十一月になると、いよいよ本格的な寒さになってきた。学校を取り囲む山々は灰色に凍り付き、湖は冷たい鋼のように張り詰めていた。校庭には毎朝霜が降りていて、ハリーが言うにはクィディッチ競技場のグラウンドでハグリッドが箒の霜取りをしているらしい。 周りがクィディッチ・シーズンの到来だとそわそわしだしてきた。ハリーは、何週間もの練習が終わり、土曜に初試合を迎える。グリフィンドール対スリザリン。グリフィンドールが勝てば、寮対抗総合の二位に浮上するとハーマイオニーが言っていた。なんとしても勝ってほしいところである。最近のマルフォイの腹立たしさったらないのだ。 手法を変えたのか、会うたびに私の家族だとか友人を貶すのではなく、ひたすら私の身長をバカにしてきた。私が私の悪口に対しては何も反論することがないとわかっててのそれだ。仕様もないのでもはや無視の一点張りだ。身長とか?別に?そんなの言われなくてもわかってんだよっていう。無言の抵抗をしてはいるが、なき寝入りのようなものだった。そんな自分も自分だけれど、根本的に悪いのはマルフォイであって私じゃない。甚だ不愉快なやつである。 ハーマイオニーがハリーやロンのお友達になってくれたことで、私もいくつか恩恵に与る事柄が発生した。一つは言わずもがな、宿題だ。ハリーの練習が追い込みの時期となり、一段と忙しくなってしまったことで、ハリーの宿題の達成率が著しく下がったのだ。私一人で、自分の分と通信をやりつつハリーやロンの宿題の手伝いをするのには限界があった。そしてもう一つは何度も問題として取り上げたが、ロンとハーマイオニーの貶し合いがゼロに近い状態となったことだ。たまに、この知ったかぶり!とロンが言うが、たまになのでこちらの切なさもだいぶ軽減された。 今、三人は外でハーマイオニーの持ち運べる青い炎を囲んでいるのだと思う。私も誘われたけれど、寒いので断った。それに何より通信のレポートの添削がまだだったというのもある。授業の方もそうだけど。 十一月分のドリルとともに送られたパソコンを雪の上には置きたくなかった。この城には魔法に関するものは溢れるくらいに資料があるが、マグルの方はさっぱりだ。ネットを駆使して時事ネタを探して書き上げるほかない。 マルフォイのやつはマグルはダメだとバカにしてくるけれど、こんな便利なものを作れるのだから、大口叩いて何もできないやつよりもずっと優れていると思った。 長時間画面を見ることは、案外体力やら神経やらに響くのは知っていた。だからたまに休憩を取っていたのだが、とうとう頭が悲鳴を上げた。図書館の椅子に座り、パソコンにイヤホンを挿しながら音楽を聞いてキーを叩きまくってた私は背もたれに背を預ける。気分転換にでもなればいいと画面を大手動画サイトのいたずらやってみましたというような感じの画面に切り替えた。が、いざ見ようとマウスに手を置くと気分が乗らなかったのでやめた。だらりと腕を伸ばして天井を見上げる。 「お嬢さん、調子はどう?」 「きゃっ!!」 「あ、ごめん。」 「…いや、いいよ。ビビったけど。気配消さないで後ろに立たないでよ。えっと、フレッド?」 「残念、ジョージだ。」 残念とか言いながら、自分が残念そうな顔をして首のほくろを指差した。俺、ほくろがある方。とのこと。ごめん、わからない。むしろわかるわけない。 こんなことするのフレッドだって先入観あったから……間違えてごめん。と素直に謝れば、いつものことさ。とジョージは言う。 「図書館で捜し物?珍しいね。」 「俺が本を読まないと思ってるのか。」 「えっ、ちがうの。」 「……。」 「あ、いや、だっていたずらしかやってなさそうだもん。」 そりゃ否定できないな。と彼が肩をすくめた。二人で会話をするのは久しぶりだなと思う。ちょっと前から避けられている感があるのは知ってた。私だってそれに気付かないほど鈍感じゃない。 実はずっとずっと、あの夜、私の記憶のない間、もしかした酷いことをしてしまったんじゃないかと自己嫌悪していたのだ。 