ハリーは、鏡を見つけた三日目の深夜、ダンブルドア先生に鏡を二度と探さないようにと言い含められたらしい。それからハリーはクリスマス休暇が終るまで透明マントをトランクの底に仕舞い込んだままにした。私は正しい選択だと思ったけれど、ハリーがそれから毎晩両親が殺される日の夢を見ると聞いて、本当に正しかったのかと悩んだ。高笑いと、悲鳴が響き、緑の閃光が両親を貫いて、消えてしまう夢。妙にリアルなのだそうだ。
ロンは、ダンブルドアの言うとおりだよ。鏡を見て気が変になる人がいるって。と至極喜んでいたので、私もその通りだと思うことにした。

新学期が始まる前日、ハーマイオニーが帰ってきた。ハリーが三夜連続でベッドを抜け出して学校中を徘徊したことには、もしフィルチに捕まっていたら!と驚き呆れていたけれど、どうせならニコラス・フラメルのことをハリーが何か一つでも見付ければよかったのにと悔しがっていた。ハロウィン前の彼女だったら考えられない発言だ。
私が図書館の近現代関連の蔵書を、ご飯と別授業と息抜きの時間を抜いて、残りの多くの時間を費やして片っ端から読んでいったにも拘らず、擦りもしなかったので、私達は図書館では見つからないのではとあきらめかけている。ハリーだけは絶対にどこかで見たといっているのだが、実際問題、ここまで手応えがないとそう思いたくもなるものだ。
新学期が始まって再び十分間の授業の間の休み時間で本を漁った。ハリーにはクィディッチの練習も始まったので私達より時間がなかった。
放課後、ロンとハーマイオニーはチェスをするということで談話室に戻ったので、私はとりあえず図書館に向かった。帰りに本を大量に借りていこうと思ったので荷物は全部持っていってもらった。
きっとハーマイオニーがチェスに誘ったのだろう。彼女がロンに勝てないのはチェスだけだから、それが何よりも悔しいのだと思う。
私もロンとやったのだが、確かに強かった。三回に二回は負けている。私も、弱い方ではないんだけどなあ。ゲームで負けたというのがなんだか悔しいけれど、ハーマイオニーほど勝ち負けに拘るタイプではない。それよりも好奇心のベクトルが向いているニコラス・フラメルが私の関心を大きく占めていた。実は今日から、中世の人物名鑑と研究に手を伸ばそうと思うのだ。今、生きている人間が載っているとは思えないけれど、近代はそれくらい読み尽くした。藁をも掴む気持ちだった。
図書館に、少し癇に障る気取った口調が響いたけれど聞こえないふりをした。反応したところで時間の無駄だ。
実は、私が最後に鍵を閉めると言う約束をしたので、マダム・ピンスはもういない。こんなに遅くまでいる生徒も私くらいしかいなかったので交渉は簡単だった。棚に付いているテーブルに立って、本を取って読んでは仕舞う作業を繰り返す。人の目を気にしないでいいというのはとても心が軽い。
中世の魔法界における発見と研究を手にとってNicolasの綴りを探す。


「あった…!」


ニコラス・フラメル、数ある名高い錬金術師。賢者の石の錬成に唯一成功。一三二六年生まれ。没年の記述が、ない、え、うそ。
錬金術師関連の本を端から取出し、読む。ダンブルドア先生との賢者の石の共同研究やら、その錬成の理論、その効力。そんなものが書いてあるものを積み重ねていく。大きな音がしたが気にしないでおこう。背後で咳払いが聞こえた。


「ダーズリー、君はパパとママに怒られなかったのかい?テーブルに乗るだなんて教養の欠片も見受けられないね。」

「マルフォイか。私忙しいの。バイバイ。」

「へえ、それはそれは…邪魔したくなるじゃないか。」


君もネビルみたいに僕の魔法の実験台になるといい。そう言って私に杖を向けた。背後のクラッブとゴイルもニヤニヤと念のためだか知らないが、バキバキと脅しのように指を鳴らす。正当防衛だ。と思ってローブに右腕を突っ込むと何もなかった。舌打ちをする。


