーが私の手を引いている。後ろの方でハグリッドが、忘れてくれ!おーい、みんなどこにいくんだ?と言っているのが聞こえた。

玄関ホールに着まで、誰も口を開かなかった。ハリーが、ダンブルドアのところにいかなくちゃ。と呟く。校庭の明るさに比べると、ホールはなんだか冷たくて陰気で、寒気がした。


「ハグリッドが怪しいやつに、フラッフィーをどうやって手懐けるか教えてしまった。マントの人物はスネイプかヴォルデモートだったんだ。ハグリッドを酔っぱらわせてしまえば、あとは簡単だったに違いない。ダンブルドアが僕達の言うことを信じてくれればいいけど。ベインさえ止めなければ、フィレンツェが証言してくれるかもしれない。」


校長室はどこだろう?と言うハリーに、辺りを見回してから、さあ?と答える。先生がどこで寝起きしているのか聞いたことがないし、誰かが校長室に呼ばれたという話も聞いたことがなかった。
こうなったら僕達としては、とハリーが何かを言い掛けた時、急にホールのむこうから声が響いてきた。


「そこの四人、こんなところで何をしているの?」


山のように本を抱えたマクゴナガル先生だ。先生は私を見ると目を丸くしてから、本を支えながらも杖を振るい、私の服を乾かした。先生が杖を懐にしまうと、ハーマイオニーが勇敢にも(と私達は思ったのだ)、口を開く。


「ダンブルドア先生にお目にかかりたいんです。」

「…ダンブルドア先生にお目にかかる?」


理由は?とマクゴナガル先生は訝しげな目を向けてくる。ハリーが、ちょっと秘密なんです。と言った途端、マクゴナガル先生の鼻の穴が膨らんで、思わず目を瞑った。


「ダンブルドア先生は十分前にお出かけになりました。魔法省から緊急のふくろう便が来て、すぐにロンドンに飛び発たれました。」

「先生がいらっしゃらない?この肝心な時に?」

「ポッター。ダンブルドア先生は偉大な魔法使いですから、大変ご多忙でいらっしゃる、」

「でも重大なことなんです。」

「ポッター。魔法省の件よりあなたの用件のほうが重要だと言うんですか?」


ハリーは少し言葉をつまらせると、実は…、と吹っ切れたように口を開いた。


「賢者の石の件なのです。」


先生の手からバサバサと本がこぼれ落ちる。さすがの先生も予想外だったらしい。先生は本を拾おうともせず、どうしてそれを…?としどろもどろに言った。


「先生、僕の考えでは、いいえ、僕は知ってるんです。スネ……いや、誰かが石を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話ししなくてはならないのです。」


まだ狼狽しているのだろう。先生は驚きと疑いの入り混じった目を向けていたけれど、しばらくして、ゆっくり口を開いた。


「ダンブルドア先生は、明日お帰りになります。あなた達がどうしてあの石のことを知ったのかわかりませんが、安心なさい。磐石の守りですから、誰も盗むことはできません。」

「でも先生、」

「ポッター。二度同じことは言いません。三人とも外に行きなさい、せっかくのよい天気ですよ。
ああ、ダーズリー。あなたにはお話があります。」


いきなり自分のファミリーネームが呼ばれ、肩が跳ねた。この流れだと怒られるのかな。思い当たる節がありすぎて思い出せない。小さい声で、は、はい。と返事をして、先生が屈んで本を拾うのを手伝った。




「ポッター!ウィーズリー!」


マクゴナガル先生が吠えた。話が終わって(うれしいことに悪い話ではなかった)、私の体調がどうもすぐれなさそうだと思ったらしい先生に寮まで送ってもらっていた。その途中、ハリーとロンがフラッフィーを隔離している(と話に聞いている)ドアの前にいるのに出くわしたのだ。二人で話していたときとは一変、火でも吹かんばかりの勢いだった。どうやら今度こそ堪忍袋の緒が切れたらしい。


「何度言ったらわかるんです!たとえ私でも破れないような魔法陣を組んでいるとお思いですか!こんな愚かしいことはもう許しません!もしあなた達がまたこのあたりに近づいたと私の耳に入ったら、グリフィンドールは五十点減点です!ええ、そうですとも、ウィーズリー。私、自分の寮でも減点します!」


