「っくしんっ!」 ハリーが、大丈夫?と聞いた。それにこくこく頷いて、噂されているようだ。と言うと、でも昨日、何が起きてジョージと寝てたんだ?とロンが尋ねたので首を横にフルフルと振った。 「宿題やって、紅茶飲んでみんなを待とうとして、ジョージが私のほっぺ腫れてるのみて湿布貼って、で………あー…うん、途中で寝たんだと思う。でも起きたらベッドにいたからフレッドに言われるまで知らなかったなあ。」 「ハーマイオニーが怒っちゃって、一人で運んだんだよ、君を。ていうか、途中の間、何。」 「いや、自己嫌悪。うん。ねえ、何も言わないけど一応謝っておいていい?」 「いや、よくわからないし、いいよ。別に。」 だいたい君が正しいってわかってたもの。とハリー。昨日なにかあったの?と聞けば大冒険だったらしい。二人の中じゃ。ピーブスやらミセス・ノリスを撒き、逃れるために部屋に入れば三頭犬。 まてまて、三頭犬にあって食われかけて何が楽しいんだ。ケルベロスだぞケルベロス。地獄の番犬。 なんでもハーマイオニーが見たそうだが、犬の足下に隠し扉があったらしい。で、ハリーは、ハグリッドが私達とダイアゴン横丁行ったときにグリンゴッツから回収した包みをホグワーツに避難させたのではないのかと考えていた。 「あんなに厳重な警備が必要な物ってなんだろう?」 「ものすごく大切か、ものすごく危険な物だな。」 「その両方かも。」 「ねえあんたら一応校則破ったって反省してる?ハーマイオニーじゃないけど、意図的に破るのってやっぱりお勧めしないよ。」 「やめてくれよ、あいつの名前なんか聞きたくもないね。」 ロンの言葉にハリーが頷く。私は溜息を吐いた。 「でも結局あのピノキオ野郎来なかったんでしょ?」 「そうなんだ。たぶんあいつ、僕らをトロフィー室に呼んでフィルチに捕まえさせようとしたんだと思う。」 「とりあえず今はマルフォイにどう仕返しするかだけ考えなきゃ。こっちが減点されないような方法でね。」 「もうその三頭犬とやらをけしかければ。」 私はただ呆れてテキトーに言っただけなのに、この二人と来たら、そりゃいいや!とニヤニヤしていた。いい性格してるよ、本当。 しかし、一週間ほど後に、もっと素晴らしくて安全な仕返しのチャンスが郵便とともにやってきた。 いつものようにふくろうが群れをなして、大広間にやってきた。その中にカプリコがいて、あれ、もう通信新しいの来たのかな。とうなだれていたら、足には細長い包みが捕まれていた。それがなんなのかみんなは興味津々で、ハリーも興味深そうに眺めていた。カプリコは珍しく私でなくハリーの上空で静止し、荷物を落とすわけでもなく、そっとハリーに手渡した。カプリコがこっちに飛んでくる。ハリーがまず手紙を読んで、ロンに手紙を渡しながら、箒だ。と言った。ハリーがカプリコを撫でると任務は完了した、とでも言いたげに大空に飛び立つ。 「ニンバス2000だって!僕、触ったことさえないよ!」 ロンは羨ましそうに唸った。 一時間目が始まる前に箒を一目見たかったらしく、朝食も早々に大広間に出ていった。お皿の上のベーコンをフォークで差して咀嚼していると、ハーマイオニーが目の前に来た。 「あの二人、ものすごく喜んでいたみたいだけど、なんだったの?」 「え、あの、手紙にみんなが羨ましがるから気付かれないようにって書いてあったから言えない。」 「私がそんなに物欲の多い女に見えるとでも?」 「いえ、全く。」 「言いなさい。怒らないから。」 そんな素敵な七文字につい惑わされ、箒です。と言えば、ハーマイオニーはバンとテーブルを叩き、なんてことなの!あれじゃ二人は反省しないじゃない!と二人を追った。怒らないって言ったじゃないか! 「恐ろしい女だぜ、ハーマイオニー・グレンジャー。我々の素晴らしい実験を見付けると、尽くあのクソ真面目なパースに言い付けちまう。」 「我々と言いながら、相棒いないですけど。」 「ジョージの天然タラシ野郎はおまえを見たらお腹いっぱいになったらしい。」 おどけてそんなことを言うので、普通に私を見て避けたって言ってくんない。と目玉焼きを口に入れた。いやいやいや、と面白そうにフレッドがかぶりを振る。 「そのまんまさ、大広間に入って、俺がデイジーがいるぞってからかったら、お腹空いてないから戻ると。」 「避けてんじゃん。」 「俺の双子の弟は、昔からシャイなアンチキショーだったからな。俺と違って。」 「むしろ見習えば。」 呆れて物も言えないとはこのことである。冷ややかな視線で見てやると、やめてくれ、あいつが嫉妬する。と。…え、まじかこいつ。 「そんなジョージが君を抱き締めて寝てるんだぜ?デイジーの寝顔が相当可愛かったらしい。」 「可愛くないっつってんだろ。…もう勘弁して。からかうのやめてよ。ジョージもそんなこと言われ続けたらそりゃ避けるでしょうよ、私を。 私なんてネビルのもまだ収まんないんだから、これ以上面倒なことにしてほしくないんだって。」 知ってるか?私、今朝なんかパーキンソンにこのビッチって言われたんだぜ。十一歳の雌犬ってなに。早すぎるだろ。 そこまで言ってセロリを口の中に入れた。ごちそうさま。と手を合わせてから立ち上がれば、フレッドは、じゃあアバズレって言ってやれよ。と言ってきたので、善処する。と立ち去った。 毎日たっぷり宿題がある上に、通信やら呪文学と変身術の追加課題(これは個人的に出してもらった)で忙しくなった。 おかげで噂なんか元々気にしてなかったけど、更に気にしなくなって、つまらなくなったのかスリザリン寮生やピーブスはそのネタでからかうのをやめた。ネビルも私も一安心である。ジョージの方の噂も、ジョージがフレッドに言ったのか、噂が拡散されるどころか、むしろ鎮圧に尽力を尽くしていたので驚きである。 気が付けばホグワーツに来てから二ヵ月も経っていた。今日はハロウィーンである。 朝から双子(主にフレッドだが)やピーブスがうんざりするほどいたずらを仕掛けてきて散々な目にあった。お昼休み、ピーブスが今朝いたずらされないようにお菓子をあげたにもかかわらず、私を水浸しにしたので二回目の着替えを終え、呪文学の教室に向かった。 フリットウィック先生が、そろそろ物を飛ばす練習をしましょう。と言っていたので内心楽しみだ。実はカバンが重いので、台に掴めるものをつけて、魔法をかけ、楽に物を運びたかったのだ。体が小さいと筋力も体力も人と比べると少ないので大変である。 先生は生徒を二人ずつ組ませて練習させた。ハリーはシェーマスと、ロンは、なんと、ハーマイオニーと組んでいた。私はネビルとで、シェーマスが口笛を吹いた瞬間、ハーマイオニーが睨んでいた。もちろんシェーマスはやめた。ネビルは、ごめんね。と言っていたけれど、気にしない方が得策だぞ!と肩を叩いた。 「さあ、今まで練習してきたしなやかな手首の動かし方を思い出して。ビューン、ヒョイ、ですよ。いいですか、ビューン、ヒョイ。 呪文を正確に、これもまた大切ですよ。覚えてますね、あの魔法使いバルッフィオは“f”でなく“s”の発音をしたため、気が付いたら、自分が床に寝転んでバッファローが自分の胸に乗っかっていましたね。」 先生がいつものように積み重ねた本の上に立って、キーキー声で言った。目の前には羽、言うほど難しくはなく普通に浮かせられた。先生に褒められた後、ネビルへの手解きにかかる。 「いや違うって。リラックスしないと。ネビル、カチカチだよ。」 「だって、デイジーがもうできてるのに、僕…。」 ネビルがまごつく。その時、シェーマスが一向に机から離れない羽に癇癪を起こして、杖で羽を小突いたため、爆発。ハリーは帽子で鎮火していた。みんな、発音に苦戦しているらしい。 爆発してない分、ネビルの方がましだ。ネビルの方を向いて笑う。周りできてないから気にする必要ないよ。と言えば、こくりと頷いた。 「まずはしなやかな手首の動かし方って先生も言ってたじゃん。はーい、リラックスリラックス。」 「しなやかって言ったって、どんな感じ?」 「オーケストラの指揮者になって、タクト振ったみたいな感じ。」 呪文は、“ ネビルが不安そうな顔で、ローブで手汗を拭き、杖を握りなおす。 「“ 羽が机を離れ、二十センチほど浮いた。よくできました!皆さん、今度はミスター・ロングボトムがやりましたよ!と先生が拍手を送る。ネビルはたいがい“落ちこぼれ”のレッテルが貼られていたのでみんなからも盛大な拍手が送られた。 ネビルとハイタッチすると、自棄になったロンが、ウィンガディアム・レヴィオーサ!と長い腕を風車のように回す。あぶねえなこいつ。ハーマイオニーもそう思ったのか、ストップ、ストップ。ととんがった声で止めていた。 「言い方が間違ってるわ。ウィン・ガー・ディアム・レヴィ・オー・サ。ガー、と長ーく綺麗に言わなくちゃ。ちゃんと要点を押さえたからデイジーもネビルも出来たのよ。ちゃんと発音聞いてた?」 「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ!」 ロンが怒鳴る。ネビルの感激は疾うに終わり、僕、何か悪いことしたかな…?と私の顔を窺った。昨日私も気付いたんだけど、あれ、いつものことだから気にしても無駄だよ。と私は返す。二人ともいい子なんだけど、合わないよなあ、馬。 ハーマイオニーはガウンの袖を捲り上げて杖を振り、呪文を唱えた。 「“ 羽がふわふわと、今度は頭上一.二メートルくらいの所に浮いている。先生がまたしても拍手した。 「ミス・グレンジャーがやりました!」 授業後のロンの機嫌が最高潮に悪いのは察知するのにわけがなかった。足で椅子をしまっていたし、教室を出た瞬間からハリーに愚痴を零していたのを耳にしたからだ。 また夜に、わざわざ私のためにロンもハーマイオニーも愚痴を話してくれるんだろうな。と気が重くなったが、それ以上二人がこじれなければそれでいいか。と私は深く気にせず、フリットウィック先生の元に足を向けた。魔法を半永久的に持続させる方法を知りたかったのと、練習程度の決闘が目的だった。 その後、待望の、台を浮遊させて移動を楽にするという計画に着手するも、談話室で行ったため、ウィーズリーの双子のバカ野郎とリー・ジョーダンのドレッド野郎に見付かった。台の上に人を乗せて、飛ばすという単純かつ危険な遊びに、素敵な発想の品を使われたのだ。私も、返せ返せと言っていたら付き合わされ(つまり台に無理矢理のせられた)、マクゴナガル先生に一人につき五点減点を食らった。 完全なるとばっちりだと涙ながらに抗議したら、次はあの三人に見つからないことを願うばかりですね。と結局五点減点された。 「はい?」 夕食前のことである。パーバティとラベンダーと大広間向かったのだけど、珍しくハーマイオニーとは一緒に行かなかった。私はてっきり図書館で調べ物でもしているから、大広間に既にいるのだろうと思っていたが、パーバティによると違うらしい。 「ハーマイオニーったら、まだトイレで泣いてるのよ。」 「私達が行ったら、一人にしてって。」 「でももう夕食だよ?せっかくハロウィンのご馳走なのに、勿体ない。私、呼んでくるよ。嫌だって言っても引きずってくる。」 「それはやめてあげなさいよ。」 パーバティに咎められ、うそだよ、うそ。冗談。と手をひらひら顔の前で振る。 「もし夕食終わる前に来れなかったらどうするつもり?」 「そのために君たちがいるんじゃないか。さあ、ご飯をお皿に盛ってとっておいてよ。」 「嫌よ。」 「え、ちょっと。友情とかないの。」 ラベンダーがつんと口を尖らせてから、嘘、いいわよ。と笑った。手を振ってから女子用トイレに向かう。進行方向にハリーとばつの悪そうなロンがいたので、ロンにラリアットを食らわせて、後悔するくらいなら、ちょっとは言い方考えろばーかばーか!と言ってやった。 空室ばかりの女子トイレの中、一つだけ閉められた個室をノックした。 「ねえ、ハーマイオニー。」 「……帰って。」 「夕食食べないの?パンプキンタルトとかかぼちゃパイとかかぼちゃスープにかぼちゃスパゲティにパンプキンプディングあるよ?私かぼちゃだいすき。素敵だよね、ハロウィーン。」 一人にして。と個室に籠もりっぱなしのハーマイオニーが言ったので、個室のドアに向かって、私が行ったら行ったで寂しいくせに。と言ったら無視された。溜息を吐く。 「今度はなんて言われたの。」 「…悪夢みたいだって。」 「散々だね。」 「やってみろって言われたから、その通りにしただけだわ。」 「言い方がキツかったんだよ、ロンにとっては。きっとね。」 「あの人が失礼な口を叩くからよ!」 中のハーマイオニーが怒鳴ったので、確かにロンはデリカシーのない失礼なやつだ。と同意した。トイレのドアに背をついて、天井の蛍光灯を眺めた。電気、通ってるんだなあ。 「でも、ロン、ちょっと後悔したような顔してたよ。だから、ラリアットやっておいた。」 ハーマイオニーがパンチしたら、奥歯取れちゃうかもしれないしね。と肩をすくめるとハーマイオニーが、そうかも。と笑う。 「ハーマイオニー、出てきなよ。夕食冷めちゃう。まだムカつくんなら、私、ロンにハーマイオニーの言葉を余すことなく辛辣さ五割増しで言うし、泣き顔見られたくないならパーバティとラベンダーが夕食持ってきてくれるよ。個人的には、涙は女の武器って言うし、泣き顔をロンに見せて謝らせるって方法もいいと思うんだけどね。」 そこまで言って、あ、それいいかもしれない。と自画自賛すれば、扉が少し開いて、きゃっ!と私から声が出た。ハーマイオニーが、デイジーのその声も女の武器かもね。と私を支えて笑う。きゃっ!とか、恥ずかしいなあ、まったく。そして私が顔を顰めた。 「…なんか、臭い。汚い公園の汚いトイレの臭いがする。」 「一週間洗い溜めた汗の染みた洗濯物の臭いだわ。」 「うわ、私、こういう臭いダメ。おえ。」 「ちょっと、やめてよ汚い。」 しゃがむ私にハーマイオニーが屈みこむ。低いブァーブァーという唸り声と巨大な足を引きずるように歩く音に顔を上げた。足音が止まる。 身長、約四メートル、墓石みたいな鈍色に、岩みたいにゴツゴツのずんぐりした巨大なトルソー。ココナッツが接合されたようなハゲて小さい頭。木の幹みたいに太くて短い脚には、瘤だらけの平たい足がついている。異常に長い腕には巨大な棍棒が握られていて、棍棒は床に引き摺られていた。 トロールを生で見たのは初めてだ。悪臭の発臭源はこいつか。トロールってこんなに臭いのか。と私は思った。頭がクラクラするほど臭い。鼻を思わず押さえると、悪臭でぼやける視界の中でトロールがベースボールで投げられた玉を打つように腕を引いた。目を見開く。 ハーマイオニーが悲鳴を上げた。私も悲鳴を上げたかったけど、声が出なくて、その代わりハーマイオニーを自分の方に引き倒した。目の前を棍棒が通って、心臓が止まりそうになる。なんでこんなところに、トロールがいるんだ。賢いのは守衛に使われるって聞いたけど、ホグワーツは守衛なんかいなくても十分強固な魔法で守られてるってハーマイオニーが言ってた! トロールが棍棒を強く振り過ぎて洗面台に転がった。そうだ、トロールってバカだった! 「ハーマイオニー!トイレに戻って!しゃがんで!」 ハーマイオニーを無理矢理個室に押し込む。トロールがちゃんと見ているか確認してから、向かいのトイレに隠れた。トロールはバカだから、たぶん、どっちを壊せばいいか迷うはずだ。 バキバキと言う音がして、私の頭の上に木の破片が降ってきた。少ししてから離れたところで、同じ音がなる。顔を出すと、トイレの仕切りが薙ぎ払われたのがわかった。ハーマイオニーが悲鳴を上げながら、トイレから出て、壁に張り付く。最悪だ。ハーマイオニーがトロールの目についた。ハーマイオニーが恐怖で竦んでいる。私は這い出して、トロールよりも先に彼女に辿り着く。杖を出して、向けた。僅かに手が震えていたが、思い切りトロールに向けて振った。 「“ トロールに赤い閃光が飛んで、洗面台まで吹っ飛んだ。失神呪文、フリットウィック先生と練習していてよかった。と安心するのも束の間、トロールがのそりと起き上がる。なに、これ、巨人族に聞かないの。まさか。たらりと冷や汗が流れた。 しかし、愚鈍なトロールが倒れている間に逃げれるかもしれない。ハーマイオニーを起こそうと手を引いた。ハーマイオニーがフルフルと涙目で首を横に振る。腰が抜けたらしい。 トロールがやっと起き上がって、洗面台を次々と薙ぎ倒しながら、こちらに近づいてくる。うわ、どうしよう。あれで頭潰されたら、いくら骨折をすぐに治せるマダム・ポンフリーでも治せないよなあ。もう一回、失神呪文かけてみる?何回かやれば気絶するかも。それとも鼻呪い?歯呪い?舌もつれの呪い?うわ、これダドリーにかけたら効果絶大だけど、実戦じゃダメだ。かわいい復讐用だもん。失神呪文がダメなら、きっと全身金縛り術もダメだ。粉砕呪文、は、血が出ちゃう。殺しちゃったらきっと私、後悔する。 何か、ないのか使えるもの。とトロールから目を離さないまま周りを確認する。 「こっちに引き付けろ!」 ハリーが蛇口を拾って力一杯壁に投げつけた。え、なんでいるの。え?私が目をしばたいていると、トロールが私達の一メートル手前で立ち止まった。ドシンドシンとハリー達の方に向きを変え、頭を傾げた。少しだけ、ない脳味噌で何かを考えたのか停止し、今度はハリーに向かって棍棒を振り上げて近付いていく。 「やーい、ウスノロ!」 ロンが反対側から叫んで、金属パイプを投げつけた。トロールはパイプが肩にあたっても何も感じないみたいだったけれど、それでもロンの声は聞こえたらしく、顔をロンに向けてまた立ち止まった。ハリーがこっちにやってくる。 「早く、走れ、走るんだ!」 「ダメだよ、ハーマイオニー腰抜けてるんだ!」 ハリーと共にハーマイオニーを引っ張るけれど、少し腰が浮くくらいでまるで進まない。ハーマイオニーは恐怖で口を開けたままだった。 しかし、私達の叫び声とそのこだまがトロールを逆上させてしまったらしい。再び唸り声を上げて、一番近くにいた、もはや逃げ場のないロンの方に向かって行く。 どうしようどうしようどうしよう。あれじゃロンが潰される。 私は杖を握り直し、ハリーが走りだす。 「“ トロールの歩みが止まった。残念ながらトロールの動きは緩慢だったので、足縛りの呪いで止めても転ぶまでに至らなかった。でも、よく考えたらロンは逃げられなかったから、前のめりに倒れられなくてよかったのかもしれない。 足が動かないことに気が付いたトロールが棍棒を振り上げた。ハリーがそれにしがみつき、頭上近くまで登ってから、棍棒からトロールに飛び移る。腕をトロールの首ねっこに巻き付けた。ハリーが飛び付いた時、杖をしっかり握っていた。杖がトロールの鼻の穴を突き上げる。 「うっ!」 「う、わ…!」 痛みを想像して、ロンと私が顔を顰める。トロールは痛みに唸り声を上げながら棍棒をメチャメチャに振り回したが、ハリーは渾身の力でピッタリとしがみついていた。トロールがしがみついているハリーを振り払おうと藻掻き、今にも棍棒でハリーに強烈な一撃を食らわしそうだった。 ハーマイオニーは恐ろしさのあまり床に座り込んでいる。私は、恐怖のせいか、あまりにも非現実な絵面のせいか、映画を見ているような気になって茫然と眺めていた。ロンが自分の杖を取り出した。 「“ 棍棒が宙に浮いた。高く高く上に上がる。トロールは自分の手の中に棍棒がないのに気付いたのか、周りを見回し、顔を上に向けた。 ボクッという嫌な音を立てて、重力に従った棍棒が持ち主の頭の上に打ち付けられる。トロールが頭を回し、本当は覚束ない足でバランスを取りたかっただろうに、足が動かず、大きな音を立ててその場に俯せに伸びた。 ハリーが立ち上がる。ブルブル震え、息も絶え絶えだった。ロンはまだ杖を振り上げたままつっ立って、自分のやったことをボーッと見ている。私はまた体に震えが戻ったのを感じた。 「これ…死んだの?」 やっと口を聞けるようになったらしいハーマイオニーが尋ねるので私は首を振った。ハリーが、ノックアウトされただけだと思う。とトロールの頭の傍で屈みこんで、鼻から自分の杖を引っ張り出した。 灰色の糊の塊のような物がベットリとついていた。 「え、きもちわるい。」 「ウエー、トロールの鼻クソだ。」 ハリーがそれをトロールのズボンで拭き取った。個人的には後で水洗いを所望するか、洗浄呪文をかけてやりたいところである。 急にバタンという音がして、バタバタと足音が聞こえたので、私達は顔を上げた。よく考えたら、洗面台やらトイレの仕切りやらがほぼ全壊だった。物が壊れる音や、トロールの唸り声を階下の誰かが聞き付けたのだろう。 まもなくマクゴナガル先生が飛び込んできた。そのすぐ後にスネイプ先生がやってきて、最後尾はクィレル先生だった。クィレル先生はトロールを一目見た途端、ヒーヒーと弱々しい声を上げ、胸を押さえてトイレに座り込んだ。本当にこの人は闇の魔術に対する防衛術の先生なのかと疑いたくなる。 スネイプ先生はトロールを覗き込んだ。マクゴナガル先生は私達を見据えた。こんなに怒った先生の顔はみんな初めて見たに違いない。唇は蒼白で、トロールよりも小さいのに、トロールよりも恐ろしかった。ロンは未だに杖を振り上げたままの格好だった。 「一体全体あなた方はどういうつもりなんですか。」 マクゴナガル先生の声は冷静で、静かだったけれど、怒りをひしひしと肌に感じた。 「殺されなかったのは運がよかった。寮にいるべきあなた方がどうしてここにいるんですか?」 ハリーが俯く。スネイプ先生がハリーに鋭い視線を向けていた。ロンはまだ杖を上げていた。おろせばいいのにと思った。 マクゴナガル先生。聞いてください。その時、隣のハーマイオニーが小さく声を出した。二人とも私達をを探しに来たんです。とハーマイオニーが告げると、マクゴナガル先生は震える声で彼女と私の名前を口にした。ハーマイオニーが私の腕にしがみついて立ち上がる。 「私がトロールを探しに来たんです。デイジーを連れて。デイジーは私を止めました。先生に任せた方がいいと言いました。 私…私、一人でやっつけられると思いました。本で読んでトロールについては色んなことを知っていましたし、デイジーもいれば万に一つも間違いは起きないだろうって、無理矢理連れていきました。」 ロンが杖を取り落とした。驚くのも無理はない。あの、ハーマイオニー・グレンジャーが、先生に、真っ赤な嘘をついているなんて、驚かないはずがない。 「もしデイジーが私を守ってなくて、もし二人が私達を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。デイジーも、私のせいで、殺されていたかもしれません。 デイジーはトロールを失神呪文で吹っ飛ばしたり、足縛りの呪いで足止めしてくれました。ハリーは杖をトロールの鼻に刺し込んでくれ、ロンはトロールの棍棒でノックアウトしてくれました。 みんな誰かを呼びにいく時間がなかったんです。二人が来てくれた時は、私達、もう殺される寸前で…。」 私はもう、開いた口が塞がらなかった。ハリーやロンを見れば、それらしい顔をしていたので私は俯いた。まあ、そういうことでしたら…。とマクゴナガル先生が言ったのが聞こえた。 「ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。あなたは自分だけでなく、友人をも危険な目にあわせたのですよ?たった一人で野性のトロールを捕まえようなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」 ハーマイオニーはうなだれた。私には掛ける言葉が見つからなかった。もし仮にそれが見付かって、言っても、ハーマイオニーの精一杯の嘘がばれてしまうだけだとも思った。 「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました。怪我がないならグリフィンドール塔に帰った方がよいでしょう。生徒達が、さっき中断したパーティーの続きを寮でやっています。」 ハーマイオニーが私から離れた。先、戻ってるわ。と小さく手を振った。彼女が帰っていくと、マクゴナガル先生は私をハリー達の方まで呼び寄せ、私達に向き直った。 「先程も言いましたが、あなた達は運がよかった。でも大人の野生トロールと対決出来る一年生はそうざらにはいません。一人五点ずつあげましょう。ダンブルドア先生にご報告しておきます。帰ってよろしい。」 マクゴナガル先生がそう言ったので私達は出入口に向かった。先生が思い出したように、待ちなさい。と言う。 「ミス・ダーズリー、あなたは医務室に寄って行きなさい。掌から血が出ていますから。」 見れば右の掌から血がボタボタ滴っていた。こんな深い傷に今まで気付かなかったなんて、驚きだ。生命の危機に瀕していたから、アドレナリンが出て感覚が麻痺していたのかもしれない。 二人と階段で別れた。それまで無言だった。医務室に行くとマダム・ポンフリーに烈火の如く怒られたので、萎んでいた気持ちが余計に萎えた。太った婦人の肖像画の前で“豚の鼻”の合言葉で中に入る。 談話室は人がいっぱいでガヤガヤしていた。みんな談話室に運ばれてきた食べ物を食べていて、あの三人は仲良く、三人で食べている。ハーマイオニーが私に気付いて私に来るように手を振った。 「ごはん。一緒に食べようって言ってたでしょ?なくなりそうだったから、めぼしいもの全部取っておいたわ。」 「最高だね。」 お皿を受け取り、手を伸ばしてフォークを掴むと裂くような痛みが走ってフォークを取り落とした。マダム・ポンフリーは確かに傷を塞いだけれど、神経はまだ傷ついたままらしい。大袈裟にも手には包帯が巻かれている。 「ジョージにあーんしてもらったら?」 「ハリー、なんでジョージ?」 「ジョージったら、私達が三人だけなのに気付いて談話室出ようとしたのよ。」 「それで、デイジーなら医務室だよって言ったらしつこいくらいに理由聞いてきてさ。」 フレッドのやつがからかってたよ。とロンが言うので、まあ、妹みたいって言われてるから、心配したのかなあ。と左手でパンプキンタルトをつつくと、そうかもね、デイジーったらジニーより小さいし。とロンが肩をすくめた。私の左手は健在です。殴るぞ。 「うーん、いいお兄さんだよね、本当。ダドリーと大違い。いたずらはまじ勘弁だけど。」 「まだハロウィン続いてるし、いたずら仕返したら?倍にして返されるかもしれないけどね。」 え、絶対イヤ。と顰めたら、三人が笑った。啀み合いは疾うに消え失せている。四メートルもあるトロールをノックアウトしたという共通の経験は私達を以前より強く結び付けたようだった。 まあ、楽しくかけたんじゃないかと思う。トロールと戦う三人がすき。 20110816 |