「雪合戦をしよう。」

「絶対嫌だ。」


十二月も半ば、クリスマスももうすぐ、そんなある朝である。目を覚ますとホグワーツは深い雪におおわれ、湖はカチカチに凍り付いていた。寒くなって目覚めてしまった私が談話室の暖炉の前で、ベッドから持ってきた布団に包まり、宿題をやっていると双子が両隣にやってきた。


「君のすてきな魔法でクィレルに雪玉を付きまとわせて、ターバンの後ろでポンポン跳ね返るようにしたいんだ。」

「ねえ、それ合戦じゃないし、すごい自分本位。」

「そう?きっとデイジーも楽しいと思うんだけどなあ。」

「私だけが処罰受けるだろうというのをおわかりか。」

「なになに?私も是非やりたい?」

「一人でやればいいよ。」


ねえ、この人話聞く気ないの?とブルリと震えながら布団にうずくまり、ジョージに救いの手を求めた。フレッドに絡まれたときの定番のパターンである。ジョージは私の問いに答えることはなく、猫みたいだね。と頭をぐしゃぐしゃにしてきた。犬のあとは猫かよ。最早いいペットか玩具だ。ウィーズリー家の双子は二人揃うと話を聞かないらしい。
頭をぐしゃぐしゃにされたり、耳やほっぺをつままれたり、布団を引き剥がされそうになったりして、全く宿題(しかも魔法薬学)がすすまなかったので、女子寮に行ってアンジェリーナを呼んだらすぐにことはおさまった。これも最近のテンプレートだったりする。
あとで聞いた話だけれど、結局フレッドとジョージは結局クィレル先生のターバンの後ろで雪玉をポンポン跳ね返るようにしたらしい。罰を受けたそうだ。ほら、言わんこっちゃない。

それからハグリッドに聞いた話だけれど、猛吹雪をくぐってやっと郵便を届けた数少ないふくろうは、体力を回復して飛べるようになるまで、ハグリッドの世話を受けているそうだ。カプリコは全く、平然と、いつものように私に通信を届けてくれた。全然嬉しくなかった。

みんなクリスマス休暇が待ち遠しかった。グリフィンドールの談話室や大広間には轟々と火が燃えていたけれど、廊下はすきま風で脚が凍るんじゃないかと思うほど寒く、教室では身を切るような風が窓をガタガタいわせた。そんな中、私は人目を気にせずタオルケットに包まりながら移動し、授業を受けていた。先生も私の白い、血の気のない肌に同情してか、一度も注意をしたことはない。
個人的に、一番寒くて死が近くなる気がしたのはスネイプ先生の地下牢教室だった。吐く息が白い霧のように立ち上るくらい寒い。生徒達はできるだけ熱い釜に近づいて暖を取ったけれど、私はそれでも手足の冷えが取れず、結局包まったままだった。
しかしやはりタオルケットを指摘されたので、マルフォイ達がクスクス笑う中、体温が人よりも低くて、手足が動かないので…。と理由を説明すると、仕方あるまい。の一言ですんだ。みんなはこれを奇跡と呼んでいたりする。


「かわいそうに。家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね。」


魔法薬の授業の時、マルフォイがハリーの様子を見ながら言った。この授業の時はいつもマルフォイは減点されないので横柄な態度を取ってくる。しかもクィディッチの試合以来、スリザリンの負けを根に持ってますます嫌味なやつになりさがっていた。
マルフォイがハリーを笑い者にしようと、次の試合には大きな口の木登り蛙がシーカーになるぞ。とはやしたてたことがあったけれど、笑うのはクラッブとゴイルをはじめとするスリザリン寮生くらいしかいなかった。乗り手を振り落とそうとした箒に見事にしがみついていたハリーにみんなすごく感心していたからだ。
だから、妬ましいやら腹立たしいやらで、マルフォイは、また古い手に切り替え、ハリーにちゃんとした家族がないことを嘲った。もちろんその火の粉は親戚だとか言う理由だかなんだか知らないけれど、私の方にまで降り掛かってきたが、もはや今更な言葉ばかりなので何とも思わなかった。かわいそうだなあ。と呟いたら、怒ったマルフォイに足もつれの呪いをかけられたけれど、結局スリザリンの減点に繋がったので腹を立てる気にもならなかった。

クリスマスにプリベット通りに帰るつもりはハリーも私も更々なかった。どうせダドリーに、クリスマスプレゼントに貰ったエアガンか何かで狙い撃ちにされるのがオチだろう。むしろ何故そんなチャンスを与えなければならないのか。
先週、マクゴナガル先生が、クリスマスに寮に残る生徒のリストを作った時、真っ先にハリーに名前を書いてもらった。ロンもフレッドもジョージもパーシーも、両親がチャーリーに会いにルーマニアに行くらしく、学校に残ることになっていた。アンジェリーナは帰るらしい。ハーマイオニーも。つまり私を救ってくれる人は皆無というわけで、ものすごく不安だ。
魔法薬の授業を終えて地下牢を出ると、行く手の廊下を大きな樅の木が塞いでいた。木の下から二本の巨大な足が突きだして、フウフウいう大きな音が聞こえたのでハグリッドが木を担いでいることがすぐにわかった。


「やぁ、ハグリッド、手伝おうか?」

「いんや、大丈夫。ありがとうよ、ロン。」


ロンが枝の間から頭を突きだして尋ねるとハグリッドは頭を振った。髪や髭に着いていた雪が容赦なく私達にかかった。


「手伝うよ。二本も持ってるもん。一本くらいいいでしょ?」

「おまえさんたちに持てるようなもんじゃないぞ。」


頑として手伝わせようとしないハグリッドにタオルケットの奥の、マントの奥のローブの懐から出した杖を見せる。何も自力でなんて言っちゃいないよ。とくしゃみをしてから杖を振る。“浮遊せよ(ウィンガーディアム・レヴィオーサ)”。案外この魔法は重宝していたりする。


「すみませんが、そこどいてもらえませんか。」


後ろからマルフォイの気取った声が聞こえて、私を押し退け、鼻で笑う。


「ダーズリー、そんな簡単な魔法を見せびらかして…自慢かい?
おや、ウィーズリー、君はお小遣い稼ぎですかね?君もホグワーツを出たら森の番人になりたいんだろう。ハグリッドの小屋だって君達の家に比べたら宮殿みたいなんだろうねぇ。」


私が宙に浮かせた樅をぶつけてやろうかと思った瞬間、そして、ロンがまさなマルフォイに飛び掛かろうとした瞬間、スネイプ先生が階段を上がってきた。


「ウィーズリー!」


ロンはマルフォイの胸ぐらを掴んでいた手を離した。ハグリッドが大きな顔を木の間から突き出し、喧嘩を売られたんですよ。とかばう。


「マルフォイがロンの家族とデイジーを侮辱したんでね。」

「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だろう、ハグリッド。
ウィーズリー、グリフィンドールは五点減点。これだけですんでありがたいと思いたまえ。さあ諸君、行きなさい。」


相変わらずの理不尽さである。それさえなければ、ハリーもロンもハーマイオニーだって、あそこまで疑いを深めなかっただろうに。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルの三人はニヤニヤしながら乱暴に木の脇を通り抜け、針のような葉をそこらじゅうに撒き散らした。


「私、樅をぶつけなくてよかったー。そしたらもう二十点くらい減点だもん。ハリーがせっかく稼いだ点が減っちゃう。」

「ぶつけてやればよかったんだ。君は、それ以上に変身術と呪文学で稼いでいるんだから。」


覚えてろ。とロンはマルフォイの背中に向かって歯ぎしりした。


「いつか、やっつけてやる…。」

「入学初日に呪ってやるって決意したら二週間内に実行できたよ。」

「そりゃいいや。」

「いつも思っていたけど、あなたって最高。」

「マルフォイもスネイプも、二人とも大嫌いだ。」


ハリーが言うと、さあさあ、元気出せ。もうすぐクリスマスだ。とハグリッドが励ました。


「ほれ、一緒においで。大広間がすごいから。」


ハグリッドと樅の木の後について大広間に向かう。マクゴナガル先生とフリットウィック先生が忙しくクリスマスの飾り付けをしていた。


「あぁ、ハグリッド、最後の樅の木ね。あそこの角に置いてちょうだい。
まぁ、ミス・ダーズリー、お手伝いありがとう。魔法も難なく使い熟しているようで、私達も鼻が高いです。グリフィンドールに五点差し上げましょう。」


