クィレル先生は私達が思っていた以上の粘りを見せた。抵抗するのも、もって三日だと思っていたのに、既に何週間も経っている。先生はますます青白く、ますますやつれて見えたけれど、口を割った気配はなかった。
それから、念のため、四階の廊下を通る度、私達は扉にピッタリ耳をつけてフラッフィーの唸り声が聞こえるかどうか確かめている。スネイプ先生は相変わらず不機嫌にマントを翻して歩いていた。とりあえずスネイプ先生が様々な事件の黒幕と仮定するなら、石がまだ無事だというこれ以上の証拠はないだろう。まあ、黒幕と仮定するなら、だが。
ハリーやロンはクィレル先生に何らかの同志のようなものを感じているようで、彼と出会うたびにハリーは励ますような笑顔を向けていたし、ロンはクィレル先生の吃った口調をからかう人達を窘めていた。別に、怒るような悪いことをしているわけではないのだけれど、何故か私は、喉に小骨が引っ掛かっているような感じを覚えていた。
一方、ハーマイオニーは賢者の石だけに関心を向けてはいなかった。フラメルを見付けたからもう図書館に毎授業休みに行くことはないと思っていたのに、彼女は試験が近いと私達のチクチク言いだしたのだ。復習予定表を作り上げ、ノートにはマーカーで印をつける。彼女だけがやるなら、別に個人の自由なので気にしないのだけれど、ハーマイオニーは私達に自分と同じことをするようにとしつこく勧めてきた。


「ハーマイオニー、試験はまだズーッと先だよ。」

「十週間先でしょ、ズーッと先じゃないわ。」

「ズーッとじゃないにしろ、三ヶ月も先だよ。試験勉強なんて三日前から始めても早いくらいなのに。」

「ニコラス・フラメルの時間にしたらほんの一秒でしょう。三日前だなんてコンマ以下よ。」

「忘れちゃいませんか?僕達、六百歳じゃないんだぜ?それに、何のために復習するんだよ。君はもう、全部知ってるじゃないか。」


何のためにですって?ハーマイオニーはまるで信じられないものを目の当たりにした顔をした。


「気は確か?二年生に進級するには試験をパスしなけりゃいけないのよ。大切な試験なのに、私としたことが……もう一月前から勉強を始めるべきだったわ。」


私とロンは顔を見合せ、口パクで、気は確か?と口を揃えて目を丸くした。
ありがたくないことに先生達もハーマイオニーと同意見のようだった。山のような宿題が出て、ただでさえ通信と呪文学、変身術の別授業、別宿題も抱えているので、それはもう、つらいだなんて次元ではない。まあ、両先生はそれを考慮してか、もう一つの宿題はいくらか少なめにしてくれた。

ハリーやロンは復活祭の休みはクリスマス休暇ほど楽しくないと幾度となくぼやいていたけれど、ハーマイオニーにとっては天国なのだろう。彼女は二人のすぐそばで、ドラゴンの血の十二種類の利用法を暗唱したり、杖の振り方を練習したりしていた。私はフラメルを調べている過程で十二種類の利用法は脳みそに刻み込んだらしい。好奇心とはそういうもので、義務的に勉強するよりも、好奇心の赴くままに調べた方が案外記憶に残るようだ。ちなみに利用法はダンブルドア先生が発見したので、直接聞きに行った。発見者が近場にいるだなんてなんて幸運なんだろう。ロンによると、私は、知識欲の塊だそうだ。本人の言葉を借りると、君って本当調べたがり!とりあえず褒め言葉として受け取っておいた。
まぁとにもかくにも、図書館に連れてこられたと思って隣を見れば暗唱、更に隣を見れば欲望の赴くままに読書する人間がいるのだから、ハリーやロンはたまったものではなかったのだろう。呻いたり欠伸したりしながらも、自由時間をハーマイオニーと、ハーマイオニーに連れられた私と一緒に図書館で過ごし、復習に精を出した。


「こんなのとっても覚えきれないよ。」


とうとうロンは音を上げ、窓の外を見ていた。数ヶ月振りの素晴らしい天気で、空は澄んだ勿忘草色のブルーをしており、夏の近づく気配が感じられる。あぁ新鮮な空気を吸いたい。首を回すと、ボキボキボキッと関節の鳴る音がして、ハーマイオニーが恐ろしいものを見る目を向けた。あ、ごめん。と小さく謝る。
ハーマイオニーは私が二度目の骨を折ってからというもの、この音に過敏になっていた。もうすでに足は完治しているのに心配らしい。私としては足よりも、お腹のあざが未だに黒っぽい紫で、たくさんの本を持ったり、走ったり、力を入れるとズキズキと痛むために、そちらの方が困っていたりするのだが。


「ハグリッド!図書館で何してるんだい?」


ロンの声に窓から、棚の上からはみだしているモジャモジャに視線を移した。ハグリッドはバツが悪そうにモジモジしながら現れた。背中に何かを隠している。なんだか生徒ばかりが頻繁に利用する図書館にハグリッドの姿は、なんだか違和感だらけだった。


