(!)このお話は三姉妹設定という特殊な現代パロディ(女体化あり)です。
(!)苦手な方は自主回避をお願い致します。











ハイドアンドシークアンドフラワー



 春の嵐は唐突に訪れた。
予鈴のチャイムが鳴り響く昇降口で、さっさとスニーカーから上履きに履き替えたきり丸は首を傾げた。一緒に登校してきた幼馴染の様子がどうも妙だ。妙というより、はっきりおかしい。
 幼馴染の小柄な少女、乱太郎は先ほどローファーを下駄箱に移そうとして蓋を開け、そのまま固まった。胸に革靴を押し当てたままぴくりともしない。胸に革靴の底を思い切り押し当てているが、制服は汚れてしまわないのだろうか。
見かねて声をかけようとした瞬間、肩を叩かれた。

「どうしたんだ?乱太郎」
「土井先生。いや、俺にもわかんないんすよ。ちょっと前からこの状態で」

 廊下をちょうど通りかかったらしい担任はきり丸の肩越しに彼女の様子を伺い、眉間に皺を寄せる。

「なんかしたのか」
「なんもしてませんよ」
「でも固まってるぞ」
「いやだから知りませんて。そもそもなんで固まらせなきゃなんないんすか」

いやぁまぁそうなんだが、と口の中でもごもご呟く半助を横目に睨んで再び乱太郎に視線を戻したきり丸は、あ、と小さく呟いた。彼女の背後で大きく口を開いていた入り口から飛び込んできた二人の生徒に、半助も声を漏らす。

「団蔵、兵太夫、お前らまぁた遅刻ぎりぎりだぞ!」
「いやあの、交差点をナメクジが横断中でして、あはは」
「今日も団蔵が寝坊しました」
「兵ちゃんの人でなし!」

 肩で呼吸をしつつも口だけは忙しなく動かし続ける二人は言い合いながら靴を脱ぎ、各々の靴箱に納めようとしてようやく石と化した同級生に気がついた。

「おっはよー乱太郎。何してんの?」

 団蔵は笑顔で乱太郎をのぞきこんだ。ついでと言わんばかりに彼女の肩に回りかかった腕を、兵太夫がぴしゃりと叩き落す。

「馬鹿はさておき、何してんの?乱太郎。靴箱になんか仕掛けられてた?」

 そういいながら靴箱を覗き込んだ兵太夫は、乱太郎同様にぴたりと動きを止める。残された男性陣は、困惑して視線を交し合う。そして恐る恐る少女達の肩越しに靴箱の中を覗きこんだ。
 それからほんの僅かな間を置いて、早朝の公立大川高校に世界がひっくり返るような悲鳴が響き渡った。


◇ ◇ ◇


「ていうかむしろ、不審物?」

 剣呑に呟いた伊助に、乱太郎は困ったような表情で机の上に視線を落とした。机上には、無骨な木の枝が数本束ねられたものが置いてある。申し訳程度に薄桃色の花をつけた枝が輪ゴムで四、五本まとめてあり、しかもご丁寧にピンク色の放送紙で包まれている。
…乱太郎はそうであると認識したのだが、伊助にはそうは映らなかったらしい。人差し指と親指で花の束を摘み上げる彼女の視線は鉄のように冷たい。

「だって、怖くない?どこの誰とも知れない人が自分の靴箱に触ってるわけでしょ」
「どこの誰ともって…私、昨日最終下校ギリギリに学校出たんだけど、その時は何も入ってなかったんだ。だからこれを入れた人は少なくともこの学校の中の人でしょ?」
「それがなおさら怖いんじゃん!同じ学校の生徒ならこういうまだるっこしいことせずに、直接渡せばいいでしょ。大体、きり丸はこれ見て何か言わないわけ?」
「え?」

 喧喧と言い募る伊助に、乱太郎はきょとんと目を丸めた。

「どうしてそこできりちゃんが出てくるの?」

 伊助はどうしてって、と呟いて口ごもった。視線は自然と、教卓の近くでしんべヱ、団蔵、庄左ヱ門と共に黒板に悪戯書きをしているきり丸の背中へと向かう。どうやら団蔵が記した象形文字の解読を試みているようだが、次の授業の担当である土井先生が教室に入ってくるまでに消しておかないと、また先生が卒倒しかねない。団蔵の字を真似て書こうとしているらしいしんべヱと言葉を交わし無邪気に笑うきり丸に、こちらを気にかける様子など一つもなかった。
 ガタンという音に慌てて視線を戻すと、乱太郎が椅子から立ち上がったところだった。