まさかの棚ぼただ。ロンを見るとにこりと笑ってきた。杖で木を移動させ、置く。広間は素晴らしい眺めだった。柊や宿木が綱のように編まれて壁に飾られ、クリスマスツリーが十二本も聳え立っていた。小さな氷柱でキラキラ光るツリーもあれば、何百という蝋燭で輝いているツリーもあった。
ハグリッドが、お休みまであと何日だ?と尋ねているのを尻目に、杖の先から金色の泡をフリットウィック先生にそれのやり方を教わる。あまりうまくない。銀色だ。先生は褒めてくれたけれど、あともう少しで金色らしい金になるところでハーマイオニーに襟首を掴まれた。図書館へ行かなくちゃ。と言われ、あぁ。と頷いた。フリットウィック先生にありがとうございますと手を振った。
ハグリッドが私達について大広間を出る。


「図書館?お休み前なのに?お前さんたち、ちぃっと勉強しすぎじゃないか?」

「休み前まで勉強するわけないよ。勉強って言葉を聞くとアレルギーでそう。」

「ハグリッドがニコラス・フラメルって言ってからずっと、どんな人物か調べているんだよ。」


ハリーが明るく答えるとハグリッドが、なんだって?と驚いた。まあ、聞け。と自分に落ち着かせるように言った。


「俺がいったろうが…。ほっとけ。あの犬が何を守っているかなんて、お前さんたちには関係ねぇ。」

「関係ないって言われたって、好奇心がニコラス・フラメルを探せって言うんだもん。」

「私達、ニコラス・フラメルが誰なのかを知りたいだけなのよ。」

「ハグリッドが教えてくれる?そしたらこんな苦労はしないんだけど。僕たち、もう何百冊も本を調べたけど、どこにも出ていなかった。何かヒントをくれないかなあ。僕、どっかでこの名前を見た覚えがあるんだ。」

「俺はなんも言わんぞ。」


ハグリッドがきっぱりと言った。


「それなら、自分達で見つけなくちゃ。」


ロンが当然というように言った。私達はムッツリしているハグリッドを残して図書館に急ぐ。ハグリッドがうっかりフラメルの名前を漏らして以来、ずっと本気でフラメルの名前を調べ続けていた。
三人はスネイプ先生が何を盗もうとしているのかを知るために調べている。私はまだ先生がそうだと考えてはいないけれど、何にしろ誰かが盗もうとしているのは確かなので、その話で水を差すことはしなかった。
それよりもやっかいなのは、フラメルが本に載る理由がわからないことだった。ネットだったら名前を入れてEnterキーで一発なのに、ちょっと不便だ。どこから探せばいいのかわからないので、最近の人物名鑑から手を出していったけれど、“二十世紀の偉大な魔法使い”にも載ってなかったし、“現代の著名な魔法使い”にも載っていない。じゃあ、ということで最近の研究に手を伸ばしても“近代魔法界の主要な発見”にも“魔法界における最近の進歩に関する研究”にも載っていなかった。
そもそも図書館も図書館で何万冊もの蔵書が詰まっているので調べるのに骨がいるのだ。あぁ、ネットなら…。そんなことを何百回思ったことか。


「期末で近代の魔法使いと発見が出たら高得点取れるよ、きっと。」

「生憎、このペースで行くと魔法史は古代史で終わると思うわ。」


ハーマイオニーが調べる予定の内容と表題のリストを取り出し、ロンが通路を大股に歩きながら、並べてある本を書棚から手当たり次第に引っ張り出し、私が読む。私ばかりしんどいとしか考えられない役割分配だ。とはいえ、私が一番文字を読む速さが速いのでしかたなかったりする。目が疲れたので首を回した。
本当はマダム・ピンスに尋ねたいところなのだが、どこから話が漏れるかわかったものではないし、双子からマダム・ピンスがフィルチと仲がいいという中々に侮れない情報をいただいたので、彼女には聞かないというのが私達の暗黙の了解だ。