さあ行きなさい!ダーズリー、二人を真っ直ぐ寮に連れて行ってください。頼みましたよ。と言葉を投げ掛けられた。とりあえずこの場を離れるべきだと思い、二人の手を引いて、談話室に戻った。


「どうしてあそこに行っちゃったの。」

「だってスネイプが仕掛け扉を破るなら今夜だって、君は思わないのかい?」


少し咎めるように言えば、奴に石が盗られたら終わりなんだ。と苦々しげに答える。私は溜息を吐いた。


「まあ、動くなら今夜だろうね。」


へぐしっ!とくしゃみをしてからティッシュを取って鼻をかんだ。先生方の仕掛けも解く方法もわかったし、フラッフィーは宥められる。ダンブルドア先生はいない。たぶんその状況も意図的に作ったんだろう。


「でも、全部静まった深夜に動くと思うよ。ハリー、何を焦ってるの?今、待ち構えたところで、相手が動くのが夜なんだから、それってあんまり賢明じゃないと思うよ。実際問題、怒られたしね。
やるなら、今夜。誰にも見つからないように透明マントを被ってね。」

「冗談。君って、そんなに悪だったっけ?」


ハーマイオニーもそうだけど、君達って注意する側の人達じゃなかったかな?とロンがニヤニヤする。


「私、伊達にいい子ちゃんやってきたんじゃないのよ、ロニーちゃん。」

「…ちょっと、デイジーまでその呼び方!やめろよ!」

「気が向いたらね。
まあ、とにかく、要するにバレなきゃいいの、バレなきゃ。」

「こんな奴が優秀だって依怙贔屓されるんだから、世の中どうかしてるよな。」

「依怙贔屓なんかされてないよ!」


ところでハーマイオニーは?と気難しげな顔をしているハリーに尋ねると、あっ!と声を上げて、まだスネイプ先生を見張っていると告げた。その直後、太った婦人の肖像画がパッと開いてハーマイオニーが入ってきたのだが。


「ハリー、ごめん!スネイプが出てきて、何してるって聞かれたの。フリットウィック先生を待ってるって言ったのよ。そしたらスネイプがフリットウィック先生を呼びに行ったの。だから私、ずっと捕まっちゃってて、今やっと戻ってこれたの。スネイプがどこに行ったかわからないわ。」


じゃあ、もう僕が行くしかない。そうだろう?とハーマイオニーの言葉を聞いたハリーが言った。何がどう、そうだろう?に繋がるのかがいまいち不明だったので、ロンとハーマイオニーを見れば、ハリーをじっと見つめていた。血の気の失せた顔に、私と同じ緑の瞳が燃えている。


「僕は今夜ここを抜け出す。石を何とか先に手に入れる。」

「…手に入れるのを邪魔するんじゃなくて、手に入れるって?そんなのすぐ取られちゃうよ。」

「気は確かか!」

「だめよ!マクゴナガル先生にもスネイプにも言われたでしょ。退校になっちゃうわ!」

「だからなんだっていうんだ!?」


ハリーが叫んだ。思わず耳を塞いだけれど、すぐに声は元の大きさに戻ったので、ゆっくりはずす。わからないのかい?とハリーが眉間に皺を寄せた。


「もしスネイプが石を手に入れたら、ヴォルデモートが戻ってくるんだ。あいつがすべてを征服しようとしていた時、どんなありさまだったか、聞いてるだろう?退校にされようにも、ホグワーツそのものがなくなってしまうんだ。ペシャンコにされてしまう。でなければ闇の魔術の学校にされてしまうんだ!減点なんてもう問題じゃない。それがわからないのかい?グリフィンドールが寮対抗杯を獲得しさえしたら、君達や家族には手出しをしないとでも思ってるのかい?
もし僕が石にたどり着く前に見つかってしまったら、そう、退校で僕はダーズリー家に戻り、そこでヴォルデモートがやってくるのをじっと待つしかない、死ぬのが少しだけ遅くなるだけだ。だって僕は絶対に闇の魔法に屈服しないから!

……今晩、僕は仕掛け扉を開ける。君達が何と言おうと僕は行く。いいかい、僕の両親はヴォルデモートに殺されたんだ。」


ハリーが私達を睨み付け、私は顔を顰めた。別に、何も批判してないんだから睨まなくてもいいじゃないか。
ハーマイオニーは、そのとおりだわ、ハリー。と消え入るような声で同意した。


「僕は透明マントを使うよ。デイジーの言うとおりね。マントが戻ってきたのはラッキーだった。」

「でも四人全員入れるかな?」

「ノーバートの一件以来見てないけど、全員は相当きついよ。もって三人が限度じゃない?」

「全員って……君達も行くつもりかい?」

「なあに?一人で格好付けに行って死にたかったの?」

「バカ言うなよ。君だけを行かせると思うのかい?」

「もちろん、そんなことできないわ。私達がいなけりゃ、どうやって石までたどり着くつもりなの。」


こうしちゃいられないわ。とハーマイオニーが本を調べに図書館へ行こうとするので、ハリーが引き止めた。


「でも、もしつかまったら、君達も退校になるよ。」

「何を今更。愛校心だとか何とかでっち上げて逃げ切るに決まってるでしょうよ。」

「というか、本当に退校にするかしら。」


あまりにもハーマイオニーが、さっきとはうって変わって自信有りげに言う。どうして?と聞いたら、彼女はクスクス笑った。


「フリットウィックがそっと教えてくれたんだけど、彼の試験で私は百点満点中百十二点でデイジーは二百七点だったんですって。誉めてらしたわよ。これじゃ少なくとも私達を退校にはしないわ。」

「……百点満点なのに二倍ってなに?どういうこと?」

「キモチワルイってことじゃないかな。」

「殴るぞ、ロン。」


バシンとロンの頭(背伸びしてやっと届く)を平手で叩くと、勘弁してくれよ。と苦笑いされた。


「でも変な試験だね。名前を綺麗に書いたら五点もらって百五点になったことはあるけど、へんなの。」

「なによ。素直に誇りに思えばいいじゃない。」

「別に普通にうれしいよ。」

「あらそう。
…あ、そう言えばデイジーったら、これから動物もどきの練習入るんですって?マクゴナガル先生がフリットウィック先生に嬉しそうに話してたわ。」


私もあなたみたいに、授業とは別に教えてもらえばよかった!なんて、死ぬだのなんだのとあんな話の後によくそんな平気な顔できるなあと思った。


夕食の後、談話室で私達はみんなから少し離れて座っていた。ハリー、ハーマイオニー、ロンの三人はそわそわ落ち着かない風だったけれど、多くの人達は私達に愛想を尽かしていたので、特に気に掛けられることもなかった。と思う。私の中では石がどうこうだとか、なんだか危険が迫ってるだとか、本当かどうかもわからないことよりも、友達に、少なくとも好かれてはいない現実の方が余程堪えたのだが、三人は違うらしい。ハーマイオニーはこれから突破しなくてはならないかもしれない呪いを一つでも見つけようとノートをめくっていたし、ハリーとロンは二人して黙って、物思いに耽っていた。膝の上で丸くなっているカプリコをそのままに、ティッシュを取って、鼻をかんでからゴミ箱に投げ入れると綺麗に入る。あっ、やった。などと思わずガッツポーズをしたら、またくしゃみが出た。鼻水がとめどなく垂れてくるので、ティッシュに手を伸ばすと口からは何も飛び出していなかった。さっきのが最後だったらしい。カプリコをハーマイオニーに預けて、一度談話室から女子寮に上がって、ティッシュ箱とそれからブランケットを取りにいく。


「大丈夫?」

「……わかった、ジョージだ。」


私を追って階段を上ってくる彼にそう言えば、少し嬉しそうに、正解。と微笑まれる。その後、私がコンコンと咳をするとすぐに顔を顰めたのだけれど。


「あー…えっと、心配ないよ。うん。くしゃみとか鼻水とか、あと咳もいつものことだし。試験期間は寝不足になって体調崩すんだ。」

「昼間のが悪かったよなあ、きっと。本当に平気なの?どう考えたって熱があるように見えるぞ。」

「そうかなあ。知恵熱だと思ったんだけど。」


そう言ってピタリと額に掌をあてても、いまいちピンとはこなかった。よくわからん。首を傾げて、そうかなあ。ともう一度言うと、そうだ。と額を出して私のとぶつける。


「(え、な、)」


なに、このナチュラルな流れ。え、え、え?思わず顔が熱くなるのを感じて、ジョージの肩を押した。


「え、あ、ごめん。あー…嫌だよな、そりゃ。」

「あ、いや、その…そうじゃなくて、なんか…、」

「なんか?」

「……ちかい。」


パッとジョージが離れる。私以上に赤く燃え上がった顔を逸らして口を右手で押さえていた。私がクスクス笑って、でしょ?と聞くと、吃りながらイエスが返ってきた。


「でも結構熱いぞ。薬飲めよ。フレッドがいいの持ってる。」

「ウィーズリー製品じゃなかったらね。」

「残念。」


ジョージが肩をすくめる。怖い怖いと言って女子寮のドアに手を掛けると、なんにしろ、温かくして早く寝な。と肩を叩かれた。


「ぷしっ!」

「…ハリー。思ったんだけど、仮に僕ら四人が透明マントに隠れることができたとして、その時はマントの中の僕らの音まで消えたりはしないんだよね?」


リーが最後にあくびをしながら、お大事に。と私に言って談話室を後にした時、ロンが私を横目で見ながらハリーに尋ねた。大方、私の咳やくしゃみ、鼻水を言っているのだろう。私が邪魔みたいな言い方しないでよ。とブランケットに顔を埋めると、いや、そうじゃなくてさ、熱があるし、ただでさえ危険なのにそんな状態じゃすぐに殺されちゃうよ!とロンが慌てて付け足した。


「たぶん、バレると思う。前にスネイプに出くわした時、アイツ気が付いてた。と言うより気配みたいなのを感じたんだと思う。しゃべったりなんかしたら筒抜けだろうし、くしゃみなんか完全にアウトだ。」

「……。」

「……。」

「………。」

「……あー…それで、……ねえ、デイジー。あの…、」

「うん、私はここで待ってるよ。さっきのは冗談。まあ足手まといになるっていうのは事実なんだけど。」


チラと時計を見ると二時を過ぎていた。ロンが、マントを取ってきたら。とささやく。ハリーは階段を駆け上がって、マントと、クリスマス・プレゼントにハグリッドから貰った横笛を手に戻ってきた。カプリコがグググ、と首を伸ばして体を解しだす。


「どうして笛なんか……歌えばいいじゃない。荷物は少ない方がいいよ。」

「とてもじゃないけど、こんなときに歌う気持ちになんかなれないだろ?君が来れたら歌でも笛でも、それこそなんだって演奏してくれるんだろうけどね。」

「ごめんて。
……あ、そうだ。笛じゃなくて、こっちにしなよ。」


さっき上から持ってきたオルゴールを渡す。クリスマスにハグリッドから貰ったものだ。吹きながら作業って難しいからさ。と咳払いをすると、ありがとう。とハリーが返す。


「とりあえず、フラッフィーはこれでいいとして、そこまでの道程で見つからないようにしなきゃ。ここでマントを着てみた方がいいな。三人全員隠れるかどうか確かめよう。……デイジー、外側から見てくれる?もしも足が一本だけはみ出して歩き回っているのをフィルチにでも見つかったら……。」

「君達、何してるの?」


声がした。思わず、小さく悲鳴を上げてしまい、肩が跳ねた。部屋の隅からだった。自由を求めてまた逃亡したような顔のヒキガエルのトレバーをしっかりつかんだネビルが肘掛椅子の影から現れてほっとする。なんでもないよ、ネビル。なんでもない。ハリーが急いでマントを後ろに隠した。よく考えたら、私、ほっとしてる場合じゃないんだ。ネビルがまだ談話室にいたなんて、気付きもしなかった。扉の脇の大きな柱時計の長針は、ちょうどWを過ぎたところだった。


「また外に出るんだろ。」

「ううん。違う。違うわよ。出てなんかいかないわ。ネビル、もう寝たら?」

「(…え、話題の変え方雑。)」

「外に出てはいけないよ。また見つかったら、グリフィンドールはもっと大変なことになる。」

「君にはわからないことだけど、これは、とっても重要なことなんだ。」


ハリーが厳しい声で言ったけれど、ネビルは譲らなかった。行かせるもんか。と出口の肖像画の前に駆けていって立ちはだかる。僕、僕、君達と戦う!ネビルがファイティング・ポーズを取ると、ロンは我慢がきかなくなったらしい。ネビル。と低い声で名前を口にした。