ジョージは、デイジーが一人でいたから、何してるんだろって気になったんだよ。と隣に座った。何してるの?彼が言う。 「前は変身術ので、今はマグルの方のレポートだよ。シェークスピアの各国への影響と人生観。もう一つが、自由制作で、携帯電話の電波の話。」 「…電話はそういえば親父が興味深そうに調べてたよ。マグルってあんなので吠えメールみたいに怒鳴り合うんだろ?」 「いや、別に怒鳴らないけど。…吠えメールって何?」 「肉声を魔法で込めた赤い手紙さ。大概怒りの手紙だから吠えメール。去年ホグワーツのシャワー室吹っ飛ばしたらママからもらったよ。」 これが凄くこわい。と苦虫を噛んだような顔をした。なんて顔してるんだ。思わず、ぷっと吹き出しまう。じゃあ今年は妹にトイレを届けてあげられないねえ。と笑いながら言えば、あの時の聞いてたの?と少し頬を紅くして、ばつの悪そうな顔をした。 「ハリーと一緒に、いいなって思ってた。ハリーはうちの家族にあんまりいい気持ち持ってないから、仲のいい大家族が羨ましかったんじゃない?」 「大家族も大変だけどなあ。家計は火の車だしね。」 「うーん…でも、やっぱりすてきな家族の方がいいと思うけど。」 ふーん、そっか。ジョージが上を向いて言った。無い物ねだりなんだろうな。と苦笑する。そうだろうね。と返した。 「ところでそれなに?」 「どれ?」 「その、さっきまで弄ってた、人のカラーの絵が描いてあるやつ。」 「パソコン?」 「そんな名前なんだ。ねえ、それ、さっき中で面白そうなのやってたよな?」 動画のことだろうか?画面を指差して、これ?と聞けば、おおいに頷いた。見せてよ。と言う。え、やだよ。見せたら絶対フレッドと一緒になってなんかやってくるもん。そう告げる前に、マウスに触れて、これで動かすんだっけ?と勝手に再生する。いつから見てたんだと半ば呆れながら眺めた。 「ひゃ…っ、(ああああああ!!)」 突然、大音量がイヤホンを通じて流れる。驚きのあまり飛び上がった。叫びそうにもなったけれど、ここは図書館だということを思い出して、辛うじて止める。イヤホンを急いで外して、耳鳴りのする耳を押さえた。…ちっくしょう、いてえ。 隣のジョージが異変に気付いたのかこちらを振り向いて、大丈夫か?と声をかける。こくこく頷いた。 暫くジョージは、マグル的いたずらを見るそうなので、私はその間に変身術のレポートを書くのに参考にした本を片しにいくと告げた。量が結構多かったので何回かわけて図書館を歩き回る。 手を伸ばして、やっとのことで本を棚に引っ掛け、入れた。小さい、というものは不便なもので、普段のからかいは流せばすむのだけれど、高いところに手が届かないというのはちょっと悲しくなる。 次のはどうも届かなかった。司書のマダム・ピンスに見付かると物凄く怒るので、キョロキョロと周りを見てから棚についているテーブルに乗る。恥ずかしいなとは思うけれど、人にわざわざ入れてもらうために頼むのはもっと恥ずかしいので仕方ない。 「貸して。」 「うぁっ、」 背後からいきなり手が伸びてきてバランスを崩す。いつの間にかやってきたジョージが私の背を支えて本をしまった。 「動画は?」 「終わったよ。それ、全部貸して。」 「あ、うん。ありがとう。」 流れるように自然に、私の手の中の本を取った。私の腰を掴んでテーブルから降ろす。フレッドの言ってた、天然タラシの意味がわかったかもしれない。でも、意図なくしてやっているのだから、いい人なんだろう。たぶん。私だってそうだけど、双子とは不思議なものだ。似てるけど、何かが全然違うんだよなあ。 ぽかんとして眺めていたが、徐々に申し訳なさだったり恥ずかしさだったりが侵食してきた。頭が上がらない。次々と簡単に本が棚に吸い込まれるので顔が赤くなった。 「これはどこ?」 「あ、それ閲覧禁止の棚のだから、マダム・ピンスに渡してくる。」 「ああ、動物もどきの本か。本当にレポート用?」 人を気遣える分、妙に鋭いところがあるらしい。ニヤリと笑っている。あ、これ絶対わかってて聞いてるな。と思った。だから、だって動物に変身できたら面白いと思う。とキッパリ言えば、違いないね。といたずらしている時みたいに笑った。 ネットの必要な情報の載っているページだけブックマークして、ウィンドウを閉じ、畳んだ。それをトートバッグに入れて持つ。もうすぐ夕食の時間だった。 「あ、そうだ。」 「?」 「吐き薬の調剤方法の載ってるやつってどこか知ってる?」 「知ってるけど……発熱薬で味をしめたの?」 「よくお分りで。」 どうやら俺達と君、思考回路が同じみたい。と彼が言う。それは否めない。現に同じことしようとしてたし。 答える代わりに、同じ症状を頻繁に起こしてと不審がられた?と尋ねれば、その通り。とジョージが言う。 「サボりたいという同志として忠告するけど、吐き薬はあんまりおすすめしないかな。サボれるにはサボれるけど、辛いんだこれが。個人的に鼻血と気絶が一番楽。気絶は一人でできる解毒手段を考えなきゃだからやめておいた方がいいかと。」 「やけにさらっと教えるね。」 「この間、迷惑かけたらしいので、せめてもの償い。」 はい、これ。三百十九ページに載ってると思う。と私でも届く棚から引き抜いて渡した。渡された彼は、何とも言えない顔をしている。 「俺も、言うタイミング探してたんだけど、えっと、俺は気にしてないから。ていうか、火種はこっちだし……あの、ごめん。」 「…あー…うん、私、少なくとも助けてもらったって思ってるよ。だから、別に、」 「じゃあよかった。それならいいんだ。」 ずっと気にしててさ、嫌われてたらどうしよう。って。とジョージが頬を掻く。私もだよ、避けられてると思ったから。そう言えば、そうするつもりはなかったんだけどね。と申し訳なさそうに笑った。 「なんか、なにもしてないのに喧嘩したあとみたい。」 「本当に喧嘩するよりずっといいよ。」 よかった。と頭を撫でられた。そんなに悩ませてたのかと思うと、やっぱり謝った方がいいんじゃないかと思ったけど、今度のクィディッチ、スリザリンに負けないでね。と言うことで飲み込んだ。 「勝ったときに吐き薬とその他の調剤したやつくれるんならやる気出るかも。」 是非、力にならせていただきますとも! 両手で手を握れば、ジョージは目を丸くしてから、照れ臭そうにわらった。 その夜、グリフィンドールの談話室は明日に控えたクィディッチが余程楽しみなのか騒々しかった。ハリー、ロン、ハーマイオニーに私は一緒に窓際に座って、ハーマイオニーと私でハリーとロンの呪文の宿題をチェックしていた。その間、ハリーはずっと落ち着いてなくて、首を捻った私に、ロンが、ハリーのやつ、ハーマイオニーに借りたクィディッチ今昔って本をスネイプに取られたんだ。と教えてくれた。つまるところ、明日の試合にブルッているらしい。臆病風に吹かれているのか、ただの武者震いなのかはわからないが。 それからまもなくして、ハリーは立ち上がって、本を返してもらってくる。と私達に宣言し、出ていった。ら、十数分後、彼は戻ってきた。はや。 ロンが、返してもらった?どうかしたのかい?と声をかけると、私達に耳を寄せるように言って、今見てきたことを話した。 「わかるだろう、どういう意味か。ハロウィンの日、三頭犬の裏をかこうとしたんだ。僕達が見たのはそこへ行く途中だったんだよ。 …あの犬が守っているものを狙ってるんだ。トロールは絶対あいつが入れたんだ。みんなの注目をそらすために……。箒を賭けてもいい。」 ハリーは矢継ぎ早に言ったけれど、ハーマイオニーが目を見開いて、そんなはずないわ。と否定する。 「確かに意地悪だけど、ダンブルドアが守っているものを盗もうとする人ではないわ。」 「おめでたいよ、君は。先生はみんな聖人だと思っているんだろう?僕はハリーとおんなじ考えだな。」 スネイプならやりかねないよ。とロンが手厳しくいうので、私は、そうかなあ。とこめかみを掻いた。 「私もスネイプ先生がハロウィンの日に三頭犬に噛まれたとは思うけど、でも、その何かを盗みに行ったとは思えない。」 「どうして?」 「だってあの先生だよ?絶対に事を起こして隙をつくんなら、その三頭犬を薬かなんかで眠らせたりして堅実な方法取ると思う。ていうか、私だって最低限それくらいするよ。」 「ああ、君がそれくらい論理的な説明をしてくれて助かったよ。納得はいかないけどね。でもさ、だったら誰が、何を狙ってるんだろう?あの犬、何を守ってるんだろう?」 「それがわかったら世話ないよ。」 夜が明けて、晴れ渡った寒い朝が来た。パキリとソーセージを噛み切る私の目の前でハリーは悲壮感を漂わせ、くしゃくしゃの頭をもっとくしゃくしゃにさせていた。ハーマイオニーが、トーストをやさしく勧めていたけれど、お腹が空いていない。食べたくない。の一点張り。 「ハリー、力を付けておけよ。シーカーは真っ先に敵に狙われるぞ。」 シェーマスが自分のお皿のソーセージにケチャップを山盛りに絞りだしている。ハリーが、わざわざご親切に。と冷めた目で言ったので、ソーセージを口に全部入れてからフォークで新しいソーセージを突き刺し、ハリーの口に突っ込んでやった。 「朝、脂質とると早く体が目覚めるよ。」 「お腹空いてないんだってば。」 「じゃあ無理矢理食べてよ。」 はい、あーん。とニヤニヤしながら新しいのを差し出すと、食べればいいんだろ!と開き直ったようにハリーがフォークをひったくった。 「こんなもんかなあ。」 杖を片手に腕を組むと隣のロンが、すっげえ…。と感嘆を漏らしたので少し頬が赤くなる。 時刻は十一時。学校中がクィディッチ競技場の観客席につめかけていて、私達もその中の数人である。観客席は空中高くに設置されていたけれど、それでも試合の動きが見にくいこともあったから、双眼鏡を持っている生徒もたくさんいた。かくいう私も、目が決していい方ではなく、全然見えないので、マダム・ポンフリーに予備の眼鏡を借りたのだが。数十種類のフレームとレンズで思わずビビった。 私はロンとハーマイオニーとネビル、シェーマスにディーンとともに最上段を陣取った。ロンが褒めたのは、ハリーをびっくりさせてやろうと、スキャバーズがかじってボロボロにしたらしいシーツで作られた旗だった。“ポッターを大統領に”と書いてある下に、絵のうまいディーンがグリフィンドールのシンボルのライオンを描いて、ハーマイオニーが少し複雑な魔法をかけて、絵がいろいろな色に光るようになっていたのを見て、さらに私が魔法をかけ、旗の中で自由に動き回らせたのだ。咆哮の迫力がよかったらしい。 「選手が出てきたわ!」 ハーマイオニーの指差す先には、真紅のローブと深緑のローブが並んでグラウンドに出てきていた。審判のマダム・フーチは競技場の真ん中に立って、箒を手に両チームを待っていた。全選手がその周りに集まる。 「さあ、皆さん、正々堂々戦いましょう。」 なんだかこっちまでドキドキしてくる。両手の拳をきゅっと握った。 「よーい、箒に乗って。」 選手が箒に跨る。フーチ先生の銀の笛が高らかに鳴り、十五本の箒が空に飛び立つ。ロンが、プレイ・ボールだ!と身を乗り出した。 『さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました。何て素晴らしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります。』 『ジョーダン!』 『失礼しました、先生。』 双子のウィーズリーの友達というか、半ばいたずら仲間のリー・ジョーダンがマクゴナガル先生の厳しい監視下で実況放送をしている。 アンジェリーナがクアッフルを抱え、ゴールに向かって猛スピードで飛んでいく。彼女は私が双子やリーに被害を受けているとき、マルフォイに嫌味を言われているときに助けてくれるのですきだ。がんばれ!と両手をメガホンのようにして声援を送る。 アンジェリーナがアリシア・スピネットにパスをし、アリシアが再びアンジェリーナにクアッフルを戻す、ところでスリザリンに奪われた。 『キャプテンのマーカス・フリントが取って走る!鷲のように舞い上がっております!ゴールを決めるか?』 凄い速さで投げ出されたボールは、三本あるゴールの真ん中に一直線で向かう。が、グリフィンドールのキーパー、オリバー・ウッドが箒の穂でクアッフルを打ち返した。凄い、よく飛ぶ。グリフィンドールのチェイサーのケイティ・ベルにボールが渡った。スリザリンのフリントの周りで、素人目から見ても凄いとしか言いようがない急降下を見せてくれた。ゴールにぐんぐん近づいていく。 『あいたっ!』 思わず、私は息を呑んで目を背けた。ケイティの後頭部にブラッジャーがぶつかったのだ。大丈夫なのだろうか…?フラフラしながらも箒にしがみついている。 『クアッフルはスリザリンに取られました。今度はエイドリアン・ピュシーがゴールに向かってダッシュしています。しかし、これは別のブラッジャーに阻まれました!フレッドなのかジョージなのか見分けはつきませんが、ウィーズリーのどちらかが狙い撃ちをかけました。グリフィンドール、ビーターのファインプレイですね。』 どうやらリーは双子の説明は手を抜いて次に行きたいらしい。まあ、確かに遠目じゃ見分けはつかないけど…、丸投げは如何なものだろうか。 クアッフルが再びアンジェリーナの手に渡った。前方には誰もおらず、ブラッジャーが物凄いスピードで襲ってくるのを躱していく。 『ゴールは目の前だ!頑張れ、今だ、アンジェリーナ!キーパーのプレッチリーが飛び付く。が、ミスした!グリフィンドール先取点!』 グリフィンドールの大歓声が寒空いっぱいに広がる。私は飛び跳ねて、隣のハーマイオニーと抱き合って喜んだ。スリザリン側からヤジと溜息が上がる。 「ちょいと詰めてくれや。」 『ハグリッド!』 私達が席をギュッと詰めて、場所を空けるとハグリッドがそこに座った。首からぶら下げた大きな双眼鏡で小屋から見ていたらしいのだが、やっぱり観客の中で見るのとは違うらしい。 「スニッチはまだ現れんか、え?」 「まだだよ。今のところハリーはあんまりすることがないよ。」 「トラブルに巻き込まれんようにしておるんだろうが。それだけでもええ。」 ロンの答えにハグリッドはそう返すと、双眼鏡を上に向けて、小さな豆みたいな点を見た。ハリー、らしい。私には眼鏡をかけても黒い髪と白い肌でやっとわかるといった程度だ。動き回っている真紅のローブで白い肌に黒い短髪はハリーくらいしかいないのが救いだ。 ハリーがブラッジャーをくるりとよけると、赤毛が玉を追い掛けてやってきて、ハリーに声をかけながら、ブラッジャーを深緑の白い肌で黒い髪のマーカス・フリント目がけて勢いよく打った。あんな速さのものをよくあんな簡単に打ち返せるものだと思う。 『さて今度はスリザリンの攻撃です。チェイサーのピュシーはブラッジャーを二つかわし、双子のウィーズリーをかわし、チェイサーのベルをかわして、物凄い勢いでゴ……ちょっと待ってください。』 エイドリアン・ピュシーが、左耳を掠めた金色の閃光を振り返るのに気を取られて、クアッフルを落とした。あれはスニッチか?というリーの言葉に観客席が大いに騒めく。 遥か上空にいたハリーは金色を追い掛けて一直線に急降下した。その少しあとにスリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグズも見つけた。二人のスニッチを追って、追いつ追われつの大接戦にチェイサーたちも自分の役目を忘れてしまったように、宙に浮いたまま眺めている。もどかしい。その間に点差を開けばいいのに! ハリーの方がヒッグズより早かった。身を屈め、より速く飛んでいく。 「あっ!」 「そんな!」 短い悲鳴をあげると、グリフィンドールから怒りの声が沸き上がった。マーカス・フリントがわざとハリーの邪魔をしたのだ。フリントの体当たりはハリーをコースから外れさせ、危うくハリーも箒から落とされるところだった。ハリーはかろうじて箒にしがみついていた。 もちろんそんな危険行為は反則で、フーチ先生はフリントに厳重注意。グリフィンドールにゴール・ポストに向けてのフリー・シュートをくれた。ゴタゴタしている間にスニッチはどこかへいっていて、下ではディーンが退場だレッドカードだなんだと叫んでいる。 「サッカーじゃないんだよ、ディーン。クィディッチに退場はないんだよ。ところで、レッドカードって何?」 「余りにも危険行為だったときに選手に突き付けられる一発退場のカードだよ。暫く出場停止になる。」 イエローカードは警告なんだ。もう一枚くらうと退場。出場停止。と私がロンに説明するとハグリッドが、ルールを変えるべきだと口を開いた。もうちっとでハリーを地上に突き落とすとこだった。とハグリッドは憤慨している。 『えー、誰が見てもはっきりと、胸くその悪くなるようなインチキの後、』 『ジョーダン!』 リーの方も実況とはいえ、中立を保つのが難しくなってきているらしかった。マクゴナガル先生がそのたびに凄味をきかせるのだが、どうも一言言いたいらしい。リーの実況は面白いのですきだ。 『えーと、おおっぴらで不快なファールの後、』 『ジョーダン、いい加減にしないと、』 『はい、はい、了解。フリントはグリフィンドールのシーカーを殺しそうになりました。誰にでもあり得るようなミスですね、きっと。そこでグリフィンドールのペナルティー・シュートです。スピネットが投げました。決りました。さあ、ゲーム続行。クアッフルはグリフィンドールが持ったままです。』 ハリーが二度目のブラッジャーをかわした。ガクンと一瞬箒が落ちるようにして揺れる。ハリーはどうやらウッドの方向に行こうとしているのがわかったが、箒は空中をジグザグに飛んでハリーを振り落とそうとしている。 ブラッジャーがフリントの顔面にぶつかった。リーが、鼻をへし折るといいんですが…。というとマクゴナガル先生の睨みをいただいたらしい。冗談です。と謝っていた。おそらく双子のどちらかだろう。拍手を送りたかったけれどそれどころではない。ハリーが試合から引き離されていくように、高く高く、上に向かっている。 「ハグリッド、ハリー見える?なんか、動きが変なんだけど、私の目がおかしいだけかもしれないし…。」 「…いや、おかしくなんかねえ。一体ハリーは何をしとるんだ?あれがハリーじゃなけりゃ、箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うわな。…しかしハリーに限ってそんなこたぁ…。」 ハリーの箒がグルグル回りはじめた。そして、箒が暴れだすように激しく揺れ、振り飛ばされそうになったハリーは片手で柄に掴まっている。うわ、あんなん私、泣く。無理、無理無理無理!私は口を押さえてロンにしがみついた。ネビルがハグリッドのジャケットに顔を埋めて泣き出す。 フリントがぶつかった時、どうかしちゃったのかな?シェーマスが呟いた。ハグリッドがブルブル震えた声で否定する。 「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん。チビどもなんぞ、ニンバス2000にはそんな手出しはできん。」 闇の魔術。その言葉を聞くや否や、昨晩のハリーの話を聞いた私達は、ある一つの可能性を疑った。ハーマイオニーはハグリッドの双眼鏡をひったくり、観客席の方を見回す。 「見つかった?」 「まだ。」 「たぶん、リーのあたりにいるよ。マクゴナガル先生が近くにいるってことは教員席だし。」 「うん。……あっ、いた!」 ロンが青いような赤いような、変な顔色で、何してるんだよ。と呻いた。思ったとおりだわ。とハーマイオニーが息を呑む。 「スネイプよ…見てごらんなさい。」 ロンが双眼鏡をもぎ取った。本当に先生なの?と尋ねると、ハーマイオニーが頷いて、ロンが、ハリーから目を離さないで、ずっと呟いてる。と教えてくれた。 双眼鏡を借りて見れば、確かに口が絶え間なく動いている。こうしてみると、読みどおり呪いをかけているように見える。ただ、違和感があった。焦っているように見えたのだ。必死さを感じた。祈っているような顔にも見えた。 スネイプ先生の他にも目を向ける。呪いをかけるなら、目を離さないのはどうしても隠せないけど、無言呪文の方がばれないと思うのだ。同じようにハリーから目を離さない人を探したが、そんな人は何人もいた。そりゃそうだ。誰もが彼の身を案じている。 ロンに双眼鏡を返すと、隣のハーマイオニーはいなかった。聞けば、私に任せて。とどこかに消えたらしい。 「ハリーはどう…?」 「だいぶまずいよ。ハリーも、もう掴まってるのも限界みたい。フレッドとジョージが助けようとしてるのか近くまで行ってるんだけど……、ああ、ダメだ。余計に箒が高いとこまで行っちゃう。」 はやくしてくれ、ハーマイオニー。とロンが必死で呟いた。双子がハリーの下で旋回している。落ちたときに下で受け止めるつもりらしい。フリントがクアッフルを奪って、誰にも気付かれずに五回ほど点を入れていた。ほんとひどいな、あの人。私がそう呆れたとき、ハリーの箒が落ち着いた。ハリーが箒に再びまたがる。ロンがネビルに、もう見ても怖くないよ!と呼び掛け、私にも、もう怖くないよ?とニヤリと笑った。赤くなって、パッと手を離すとロンのローブがしわしわになっていた。余計に顔に熱が集まった。 「うん、いいんじゃないかな。ほら、気の強いところと、そういう女の子らしいところが、いたっ!」 「いっ、いちいち言わなくていい!」 調子に乗ったロンの頭をぺしんと叩いてやった。そのままほっぺたに当てて熱を冷ます。 ハリーは急降下していた。下には金色。パチン。ハリーが手で口を押さえた。まるで吐こうとしているかのようで、少しばかり気持ちが悪そうだ。四つん這いになって着地をする。…コホン。口の中からハリーの手に金色が落ちた。 「スニッチを取ったぞ!」 ハリーがスニッチを高いところで振りかざし、叫ぶ。フリントは二十分経っても、ハリーはスニッチを取ったんじゃなくて飲み込んだんだと喚いていたけれど、ルールを破っているわけではないから、結果は変わらなかった。 メガネを外して、戻ってきたハーマイオニーに抱きついたら、度がキツかったせいか、目がチカチカした。 『グリフィンドール、一七〇対六〇で勝ちました!』 リーは相当嬉しかったらしく、まだ試合結果を叫び続けていた。 私達はハリーを更衣室の前まで迎えに行って、先に出てきたオリバーやアンジェリーナに喜びの余り、抱き締められた。すごい!すごかった!おめでとう!と私が讃えると、アンジェリーナに頬をすり寄せられて、なんだかくすぐったかった。 そのあとに双子が出てくる。ぴょんぴょん飛んで抱きつくと、犬みたい。とフレッドに笑われた。ジョージが飛び付いた私の背中をぽんぽん叩いてから手を差し出す。 「勝ったよ。」 「あ、うん。はい、これ少し前に作ったやつ。こっち、調剤方法ね。」 聞いてくると思って、書き写しておいた。と笑えば、ぐりぐりと二人から頭を撫でられたり首を締められたり。苦しいからフレッドにはすぐにやめてもらった。 「ねえ、すごいねえ!ブラッジャー、あんな速さで来られたら私腕折れちゃう。」 「うーん、やっぱり何かが懸かってるって気合い入るからかな。」 「俺達、次もこういうのほしいなあ。」 「それは、時と場合によるかな。」 そこまで言うと、ハリーが更衣室から出てきたので、じゃあね!お疲れさま!と手を振って二人から離れた。 ロンに、何の薬あげたの?と聞かれたので、将来君達の役に立つ薬。とだけ答えておいた。ハーマイオニーは既に感極まってハリーに抱きついていたので、その上から抱きついた。ひとしきりハリーにおめでとうの言葉をかけるとロンが口を開く。 「ハグリッドの小屋に行こう。話があるんだ。」 ハグリッドは私達が中に入ると、用意してくれた濃い紅茶を入れてくれた。私が自分のカップに砂糖を入れ、息を吹き掛けてから口を付けたとき、スネイプだったんだよ。とロンが説明した。 「ハーマイオニーもデイジーも僕も見たんだ。デイジーはまだ納得してないみたいだけど、君の箒にブツブツ呪いをかけていた。」 ずっと君から目を離さずにね。と言うロンに、バカな。とハグリッドが否定した。なんでスネイプがそんなことをする必要があるんだ?と眉をひそめる彼は自分のすぐそばの観客席でのやりとりを、試合中一言も聞いていなかったようだ。 私達は顔を見合せ、頷いた。ハリーが口を開く。 「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。あいつ、ハロウィンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守ってるものをスネイプが盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ。」 ハグリッドの手からティーポットが滑り落ちる。慌てて杖を出し、ビューン、ヒョイ、と振ってテーブルに戻した。 「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」 『フラッフィー?』 「そう、あいつの名前だ。去年パブで会ったギリシャ人のやつから買ったんだ。俺がダンブルドアに貸した。守るため…、」 「何を?」 ハリーが身を乗り出すと、もう、これ以上聞かんでくれ。重大秘密なんだ、これは。とぶっきらぼうに言って、しゃがんだ。ロンが、ティーポットなら割れる前にデイジーがテーブルに置いたよ。と言うと、おう、おう、おう、そうか、ありがとう。と立ち上がる。 「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ。」 ハリーがハグリッドが立ち上がるのを見てから、そう言い返す。ハグリッドはまた、バカな。を繰り返した。 「スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけなかろう。」 「ならどうしてハリーを殺そうとしたの?」 ハーマイオニーが即座に言い返す。クィディッチの出来事でスネイプ先生に対するハーマイオニーの考えが変わったらしい。 「ハグリッド。私、呪いをかけてるかどうか、人目でわかるわ。たくさんの本を読んだんだから!じーっと目をそらさずに見続けるの。スネイプは瞬き一つしなかったわ。この目で見たんだから!」 「おまえさんは間違っとる!俺が断言する。デイジー、おまえも説得してくれ。スネイプがハリーを殺そうとしたことも盗もうとしたことも納得してないんだろう?」 「してないけど、何を守ってるのかを知る価値はあると思うなあ。そしたら盗もうとする人の目的がわかるもん。」 私が、だから、ね、教えて?と笑いかければ、ハグリッドは味方がいないこととこの場を言い包められないことに溜息を吐いた。 「俺はハリーの箒が何であんな動きをしたんかはわからん。だがスネイプは生徒を殺そうとしたりはせん。 みんなよく聞け。おまえさんたちは関係のないことに首を突っ込んどる。危険だ。あの犬のことも、犬が守ってる物のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生がニコラス・フラメルの、」 「あっ!」 「あー。」 ハリーは聞き逃さなかった。私も隣でニヤリと笑う。 「私、どっかでその名前、見たなあ。」 「ニコラス・フラメルって人が関係してるんだね?」 ハグリッドは口を滑らした自分自身に強烈に腹を立てたようで、もう聞くな、聞くな。と私達を城に追い返した。 難産。携帯を安定させるための小指の皮が剥けた。 20110821 |