「おやおや、まさか杖を忘れたのかい?君に杖があれば、僕といい勝負が出来ただろうに、残念だ。」


いい勝負って、私が圧勝って意味でいい勝負なんだよね?と思ったけれど口には出さなかった。面倒なことは嫌いだ。これ以上、マルフォイの気を逆撫でしても私にメリットがない。
私は、はっきり言うけれど、自他共に認めるまぬけだ。注意散漫なんとかとかいう障害だとか昔ダドリーに言われた気がするが、それくらい酷い。脚は、ダドリー軍団に追い掛け回されてて、遅い方ではない。喧嘩も、これまた軍団にやられまいと経験に経験を積んだので、マルフォイには負けないと、思う。クラッブとゴイルは、どうだろう。たぶん、やっぱりへましてボコボコだろう。
睨み付けたままでいると、マルフォイが杖を振るった。どうせ仕様もない呪文だろうと覚悟を決めて目を瞑る。


「“足よ硬直せよ(ロコモーター・モルティス)”!」


足縛りの呪いだと気付いた時には、脚が揃った。重心がいきなり移動したからバランスを崩す。とっさに棚を掴んだ。私は、結構な速さで倒れていたらしく、ゆっくり棚が傾いた。あ、やばい。さっと顔の血の気がなくなるのを感じた。交通事故の時と同じで、映画のフィルムを一枚一枚確認しているかのようにすべてが遅かった。マルフォイやクラッブ、ゴイルは大声を上げてどこかに逃げた。うわ、待て…!と手を伸ばしたとき、腰とお腹に同時に衝撃が走る。そして痛み。鈍い音が誰もいない図書館に響いた。


「い…っ、」


左脚が鉛みたいに重くて、それから急速に熱を持ち始めた。響くような痛みと鈍い痛みがそこばかりに集まる。まるで、心臓がそこにあるみたいにドクドクと神経の損傷を訴えた。たぶん折れてるな。と額に浮かんだ脂汗を腕で拭う。何回か骨は折ったことがあるから、冷静ではいられたけれど、痛いものは痛い。なんとか棚と床の間から這い出して医務室に向かおうと試みるも、脚が揃っている今、右を動かそうとすれば左も動くので、どうにも力を込めるのが億劫になった。棚を持ち上げようにも、ギチギチに本が詰められたそれは私が持ち上げられるような重さじゃない。それでもなんとか隙間を開けようと悪戦苦闘していると、バタバタと足音がして緊張が走った。マダム・ピンスが、フィルチが、スネイプ先生が来たらきっと怒るに違いない。マクゴナガル先生やフリットウィック先生なら、まだ釈明の余地があるけれど、あの足音はどう考えても違った。
どうか怒られませんように。と、いよいよ現れた人影に顔を隠して、出来るだけ小さくなった。泣きそうだ。一方的にやられて、足折って、その上減点に罰則なんか食らったら、もう、どうしたらいいか。


「デイジー…?」

「え…、ジョージ…?あれ、フレッド?」

「ジョージ、で、あってるよ。」


おそるおそる腕を下げると、それこそ骨が折れたか、脱臼したみたいに真っ青な顔をしたジョージがいた。私が何かを言う前に、素早く棚に手を掛ける。さすがビーターと言うべきか、棚は倒れたときよりもゆっくりだけれど、元に戻された。真紅のローブからビタビタと垂れた水が私を濡らす。


「うわ、ごめん。練習中雨が振ってたんだ。終わったあと、ホールで喋ってたら、大きい音とデイジーの声が聞こえて、フレッドは空耳だって言ったけど、気になって、そのまま来たから、だから、」

「ジョージが気付いてくれて助かったよ。フィルチに真夜中に発見されたらどうなってたか…。」

「笑い事じゃないだろ。」


顔を顰めたまま、私の足を見ると余計に顔を強張らせた。それから杖を出して、“終われ(フィニート)”と唱えた。足をすまきにされていたような感覚が消える。それから、すっと杖を振って本をしまう。なんだかんだで魔法がうまいので、彼らの魔法を見る度、すごいなあって感心するんだよなあ。
杖をしまったジョージが、すっと私の背中と腿に腕を通して持ち上げた。


「ちょっと、濡れるけど、我慢して。痛い?」

「え…、いや、だいじょう、ぶ。あ、ちょっと待って、あの本を…、」

「これ借りるの?マダム・ピンスは?」

「帰ってもらった。鍵、私が閉めることになってて、」

「鍵貸して。本、持てる?」

「うん。」


てきぱきと帰る準備を整えるジョージに、私は茫然と言いなりになる。片腕で私を支えたまま、本を私のお腹の上に置いて鍵を手に持った。図書館を出ると少し早歩きで、でも私には何も衝撃が来ないように丁寧に歩く。何人かとすれ違ったけれど、私の足と、ジョージの顔色を見たのか、誰もそれをからかったりはしなかった。視線を彼に向ける。口は真一文字に結ばれていて、泥が口のまわりに付いているのに、真剣だったからかっこよく見えた。かっこいいと思った。それに比べて、私は、バカみたいに青く腫れ上がった気味の悪い足をぶら下げて運ばれて、なんてダサいんだろう。ダドリーも、一回だけ、おぶって運んでくれたっけな。と思うと泣きたくなった。


マダム・ポンフリーには盛大に怒られた。でも一言で、それから減点もなかったので傷は浅い。マダムはぶつくさと、棚が腐っているから早く変えた方がいいと何回も言ってるのに、だとか、もっとしっかり固定しろだとか言っていた。ものすごく不味い薬を飲まされたかと思ったら、メキメキと左足から音がして不気味だった。音がしなくなると、マダム・ポンフリーが杖で二回私の足を叩いて腫れをひかせ、包帯を巻く。帰ってよしのお言葉を承って立ち上がると、待っていてくれたジョージが横について、私の左側を支えた。まだ完全にはくっついていないので、心強い。ローブは待っている間に、マダムが医務室が汚くなるとかいう理由で綺麗にして乾かしてくれたそうだ。本を自分で持とうとすると、ダメだと言われた。


「あのさ、」

「ん?」

「ありがとう。」

「もう聞いたよ。」

「あと口の周り、泥がついてるよ。」

「え?…あっ!」


思い当たる節があったようで、思い切り擦るけれど、ちょっとだけこびりついた泥が残っている。ひょこひょこと歩いて、ジョージの前に立ちはだかって、手を伸ばす。取れた。と言えば、彼の顔は、その赤毛と同じくらい真っ赤になって目をパチパチさせている。まあ、一応お兄さんだし、年下にそんなことされたら恥ずかしいのだろうけれど、気にすることないのになあ。


「そんなに練習厳しかったの?」

「練習はまあ、厳しかったけど、ちょっと驚いちゃって箒から落ちたんだ。」

「珍しい。ジョージにそんな驚くことがあるとは思わなかった。」

「スネイプが次のグリフィンドール対ハッフルパフ戦の審判だって聞いたら落ちるのも無理ないさ。」


肩をすくめる彼に、なんにせよ、怪我がなくてよかったねえ。と笑う。すると、そういえば、とジョージが口を開いた。


「どうしてまた下敷きになんかなってたんだ?そうそう本棚が倒れるってこと、ないと思うけど。」

「マルフォイに足縛りの呪いかけられた表紙に転びそうになって、棚に掴まろうとしたらあえなく、バターン!って。」

「嘘だろ?マルフォイよりもよっぽど魔法が使えるのに……反撃しなかったの?」

「杖、ハーマイオニーに預けてたんだよ。」


ついてないなあ。と溜息を吐くと、仕返ししてやれよ。なんなら手伝うし、きっとフレッドもロンもハリーも、グレンジャーだって手を貸してくれるさ。とすてきな提案をしてくれた。気持ちだけもらっとくよ。と返す。


「だって、そしたらまたやり返してくるだろうし、減点食らったらそれこそ思う壺な気がする。我慢してれば私だけですむ話だし、きっといつかマルフォイも飽きるよ。」

「それじゃ、君だけがつらいだけだろ?いいの?」

「まぁ、一番の理由は、顔を合わせたくないってだけだから。」


ジョージはまだ納得してない顔つきだったけれど、なるべく一人で行動するなよ。と言ってその話はそれきりになった。


「デイジー!」


談話室に入ると昂揚したらしいハーマイオニーが駆け寄って抱き付いてきた。思わずよろけ、ジョージが慌てて私の背に手を添えた。ハーマイオニーが首を傾げ、ハリーのあとから来たロンが、それじゃフレッドにからかわれても仕方ないぜ?と冗談を言う。それに悪ノリしたジョージが、ロニー坊やや、こんなことで騒ぐだなんてさぞ経験が浅かったのだろう。と私の肩を抱く。恥ずかしくなったらしいロンは、ジョージだって大したことないじゃないか!と彼らの赤毛と同じくらい顔を赤くして怒鳴り、暖炉の前の肘掛椅子にドサッと座った。恥ずかしく思う必要ないのになあ、高々十一歳で経験豊富でも困る。
ジョージはケラケラと大笑いしてからハリーの肩に手を置いてから、何かボソボソと話して、ハリーもボソボソと話して、それから、じゃあな。と階上に上がっていった。


「ジョージったら、顔が青くなかった?私、彼のあんな顔は初めて見たわ。デイジー、何かあったの?」

「マルフォイに足縛りでもかけられた?」

「そうだけど…なんで知ってるの?」

「ネビルもなんだ。さっき帰ってきたんだけどね。怪我はない?」

「ハリー、あなたデイジーがどんな風に戻ってきたかお忘れ?」


ハーマイオニーが私の足を見たので、なんとなく、いたずらをした子供のように、それを後ろにひいて少し隠した。さらっと、それとなくことの粗筋を言えば、ハーマイオニーはカンカンになってしまい、それを見たせいでか少し怒りを顕にしていたハリーは彼女を宥める。


「ネビルにデイジー、二人が反撃しないからってやりたい放題じゃない!」

「ハーマイオニー、何もデイジーだってこれから先、ずっと我慢しっぱなしじゃないよ!落ち着いて!」

「そうだよハーマイオニー。私だっていい加減にしろって思ったらボコボコにするよ?ほら、飛行訓練の時みたいにさ。」

「でもあなたは自分のことだと、まるっきりダメじゃない。下敷きになったのよ?下手したら死んだかも…!ジョージが青くなるのも無理ないわ。」

「そん、な、こと……あるかもしれないけど…。」

「ほら言ったでしょ?」


とにかく!あなたが行かないなら、私が一人で言いに行きますからね。とハーマイオニーが息を荒くして出ていこうとするので、それよりも見て!と慌てて本を差し出した。


「ニコラス・フラメル、いた。」

「……まあ…デイジー!なんて偶然なの!」

「僕達もさっき!ほら見て!僕、言ったよね?見たことあるって!ダンブルドアだったんだ!」


ハリーも話を逸らしてしまおうと思ったらしい、私に蛙チョコレートのカードを手渡す。


 アルバス・タンブルドア
 現在ホグワーツ校校長。近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使いと言われている。特に、一九四五年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名。趣味は室内学とボウリング。


「へえ、ボウリング趣味なんだ。意外。」

「そこじゃなくてこっち見ろよ。」

「あ、うん。見てるよ。じゃあそっちの、ハーマイオニーの持ってる本には賢者の石の記述があったんだね?」


頷くハーマイオニーに、見つかってよかったー。と伸びをする。ひょこひょこと歩いて、ロンと向かいの椅子に座った。ロンはすこしいびきをかいて寝ていた。


「あの犬がこれを守っているのは、たぶん間違いないわ。錬金術師の彼が、まだまだ奥の深い錬金術以外の研究に着手するとは思えないし、これだけ大きな力を持つものを保管するのならあれくらいの警備は当然よ。」

「うん、たぶんそれはあってると思う。もし違ったとしても、その石と同等か、それ以上に危険なものなはず。」


どうしようか。とみんなして黙り込むとロンのいびきだけが私達の思考をうやむやにした。途中でリズムが変わるので気が散る。


「とりあえず、フラメルはわかったわ。デイジーの怪我を先生に言いましょ。」

「え、やだよ。私、棚壊したんだよ?」

「マルフォイのせいだってちゃんと説明すれば、先生だってきっとわかって下さるわ。」


一応、またマルフォイにあったら反撃出来るように杖を持っていくわよ。と杖を手渡され、腕をぐいと引かれた。ハリーはロンを起こして上につれていこうとしている。諦めて歩けば、ハーマイオニーがジョージのように私を支えた。
マルフォイは五十点減点をくらい、罰として本の貸し出しチェックを命ぜられた。苛立ちを本にぶつけ、ページを破ったがために、マダム・ピンスにガミガミと怒鳴られていたのでいい気味だと思った。


数日後。クィディッチの試合当日、昼過ぎ、ロンとハーマイオニーと、更衣室の外で、Good luck.とハリーを見送った。そのあと双子が更衣室に入るときにジョージの方が私の包帯で固定されたままの足をチラリと見、顔を顰めたのを見て、ちょっとなんだかよくわからない不安を覚えたので足を少しだけ退いた。
ジョージの変化に気付いたらしいフレッドが、ジョージくんや、勢い余ってスネイプやマルフォイのクソ野郎にブラッジャーを当てるなよ。とニヤニヤする。双子だからだろうか。その意味をすぐに理解したようで、ジョージが真っ赤になって、お前じゃないんだからするはずない。と少し声を荒げていた。
二人が、一方的とはいえ口論をするのは珍しいなと思った。ハーマイオニーや彼女の隣のロンがクスクス笑っている。とりあえず二人にも、頑張ってね。と手を振ってスタンドに向かった。


「マルフォイは敵討ちしてくれるって意味で何となくわかったけど、どうして先生まで?しかも審判の。」

「ハリーが、マルフォイが付け上がってるのはスネイプのせいじゃないかって言ったみたいだよ。ハリーから聞いたんだ。」

「まぁ、そればかりは否定できないな。あ、それにしてもハリー大丈夫かなあ。顔青かったよ。」

「そりゃそうさ!審判が自分を殺そうとしてるんだからね。君はまだあいつが無実だって言うの?」

「無実なんて言ってないし、そんな言い方しなくてもいいじゃん。私、まだ先生だって確信してないだけだもん。」

「何にしろ、ハリーが狙われてるのは確実だわ。私達がなんとかしないと。」


ネビルの隣に私、ロン、ハーマイオニーの順で座りながら、袖に杖を隠す。ロンがもたもたと袖に杖を入れている時、ハーマイオニーが八十三回目の、忘れちゃだめよ。“足よ硬直せよ(ロコモーター・モルティス)”よ。を言ったので、ロンは、わかってるったら。ガミガミ言うなよ。とピシャリと言った。それに苦笑していると、視界に銀色が現れる。


「…ね、あれ、ダンブルドア先生だ!あそこ、教員用のスタンドの真ん中に、ほら!」

「まあ!こうなったらいくらスネイプでもハリーに手を出せないわね。」


選手がグラウンドに入場してきた時、スネイプ先生が憎々しげな顔をしたように見えた。まさか、ねえ。と思っていたら、ロンもそう思ったらしい。私達に、スネイプがあんなに意地悪な顔したの、見たことない。と耳打ちしてきた。
まぁ、そう思うのも私達の予想の範疇だったので、そのままグラウンドに目を向け続ける。スネイプ先生が、用意。と声をかけた。ロンが、プレイ・ボールだ。とまた言って、短く痛みを訴える。


「アイタッ!」


笛が鳴った。どうやらマルフォイがロンの頭をこづいたらしい。ロンは私を少しだけマルフォイから距離を取らせるように前に押し出した。あの一件時、ジョージが何かハリーに進言したらしいのだ。内容はもちろん私に教えられることはなかったけれど、以来、三人のうちの誰か一人は私と一緒にいて、尚且つマルフォイと鉢合わせしないようにしていたので、それ関連なのだろうと勝手に思っている。会えば嫌味だったし、あの出来事で少しトラウマに近い状態になってしまったから、マルフォイに一人の時に出会ってしまうのは避けたかった。だから、気持ちは嬉しいのだけど、なんだか私ばっかり迷惑をかけているようで申し訳なかった。

ああ、ごめん。ウィーズリー、気が付かなかったよ。マルフォイがわざとらしく言ったのが聞こえた。


「この試合、ポッターはどのくらい箒に乗っていられるかな?誰か賭けるかい?ウィーズリー、どうだい?」


マルフォイがなんだかごちゃごちゃわけのわからないことを言っていたけれど、ロンは答えなかった。ジョージがブラッジャーをスネイプ先生の方に打ったという理由で、先生がハッフルパフにペナルティー・シュートを与えていたからだ。私に向かって、ジョージったら本当にやっちゃったよ!と笑っていたので、存在ごと無視を決め込んだか、聞こえなかったに違いない。嬉しそうなロンとは対照に、ハーマイオニーは膝の上で指を十字架の形に組んで祈りながら、目を凝らしてハリーを見つめ続けていた。ハリーはスニッチを探して鷹のようにグルグルと高いところを旋回している。