「そこをどけよ。バカはよせ、」

「バカ呼ばわりするな!もうこれ以上規則を破ってはいけない!恐れずに立ち向かえと言ったのは君じゃないか!」

「ああ、そうだ。でも立ち向かう相手は僕達じゃない。ネビル、君は自分が何をしようとしてるのかわかってないんだ。」


そりゃそうだ。知ってるのは私達だけなのだから。
おろおろしながら、少し冷静になって心の中で呟く。さっきまでネビルの手の中にいたトレバーは姿を消していた。ロンがいきり立って一歩前に出たときにネビルが落としたようだった。そんなネビルはロンに向かって、やるならやってみろ。殴れよ!いつでもかかってこい!と拳を振り上げている。こんな深夜に殴りあいの喧嘩になってしまったら、みんな起きてしまう。そうしたら先生もやってきて、そんなことになったら、それこそ賢者の石を狙ってる人の思う壺だ。フラフラと立ち上がって、まあまあ、ネビル、落ち着いて。大丈夫。何にも悪いことじゃないんだよ。と両手を上げて宥めようと試みたけれど、すぐに払われた。これは困ったな。と思った時、背後から、ネビル、ほんとに、ほんとにごめんなさい。とハーマイオニーがそう言ったのが聞こえた。


「“石になれ(ペトリフィカス・トルタス)”!」


直後、ネビルは“気を付け”の姿勢で固まり、その場で直立姿勢のまま倒れた。私が、ギギギ…、と首だけ動かすと、思った通り、ハーマイオニーは杖をしまってネビルに駆け寄った。友達に魔法かけるって、どうなの。


「ネビルに何をしたんだい?」


ハリーが小声で尋ねると、全身金縛りをかけたの。とハーマイオニーは答えた。ネビル、ごめんなさい。と口にするハーマイオニーの眉は歪められていた。ハリーがネビルの方に目を向けた。ネビルは、口さえも動かすことができないらしい。目だけを動かして私達を見回していた。


「ネビル、こうしなくちゃならなかったんだ。訳を話してる暇がないんだ。」

「僕達が戻ってくるまでデイジーに聞いてよ。ネビル。まあ、後でわかるだろうけどさ。」


じゃあ、と三人がネビルを跨いで、透明マントを被った。三人がいるであろう場所に目を向けて、無理しないでね。と声をかけた。


「夜明けになるまで戻ってこなかったら、追い掛けるけど、文句ないよね。」

「うん、出来ればダンブルドアと連絡つけといてくれよ。」

「出来たらね。」


バタンと肖像画が閉まった。途端にさっきまでの騒ぎがまるでなかったかのように、シン、と静まる。元々、フラッフィーのところに行けるとは思っていなかったので、パタパタと寝室に杖を取りに行った。


「“終われ(フィニート)”。」


パキパキ音を鳴らしてネビルは起き上がる。どういうことなの?それが第一声で、彼はまだまだ寝ないつもりらしい。私が椅子に座り込むとネビルも座った。カプリコはトレバーをくわえていて、それをネビルに落としてから、私の膝の上に着地し、掌に擦り寄る。


「そうだなあ……きっかけは私達が入学する前だったから、話が長くなるんだけど……簡単に言えば戦うんだよ、これから。たぶんだけどね。」

「まさかマルフォイとじゃないよね?」


やっぱり何とかして止めるべきだった!と言うような顔のネビルに、まさか。と笑いかける。私の手はじっとりと濡れて、冷たくなっていた。


「(そうだったらどんなに気が楽か。)」


あれが強がりだとみんなが気付いてないと良いのだけれど。


一つ一つ丁寧に経過を説明して、ドラゴンのところに来た頃には、すっかりネビルは寝てしまっていた。おかげで私の頭はガンガンと鈍痛を訴え、体は宙に浮いてるような感じがする。柱時計の短針はXを指していて、太陽が頭を出そうとしていた。まだ、帰ってこないのか。と思うと、歯がカチカチぶつかりあう。怖くて震えているのか、風邪で震えているのか、全然わからない。