「これもない。ニコライならいたけどね、ロシアの。」

「じゃあ今回はこれで中断しましょ。もう三十分経ってるわ。」


廊下に向かうとハリーが待っていた。なんでも閲覧禁止の棚に近づいたらマダム・ピンスに追い出されたらしい。


「私が家に帰っている間も続けて探すでしょう?特にデイジー、なんとかして閲覧禁止の方も探してほしいんだけどできる?」

「マクゴナガル先生に動物もどきの本を他にも探したいって言って探してみるよ。あんまり嘘つくのって気が向かないけど。」

「見つけたら、ふくろうかカプリコで知らせてね。」

「君の方は、家に帰ってフラメルについて聞いてみて。パパやママなら聞いても安全だろう?」


ロンがおどけて尋ねると、ハーマイオニーは、ええ、安全よ。と鼻を鳴らした。


「二人とも歯医者だから。」


クリスマス休暇になると、ロンもハリーも楽しいことがいっぱいらしく、フラメルのことは忘れてしまったようだ。私なんか、寝室は一人。通信はやらなきゃいけない。マクゴナガル先生やフリットウィック先生との一人講習で、言うほど楽しくはなかった。授業はそもそもみんなの先を進んでいるので、何かができなかったとしても叱られることがなく、褒められることばかりなので楽しいけれど。
最近はずっと寝室でなくて談話室で寝ている。寒い、寂しい、つまらない、の三拍子が揃っているからだ。暖炉の火を見ていれば、なんとなく落ち着いたし、誰かしら一緒にいてくれるので、断然こっちの方がいい。
だらだらとロンとハリーと私で暖炉のそばの心地いい肘掛椅子を占領し、何時間も座り込んで串に刺せるものは凡そ何でも刺して火であぶって食べた。個人的にマシュマロをあぶったやつをビスケットに挟んで食べるのが断トツですきだったりする。
食べながらドリルをやって、ドリルをやりながら、マルフォイを退学させる策を練った。まぁ実際に実行することはないけれど、とりあえず今までの不満を想像上のマルフォイで解消することができたのでよしとしよう。

ロンはハリーに魔法使いのチェスを手解きした。マグルのチェスとルールは変わらないけれど、駒が生きているのが違っていた。実際にやってみたハリー曰く、戦争で軍隊を指揮してるみたい!だった。只今ハリーはロンに全敗である。
ロンのチェスは古くてヨレヨレだった。ロンの持ち物はみんな家族の誰かのお下がりらしいのだけれど、チェスはおじいさんのお古らしい。しかし、古い駒だからといって弱いわけではなく、寧ろロンは駒を知り尽くしているので、命令のままに駒は動いた。
ハリーのはシェーマスの借り物なので全く信用されず、駒が勝手に叫んでハリーを混乱させた。まあ、それを抜きにしてもハリーはロンに勝てないと思ったのが素直な感想だったのだが。


クリスマス・イブの夜、いつも通り談話室で寝た。よく考えたらプレゼントが待ち遠しくて待ってる子供のように見える気もしたけれど、それはそれでいいや。と眠った。どうせ、今年も、クリスマスも、両親はダドリー坊やで手一杯さ。


「デイジー!デイジー!」

「……なに。」

「メリークリスマス。」


ハリーが私を揺り動かして起こした。ロンが奥から百味ビーンズをつまみながら声をかけてくる。ああ、今日ってクリスマスか。と思いながら、メリークリスマス。と返した。目を擦る。ちょう、眠い。


「君の分のプレゼント、僕が開けておいたよ。」

「いや、それ、ただ勝手に開けただけじゃん。恩着せがましいな。」


端からプレゼントには希望も何も持っていなかったのだけれど、パパとママから、昔ダドリーに裂かれたのにそっくりな灰色の猫の大きなぬいぐるみ、マージおばさんから普通の茶色い大きなテディベアが送られてきた瞬間、自分がどんなイメージを抱かれているのかわからなくなった。いや、すきだけど、ぬいぐるみ。どう家に持って帰れと。二つとも大きいので無理だと思う。むしろ置いておくべきなのか相当迷った。しかしいい抱き心地である。
ハグリッドからは木製の箱に入ったオルゴールだ。ドラゴンが彫られた蓋を開けると、素朴で透き通った音が流れる。箱は手作りなのだろう。ドラゴンの爪が一本削り損ねて欠けてしまっていた。