「グリフィンドールの選手がどういう風に選ばれたか知ってるかい?」


しばらくしてマルフォイが聞こえよがしに言った。友達が二人しかいないからってちょっとうるさい。口を縫ってやりたくなる。ちょうどスネイプ先生が何の理由もなくハッフルパフにペナルティー・シュートを与えたところで、ロンは言わずもがなだけれど私も少し気が立っていたのだ。クィディッチの試合自体どうなるかわかったものでもないのに、ハリーがまた再び呪いで危うくなったらと思うと、マルフォイの構ってちゃんなんか相手にする余裕もない。


「気の毒な人が選ばれてるんだよ。ポッターは両親がいないし、ウィーズリー一家はお金がないし……ネビル・ロングボトム、君もチームに入るべきだね。脳みそがないから。」

「、マルフォイ、ぼ、僕、君が十人束になってもかなわないぐらい価値があるんだ。」


ネビルの体がぴくりと跳ねて、サッと顔を赤くし、振り向いてマルフォイの顔を見て、つっかえながら言う。するとマルフォイもクラッブもゴイルも大声で笑った。人をバカにした、好ましくない笑い声が過敏になっている神経を刺激する。ロンが試合から目を離さないまま、そうだ、ネビル、もっと言ってやれよ。と鼓舞した。


「ロングボトム、もし脳みそが金でできてるなら、君はウィーズリーより貧乏だよ。つまり生半可な貧乏じゃないってことだな。」

「……。」


ついに、試合観戦に支障を感じた。私は振り返って、脳みそが金でできてる?仮定の話でもナンセンスな例えだね。とマルフォイを睨んだ。そのスカスカ脳みそで考えた結果なら仕方ないけど。そこまで言うと大笑いしていたマルフォイの顔が固まり、一瞬顰めてから、元の人をバカにした顔に戻る。


「ああ、そうだ。そういえば君を忘れていたよ、ダーズリー。ロングボトムよりもまぬけだなんて、きっともうすぐ階段から落ちて死んでしまうんじゃないかな?」

「そう?でも、そんなマルフォイも相当気の毒だと思うよ。」


どこが。とせせら笑うマルフォイに、見た限り、品性ってお金じゃ買えないみたいだもの。と笑いかける。笑顔がまた固まって、それから青白い頬にピンクがさした。苦々しげに、君よりはあるよ。と吐く。じろじろと私を見てきたので、粗探しをしているのがわかった。


「…それにしても、クリスマスのプレゼントは貧乏なウィーズリー家からもらったセーターだって?そこまで君が貧しいだなんて知らなかったよ。今度僕のふくろうのエサでもあげようか?ウィーズリー、君もどうだい?」


完全に神経がマルフォイに向いた私とは違い、ロンはハリーのことが心配で、神経が張り詰めて切れる寸前だった。いや、私もハリーのことが心配じゃなかったわけではないのだけれど、気が散るのが嫌でマルフォイと退治していたらいつの間にかハリーから注意が反れていたのだ。不覚だ。


「マルフォイ、これ以上一言でも言ってみろ。ただでは、」

「ロン!デイジー!ハリーが!」


突然ハーマイオニーが叫んだ。ロンが、何?どこ?と尋ねるとハーマイオニーが指をさす。その先には弾丸のように一直線に向かって突っ込んでいくハリーがいた。ものすごい急降下だ。観衆は息をのみ、大完成をあげ、ハーマイオニーは立ち上がって指を十字に組んだまま口に食わえていた。


「運がいいぞ。ウィーズリー、ポッターはきっと地面にお金が落ちているのを見つけたのに違いない!」


マルフォイに飛び掛かろうと座席に足をかけるロンを視界の端に入れながら、私は振り向き様にマルフォイを殴った。ダドリー達によって鍛えざるを得なかった右ストレートは、見事にマルフォイの顎を捉えて脳を揺さ振る。やっと役に立った時が来た。マルフォイがふらふらと頭を押さえて倒れこむ。舌を噛んでしまえばいいのに。と思ったけれど、それは叶わなかった。
ロンが倒れたマルフォイに馬乗りになって地面に組み伏せる。フーフーと私が荒げた息を整えていると、怯んでいたネビルが観客席の椅子の背をまたいで助勢に加わった。ロンはマルフォイと取っ組み合って椅子の下を転がり回り、ネビルはクラッブとゴイルに殴られ悲鳴をあげながらも応戦している。