「…デイジー?」

「!」

「もう起きたのか?」


突然名前を呼ばれて、びくりと体が跳ねた。恐る恐る振り向くと、ジョージがネビルを揺さ振って起こし、寝室に行くよう促している。目が合った。


「…寝てないだろ。言っちゃ悪いけど酷い顔だ。隈が特に酷い。体調悪いなら寝なきゃ。眠れなかったのかい?」

「、…寝る気になれなくて。」

「どうして、」


ジョージが言い掛けた時、ぼた、と目から塩っぽい大粒の水滴が零れて、彼は固まった。私も私で、いきなりの出来事に慌てて目を隠す。
ばかだ、わたし、こんなことしてるじかんなんか、ないくせに。


「えっ、ちょ、デイジー、……デイジー、泣くなよ。どうした?なんでおまえ…。」

「…どうしよう、」

「…?」

「どうしよう、まだみんな帰ってこないの……!わたし、ばかだ…。いまさら、とめとけば、よかったっ……って、」

「…ハリー達か?」


ジョージに背中をさすられ、渡されたティッシュで鼻をかみながらながら、こくりと頷く。相手が、仮にスネイプ先生だったとして、大人と子ども、まともに勝てる相手じゃないのに、ましてや魔法なんか年季が違うのに。


「しってたの。闇のまほうつかいが、ホグワーツにかくされたものを、ねらってるの。」

「うん。」

「せんせいに言っても、とりあって、くれなくて、」

「うん。」

「…だから、ハリーがとられる前に、手にいれようって。」

「うん。」

「きのうから、ダンブルドアせんせいが…いないから、うごくのは今夜だってわかった。……わたしは風邪だからロンがだめって。
それでわたし、まってて、でも、いまさら……、いまさら、あいては闇のまほうつかいなんだから、勝てるわけないって、とめればよかったって、なんで、わからなかったんだろうって、」

「…それで、三人はどこに行ったの?」

「、たちいりきんしの、よ、んかいの、みぎがわのろうか。」


…そこに一室あって、フラッフィーって三頭犬がいるの。そのへやの、床の、しかけとびらのおく。
そこまで言うと、行こう。とジョージは私を立ち上がらせた。相棒を起こしてもいいんだけど、パーシーにとっ捕まるから止めだな。と言って足元が覚束ない私の手を引きながら談話室を出て走りだす。扉が閉まる直前でカプリコが隙間から飛び出した。


「こっち、あの廊下にいかないよ…!」

「知ってるさ、まずはマグコナガルんとこ行かないと、助かるものも助からないだろ。俺達はこっちだ。」


そう言って彼はカプリコを四階に向かわせた。カプリコは賢くて力があるから、何かあってもなんとかしてくれるだろうとジョージは言う。


「っくし!」

「…あと、三人が見つかったら、今度こそ安静。」

「…ポピーみたいなこと、言わないでよ。」

「そんな顔してたら、アイツら心配するぞ。グレンジャーにどやされても知らないからな。」

「それは、いや。」


そこからは早かった。後で聞いた話だけれど、ジョージの強いノックで叩き起こされた先生は、私の涙のあとと、ジョージのいつになく真剣な顔で何事かと思ったらしい。すぐに四階に向かい、その途中でハーマイオニーとロンに出会った。正確に言えば、埃塗れのハーマイオニーとボロボロで気絶してカプリコに運ばれているロンだ。思い切りハーマイオニーに抱きついて鼻を啜ると、彼女は、大丈夫よ、大丈夫。どうして泣くの?と困っていた。


「グレンジャー、ダーズリーから話は聞いています。ポッターは?」

「あの、まだ奥に、」

「わかりました。私はそちらに向かいますから、ダンブルドア先生に緊急連絡を。ウィーズリーとダーズリーはロナウド・ウィーズリーを医務室に。」


お願いしますよ。と先生は足速に向かった。ジョージがカプリコからロンを受け取る。ハーマイオニーはポケットの中をひっくり返して羊皮紙を取出し、杖で文字を書いてカプリコに渡した。バチンと大きな音を立ててカプリコは消えた。


「…あっ!」

「デイジー!?」


これも後で聞いた話だけれど、カプリコが消えたと同時に私は倒れ、丸一日起きなかったようで、目覚めてすぐ、ある特定の三人から、ほら見たことかと物凄いお叱りを受けた。






推薦とかでごたごたしてました。テストでごたごたしてます。途中難産で勢いで書きました。変なところあったらすみませんご報告お願いします。
title by たとえば僕が
(強がりばかり抱き締める)(英語にさせていただきました)
20111127
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