「いや、ちーっと見てるだけ。」

「何を?」


ごまかそうとしているのか、声が上ずって、たちまち私達の興味を引く。すかさず私が問えば、なんでもだ、なんでも。聞くんじゃねえ。おまえさんたちは何をしてるんだ?と突然疑わしげに尋ねた。


「まさか、ニコラス・フラメルをまだ探しとるんじゃないだろうね。」


きっと話を逸らすためにも言ってるんだろうな。余計に好奇心が掻き立てられる。そんなのもうとっくの昔にわかったさ。とロンが意気揚々と言った。


「それだけじゃない。あの犬が何を守っているかも知ってるよ。賢者のい、」

「シーッ!」


ロンの言葉を遮って、ハグリッドは人差し指を立てた。急いで周りを見渡して、そのことは大声で言い触らしちゃいかん。と小声で叫ぶように言う。


「おまえさんたち、まったくどうかしちまったんじゃないか?」

「ちょうどよかった。ハグリッドに聞きたいことがあるんだけど、フラッフィー以外にあの石を守っているのは何なの?」

「シーッ!」


ハグリッドの隙を突くかのようにハリーが至って普通に疑問を口にすると、額に汗をかいたハグリッドがまた人差し指を口の前に持ってくる。


「いいか、…後で小屋に来てくれや。ただし、教えるなんて約束はできねぇぞ。」

「じゃあ場合によっては教えてくれるの?」

「教えねえ。とにかく、ここでそんなことをしゃべりまくられちゃ困る。生徒が知ってるはずはねーんだから。俺がしゃべったと思われるだろうが……。」


事実、ハグリッドが口を滑らせしゃべったことによって私達はそこに至ったのだけれど、口にするのは賢明ではないと思ったのでやめた。じゃ、後で行くよ。とハリーが素直に従うと、ハグリッドはモゾモゾと出ていった。ハーマイオニーが、ハグリッドったら、背中に何を隠してたのかしら?と考え込んだ。


「もしかしたら石と関係があると思わない?」

「まさか。そうだったら急いで棚にしまいそうだけど……でもハグリッドってばテンパってたものなあ。」

「僕、ハグリッドがどの書棚のところにいたか見てくる。」


勉強にうんざりしていたロンが言った。ほどなくしてロンが本をどっさり抱えて戻ってきて、テーブルの上にドサッと置いた。


「ドラゴンだよ!」


ロンが声を低めて言った瞬間、その本に飛び付く。ドラゴン!ドラゴン!前書きと目次をさらっと読んで内容に入る。うわ、かっこいい…!さわっ、さわりたい!うわあああ…うわあああ…オーストラリア・ニュージーランド・オパールアイ種とスウェーデン・ショートのスナウト種、むっちゃきれい…かわいい…。


「ハグリッドはドラゴンの本を探してたんだ。ほら、見てごらん。『イギリスとアイルランドの竜の種類』『ドラゴンの飼い方  卵から焦熱地獄まで』だってさ。」

「初めてハグリッドに会った時、ズーッとドラゴンを飼いたいと思ってたって、そう言ってたよ。」

「はい!はい!質問!ドラゴンって飼えるんですかっ?本があるってことは飼えるんですかっ?」


手を伸ばしてロンを見つめると、もしかして、デイジーも飼いたいの?と怪訝そうな顔で尋ねられた。激しく頷くとロンは少し固まってから首を横に振る。


「僕達の世界じゃ法律違反だよ。一七〇九年のワーロック法で、ドラゴン飼育は違法になったんだ。みんな知ってる。もし家の裏庭でドラゴンを飼ってたら、どうしたってマグルが僕らのことに気付くだろ?
どっちみちドラゴンを手なづけるのは無理なんだ。狂暴だからね。チャーリーがルーマニアで野生のドラゴンにやられた火傷を見せてやりたいよ。」

「だけどまさかイギリスに野生のドラゴンなんていないんだろう?」


ハリーが聞くと、いるともさ。とロンが答えた。野生は、ううん、飼いにくそうだから、いいかな。家猫みたいに改良された種類とか、いないのかな。あー、うわあ、ほしい。肩を抱いて悶えていると、チクリと耳たぶの痛みを思い出す。そうだ、そうだった。カプリコがものすごい嫉妬するんだった。まあ、そういうところもかわいいのだけれど。


「ウェールズ・グリーン普通種とか、ヘブリディーズ諸島ブラック種とか。そいつらの存在の噂をもみ消すのに魔法省が苦労してるんだ。もしマグルがそいつらを見つけてしまったら、こっちはその度にそれを忘れさせる魔法をかけなくちゃいけないんだ。」

「じゃ、ハグリッドはいったい何を考えてるのかしら?」


ハーマイオニーの問いに私は、飼いたいんだよ。妄想でも。私だってそうだもん。と答える。


「案外、ハグリッドのことだから、もう森とかで飼ってたりして……。」


なーんてね。冗談混じりで、あは。と笑えば、まさか。と口を揃えて小さく笑った。


一時間後、ハグリッドの小屋を訪ねると、驚いたことにカーテンが全部閉まっていた。ハグリッドはなんだかピリピリしていて、誰だ?と確かめてからドアを開けて、私達が中に入るとすぐに閉めた。むわっとむせ返るような蒸気と暑さが襲い、思わず、げほげほと咳が出る。こんないい天気で、暖かい日だというのに、暖炉にはゴウゴウと炎が上がっている。ハグリッドは熱中症という言葉を知っているのだろうか?彼は、私達の分のお茶を入れ、イタチの肉を挟んだサンドイッチを勧めてきたけれど、暑さでヘロヘロだったので、食べる元気もない。私達はやんわりと遠慮した。そこまでしてから、やっとハグリッドは、それで、おまえさん、何か聞きたいんだったな?と口を開く。ハリーがコクンと頷いた。


「フラッフィー以外に賢者の石を守っているのは何か、ハグリッドに教えてもらえたらなと思って。」


少し、直接的に言い過ぎたのかもしれない。ハグリッドはしかめっ面をして、もちろんそんなことはできん。と答える。黄金虫のような目が私を捉え、おまえに言っているんだぞ。と言っているような気がした。


「まず第一、俺自身が知らん。第二に、お前さん達はもう知り過ぎておる。だから俺が知ってたとしても言わん。石がここにあるのにはそれなりのわけがあるんだ。グリンゴッツから盗まれそうになってなあ…。…もうすでにそれも気付いておるだろうが。
だいたいフラッフィーのことも、いったいどうしてお前さん達に知られてしまったのかわからんなぁ。」

「ねえ、ハグリッド。」


ハーマイオニーがやさしい声で名前を呼んだ。私達に言いたくないだけでしょう。でも、絶対知ってるのよね。だって、ここで起きてることであなたの知らないことなんかないんですもの。と母親が中々言うことを聞かない子供を煽てるように言って、笑う。ハグリッドのヒゲがピクピク動いて、その中で口端がモゾモゾと上向きになったのがわかった。ハーマイオニーの怖いところは、意外とこういうところにあったりする。彼女は注意の仕方は下手だけれど、煽てるのがうまいのだ。よく騙されて言い様に踊らされたので、身に染みてそう感じている。


「私達、石が盗まれないように、誰が、どうやって守りを固めたのかなぁって考えてるだけなのよ。ダンブルドアが信頼して助けを借りるのは誰かしらね。ハグリッド以外に。」


予想どおりというか何というか、よく言えば純粋、悪く言えば単純なハグリッドは、最後の言葉を聞くと胸をそらした。ハーマイオニーが私達に、こっそりウインクする。
まあ、それくらいなら言ってもかまわんだろう。渋々といった表情ではあるけれど、顔はニヤニヤがおさまらないらしい。なんか、その姿が本当に子供みたいで和んだ。さてと、とソファに座りなおす。


「俺からフラッフィーを借りて、何人かの先生が魔法の罠をかけて…スプラウト先生、フリットウィック先生、マクゴナガル先生、…それからクィレル先生。もちろんダンブルドア先生もちょっと細工したし、…待てよ、誰か忘れておるな。……そうそう、スネイプ先生。」

『スネイプだって?』
「スネイプですって?」


三人が口を揃えて驚いたことに私は驚いた。一応、こっちが勝手に疑っているだけで肩書きはホグワーツの魔法薬学教授だ。そこで守るのを拒んでしまったら、何故だと問い詰められるに決まっている。ハグリッドは、まだあのことにこだわっておるのか?と呆れていた。スネイプは石を守るほうの手助けをしたんだ。盗もうとするはずがない。だなんて、逆に言えば、同じ石を守るものとして、他の先生からどんなやり方で守ろうとしたか、目することができたはずだ。そして自分のところはなにもないのと同義である。つまり、他の人間よりも賢者の石に手が届きやすい。
ハリーの言った通り、クィレル先生をスネイプ先生が脅し、彼の守りの解除とフラッフィーの手なづけ方を吐かせようとしているのなら、それが最後の砦だ。破られたら、それ以上守りはない。


「ハグリッドだけがフラッフィーをおとなしくさせられるんだよね?誰にも教えたりはしないよね?たとえ先生にだって。」


ハリーも、そのことに気が付いたらしい。心配そうに聞いた。きっとハーマイオニーもロンも同じことを考えているはず。みんな揃いも揃って眉を垂れ下げていた。


「俺とダンブルドア先生以外は誰一人として知らん。」


ハグリッドが得意げに言うと、ハリーは私たちに向かって、そう、それなら安心だ。と呟いた。が、しかしだ。ハグリッドを疑うわけではないけれど、私達がここまで知ることができたのは、少なからず彼のおっちょこちょいによるもので、もしかしたら、誰かに口を滑らしてしまっているという可能性もなくはない。そこまで考えて、考えてから、やめた。暑くてそれどころではない。頭が朦朧とする。ハリーも同意見だったようで、窓開けてもいい?とハグリッドに聞いていたけれど、彼はチラリと暖炉を見てから、悪いな。それはできん。と許さなかった。もちろんハリーがその目の動きを見逃すはずがなく、あれは何?と問う。炎の真ん中のやかんの下の大きな黒い卵が覗いていて、ハグリッドは今日、ドラゴンを調べていた。恐らく、どうして持ってるの?と言う意味だろう。ハグリッドは、えーと、あれは…その、とソワソワした様子でヒゲをいじっていた。


