(!)このお話は三姉妹設定という特殊な現代パロディ(女体化あり)です。
(!)苦手な方は自主回避をお願い致します。








ワンオブウィンターモーニング


 夢前川の水すら凍るのではないか、と訝りたくなる様な朝だった。三郎次が真っ白な息を吐きながらガラリと教室の扉を引くと、中にはすでに先客がいた。
 冬の朝の白い日差しを浴びて、背中に流した長い黒髪がきらきら輝いている。高く結い上げたそれがぱらぱらと肩からこぼれ参考書に影を落とすのを心底面倒くさげに振り払い、彼女は顔を上げた。

「三郎次?」
「…おっす、左近。こんな早くから、なにしてんだよ」
「見てわかんねぇ?センター試験まで、あと三十日切ってんだぞ」

 手にしたシャープペンの尻で参考書を叩いた左近に近づき、その手元を覗き込む。瞬間、飛び込んでくる頭が痛くなるようなアルファベットの羅列に三郎次は我知らず顔をしかめた。

「何これ、何語?」
「英語だよ。つーかお前、医学部受験に切り替えたんだろ?これくらい読めなくてどうすんだよ」
「う…うるせぇな…俺は後半伸びるタイプなんだよ」

 三郎次は唇を尖らせて彼女の正面の席の椅子を引いて腰を下ろした。夏休み明けに突然就職から受験に進路の大転換を行った幼馴染の楽観的な意見に対し、左近は眉を潜め肩をすくめた。
 そして左近は再び参考書に視線を戻した。肌理の細かい白い肌に長い睫毛が影を描く。睫毛も瞳も髪の毛と同じくいっそ潔いまでの漆黒だ。純和風な顔立ちによく映える。
左近には二人の姉妹がいるが、これは左近だけのものだ。上と下の二人は色素の薄いふんわりした猫毛で、顔立ちも彫りが深くどちらかといえば西洋的だ。瞳の色も茶色に近い。幼い頃の記憶を辿ってみると、確か彼女らの父親がそうだったような気がする。外国の血が入っているというわけではなかった筈だが。
三郎次は静かに喉を動かした。片方の肩に引っ掛けたままの通学用鞄の中には左近が視線を落としているものと同じ参考書が唸っている。さぁ言え、今言うんだ。
左近が早朝、教室で勉強していることは随分前から知っていた。自分の家では姉や妹が気になって集中できないと、朝晩は学校で勉強をしていると同級生の四郎兵衛から聞いて以来、虎視眈々とこの時を狙っていたのだ。
何せたった四人の同級生である。何をしようにもそれじゃあ一緒になってしまう。裏を返せば彼女と二人きりになる機会はほぼ皆無に等しいということである。
例え勉強とは言えど少しでも二人だけの時間が過ごせるならばそれでいい、子供の頃の自分に左近に対してそんな女々しい感情を抱くようになるなんて教えたら、一笑に附されるに違いない。ほんの赤ん坊の頃からずっと隣にいた。気が強くて口が悪くて、こんな男女を好きになるような酔狂な野郎いるわきゃねぇと本気で思ってた。
左近は澱みなくシャープペンを動かす。そのほっそりした指先にすら、鼓動が早くなる。

「あのさ、左近」
「なんだよ」
「あの…」
 
 なんだよ、と左近が顔を上げる。鞄を持っていない方の手で胸を押さえ、そのままぎゅっと握り締めた。
あれ、なんかこれ、一世一代のチャンスって奴なんじゃねぇの?
そんなことを自問自答した瞬間だった。ガラリと何かが床を滑る音に、左近がぱっと顔をそちらに向ける。つられてそちらに視線をやった三郎次は思わず大きく口を開けた。
扉を引いて部屋に入ってきた人物は、三郎次と左近の姿を認めると驚いたように目を丸め、そして微笑んだ。

「あれぇ三郎次、珍しいね」
「め、珍しいねってお前…」
「おはよー四郎兵衛。昨日のあの問題、わかったぞ」
「おはよう左近。本当に?教えてもらってもいい?」

 早く来いよ、と上機嫌で四郎兵衛を手招く左近と慌てて近づいてくる四郎兵衛を交互に見比べ、三郎次はぱくぱく口を動かした。それに気がついた左近がまたもいぶかしげな顔で首を傾げた。

「本当になにしてんだよ、お前」
「え、だって、お前、左近がいつも朝は教室で勉強してるって…四郎兵衛が…」
「うん、勉強してるよ。朝弱いのに、毎日えらいよねぇ。左近のそういうがんばり屋さんなところ見習わなきゃって思って、最近僕も一緒に勉強させてもらってるんだ」
「ばっバカ野郎!そういうことをほいほい口にするな!」
「そういうことって?」
「だから…っだああもう!」

 きょとんと目を丸くする四郎兵衛を前に、耳まで真っ赤に染めた左近は頭を抱える。頭を抱えたいのはよっぽど自分だ、と三郎次はじわりと霞む視界の中で思った。





おわり
(2011/11/18)









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