「ハリーはなにもらったの?」

「ハグリッドからは、たぶん手作りの横笛で、君のパパとママからは……。」


手に持っているメモ用紙を裏返した。五十ペンス硬貨がセロテープで貼りついている。


「どうもご親切に。」

「なんか、うちの両親が…ごめん。」


なんだかものすごく切なくなった。だったらもらわない方がましな気がするもん。ロンは五十ペンス硬貨に夢中で、へんなの!とか、おかしな形。とか、これ、本当にお金?とか言っていたので、ハリーが、あげるよ。と言うと物凄く喜んだ。なんだか可愛くてハリーと笑ってしまった。


「ハグリッドの分、おじさんとおばさんの分……それじゃこれは誰からだろう?デイジーにも同じ包みがあるから、たぶん僕らの共通の知り合いだと思うんだけど…。」

「基本的に片方の知り合いはもう片方の知り合いだよ、私達って。友達の輪、狭いね。狭い割に把握仕切れてないってどうなの、人として。」

「知らないよ、そんなこと言われたって。」


はい。と渡された包みを触ってみる。モッコリしてて柔らかい。私好みの弾力で、掌で弾力性を堪能していると、僕、誰からだかわかるよ。とロンが少し顔を赤らめて、大きなモッコリとした包みを指差した。


「それ、ママからだよ。ハリーがプレゼントもらう当てがないって知らせたんだ。そしたら、ママったら君達を気に入ってたらしくて……でも、…あーあ、まさか、ウィーズリー家特製セーターを君達に送るなんて。」


ハリーが急いで包み紙を破ると、中から厚い手編みのエメラルドグリーンのセーターと大きな箱に入ったホームメイドのファッジが出てきた。私は真紅の首周りの広いタートルネックだ。


「へえぇぇ…いいねえ。私、寒かったからセーターを荷物に入れてなかったの後悔してたんだー。着ていい?着ちゃえ。」

「ちょっと、女子寮戻って着替えなよ!」

「えー?」


パジャマの下は長袖の薄いTシャツを着ていたのでそのまま脱いで、上からセーターを被る。うはあ、ちょう暖かい。ファッジを口に入れる。ちょううまい。

ママは毎年僕達のセーターを編むんだ。とロンが自分の包みを開けた。嫌な顔をする。


「僕のはいつだって栗色なんだ。」


どうやら栗色が不満らしい。ハリーがファッジをかじりながら、君のママって本当にやさしいね。と言ったら溜息をついていた。仕方ないのでマージおばさんからもらった方のテディベアをホグワーツにいる間、貸してあげると言ったら、いくらかうれしそうにしていた。テディベアがすきらしい。可愛いなお前。

ハーマイオニーからは、新しい羽ペンとインクだった。私のはもうペン先が潰れてしまったのとインクが少ししかなかったのを知っていたらしい。プレゼントを買うことはホグワーツにいたために出来なかったけれど、前日にクリスマスカードをカプリコに頼んで送ることが出来てよかったと思った。手紙を開いて二回叩くと、私がキッチン(屋敷しもべ妖精がたくさんいて驚いた)で作った一口サイズのケーキ六種が三つずつ、お皿に乗って出てくるようにしてあるのだ。喜んでくれたら、いいな。と思ったら、カプリコが帰ってきた。ハーマイオニーからの手紙で、喜びの言葉が綴られていた。

ドサッと音がして顔を上げる。どうやらロンがハーマイオニーから送られた百味ビーンズの箱を落としたらしい。僕、これがなんなのか聞いたことがある。と言ったロンの目はハリーの足元の銀色に輝く布に向いていた。


「もし僕の考えているものだったら……とても珍しくて、とっても貴重なものなんだ。」

「確かに珍しそうなオーラは感じるけど…そんな?」

「で、なんだい?」


ハリーが布を拾い上げる。なんだか、しっとりしていて、艶々しているので、水銀みたいだなと思った。


「これは透明マントだ。」


テディベアを腕に抱いて、貴いものを畏れ敬うような表情で言うロンは、どうにも滑稽だった。きっとそうだ。と言うロンに、ちょっと着てみて。と勧められ、ハリーはマントを肩からかけた。うわ、うわ、うわ、ぐろ。足、ない。首、浮いてる。きもちわる。茫然とする私。ロンが叫び声を上げた。


「そうだよ!下を見てごらん!」


ハリーは勧めに従い、下を見て、それから顔を上げてそのまま鏡の方へ、たぶん、走っていった。何せ首が猛スピードで動くので気持ち悪さしか感じられない。ハリーがマントを頭まで引き上げると、ハリーが全く見えなくなった。はらりと紙が落ちたのが見えた。
ロンがそれを知らせるのでさえ大声を出した。ハリーがマントを脱いで手紙を掴んだで一息つく。あれはすごいけど、私の心臓とは相性が悪いようだ。
なんて書いてあるって?と顔を寄せると、誰からかはわからないや。とハリーが手紙を見せてくれた。


「君のお父さんが亡くなる前にこれを私に預けた。君に返す時が来たようだ。上手に使いなさい。メリークリスマス。
…ハリーのパパの知り合いじゃない?」

「うん、だと思う。」


生返事だ。ハリーは手紙を見つめて、ロンはマントに見とれていた。


「こういうマントを手に入れるためだったら、僕、なんだってあげちゃう。ほんとに、なんでもだよ。
…どうしたんだい?」

「うぅん、なんでもない。」


誰がそんな高価なものくれたんだろうなあとハリーの手の中のマントを眺めていると、談話室に誰が降りてきた。騒がしいのでおそらくフレッドとジョージだろう。ハリーが素早く透明マントを隠しているのが見えた。それが正解だと横目でみながら思った。あの二人に見つかったら一時間で先生に没収されてしまうだろう。


「メリークリスマス!」

「おい、見ろよ。ハリーもウィーズリー家のセーターを持ってるぜ!デイジーもだ!」


フレッドとジョージも青色のセーターを着ていた。片方には大きく黄色でフレッドのFが、もう片方にはジョージのGがついている。見分ける用なのだろうか?たぶんそうなのだろう。
フレッドがハリーのセーターを手に取り、ジョージが私のを、顔をぐっと近付けて見た。


「でもハリーの方が上等だな。」

「デイジーのなんて絶対に毛糸からいいの使ってるぞ。」


ロンがこっそり、ママは身内じゃないとますます力が入るんだよ。と教えてくれる。そんなロンの手には栗色のセーターが乗っていて、ジョージがニヤリと笑った。


「ロン、どうして着ないんだい?着ろよ。とっても暖かいじゃないか。」

「僕、栗色は嫌いなんだ。」


モゴモゴと気乗りしない様子でセーターを被る。なんだかんだ着るのだから、少し笑ってしまった。
イニシャルがついてないな。とジョージが気付く。


「ママはお前なら自分の名前を忘れないと思ったんだろう。でも僕達だってバカじゃないさ。自分の名前くらい覚えているよ。グレッドとフォージさ。」

「……。」


この人達、毎日楽しいんだろうな。と思った。何も言わなかった。これで名前のことに突っ込んだら、きっと、ぐるぐる入れ替わって、どっちだ?とからかってくるに違いない。もう何回もその手に乗ってしまったので私は学習したのだ。正解でも間違えても、違うよ、それでも友達?などと言ってくる。友達の兄貴がどっちがどっちかなんてわかるわけない。たまに頭が痛くなるので困り物だ。
この騒ぎはなんだい?とパーシーが階段を降りてくる。プレゼントをあける途中だったらしい。手にはもっこりとしたセーターがあって、それをフレッドが目ざとく見つけた。そういう才能だけは無駄に高い。才能の無駄遣い極まりない。


「監督生のP!パーシー、着ろよ。僕達も着てるし、ハリーやデイジーのもあるんだ。」

「ぼく…いやだ……着たくない。」

「何を今更。デイジーなんか喜んで着たぞ。たぶんね。」


双子が無理矢理頭からセーターを被せる。パーシーのメガネがズレた。なんていうか、パーシーの言い分もわかるけど、あの二人も一応母思いなのかもしれない。ふざけてるけど。確信持っては言えないけど。双子は腕をセーターで押さえ付けるようにして、ジタバタもがくパーシーを連れていった。


クリスマスのご馳走は朝から豪勢だった。丸々太った七面鳥のロースト百羽、山盛りのローストポテトとゆでたポテト、大皿に盛った太いチポラータ・ソーセージ、深皿いっぱいのバター煮の豆、銀の器に入ったこってりとした肉汁とクランベリーソース。きっとダドリーだって食べたことがないものばっかだったろうし、横取りできるほど食べれなかったと思う。テーブルのあちこちに魔法のクラッカーが山のように置いてあった。
うちではプラスチックのおもちゃや薄いペラペラの紙帽子が入っているクラッカーを買ってきていたけれど、さすがというかなんというか、何もかもがマグルのものを上回っていた。ハリーがフレッドと一緒にクラッカーの紐を引っ張ったときなんか、火薬銃の破裂音の比じゃない。大砲みたいな音をあげて爆発し、青い煙が立ちこめたと思ったら、中から海軍少将の帽子と生きた二十日ねずみが数匹飛び出したのだ。私は、大きな音も、二十日ねずみも苦手だったから、一人できゃーきゃー騒いでいて、なんだか恥ずかしかった。

上座のテーブルではダンブルドア先生が自分の三角帽子と花飾りのついた婦人用の帽子とを交換してかぶり、クラッカーに入っていたジョークの紙をフリットウィック先生が読み上げるのを聞いて、愉快そうに笑っていた。

七面鳥の次はブランデーでフランべしたプディングが出てきた。プリンもブランデーの香りもすきだったので何回もおかわりしたのだが、そこからの記憶がないので、飛ばしきれなかったアルコールですぐに寝てしまったのかもしれない。パーシーのプリンにはシックル銀貨が入っていたらしいが、私が起きたのは昼過ぎだったので、それを目撃することは出来なかった。

起きたら起きたで、有無を言う隙もなく無理矢理外に連れられてウィーズリー四兄弟とハリーと雪合戦をさせられた。最初は一年生チームとその他でわけられたのだが、あまりにも不公平だったのでかえてもらった。そうするとパーシーと双子に自然にわかれ、上級生二人もいるのだから攻撃力のない私と一緒になるべきだとパーシーが主張したので三人で集中的に当てた。ちょっと楽しかった。けど、ぐっしょり濡れてしまったので、特別に監督生のバスルームをあけてもらって温まった。周りはそうでもないらしいけれど、私はお風呂がすきだから、すごく気分がよくなった。

談話室に戻れば、ハリーとロンが暖炉の前でチェスに励んでいた。パーシーはハリーに助言していたけれど、完璧なる大敗の連続。こういうのは一線離れて見ているとよく戦局がわかるもので、言いたくなったけれど、黙ってぬいぐるみに抱きついて試合を眺めていた。
それからドリルをやって、やってる途中に双子がちょっかいを出しはじめたので三人でドリルを解いていった。やっぱり魔法族とマグルでは勉強の内容が違うらしい。それでもちゃんと計算くらいはできるのだが。終わったらずっと鼻血の出るヌガーの製作に取り掛かって、薬の量の微調整のため、みんなして鼻血を出しながら真剣にヌガーに向かい合う姿はかなり滑稽だったと思う。

夕食は七面鳥のサンドイッチ、マフィン、トライフル、クリスマスケーキを食べ、満腹になったので、フレッドとジョージに監督生バッジをとられたパーシーが、二人を追い掛けてグリフィンドール中を走り回っているのを眺めながら肘掛椅子で眠りについた。さすがに何日も丸まって寝ているから、体が痛かったけれど、気にしなかった。夜中、ハリーが外に出るのをちらりと見たけれど、瞼が重かったので何もなかったと自分に暗示をかけてそのまま目を閉じた。


「ジェームズおじさんとリリーおばさんが鏡の中に?」

「起こしてくれればよかったのに。」


翌朝、ハリーのとある鏡の話にロンが不機嫌そうに言った。なんでもハリーのパパとママがそこに映って、笑いかけて、手を振ったらしい。バカな。こればっかりは、あまり気分のいいものではない。そりゃハリーにとっては、どうしたって会えない人達を偽者だったとしても一目見ることができたのだからとても素晴らしいものだろう。私は違った。そんなおいしい話なんて、どこにもないのだ。特に、鏡なんて、無機物がなんでわざわざそんなものを見せようとするんだ。私にはそれが食虫花のような、もしくはヘロインのようなものに聞こえてならない。
斜め前でロンがハリーにベーコンを進めたけれど、ハリーは首を横に振った。


「お腹いっぱいだよ。だって、僕、パパとママに会えた。今晩も会えるんだ。それだけで満腹さ。」


ハリー、それ、もしかして依存の始まりだよ。止めた方がいいよ。やめなよ。そのうち気がおかしくなっちゃう。そう言おうと思ったけれど、出来なかった。ハリーにとっては、パパとママに会えることが、きっと何にも代え難いものなのだと思うと、言えなかった。


「大丈夫かい?なんか様子がおかしいよ。」

「何言ってるんだよ、ロン。僕、ちっともおかしくないよ。熱だってないし、いたって元気だ。
…デイジー?君こそ大丈夫?」

「普通だよ。はい。」

「いらないよ。言ったろ?僕、お腹いっぱいなんだってば。」

「うるさい食べろ。」


言えなかったから、嫌がるハリーのお皿にポテトをよそって、自分の分を食べることに専念した。
それからはマクゴナガル先生に閲覧禁止の棚で再び動物もどきの本を借りたいと、少し後ろめたかったけれど嘘をつき、片っ端からそれっぽい本を探していった。よく考えたら、本当に、ハリーもロンもクリスマス休暇に入ってから一度たりともニコラス・フラメルを探していない。ちょっと泣きたくなった。

結局その日の夜、ロンはハリーとともに、例の鏡を見に行ったらしい。翌日、難しい顔をしていたので声をかければ、あの鏡、なんだかよくないものな気がしたよ。と目を擦る。ねえ、とめてよ。と言われた。


「無理だよ。ハリーってあれですごい頑固っていうか……のめり込みやすいから。」

「君が言うんならきっとそうなんだろうね。昨日、ハリーったら必死で鏡を見ようと僕を押したんだ。まぁ僕も僕で必死だったんだけど、ちょっとやっぱり違ったなあ。」


どうしたもんかと二人して首を捻りながら太った婦人の後ろの穴をくぐる。先に朝食を食べ終わって(というか何も食べていないで)戻っていたハリーは暖炉の前の肘掛椅子に腰を下ろしてぼーっとしていた。


「ハリー、チェスしないか?」

「しない。」

「ねえ、全然食べてなかったでしょ?お菓子、色々持ってきたよ。」

「お腹、まだ空いてないんだ。君達で食べなよ。」

「下におりて、ハグリッドのところに行かないか?」

「うぅん……君が行けば…。」

「ねえ、しゃんとしてよ。魂抜けた顔しちゃって……なんでもいいから行動して一度考えるのをやめなさい。」

「僕、何か考えてる顔してる?」

「だってハリー、あの鏡のことを考えてるんだろう?今夜は行かない方がいいよ。」

「どうして?」

「わかんないけど、なんだかあの鏡のこと、悪い予感がするんだ。デイジーだって怪しいって言ってる。それに、君はずいぶん危機一髪の目に会ったじゃないか。フィルチもスネイプもミセス・ノリスもウロウロしているよ。連中に君が見えないからって安心はできないよ。君にぶつかったらどうなる?もし君が何かひっくり返したら?」

「ただでさえスネイプ先生にいい顔されてないんだから、減点ですめばいいけど、退学になったらどうするの?」


私達の言葉に、ハリーは、ハーマイオニーみたいなこと言うね。とちょっと笑った。冗談言ってる場合じゃないんだぞ。洒落にならないんだぞ。
ロンが、本当に心配しているんだよ。ハリー、行っちゃだめだよ。と言ったけれど、ハリーの心、ここにあらず。生返事が返ってくるだけだった。






最近難産。デイジーは何を考えてるかわからないものが苦手。ネズミはしっぽが気持ち悪いから苦手。スキャバーズとも基本絡んでない。ハムスターもだめ。
20110827
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