(!)このお話は三姉妹設定という特殊な現代パロディ(女体化あり)です。
(!)苦手な方は自主回避をお願い致します。










ブルースプリング




どうやら台風は進路を反れてしまったらしい。
昨夜カーテンを空けたまま眠った為、晴れやかな青空が目をあけた瞬間飛
び込んできた。
あんなに吹き荒んでいた風も、窓ガラスにあたっては砕けていた雨粒も、
どうどう揺れていた木々も、全て幻だったのではないかと首を傾げたくな
る雲一つない青空だった。
兵助は目をしょぼつかせながら身体を起こし、不満げに唇を尖らせる。
その刹那、がちゃんとドアが鳴った。

「兵助ー起きてるかぁ」

明るい声と共に部屋に入ってきた男の顔から見る間に表情が消え、ばっと
入ってきたドアの直ぐ脇の壁の方を向く。

「わわわわわわ悪い!その…だ、あの、みみ見てないから!」

大分平静を欠いた彼の言葉に首を傾げながら、兵助はぐぅっと伸びをした。
身体にまとっていたシーツがするりと肌の上を滑り、そこでようやく気が
つく。

「あ、パジャマ着るの忘れた」
「忘れられるもんじゃねぇだろ!」

壁に向かって叫ぶ男は首筋まで真っ赤だ。いやぁ悪い悪いと笑いながら言
って、床に落ちていた小花柄の下着を身に着ける。

「台風行っちゃったな。休みだったら良かったのに」
「休みだったらな。でも残念ながら今日は学校があるんだ。だからさっさ
と服を着ろ!」
「はいはい…八左ヱ門」

ほとんど悲鳴のような男…八左ヱ門の切なる願いを軽く流して、兵助は、
彼にそっと近づいた。
直ぐ近くからの彼女の声に八左ヱ門は飛び上がる。

「ななななんだ!」
「そこにかかってるのとってくれないか」

肩越しにそこと指された場所と指された場所に素直に手を伸ばし手に触れ
たものをばっと手渡す。兵助はありがとうと微笑んで、手渡されたハンガ
ーから制服を外した。

「八左ヱ門足りない」
「え…え?」
「もう一個とって」
「どういうことだよ、どれ…」

眉根を寄せた八左ヱ門の顔が兵助の方を向いた。途端に八左ヱ門の目に飛
び込んできたのは、小作りな兵助の顔と、その下にふんわりと膨らんだ淡
いブルーの小花柄のブラジャーだった。
これこれ、と腕を伸ばした兵助の体が柔らかく八左ヱ門に触れた瞬間、さ
わやかな朝をつんざく悲鳴が町に木霊した。
公立大川高校、始業30分前の珍事であった。



◇ ◇ ◇


「ばっかじゃないの!」

顔を真っ赤にして叫ぶ少女の頭をぽんぽんとあやすように撫でて、兵助は
笑った。

「ねー本当にさぁ、気にしすぎっていうか」
「そうじゃないよっ」

兵助の手を跳ね除けた少女はまん丸いリスのような瞳でキっと兵助をにら
みつける。

「兵ちゃん自覚足りなさ過ぎっ!はっちゃんだって男の子なんだよっ!」
「そんなこと言っても、勘ちゃん」

廊下に響き渡る声に気がついて兵助は勘右衛門を廊下の隅へと連れて行っ
た。十分の短い休みなのでそんなに人は多くなかったが、それでも周囲に
いた人間全てに聞かせていいような話ではないだろう。
それくらいの分別は兵助にだってある。
廊下の端の端の階段の踊り場で兵助は足を止めた。
人気のない踊り場は廊下の喧騒が嘘のように静かで。
ただ校庭を向いて開け放たれた窓から次が体育の授業中なのであろうクラ
スの喧騒がかすかに流れこんでくるばかりだ。窓枠に背を向けてもたれる
と、吹き込む風が兵助の緩やかにウェーブのかかった長い黒髪を揺らす。
そんな兵助に、尚もこちらねめつけながらも勘右衛門も習った。