「私、冗談で言ったつもりなんだけど、なあ。」

「ハグリッド、どこで手に入れたの?すごく高かったろう。」


ロンはそう言いながら、火のそばに屈み込んで卵をよく見ようとする。普通の卵だったら、あんな火力じゃあ蛋白質が固まっちゃうけど、ドラゴンは違うのかな。…いいなあ、ドラゴン。


「賭けに勝ったんだ。昨日の晩、村まで行って、ちょっと酒を飲んで、知らない奴とトランプをしてな。はっきり言えば、そいつは厄介払いをして喜んでおったな。」

「いいなー、いいなー。ハグリッド運がいいね。いいなあ。」

「孵って大きくなったら、おまえさんを後ろに乗せてやるぞ。」

「それは遠慮する…。」


だけど、卵が孵ったらどうするつもりなの?とハーマイオニーが尋ねた。飼い方はわかっているのかと聞いているのか、暗に飼うのをやめろと言っているのか……おそらく後者だろう。それで、ちいと読んどるんだがな。とハグリッドは枕の下から大きな本を取り出した。


「図書館から借りたんだ。…『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』…もちろん、ちいと古いが、何でも書いてある。母竜が息を吹き掛けるように卵は火の中に置け。なぁ?それからっと……孵った時にはブランデーと鶏の血を混ぜて三十分ごとにバケツ一杯飲ませろとか。
それとここを見てみろや、卵の見分け方。俺のはノルウェー・リッジバックという種類らしい。これが珍しいやつでな。」

「ハグリッド、この家は木の家なのよ?」


大満足そうに語っていたハグリッドをハーマイオニーは窘めたのだけれど、まるで聞いちゃいない。鼻歌混じりで火をくべていたので私も、手伝う。と言って薪を手に取った。


「燃えたら燃えたでホグワーツに住めばいいんだよ。」


そう言ったら、言っただろ?デイジーって、ちょっとおかしいんだ。とハリーが溜息を吐く。おい、お前、いつ、誰に言ったんだ。と思ったけれど、ハーマイオニーに何か言われても嫌なので黙って木を暖炉に突っ込んだ。


「あーあ、平穏な生活って、どんなものかなぁ。」


残念ながら、そのロンに答えることはできなかった。暗くて地味な生活は送ったけれど、平穏とはかけ離れたものだったので、いまいちピンと来ないのが現状である。たぶん、ハグリッドのドラゴンを示唆しているのだろう。賢者の石とドラゴン。どちらも重大な心配事だ。ロンは次々に出される宿題と来る日も来る日も格闘しながら、溜息を吐いた。
ハーマイオニーが私達三人の分も復習予定表を作り始めたので、気が狂いそうだった。いや、作ってくれるのはいいのだけれど、スケジュールがみっちり詰まっているのがいただけない。何だこれ。秒単位の管理ですかミス・グレンジャー。私、ハグリッドとドラゴンのお世話をしたいのよミス・グレンジャー。それに双子と声が変わるガム作ってるからそんな時間ないよ。そんなことは口が裂けても言えなかった。


そんな五月のある朝、ヘドウィグがハリーにハグリッドからの手紙を届けた。たった一行。いよいよ孵るぞ。それだけの手紙。


「今すぐ行こう!次は魔法薬でも変身術でもない。一回くらい授業なんかサボっても平気だろう?」

「だめよ、ロン。次は薬草学だわ。試験だって近いし…。」

「だって、ハーマイオニー、ドラゴンの卵が孵るところなんて、一生に何度も見られると思うかい?デイジー、答えは?」

「否です。是非行くべきです。私は行くことを推奨します。是非!是非!さあ!さあ!」

「動物になるとそっちを優先するのはあなたの悪い癖だわ。授業があるでしょ。サボったらまた面倒なことになるわよ。でも、ハグリッドがしていることがバレたら、私達の面倒とは比べものにならないぐらい、あの人ひどく困ることになるわ……。」

「黙って!」


ハーマイオニーが目を伏せたとき、ハリーが小声で言った。マルフォイがほんの数メートル先にいる。立ち止まってじっと聞き耳を立てていたので、両手を口にあてて、小さな声で、ばーか。と言ってやった。何を言っているのか気付いたらしいマルフォイが同じように手を当てて何かを言っている。…ま、ぬ、け……殴るぞ。この鶏野郎。と返した時、ロンに、君達って、実は仲いいだろ。と生温い目で見られた。見当違いもいいところである。
とにかく、ロンとハーマイオニーは薬草学の教室に行く間ずっと言い争っていた。はっきり言って私は孵ったばかりの赤ちゃんが見たいだけで孵化の瞬間には微塵の興味もないので(あ、でも卵の殻には興味あるなあ)、どっちでもよかった。孵って二十四時間以内に会えれば満足なのだ。しかし、とうとうハーマイオニーも折れて、午前中の休憩時間に急いで小屋に行くことになった。授業の終わりを告げるベルが、塔から聞こえてくるやいなや、三人は移植ごてを放り投げて校庭に出てしまった。もちろん、片付けたのは私である。おかげさまでスプラウト先生から、五点をもらったので咎めないでおこう。

私が着いた頃には、既に深い亀裂が入っていた。まだ中身は出ていない。コツン、コツンと中で動いている音がする。ずっと火にあてられていても焦げ目すら見当たらない卵の材質が気になって、ハグリッドに持っていいかと聞いたら快くオーケーしてくれた。手に乗せる。だいぶ冷めたのか、あれだけ火にかけられていたのに、じんわり温かいだけだった。なんというか、木製のサラダボウルに子猫を乗せたような重みだ。そのまま落とさないようにテーブルの中央に掌ごと卵を移動すると、みんな椅子をテーブルのそばに引き寄せ、息をひそめて見守った。
突然、キーッと引っ掻くような音がして卵がパックリ割れる。赤ちゃんドラゴンが手の上に現れた。オレンジ色の爬虫類のような目と私の目が合う。私がパチパチ瞬きをすると、ドラゴンがゆっくり確かめるように瞳を閉じて、開けた。痩せて真っ黒な胴体に骨っぽいペタペタした翼、トカゲみたいな長い鼻に大きな鼻の穴、こぶのような角、顔が小さいからだろうけど、出目金。なんか、しっとりしてる。ちょっと不細工だけど可愛い。あかん。可愛い。テーブルに額をつけて身悶えていると、小さい鉤爪のついた足が掌から手首へ、手首から腕に這い上がってくる。ちょっと痛いけどものすごく可愛い。赤ちゃんがくしゃみをすると、鼻から火花が散って、それはもう凶悪的に可愛いです。はい。さて問題です。私は何回可愛いと言ったでしょうか?答えは無限大です。心内環境では可愛いしか言っておりませんぜ。
ハグリッドの、すばらしく美しいだろう?という呟きに全力で頷いた。彼は手を差し出してドラゴンの頭を撫でようとしたけれど、ドラゴンは尖った牙を見せてハグリッドの指に噛み付く。


「こりゃすごい、ちゃんとママちゃんがわかるんじゃ!」

「いや、それ単に条件反射でしょ。」


だって赤ちゃんでも狂暴なものは狂暴だし。と冷静に言ったら睨まれた。ハリーとロン、ハーマイオニーは大いに頷いていたが。


「ハグリッド。ノルウェー・リッジバック種ってどれくらいの早さで大きくなるの?」


ハーマイオニーが聞いた。もっともな質問である。早く大きくなるようなら、ずっとここに置いていてはすぐに見付かってしまう。最悪の場合、ハグリッドも私達も処刑、ドラゴンは殺処分。まあそこまで過激ではないだろうけど、そうならない可能性も万に一つもないとは言いきれない。
ハグリッドは答えようと口を開いた途端、顔から血の気が引いた。弾かれるように立ち上がり、窓際に駆け寄る。


「どうしたの?」

「カーテンの隙間から誰か見ておった…。子供だ…学校の方へ駆けて行く。」


ハリーが急いでドアに駆け寄り外を見た。


「…遠目で見たってわかる。マルフォイだ。」


次の週、マルフォイが薄笑いを浮かべているのを私達は気になって仕方なかった。法で裁かれるのも時間の問題かもしれない。そう思いながら私は暇さえあればハグリッドのところへ行く三人について行き、暗くした小屋の中でなんとかハグリッドを説得しようとする声をBGMに、赤ちゃんを撫でたり擽ったりした。


「外に放せば?自由にしてあげれば?」


ハリーが促した。


「そんなことはできん。こんなにちっちゃいんだ。死んじまう。」


ドラゴンはたった1週間で三倍に成長していた。これでちっちゃいはないわ。今や中型犬並。これでちっちゃいはないわ。鼻の穴から煙がしょっちゅう噴出している。ハグリッドはドラゴンの面倒を見るのに忙しく、ドラゴンの面倒を見るを手伝いに来た私に家畜とヒッポグリフとか言う頭が大鷲、胴体が馬の魔法生物十数体の世話を押し付けた。おかげで今や私は家畜とヒッポグリフに人気者。ヒッポグリフとか最初殺されそうになったけど、もうお辞儀しなくても向こうから寄ってくる寄ってくる。これが餌の力ですね、わかります。ドラゴンの世話は惜しいけど、これはこれでおいしかったりする。
しかし、残念ながらハグリッドの小屋までは掃除しきれなかったのでブランデーの空瓶や鶏の羽がそこら中の床の上に散らかっていた。正直、朝起きて家畜とヒッポグリフの世話、朝食、授業、授業、授業、昼食とハーマイオニーの暗記を拝聴、ハグリッドの小屋、授業、授業、授業、個別、個別、世話、夕食、宿題しながら復習、通信、二、三日に一回、半分寝ながら双子に知識提供、就寝のスケジュールはハードだ。一日どのくらい歩くつもりなんだと言うくらい移動している。

まあ、なんにしろ、そんな体で片付けまでできるはずもなく、疲れてテーブルに突っ伏しているとドラゴンが足を嘴でつついた。一度、この子が三分の一の大きさの時に噛まれた際、大袈裟に(と言っても血の量が血の量だったので大袈裟でもないのだが)痛がり転げ回ったら二度と私に噛み付くことは無くなった。どうやら犬もドラゴンも躾け方は同じらしい。マージおばさんのとこのリッパーもこれをやったら噛まなくなった記憶がある。


「この子をノーバートと呼ぶことにしたんだ。」


ドラゴン…ノーバートを見るハグリッドの目は潤んでいた。ハグリッドは何故かドラゴンを雄と思い込んでいるようで、私が、雌だよ?ノーバートじゃ男名だよ?と何度言っても、いんや、俺は騙されんぞ。の一点張りだった。ちなみに私はまだ一度だって彼を騙したことはない。たぶん、私の方が懐かれている雰囲気を感じたのだろう。お気に入りを奪われた気持ちはわかるけれど、私だって特に懐かれるようなことをした覚えもなければ、ほとんど家畜やヒッポグリフに付きっきりでノーバートと顔を会わせるのはお昼の二、三十分くらいしかない。酷い言われ様だよな。とロンが何度か励ましてくれた。


「もう俺がはっきりわかるらしいよ。見ててごらん。ノーバートや、ノーバート!ママちゃんはどこ?」

「狂ってるぜ。」


ロンがハリーに囁いた。どうやらロンはこの状態のハグリッドが苦手らしい。ハリーがハグリッドに、二週間もしたら、ノーバートはこの家ぐらいに大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアに言い付けるかわからないよ。と大声で呼び掛けた。


「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけんぐらいのことはわかっとる。だけんどほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん。」

「わかってるよ。そんなことしたら捨て犬、捨て猫見る度に罪悪感だもん。方法を探そう。合法的にドラゴンを面倒見てくれる人とか、人を襲う心配もなければ、ノーバートが襲われる心配もなくて、食べ物がたくさんある場所とか。ね。」


唇を噛むハグリッドに、いざとなったらカプリコに手伝ってもらえば、ある程度大きくなったってどうにだってなるよ。と言えば、うん、うん。と頷いた。


「チャーリー!」


突然ハリーがロンのお兄さんの名前を口走った。


「は?」

「君も狂っちゃったのかい?僕はロンだよ。一応言っておくけど、こっちは君の従姉のデイジーだ。わかるかい?」

「違うよ、チャーリーだ、君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしている。チャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に帰してくれるよ。」

「灯台もと暗し!」

「名案!ハグリッド、どうだい?」


ロンが尋ねると、ハグリッドはとうとう、チャーリーに頼みたいというふくろう便を送ることに同意した。


翌週の水曜日の夜、みんながとっくに寝静まり、ハリーとハーマイオニーと私だけが談話室に残っていた。壁の掛時計が零時を告げた時、肖像画の扉が突然開き、ロンがどこからともなく現れた。ハリーの透明マントを脱いだのだ。ノーバートは死んだねずみを木箱に何杯も食べるようになっていて、ロンはハグリッドの小屋で餌をやるのを手伝っていた。


「かまれちゃったよ。」


差し出されたロンの手は血だらけで、ハンカチに包まれていた。


「ごめん、カプリコ、今どっか行ってる。」

「いいよ。この間いっぱい泣いたから、またそうなったら枯れちゃう。
一週間は羽ペンを持てないぜ。まったく、あんな恐ろしい生き物は今まで見たことがないよ。なのにハグリッドの言うこと聞いていたら、フワフワしたちっちゃな子ウサギかと思っちゃうよ。だから僕はデイジーに手伝ってもらえって言ったんだ。懐いてるから。ハグリッドは認めてなかったけどね。きっと君、ドラゴンについてなにか特別な才能あるんじゃない?」

「ないない。それはない。可能性があるとしたら、ノーバートが孵って一番最初に見た動くものが私だったからお母さんと間違えたっていうパターンくらいだよ。それでも鳥類だったらの話だけどね。」

「でも現に懐かれてる。僕が転げ回っても全然さ。それどころかとどめ刺そうとしてきたんだぜ?だけどハグリッドはやつが僕の手を噛んだというのに、僕がやつを恐がらせたからだって叱るんだ。僕が帰る時、子守唄を歌ってやってたよ。ねえ、本当に次の僕の番、君行かない?」

「言ったじゃん、ねずみダメだって。それにハグリッドはノーバートがとられると思って追い返すと思うよ。」


別にいくらほしくったって、人のものに手を出したりなんかしないのに。とぼやけば、暗闇の中で窓を叩く音がした。ヘドウィグだ!チャーリーの返事を持ってきたんだ!とハリーが急いでヘドウィグを中にいれる。ハリーが手紙を開くのでハリーの頭の上から三人で読み始めた。


ロン、元気かい?
 手紙をありがとう。喜んでノルウェー・リッジバックを引き受けるよ。だけどここにつれてくるのはそう簡単ではない。来週、僕の友達が訪ねてくることになっているから、彼らに頼んでこっちに連れてきてもらうのが一番いいと思う。問題は彼らが法律違反のドラゴンを運んでいる所を、見られてはいけないということだ。
 土曜日の真夜中、一番高い塔にリッジバックを連れてこれるかい?そしたら、彼らがそこで君達と会って、暗いうちにドラゴンを運びだせる。
 できるだけ早く返事をくれ。
 がんばれよ……。
チャーリーより



私達は互いに顔を見合わせた。


「透明マントがある。できなくはないよ……僕ともう一人とノーバートぐらいなら隠せるんじゃないかな?」

「土曜までにカプリコが戻ってきたら、運ぶの手伝わせるよ。重いだろうから。それでどう?入るかな。」


ハリーの提案に私がそう言えば、頼むよ。たぶんその時には恐ろしく膨れ上がってるだろうからね。とロンがしかめっ面をした。ハーマイオニーも何度も頷いて同意する。私もそれがいいと思っていた。確かにドラゴンはすきで、かわいいとは思うけど、自分の手に負えないものは然るべき対処をして諦めるべきだと考えている。かといって逃がすだの自由にしてやるだのとこちらの都合で、半ば捨てるような形で手放したくはなかったので、今回のチャーリーの話には大いに賛成だった。泣く泣く諦める私の一方、三人はノーバートを(それからマルフォイを)追い払うためならなんでもすると言う目付きをしていた。実際、ロンに至ってはそれを口にしていたし、ハーマイオニーも頭を抱えて何度も溜息を吐いていた。それほど、ここ一週間は大変だったらしい。私は相変わらずノーバート以外の担当だった。


障害が起きた。翌朝、ロンの手は二倍ぐらいの大きさに晴れ上がったのだ。ロンはドラゴンに噛まれたことがバレるのを恐れて、マダム・ポンフリーの所に行くのを躊躇っていた。けれど、昼過ぎになると傷口が気持ちの悪い緑色をし始め、せめて応急措置だけでも、と何度も呪文をかけたのだけれど、ジクジクと傷が開くからそんなことを言っていられなくなった。調べてみたところ、ノルウェー・リッジバックにはペルー・バイパーツース種よりは弱いが、毒牙を持っていたようだ。今まではバレるのを避けて、すぐにカプリコに涙を流してもらっていたから気付きもしなかった。

その日の授業が終わった後、私はもう一つの授業を受けにフリットウィック先生の元に向かい、ハリーとハーマイオニーはすぐに医務室に飛んでいった。私も、呪文学と変身術が終わるとすぐさまハグリッドの小屋に向かって、その途中で気難しそうな顔になっている二人に合流した。


「マルフォイがロンの借りてた本を借りてった?確かにドラゴンの本だから感付かれるかもしれないけど、そこまで深刻に考えなくても…。」

「それが深刻に考えなきゃならない事態に陥ったのよ。ロンったら、チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだったの。」

「……どうするの。」

「いまさら計画は変えられないよ。」


チャーリーにまたふくろう便を送る暇はないし、ノーバートを何とかする最後のチャンスだし。そりゃカプリコなら、って思ったけどいないんだろ?とハリーが困ったように尋ねた。カプリコはまだ戻ってきていなかった。今まではちゃんと毎日帰ってきていたのに、一昨日からずっと帰ってこないのだ。不死鳥だから死んでる、なんてことはないのだろうけど、心配でならない。


「危険でもやってみなくちゃ。それにこっちには透明マントがあるってこと、マルフォイはまだ知らないし。」


ハグリッドの所に行くと、ファングが尻尾に包帯を巻き付けて小屋の外に座り込んでいた。可哀想に、噛まれたらしい。カプリコが戻ってきたら、すぐになんとかしてあげようと思う。ハグリッドは窓を開けて中から話し掛けてきた。


「中には入れてやれない。ノーバートは難しい時期でな……いや、決して俺の手に負えないほどではないぞ。」


フウフウ言ってるハグリッドに、手伝おうか?と口を開こうとしたら、急いでそう続けた。ハリーがチャーリーの手紙の内容を話すと、ハグリッドは目に涙をいっぱい溜めた。


「ウワーッ!」


ノーバートがつい今しがたハグリッドの脚に噛み付いたせいかもしれないが。


「いや、俺は大丈夫。ちょいとブーツを噛んだだけだ……ジャレてるんだ……だって、まだ赤ん坊だからな。」


その“赤ん坊”が尻尾で壁をバーンと叩き、窓がガタガタ揺れる。ロンがいたら、これのどこが赤ん坊だよ。とぼやいたに違いない。ノーバートの頭が窓から出てきたので、素早く周りを見て、私達以外に誰もいないか確かめてから窓に手を掛けた。ノーバートがそれに気付いて、私のローブを優しくはんで窓の枠に乗せてくれた。ありがとう。と手を伸ばせば、自ら頭をすり寄せてくる。両手を伸ばして、自分の額とノーバートのをくっつけた。


「ノーバート、いい?もうすぐお前は出られるよ。人目を避けなくていいんだよ。でもそれまでまだ時間がある。だから大人しくハグリッドと一緒にいて。」


ベロリと頬を舐めてきたので、肯定と受け取り、よしよし、と頭を撫でる。じゃあ私は行くからね。静かにしてね。と窓枠から飛び降りれば、寂しそうな声を出して私を見た。これじゃあハグリッドに追っ払われても無理ないな。と苦笑して、頭も中にいれて。と言えば、大人しく、渋々と戻る。


「ねえ、君本当にロンの言う通り、ドラゴンと喋れるとか、特別な才能があるんじゃない?」

「冗談。だったら今頃サーカスでも開いてるよ。」

「でも本当に喋ってるみたいだったわ。」

「最近ずっとイグアナをクッションにする練習してたから意思疎通できるようになったのかなあ。」


なんにしろ、離れがたくはあるけれど、人目に付く大きさになる前に、一刻も早く土曜が来てほしいと口を揃えて言いながら城へ帰って行った。


ハグリッドがノーバートに別れを告げる時、いよいよこの時がやってきた。来てほしくなかったわけではないけれど、待ち侘びたわけでもなかった。当日の夕食の後、カプリコは帰ってきて、しばらく興奮していたのかバタバタはばたいていたけれど、快くノーバートを運ぶのを手伝う仕事を引き受けてくれた。私は生憎、天文塔で水晶玉拭きという不名誉な仕事を与えられ、二人の別れを見ることはできなかった。どうやらこの間の図書館の本棚の話が露呈したらしい。マルフォイやクラッブ、ゴイルは先生が気を利かせてくれたのか別の日に別の罰をしたそうだ。ジョージも危うく罰則に引っ掛かりかけたのだけど、ちゃんと説明すればすんなり回避することができた。彼は申し訳なさそうな顔をしていたけれど、私は事実を述べたまでだ。それに言われもない罪で点数が更に減るのは勘弁してほしい。とりあえず私が罰則を受けてしまったので、必然的にハリーとハーマイオニーが透明マントを被ることになる。万が一にも二人が見えて見つかることはないとは思うけれど、カプリコの翼の音がうるさかったり、ノーバートが暴れたりしたら終わりだろう。

天文塔が一人でに開いた。普段なら大声を上げて震え上がっているのだろうけれど、私は誰だかわかっていたので、ゆっくり目を細める。


「道中平気だった?重くない?」

「全然。カプリコのおかげさ。」

「それに私達を陥れようとしたマルフォイが先生に見付かって罰則をまた受けるのよ!疲れも吹っ飛んじゃった!歌でも歌いたい気分よ!」

『歌わないでね。』


小踊りしてはしゃいだハーマイオニーにハリーとそっと忠告すると、ところでまだそれ終わってなかったの?と彼女が水晶を指差した。あなたなら魔法で一瞬でしょ?一年生だから先生も清浄魔法使えると思ってないはずだけれど。と首を捻るので、早く終わったら二人が来るまで退屈しちゃうでしょ?と杖をとりだして一言言いながら振った。ピカピカになった水晶達が棚に戻っていく。ハリーが小さく拍手した。
それからしばらく、二人からマルフォイのことをもう少し詳しく(頭に被ったヘアネットが少しダサかったことだとか、羽織っていたタータンチェックのガウンまでスリザリンの緑だったことだとか)教えてくれてクスクス笑いながらそこで待っていた。ノーバートが箱の中でドタバタ暴れたので、空気穴から指を出して撫でると、べろべろと舐められてくすぐったかった。もうすぐいなくなってしまうのかと思うと、なんだか寂しい。まあ、今生の別れではないのだから、ロン経由でチャーリーに逢わせてくれと懇願すれば一目見れないこともないだろう。…たぶん。撫でているとカプリコが思い切り小指を噛んできて物凄く痛かった。本当は少し怒りたかったけど、この後に大仕事が待っているのでやめておいた。たぶん、悪いことだと知っていて、噛んできたんだろうし。
空いている手で、これからがんばってね。と頭の付け根を掻いたとき、四本の箒が闇の中から舞い降りてきた。
チャーリーの友人達は陽気ないい人達だった。箱の中に手を突っ込んでいた私を見て物凄く驚いていていた。それから四人でドラゴンを牽引できるように工夫した道具を見せてくれて、私達は七人がかりでノーバートをしっかりとつなぎ止める。私達三人は四人と握手して、お礼を言った。
ついにノーバートは出発してしまい、だんだんと闇の中のさらに黒い点が小さくなっていく。やがて、消えた。


「ドラゴンはもういない、マルフォイは罰則を受ける。こんな幸せに水を差すものがどこにあるんだろうね?」


ハリーは螺旋階段を滑り降りて言った。ハーマイオニーもそれに続く。至極重い足を引き摺る私と違ってうれしそうにぴょんぴょん跳ねながら廊下に出て、固まった。ハリーの、半ば答えのいらない問いの答えはそこで待っていたらしい。


「さて、さて、さて。」


これは困ったことになりましたねぇ。暗闇の中からヌッと現れたフィルチの顔が囁くように言った。
あれ、と私は固まった。血の気がサッと引いていく。


「(…そういえば、透明マント、どこにやったっけ。)」


二人は透明マントを塔のてっぺんに忘れてきてしまっていた。






デイジーちゃんは昔からよくとばっちり受ける子。考えたらカプリコも男性名だったので二人称彼に変えます←
20110918
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