「話の途中でごめん、委員会の後輩に昨日まとめた備品表渡してくるね」
「あ、うん…授業始まるから急ぎなよ」
「うん。ありがとう」

 乱太郎は小さく手を振ると教室を出て行った。その背中を見送って、伊助は腰掛けている椅子に沈み込んだ。そして乱太郎と入れ替わりで教室に入ってきた三治郎と兵太夫を手招く。

「何してんの、伊助」
「…なやんでんの」
「何を?あぁこの花束野郎の正体?」
「それもだけど、それじゃなくて」

 深い溜息を吐きながら机に突っ伏した伊助に首を傾げ、三治郎は先ほどまで乱太郎が座っていた席に腰を下ろした。そして机の上の花束を両手ですくいあげる。

「かーわいい。乱太郎もてるよねぇー」
「本当。自分のこと魅力的じゃないと思ってる辺りがかわいい」
「…三治郎と兵太夫には言われたくないと思うけどね」

 力なく突っ込んだ伊助の顔を見やり、大体月に一度のペースで誰かしらから告白を受けている公立大川高校のマドンナ達は首を傾げた。
 三治郎は花束を覗き込んで、あぁと小さく呟いた。

「伊助ちゃんのお悩みって、旦那さまのこと?」
「あぁ、きり丸か。…って、それ伊助が悩む類のことなの」

 眉間に皺を寄せた兵太夫に見詰められて、伊助は言葉に詰まる。確かに兵太夫の言うとおり他人の畑の話ではある。
 伊助は気を回しすぎだよ、と兵太夫は肩をすくめた。

「まぁ確かに、なんの反応もなしってのはちょっとびっくりしたけど」
「え、花束を見たときのきり丸?」
「うん。どっちかっていうと土井先生の方が驚いてたかな」

 驚きのあまり顎が外れんばかりに口を開いたまま固まっていた担任教師を思い出して、兵太夫はにやりと笑った。
三治郎は薄桃色の花びらをそっと指先で撫でて微笑んだ。

「でも私、伊助の気持ちもわかるなぁ。あの二人って不思議だよね。土井先生も含めて家族ぐるみで仲が良いってのはわかるけど、きり丸が小学校生の時に転校してきてそれ以来ずーっと一緒。よく飽きないよねぇ」
「へぇ、きり丸って転校生だったんだ」
「そっか、兵太夫は高校からだからしらないよね。きり丸は小学四年の時に転校してきたんだよ。それで同じ時期にご家族の事情で大川市を離れてた乱太郎も帰ってきたんだ。あの頃は乱太郎がきり丸を連れてみんなのところに帰って来たって喜んだっけ」
「そうそう。あの頃のきり丸、ものっすごい無愛想で無表情でさー乱太郎を通さなかったら話なんて出来なかったよねぇ」
「ふぅん…」
「あらら、兵ちゃんたら拗ねないで」
「拗ねてなんてないよ!」

 三治郎に顔を覗きこまれて頬を紅潮させた兵太夫は、パンっと机に手をついた。意外にも寂しがり屋な一面を併せ持つ可愛い同級生を見上げ、伊助は苦笑を漏らした。

「まぁまぁ、四六時中一緒なのは昔から変わらないってわけ。もう町中公認の夫婦みたいなもんだよね」
「庄ちゃんと伊助とおんなじだよねー」
「三治郎、二度と言うな」

 オクターブ低い声ですごんで、伊助は三治郎を睨みつけた。瞬間、本鈴が鳴り響き教室に次の授業の担当である半助と、その後に続いて乱太郎が入ってきた。黒板の前で遊んでいた男子達は半助に一喝されると慌てて自分の席へと戻っていく。
 乱太郎は自分も席へと向かいつつ、席についたきり丸に何事か声をかけた。きり丸が小さく頷き返すと、乱太郎はほっとしたように笑みを漏らし、彼の側を離れた。
 その様を一部始終見守っていた伊助らは、ゆっくり顔を見合わせて首を傾げた。


◇ ◇ ◇


「それで、乱太郎は?」

 庄左ヱ門は書類をめくる手を止めることなく問うた。横で算盤を弾いていた団蔵、団蔵が読み上げる数字を所定の用紙に書き込んでいた虎若、本棚のファイルを整理していた喜三太は作業の手を止め、生徒会室ご自慢の観音開きの扉の直ぐ側でプリントをホチキスで止める単純作業を繰り返していたきり丸に視線をやった。しかし当のきり丸はプリントに視線を落としたまま気だるげにあぁと呟く。

「心当たりの場所があるからそこに行ってみるって言ってた」
「それはもう聞いた。それで?」
「それでも何も…今日は遅くなるかもしれないから先帰ってろってよ。それが?」
「それが?じゃあないだろっ!お前それでいいのかよ!大事な人が横から掻っ攫われちまうかもしれないんだぞ!」

 勢いよく口を挟んだのは団蔵である。机の上に震える拳を置いた団蔵にお留守になっている算盤を押しやって、虎若はまぁ言ってることは概ね賛成できるけどもととりなすように呟いた。
 きり丸は眉間に柳眉を寄せて顔を上げた。どうやらプリントは留め終わったらしい。

「あのなぁ、何度も言うようだけど、乱太郎はただの幼馴染なの。大体、幼馴染が漏れなく大事な人になるってんなら、兵太夫がラブレターもらったり告白されたりする度にお前目くじら立ててんのかよ」
「それはないけど!でも乱太郎だぜ?あんな女の子らしくてふわーっとした子、このご時世そうそういないんだからな!俺がお前の立場ならとっくにコクって彼女にしてるわ!」
「乱太郎にも選ぶ権利はあるけどな」
「どういう意味だ虎若!」

 冷静に突っ込んだ虎若に掴みかかる団蔵の頭を分厚いファイルで引っぱたいて、喜三太はきり丸の正面のソファに腰を下ろした。

「でもさぁきり丸。本当にいいのぉ?乱太郎が人のものになっちゃうかもしれないんだよぉ」 喜三太が首を傾げると、ボンボンつきのゴムで高い位置でまとめられてもなお肩につくような長い髪の毛がふわりと揺れた。きり丸は喜三太をしばらく見つめ、ややあって口を開く。

「それはあいつが決めることであって、俺が決めることじゃない。…庄左ヱ門、今日はもう俺にやれることはないだろ。先に帰るぞ」
「あぁ、そのプリントだけ職員室に持って行ってくれ」
「了解。それじゃ、お先に」

 プリントを抱え上げたきり丸はそのまま扉の隙間に足で蹴り開いて部屋を出て行った。嵐が過ぎ去った室内には不気味な沈黙が落ちていた。
 気詰まりな雰囲気の中、さて、と切り出したのは庄左ヱ門だった。

「僕達もそろそろ切り上げようか。喜三太、ファイルをデスクに移しておいてもらえる?」
「あ…うん」

 ファイルを抱え上げた喜三太は不意に足を止める。抱えたファイルに視線を落とすと、生徒会予算関係と銘打たれたラベルが滲んだ。

「ねぇ庄ちゃん、ぼく余計なこと言ったかな」

 ぽつんと呟かれた言葉に、庄左ヱ門は顔を上げた。

「いや、あの様子から察するに図星だったんだろ。だから喜三太のせいじゃないよ。あれはきり丸の問題」
「そっか…」
「だけど、喜三太も痛いところを的確につきすぎちゃうとこあるから、ちょっとは歯に絹着せた方が良いかもしれないね」
「そっかぁあ…」

 がっくりと肩を落とす喜三太に、団蔵はけたけたと笑った。その頭を叩いたものの、虎若も堪えきれずに笑みをこぼした。

「きり丸と言えばさ、あいつあの見てくれだから、結構私立の女子からも告られたりしてるらしいんだよ。でも絶対にべもなく一言で切って捨てるらしくて…公立のクール王子ってあだ名はその冷徹さからも来てるらしいんだけどさ。で、とにかくあいつが冷たいもんだから、勇気ある子が聞いたらしいんだよな。どうして誰とも付き合わないんだ、好きな人でもいるのかって。そしたらあいつ、バイトと勉強と家族以外に割く時間はないって答えたらしいよ。そんなの素面じゃ言えねぇよなぁ…イケメンの余裕ってヤツ?」
「そりゃあさ、頭良くて顔良くて背ェ高くてちょっと毒舌気味だけどユーモアもあるって、そんなの自信持って当然だけどさ…けど…それもうチートだろ…神さま不公平すぎるだろ…ていうかそんなことはどうでもいい!ぶっちゃけモテたい!」
「団蔵の場合はそれが本音か。元気だせよ!世界中探したらお前の方がいいって奇特な女の子がどっかにいるかもしれねぇじゃん!」
「そうだよぉ大丈夫だよぉ。ぼく、団蔵の方が性格はいいような気がするもん」
「虎若…喜三太…!」
「世界中探したらな」
「気だけね」

 瞳を涙で潤ませながら感じ入ったように虎若と喜三太を見つめる団蔵を横目に見やりながら、庄左ヱ門はファイル、と手をのべた。
 きり丸はバイトも勉強も家族と一緒にいる時間も、飽きることなく倦むことなく一緒に居てくれる人の大切さに早く気がつけばいいのに、と思いながら。


◇ ◇ ◇


 窓の外では満開の白い花が風に吹かれて踊っている。青い空に映える眩しいほどの白の洪水に、きり丸は思わず瞳を瞬いた。
 先週、山田屋のスタッフ一同で花見をした時はまだ六部咲きと言ったところだったが、好天が続いたこの数日ですっかり盛りを迎えている。
 窓ガラスを開いてみようとして、両手がプリントでふさがっていることに気がついた。ガラス一枚隔てた向こうの世界では風がそよいでいるらしい。枝が揺れて、花びらが舞い落ちる。桃源郷のような空間のどこかにあいつはいるんだろう。花束を震える手でとり胸に抱いた乱太郎の横顔を思い出す。手にした花と同じ色に頬を染めた彼女はそのまま花束の贈り主に連れ去られてしまうのかもしれない。
 窓から視線を外したきり丸は、抱え込んだプリントを見やった。乱太郎のことをどう思っているのかとよく聞かれるが、きり丸の答えは昔から少しも変わらない。
乱太郎には幸せになってほしい。彼女はたった十七年の人生の中で普通の人の一生分の不幸を経験してきた。そんな彼女を幸せにするのは、きっと何の柵もない、元気で大らかで優しい男だ。自分みたいにひねくれたり根性曲がったりしていない、真っ直ぐで気持ちのいい奴と結ばれてそれからの日々を健やかに笑顔で過ごしてほしい。
乱太郎が幸せになれるのであれば、それ以上のことなんて望まない。本当だ。
きり丸は紙の束を抱え直す。拍子に束の上から、プリントが一束落ちた。プラスチックタイルに広がる白い紙に視線を落として、きり丸は途方に暮れた。手を伸ばそうにも相変わらず両手はふさがっている。
小さな足音が軽やかに廊下を近づいてくる。足音はきり丸の前で止まると、廊下に落ちたプリントに小さな手を伸ばした。そして、

「はい、きりちゃん」

 とプリントを束の上に乗せる。顔を上げたきり丸は呆然と呟いた。

「乱太郎…お前、なんでここに」
「用事が終わったから。各部委員会の予算会議も近いし、まだ生徒会室に皆いるかなーと思って覗きにいく途中だったの」

 会えてよかった、と乱太郎は朗らかに笑った。そして思わず口ごもるきり丸の腕から半分プリントをさらう。

「これ、どこに運ぶの?手伝うよ」
「え…あぁ…サンキュ…じゃなくて、その…お前、いいの?」
「いいの、って?…あぁ、用事のことか」

 なんだそんなことと言わんばかりに苦笑した乱太郎は、プリントを胸に抱いてきり丸を見上げた。

「どうしても目が離せない大事な友達のお守りで手一杯なので」
「…お前な。プリント置いたら覚えとけよ」
「やれるもんならどうぞやってみてください。そうだ、ねぇきりちゃん、この間のお花見の時に話に出てた柏餅の予約ってそろそろ始まるの?」
「あぁ、今週の末からかな。また忙しくなるぜ」
「あはは、盛況ならいいことじゃない」
 
  軽口をたたき合いながら、二人は並んで廊下を進む。窓の外で吹き荒れる風も今の二人には届かなかった。



おわり
(2011/11/02)










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