「でもスカートは穿いてたんだよ」
「だああああそうでもない!…兵ちゃんはもうちょっとはっちゃんに
感謝すべきだと思うよ。普通は彼女でもない女の子を毎朝起こして送迎な
んてどんなに家が近くったってキリストの生まれ変わりだって日本男児は
しないんだからね!」
「日本男児差別はよくないぞ勘ちゃん。それからそんなに家も近くない」
「…それ何の免罪符にもなんないからね…兵ちゃん、はっちゃんのことな
んだと思ってるのさ」

勘ちゃんの言葉に始業のチャイムが重なった。兵助の顔を覗き込むように
した勘右衛門のセミロングの内に巻いた髪がさらりと揺れた。

「八左ヱ門の事?」

兵助は視線を落とす。紺色のスカートから伸びる足を折りたたんで、勘右
衛門の方に傾けた頭を膝に乗せた。兵助の真っ白な肌に映える黒い瞳に真
っ直ぐに見上げられると、同性でも照れてしまう。勘右衛門はほんのり頬
を染めつつ負けじと見つめ返した。
勘右衛門はよく兵助を綺麗だというが、兵助は勘右衛門こそ、だと思う。
くりくりした瞳と腰の強い髪の毛は共に茶色味を帯びている。肌は健康的
な小麦色で、近づくとよくわかる、恐ろしいほどきめが細かい。
ほんのり赤く染まった肌と潤んだ瞳は否応無く庇護欲をかき立てられる。

「勘ちゃんの方が好き」
「兵ちゃん」

冷たい声に兵助は肩をすくめた。こういう時の彼女に逆らうのは賢い選択
ではないということを、長い付き合いから重々承知している。
兵助は顔をゆっくり動かして、正面を向いた。
校庭ではソフトボールをしているのだろうか、歓声が聞こえる。八左ヱ門
はソフトボールよりバスケットボールの方が得意だと前に言っていたっけ。
でも三郎の剛速球を受けられるのは八左ヱ門だけらしい。
高校からの付き合いだ。入学式の日、道に迷った兵助と勘右衛門に声をか
けてくれたのが八左ヱ門と三郎だった。人見知りの激しい兵助は初対面の
相手には敬遠されることが常なのだが、八左ヱ門は最初から人懐っこい笑
みを浮かべて手を差し伸べてくれた。
あれから一年経った。
入学以来ずっと理科委員で、学校の生物の面倒は全て請け負っていて、面
倒見がよくて、後輩に向ける笑顔がとても温かくて、背は三郎より低くて
兵助とどっこいだけどすばしっこくて、陸上をやらないかと声をかけられ
ていて、底抜けにお人よしで、兵助の家庭の事情を知ってからは毎朝迎え
に来てくれて、そして相変わらず、

「八左ヱ門はいい奴だ」


◇ ◇ ◇


その日の購買はすさまじく混雑していた。
恐らく兵助がこの学校に入学して初めて目の当たりにする混雑っぷりだっ
た。
商品に群がる生徒で購買のレジに収まっているであろう、うちの学校名物
のお残しを許さないおばちゃんに至るまでの間にはナイル川のように深く
厚い層が構築されている。
怒号と悲鳴が飛び交う購買コーナーに、兵助と同じく授業が長引きようや
くたどり着いた生徒は皆一様にたたらを踏む。いや、兵助の場合は三限の
サボりがバレて職員室でこんこんと説教を受けていたためにスタートダッ
シュで出遅れたのだが。
兵助はひたりと戦場を見据え、長い髪の毛を一纏めにして腕につけていた
ゴムでぎゅっとくくった。
そして深く深く呼吸をして、踵を返した。



「でさぁもう本当に可愛くてぇ」

今のこいつを黙らせてくれる奴がいるならそいつに俺の持っている全てを
与えよう。
八左ヱ門は半眼になりながら心の中でそう呟いた。
そんな八左ヱ門の切なる願いも虚しく、焼きそばパンを片手に熱弁を奮う
小綺麗な顔立ちの男の口は動き続ける。
黙っていればそれなりに美形で通るだろう。
二重ながらきりっとした目元にすっきり通った鼻筋、あの端正な顔が喜び
に崩れ、弧を描く唇が自分に触れたらと夢想する女子は少なくないだろう。現に今この瞬間もクラスの至るところから注がれる熱い視線はその真実を実証している。
だが残念ながら、少女達の夢は永劫叶わない。
何故ならこの男には至極重大な欠陥があるのだ。

「あぁもう雷蔵…君は今どこにいるんだい!」
「…しつこいようだがな三郎」
「なんだハチ」
「その雷蔵ってのはお前の妄想じゃないんだな」
「失礼だぞハチ。雷蔵は実在する!」

正確には実在した、が正しい。
この男の欠陥…三郎には恋い焦がれる相手がいる。
その相手は雷蔵と言う名前の、男だ。
いつもにこにこしていて底抜けの優しさからちょっと優柔不断で、お人好
しで、恋の虜になった男の欲目を割り引いても聞くからに善良そうなそい
つの姿形は、誰も知らない。
何故と言われたら簡単である。
雷蔵は三郎の前世の想い人だからだ。
時は室町、山奥の忍者の養成学校で二人は出会い、愛を育んだのだという。
八左ヱ門と三郎は小学校に上がる頃からの腐れ縁なのでもう十年近くの付
き合いになるが、三郎のこのテの話を受け入れるまでには暫くかかった。
三郎の妄想…口には出さないが八左ヱ門の全うな感覚からはこうとしか定
義出来ない…の中では、八左ヱ門も前世からの付き合いになるらしい。更
に高校に入ってからつるむようになった二人の女子もそうで、二人に出会
った瞬間、三郎は転生の存在をはっきり確信したらしい。
三郎はかねてより高校を卒業したら雷蔵捜しの旅に出ると明言していたが、
この間配られた進路調査表にもはっきりその旨を明記して教師から呼び出
しを食らったという。猛者である。
普通ならいっそ友達をやめても文句を言われないレベルの異常さだが、八
左ヱ門はむしろ徹底しているなと関心してしまった。
そんな自分も大分毒されているのだろうと、八左ヱ門は尚も続く三郎の雷
蔵は俺の天使トークにおざなりに相づちを打ちながら、食べかけのパンを口に運ぼうとして、その手を止めた。
手にしていたのは購買のおばちゃん特製焼きそばパンである。
細長いパンをトースターでかりっと焼き上げ、間に芳醇なソースが絡まっ
た具沢山の焼きそばがこれでもかと詰め込まれた焼きそばパンは購買の人
気メニューで、毎朝おばちゃんが早起きして作ってくれている。
朝一に一抱えもある籠一杯に用意されても昼には売り切れる購買の一番人
気商品である。
だが今日は台風の影響で幹線道路が封鎖され、朝入荷するはずだった焼き
そばの麺が時間通り届かず昼間際になってようやく籠が店頭に並べられた。
今購買コーナーが餓えた学生達によって阿鼻叫喚の坩堝と化しているであ
ろうことは想像に難くない。
その超人気商品が何故今八左ヱ門と三郎の手元にあり悠々とランチタイム
と洒落込んでいるのか。
別に何の事はないのだ。
二人して四限をフケて、購買の手伝いを申し入れ、三郎がおばちゃんをた
らしている間に焼きそばをパンに挟んでいた八左ヱ門が二、三本失敬した
だけの話で。
代金はおばちゃんのポケットに忍ばせたし、なぁに色を使っただけさ、忍
びの初歩の初歩、と端正な顔を小狡い笑みを浮かべた三郎は、こいつが妄
想の想い人にしか興味がなくてよかったと密かに八左ヱ門を安堵させた。
そんなこんなで手に入れた焼きそばパン、確かまだ一口しか食べていなか
った。
それが何故、もう半分程になってしまっているのか。
八左ヱ門が硬直していると、手が元あった辺りにひらりと白い手が上がっ
た。
細く頼りない手は八左ヱ門に凝視されながら、何かを捜し求めるようにひ
らひら揺れる。助けを求めて悪友のに視線を向けると、彼は顎で八左ヱ門
の空いている方の手をさした。
八左ヱ門は一瞬躊躇ったが、恐る恐るその手を握った。

「ひゃあああああああ!とうふ!」
「おわあああああああ!」
「いや、豆腐はねーよ」

つられて悲鳴を上げた八左ヱ門に代わって兵助が冷静に突っ込みを入れた。
がばっと机の下を覗き込むと、八左ヱ門に朝得られていない方の手で口の
辺りを抑えて小さくなっている想定どおりの友人の姿があった。八左ヱ門
が慌てて手を放すと、もそもそと机の下から這い出る。
口の中に残る焼きそばパンを咀嚼し終えてから、兵助は残念そうに口を開
く。
「作戦失敗…」
「いやー途中まではなかなかよかったんじゃない?こいつ全然気がついて
なかったよ」
「おっまえ気がついてたなら言えや!兵助!これお前泥棒だぞ!わかって
んのか!」
「三郎が八左ヱ門の気を引いててくれたからだよ、ありがとう」
「どういたしましてー」
「おいこら!当事者無視して会話進めんじゃねぇよ!」
「ムシ?確かに虫はお前のアイデンティティだがなハチ、ムシ違いにも食
いつくとは、さすがに貪欲すぎやしないか」

てめぇ!!と八左ヱ門が三郎の軽口に噛み付く。
そんな二人を眺めながら、兵助は八左ヱ門のペットボトルを手にとって当
然のように口に運んだ。そして次の曲の紹介のために流れる勘右衛門の柔
らかい声に耳を傾けた。


◇ ◇ ◇


勘右衛門は鞄のストラップを肩にかけて教室を出た。橙色に染まった教室
は勘右衛門で最後だった。
それもそうだろう。放送委員の勘右衛門の今日最後の職務は時間ぎりぎり
まで委員会活動や部活動で居残っている生徒への追い出し放送である。帰
宅部の多いこのクラスの生徒が残っていては困る。
教室のドアを盛大な音を立てながら閉めて、隣の教室の前を通り過ぎよう
とした時、彼の姿が目に止まった。
元々背がひょろりと高い彼の影法師は、ねばっこい西日に照らされてモル
タルの床を長く這って入り口に立つ勘右衛門の足にまで影を落としていた。
勘右衛門は誘われるように教室に足を踏み入れた。

「最終下校時刻ですよっ」
「んー、もうちょっと待って」

ね、と彼の長い指先が指し示す先を見る。
そこには、よく知る友人達の姿があった。少年がハンドルを握る自転車の
荷台に少女が乗り、少年の肩に手をかけて立ち上がる。少年はそれを確認
してから、ゆっくりペダルを踏み込んだ。少女の長い髪の毛が翻る。

「もう…校則違反」
「ていうか交通法規違反でしょ。つかまっても知らないぞオレは」
「そういうのって見逃した人もいけないんじゃなかったっけ」
「じゃあ、今見たことはオレたちだけの秘密ってことで」

そう言ってこちらを見て笑う顔が無邪気で、勘右衛門は困った視線を二人
に戻した。
ふらふらしながら校門を抜けていく二人の背中を見送って、お前達はいい
なぁと胸の中で呟く。
お前達はいいなぁ。記憶が有っても、無くても、自然に求め合っている。
一緒に生きていく方向に向かっていく。まるで磁石のように。

「いいよなぁ」
「え?!」

今度こそ心臓がはねて、勘右衛門は三郎を仰ぎ見た。三郎の瞳もまた、二
人を見つめていた。

「オレも雷蔵に会いたい」

三郎の真剣な瞳が、わずかに揺れる。その瞬間を勘右衛門は見落とさなか
った。

「なーんて。あ、勘右衛門に話したことあったっけ?雷蔵のこと」

おどけてこちらを見た三郎は、もういつもの彼だった。勘右衛門は静かに
首を横に振る。じゃあ話してやろう!帰る道々みっちりと!と高らかに宣
言しながら三郎が教室を出て行く。

「勘、行くぞ」

先に放送室だよな、と入り口から顔をのぞかせた三郎は、うつむいた勘右
衛門に気がついて首をかしげた。
勘右衛門はゆっくり顔を上げて、首を振る。

「なんでもない!ほら行くよ!」

勢いよく床を蹴った勘右衛門のスカートの裾が揺れた。




おわり
(2011/11/17)









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