ネビルの悲鳴はそれはそれは痛ましかったのだが、ハーマイオニーは気付いていない。つまり、ここで私が参戦しても何も言われないはずだ。そろりと座席を越えて、ゴイルに向いているネビルを逆サイドから襲おうとしていたクラッブの首に勢いをつけた腕を引っ掛けて後ろに引き倒した。ラリアットである。ダドリーのはもっと力があったけれど、倒れたなら十分だ。すかさず立ち上がって掴み掛かろうとするクラッブの横っ面を左足で思い切り蹴った。ボキリ、嫌な音と、一瞬遅れて鋭い痛みが走った。そして左の脇腹にも。どうやらよろめくクラッブが私の左の脇腹を殴ったらしい。息が一瞬止まった。それから右のほっぺたを引っ掛かれてしまって、痛い痛いとわめいている暇はないと気付く。折れたらしい左足を軸に、右足でクラッブの顎を蹴りあげた。少し浮いて、…ドスン。いつかのトロールが倒れたときよりかは小さいけれど、大きな音を立てて倒れた。

後ろを振り向くとネビルがゴイルに腕で首を締めあげるスリーパーホールドによって気絶していた。二人の腰が地面とくっついていたので、そのまま右足をあげて、みしっ、と勢いよくゴイルの顔面に靴底を見せてやる。ゴイルの腕は緩んだけれど、ネビルは起きなかった。完全に落とされたらしい。
痛む足と脇腹に鞭を打って、ネビルをズルズル引き摺り、椅子に座らせて、ゴイルから引っ剥がしたローブを体が冷えないようにかけてやる。ロンの方を見るとまだゴロゴロとやっていたので、ひょこひょこ歩いて向かう。二人は、まあ、五分五分、と言ったところで、ロンは鼻血を出していたし、マルフォイは目に大きな痣があった。


「ロン、まだやってるの?こっちは終わったよ。」


マルフォイは力の強い人には弱いから、ちょっとビビらせてやろうとニヤッと笑って、いつもとは逆に私がマルフォイを(物理的にだけれど)見下すと案の定マルフォイは目を丸くして私の後ろを見た。君の小さなお友達、みんな私が子守唄歌ったら眠っちゃった。と言えば、上にいたロンを蹴落として駆け出す。通りざまに押し退けられ、足を痛めていた私は椅子にそのまま着席した。マルフォイは“小さなお友達”の頬を叩いて起こし、逃げるようにして足早にスタンドをあとにする。元の席を見るとハーマイオニーが前列のパーバティに抱き付いていた。そちらに戻ろうと腕に力を込めて立つと、ロンが真っ青な顔で駆け寄ってくる。その顔色がジョージと一緒で笑ってしまったのだけど、本人は気が付いていなかった。


「君、足…治ったんじゃないの!?」

「完治してなかったから、さっき思いっきり蹴ったら折れちゃったみたい。」

「……どうしよう。二人に何て言われるか……二人だけじゃなくて、きっとジョージにも大目玉食らっちゃうよ。
あ、肩掴まって。僕、相手がお坊ちゃんだったから全然怪我してないんだ。」

「鼻血出てるけど。」

「嘘だろ?」


鼻の下を触って、うわ、と顔を歪めるロンにポケットから出したハンカチをあげる。確か、ティッシュは鼻血を止めるのによくないって聞いたことがある。ロンが、ありがとう。を言うのと、ハーマイオニーが私達に気付いたのはほぼ同時だった。


「なんてことなの!」


私やロン、それからネビルの様子を見たハーマイオニーはロンに食って掛かったので、私が慌てて説明すると、彼女は驚くことに大いに悔しがった。彼女は彼女で、堪忍袋をパンパンに膨らませていたらしい。もちろん私達の怪我を少し顔を青くして心配したけれど、ああ、本当に私が参加していれば、二人の怪我はもっと少なかったはずだし、私もすっきりしたのに!と、もはや心配しているのか嘆いているのかわからなかった。
ハーマイオニーの後悔を聞いたあと、私達はハリーがスニッチ取ってグリフィンドールに勝利をもたらしたことを教えてもらった。新記録だそうだ。こんなに早くスニッチを捕まえるなんて前代未聞だと思うくらい早かったらしい。私達はその瞬間を見ることが叶わなくて肩を落としたけれど、やっぱり嬉しかった。ハリーは無事だし、グリフィンドールは勝った。ネビルと私はクラッブとゴイルを殴れたし、ロンはマルフォイの目に青あざを作ることができた。それに、何と言っても、今回の勝利で寮対抗杯でグリフィンドールはトップに躍り出たのだ!喜ばないでいられるものか。スリザリンにずっと負け続けていたのだから。

ハリーが更衣室から一人で出てきて芝生を歩いていたのをグリフィンドール寮生が取り囲んでハリーを肩車ましてくれたので、私達はハリーを見ることができた。隣の二人と同じように、ピョンピョン跳ねて、もっとハリーをよく見たかったけれど、私には出来なかった。

しばらくあの熱気ではハリーとは話せそうにないと思い、三人で医務室向かったあと、大広間に行った。マダム・ポンフリーに、一体あなたは何度大怪我を済むんですか!と怒鳴られ、学習するようにと、足だけしか魔法を使った治療を受けることを許されなかった。しかもまた完全に治っていない状態まで。頬の引っ掻き傷と脇腹の大きなあざは、絆創膏と湿布というなんとも見慣れたものたちで行われた。おかげさまで夕食は、こんなに疲れているにも拘らず、痛くてちょっとずつしかしか食べれなかった。他のグリフィンドール寮生は、主に双子を中心に、宴会のように騒いでいたのだけれど、私はひたすら拍手を送ることに徹した。目の前のロンと目が合う。


「デイジー、大丈夫?…その、お腹。足は歩けそう?」

「まずまず、かなあ。ゆっくり歩く分にはたぶん大丈夫。どうかしたの?」

「ハリーがいないの。」


ロンより先に、その隣のハーマイオニーが眉を潜めて声を出した。私はすこし身を乗り出して、大広間を見渡す。ちょうどダンブルドア先生が立ち上がり、ちょっと長いごちそうさまをし始めた時だった。ハリーもいなかったけれど、クィレル先生やスネイプ先生も見当たらなかった。


「やっとみつけた!」

「ハリーったら、一体どこにいたのよ!?」


ハーマイオニーが甲高い声を出してハリーに走り寄ると、僕らが勝った!君が勝った!僕らの勝ちだ!とロンもハリーに駆け寄って、ハリーの背中をポンポン叩きながら言う。


「それに、僕はマルフォイの目に青あざを作ってやったし、ネビルなんか、クラッブとゴイルにたった一人で立ち向かったんだぜ。途中でデイジーも参加したけどね。まだ気を失ってるけど、大丈夫だってマダム・ポンフリーが言ってた。
それにしても、デイジーってとっても強いんだね。気が付いたらクラッブもゴイルもデイジーが伸しちゃってたんだ。代わりにデイジーの足がまた折れちゃったんだけど、折れたまま戦えるってすごいよな……スリザリンに目にもの見せてやったぜ。
みんな談話室で君を待ってるんだ。パーティをやってるんだよ。フレッドとジョージがケーキやら何やら、キッチンから失敬してきたんだ。」

「それどころじゃない。」


ペラペラと饒舌に話すロンをハリーはバッサリ切り捨てた。どこか誰もいない部屋を探そう。と歩きだす。大変な話があるらしい。ハリーはピーブスがいないことを確かめてから部屋のドアをピタリと閉めて、森でみたスネイプ先生とクィレル先生のやりとりを話してくれた。


「僕らは正しかった。賢者の石だったんだ。それを手に入れるのを手伝えって、スネイプがクィレルを脅していたんだ。スネイプはフラッフィーを出し抜く方法を知ってるかって聞いていた……それと、クィレルの“怪しげなまやかし”のことも何か話してた……フラッフィー以外にも何か別なものが石を守っているんだと思う。きっと、人を惑わすような魔法がいっぱいかけてあるんだよ。クィレルが闇の魔術に対抗する呪文をかけて、スネイプがそれを破らなくちゃいけないのかもしれない……。」


ロンが勝ち誇ったように私を見て、これでも君はあいつの肩を持つの?と言ってきたので首を振った。


「人が見たり聞いたりしたものを話として聞くと、事実と違う認識を持つって聞くけど、とりあえずその前提で考えてみるよ。」

「でも、それじゃ、賢者の石が安全なのは、クィレルがスネイプに抵抗している間だけということになるわ。」


ハーマイオニーが警告した。


「それじゃ、三日ともたないな。石はすぐになくなっちまうよ。」


ロンが言った。






表現があからさますぎてこれでいいのかと思う。しかし外国人だしこれくらい積極的でいいのかなとも思う。
20110831
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -