(!)このお話は三姉妹設定という特殊な現代パロディ(女体化あり)です。
(!)苦手な方は自主回避をお願い致します。






    ホリデイストーリー


 夢前商店街随一の老舗和菓子屋、山田屋の鉄の掟の一つに、朝食は必ず家族全員で摂る、というものがある。この掟には家族はもちろん住み込みの菓子工人から居候まで含まれ、そむいたものには世にも恥ずかしい「家族全員雁首揃えた目の前で尻たたきの刑」が待っている。
家長である伝蔵が困っていると見るや誰彼構わず拾ってきてしまう為、その昔はどこの誰とも知れぬ食客まで囲っていたこともあるらしいが、現在は高校生の末息子にその高校で教師を務める長男、次男の菓子工人とこじんまりしたものである。
朝は新聞配達のアルバイトをしている末息子が今日もぎりぎりで食卓に滑り込み、今日も穏かに朝食が始まろうとしていたその時、上座に構えていた伝蔵が一つ咳払いをした。

「ちょっといいか」
「なんすか。腹へってんだけどな」

 真っ先に唇を尖らせたのは末息子のきり丸である。鶏と大差ない時間から起きだして山の上から海の際まで自転車で走り倒し、背中の皮と腹の皮がくっつきそうなのだ。口ばかりよく回る末息子の頭を隣に座っていた半助が勢いよく叩き小気味の良い音を響かせた。悲鳴を上げるきり丸にひとしきり苦笑して、半助の正面に座っていた利吉が父に向き直った。

「お父さん、それでお話とはなんでしょう」
「あぁそうだな」
 聡明な次男に本筋に引き戻され、つられて笑っていた伝蔵は表情を引き締めた。
「実はな、今週末旅行に行こうと思っているんだ」
「旅行?私仕事が…」
「俺も嫌ですよ。バイトありますし」
「馬鹿者。誰がお前らも連れて行くといった!」
 勝手なことを言って縮こまったり憤然と机を叩いて抗議する息子達を一喝し、伝蔵は微かに頬を染めた。
「その…なんだ、あいつがな、商店街のくじ引きで旅行券を当ててきたとかで、たまには遠出がしたいといわれてな。幸い今週末は大口の注文も入っていないし、お前たちもしばらく働きづめだっただろう。ここいらで休暇もいいかと思ってな」

 席を囲んだ面々は伝蔵をまじまじと見つめ、ついで利吉の隣でちまりと正座する奥方に視線を移した。妻は少女のように華やいだ笑顔を旦那に送る。伝蔵は気まずげに一つ咳払いをした。その鬼瓦のような人相から一見亭主関白に見える伝蔵だが、実際は妻や子供と離れて単身赴任になるのが嫌で教師を辞めたほどの子煩悩かつ愛妻家である。
 そういえばここ最近、母が溜息を零す姿を目にする回数が増えていたような気がする。きっとくじ引きがなかったとしても近いうちに羽を伸ばしに連れて行ってやりたいと思っていたに違いない。
半助は微笑んで頷いた。

「すばらしいじゃないですか。是非行ってらして下さい。週末は何の予定も有りませんし、私が利吉くんときり丸の面倒をみますよ」
「そうか?急な話ですまないな。利吉ときり丸も、いいかな」
「別に俺は構いませんけど」
「僕もです。どの道週末は大学時代の知人に飲みに誘われてますし。渡りに船です。そういうわけなので先生、僕はいないものと考えて下さい」
「わかった。…だけど利吉くん、先生はやめてもらえないかなぁ」
「それは失礼いたしました、半助兄さん。では兄さんもくん付けはやめて下さいね」

 悪戯っぽく笑う利吉に半助は眉を下げる。幼い頃から同じに育っていても、血の繋がらない半助はどうも一歩引いてしまう節がある。真面目な半助なりの線引きなのだろうが、そんなものはこの家では無用の長物だ。利吉に呼応して伝蔵も野次を入れた。

「遠慮なんてするもんじゃない、家族なんだから」

 半助は面映い感覚に少し視線を落として笑みを浮かべた。そんな義兄を横目に、きり丸は畳に両手をつく。

「あーあ、折角の休日に先生と二人なんて気まずくてしょうがねぇや」
「お前はもうちょっと遠慮を覚えろ!」

 半助はお調子者な弟を一喝してきり丸の身体を支える腕を叩く。肘をピンポイントで攻撃されバランスを崩したきり丸は畳に仰向けに倒れこみ、半助に猛抗議を開始した。
同じく血の繋がらない息子のきり丸は、実は半助の息子だ。息子と言っても、結婚はおろか浮いた噂の一つもない半助だ、当然実子ではない。教員として就職してまもなく、ある日突然一人暮らしのアパートを引き払ったと言って帰ってきた半助が僅かな家財道具と共に連れて来たのがきり丸だった。どこをどういう縁で等という詳しい事情は、きり丸はその前後の記憶が曖昧で、また半助もその件に関してはどうしても口を開こうとしなかった。だが山田家は来るものは拒まない。その日から、きり丸は半助の息子であり、山田家の息子になった。
きり丸は真面目でお人よしな半助とは好対照で、頭の回転の速さがそのまま口に直結している。そのあけすけな物言いは度々半助の逆鱗に触れるが、それは嘘がつけない性格なだけで、根っこの部分は素直で思いやりのある少年だ。
何はともあれ本人達は至って真剣らしいが端から見ているとじゃれあっているようにしか見えない長男と三男のやり取りに、伝蔵は幸せな溜息を吐いたのだった。

**

「どうしたの、きり丸」

 先ほどの授業でまとめて返された数学のノートを返却していたしんべヱは、きり丸の顔を覗きこむなりのけぞった。失礼な奴め、と眉間に皺を寄せて差し出されたノートを奪うが、それも長くは持たない。どうしてもにやけてしまう。しんべヱの声に野次馬根性丸出しで首を突っ込んできた虎若と団蔵の顔も見てはならないものを見てしまったと言わんばかりに歪んだ。

「クール王子の異名をとる公立大川一の美形が!」
「顔面崩壊していなさる!」
「うるせーよ万年学力崩壊コンビ」

 道端で噂話に興じる奥様方が如く声を潜める学力逆ツートップにきり丸は懇親の力を込めて消しゴムを投げつけた。ひとしきり笑ったしんべヱが改めて首を傾げる。

「でもどうしたの、きり丸。何かいいことあった?」
「別に…たいしたこたねーよ」
「そうそう、たいしたことじゃないよ。親方と利吉さんがいないから久しぶりに土井先生とたっぷり二者面談な休日を過ごすってだけだって」
「おい、何で暴露しやがる、この生徒会長様は」

 眉を吊り上げるが時既に遅し。しんべヱがそれはいいねぇ、と頬を綻ばせた。昼休みの退屈な生徒会業務の片手間、何か面白い話をとせがまれて仕方無しに話してしまったことが完全に裏目に出た。きり丸は恨みがましく脇をすり抜ける庄左ヱ門の腹に拳を叩き込もうと手を伸ばしたが、ノートに鮮やかにガードされた。少しだけ伊助の気持がわかったような気がした。庄左ヱ門は今しがたきり丸の拳を受け止めたノートに視線を落とし、団蔵と虎若を見る。

「きり丸がクール王子なら僕は何になるんだ」
「自分も当然王子付けで呼ばれてると思っている自信満々の庄ちゃんが好きよ。…まぁ庄左は、なぁ虎若」
「口を開きゃあ伊助だもんなぁ…強いて言うなら伊助王子?」
「喧嘩なら一人ずつ買うよ?」

 地を這うような声と共に虎若の肩に置かれた手が彼の肩にめり込む。細く柔らかな、頼りない手が部活動で鍛えた屈強な肩に鉛のようにめり込む様に、庄左ヱ門を除く全員の顔からゆっくり血の気が引いた。一触即発の雰囲気の中、庄左ヱ門が両手をあげて虎若に駆け寄り彼の肩に置かれた手をとった。

「伊助!どうしたんだい?僕に会いにきてくれたのかい?」
「いやああああ変態!」
「ちょっと待てお前ら!俺を挟んでやりあうな!」
 虎若が半泣きで叫ぶ。肩越しに拘束された手を何とか引き抜いて、伊助は苦笑する乱太郎の背後まで後退した。
「なんだい伊助。照れなくていいのに」
「本気の拒絶だバカ野郎!」
「もう、庄ちゃんも煽らないの。しんべヱ、早くノート配り終わらないと休み時間終わっちゃうよ」

 手伝おうか、と手を差し伸べる乱太郎に、しんべヱは慌てて近寄る。女子の分を受け取る乱太郎を見つめていた団蔵が首をかしげた。

「乱太郎も今日嬉しそうだな」
「え?」

 乱太郎は眼鏡の奥の瞳を丸くした。なぁそうおもわねぇ?と団蔵に振り返られたきり丸は怪訝そうに首を傾げた。

「なんで俺を見るんだよ」
「いや、嫁のことは旦那に聞くべきかと」
「あーやめとけやめとけ。大人しそうに見えてコエェぞ、乱太郎は」
 溜息混じりに手を振るきり丸が、ほらと顎で示す。つられてふりかえった団蔵の顔面にノートの束が叩きつけられた。
「だ…っ団蔵もきり丸も何を言うかな!今週末、従姉妹達が家に泊まりに来るから、久しぶりに家族全員が揃うの。それで…ちょっと浮かれてるだけだよ!」

 予想外の攻撃によろめく団蔵を放置して、乱太郎は小さなつむじ風のように男子の群れから離れていく。そのあまりの勢いにしんべヱからノートを受け取っていた金吾が跳ね飛ばされて机に突っ込んだ。
 言わんこっちゃない、ときり丸が肩をすくめるのとほぼ同時に、教室にチャイムが鳴り響く。

「お前ら席に着けーロングホームルーム始めるぞー」

 出席簿片手に教室に入ってきた半助が、一瞬きり丸を見つめ、そして眉を下げると視線を落とした。




2<









「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -