(!)このお話は三姉妹設定という特殊な現代パロディ(女体化あり)です。 (!)苦手な方は自主回避をお願い致します。 リウォードタイム 公立大川高校の母の日常は、日々過酷を極める。 毎日きっかり六時に目覚めたら、すぐさま家族四人分の朝ごはんの用意、そして浪人生の兄と母をたたき起こし、不破町の工房から一度戻ってきた父と共に朝食を摂ると、洗い物を済ませ前日の内に予約をしておいた洗濯ものを干す。 嵐のような朝をなんとかやりすごし、身支度を済ませ慌てて登校すれば、今度は暇さえあればトラブルを巻き起こすクラスメイト達のお守りが待っている。今日も登校した瞬間から教室は嵐のような有様だった。 兵太夫と三治郎が入り口に仕掛けた、開けたら落下金盥トラップのせいで、ターゲットの団蔵に咄嗟に盾にされた乱太郎は全身に洗濯糊を浴びた。彼女が体操着に着替えるべく教室を出て行ったかと思ったら、喜三太はペットのナメクジを金吾の机の上にぶちまけ、悲鳴を上げる金吾をなだめようと近づいた虎若は誤ってナメクジ一匹を踏み潰した。それを見て喜三太は悲鳴をあげ、脅えた金吾は逃げ惑う。しんべヱは厄介ごとはごめんとばかりにそっと教室から出て行こうとするきり丸の首根っこを捕まえる。 大騒ぎの教室を睨みつけ、伊助は深く息を吸い込んだ。 「全員止まりなさい!まず掃除!それからお説教!わかったらさっさと動く!」 ◇ ◇ ◇ 「伊助はすごいよねぇ」 感じ入ったように呟いたのは、乱太郎だった。生地の上を滑らせるように針を動かしていた伊助は手を止めた。 隣で縫いあがったものにアイロンをかけていた喜三太、しんべヱも顔を上げる。 「すごい?」 「うん、伊助のお家、共働きでしょ?忙しいご両親の代わりに家のことして、学校でもクラスみんなの面倒見て、勉強も出来て、お裁縫も出来るなんて、すごいよ」 「僕もそう思うなぁ〜だってこの文化祭の衣装の図面も伊助が引いてくれたんでしょ?完璧ってこのことだよぉ」 「数学研究会は副会長、生徒会も書記だもんね。僕、伊助が生徒会長でもよかったと思うなぁ」 それもそうだねぇ〜と顔を見合わせて頷きあう三人のすっかり止まってしまった手を見やり、伊助は苦笑した。 「私は私に出来ることをやってるだけだよ。じゃあ、生徒会の事務作業進めなきゃなんないから、今日はもうぬけるね?」 「はーい」 「いってらっしゃーい!戸締りしておくね!」 縫いかけのドレスをきちんと畳み机の上に置いて、手を振る三人にじゃあね、と声を返して被服室を出た。 廊下を生徒会室へと急ぎながら、伊助の頭の中は忙しなく動き続ける。文化祭は二月後に迫っている。仮縫いは終わったがこれからキャストに衣装を合わせて本縫いだ。台本の読み合わせもあるし、道具類も作らなければならないし、かといってイベントごとにばかり気をとられているわけにもいかない。なんと言っても受験生なのだ。伊助はすごいね。乱太郎の言葉が耳の奥に木霊する。 伊助は両手を掲げ、頬をぱちんと叩いた。 ◇ ◇ ◇ じゃあね、ばいばーいという声が開けたままの窓から聞こえて、慌てて顔を上げた。腕時計を確認して両手で顔を覆う。額が平になっているのが指先の感覚でわかったが、そんなことに構ってはいられない。 窓際のデスク越しに差し込むオレンジ色の光に照らされた応接用の机の上に散らばった書類は、まだ半分も埋まっていない。ソファに浅く腰掛けなおし、早くしなきゃ、とボールペンに手を伸ばす。しかし寝起きの指先はいうことを聞かず、弾きだされたペンは絨毯の上を点々と転がった。 「…もう!」 ペンを追いかけて立ち上がり、絨毯の上にしゃがみこんだ。窓に背中を向けると絨毯に影が落ちる。 伊助はペンに伸ばしかけた手を引っ込め、膝に顔を埋めた。 伊助は周りが言う程自分のことを特別だとは思っていない。やれることやれる分だけ、それだけはきちんとやる。それが自分の取り得だし、それ以上のことなんて求めてない。今日もいつも通り自分に出来ることをこなした、それでいい。 なのに、今日は何故こんなにも苛立っているのだろう。 「どうしたの?」 かけられた声に慌てて顔を上げる。入り口から、この部屋の現在の主である生徒会長が顔をのぞかせていた。彼は軽い足取りで部屋に入ると、伊助の前に腰を下ろす。 そして手にしていた缶ジュースを伊助の額に当てた。 「赤くなってる。どこかぶつけた?」 「ぶ…ぶつけてないっ」 慌てて首を振る伊助を見つめて、庄左ヱ門は微笑んだ。 「ならよかった。伊助、林檎ジュース飲めるよね?」 「飲めるけど…それが何?」 「じゃあこれあげる。今日は朝から大騒ぎだったから、疲れたでしょ」 差し出されるがままに先ほど額に当てられた缶を手に取る。汗をかいた缶の雫が指先を伝い絨毯に染みこむ。 床にあぐらをかいた庄左ヱ門は俯く伊助の丸い頭頂部をじいっと見つめる。 「伊助、白髪増えた?」 「…お前のそういうとこ本当に嫌い」 くぐもった声はいつも通り切れ味するどく庄左ヱ門を切りつける。庄左ヱ門はかすかに微笑んで絨毯の上のペンに手を伸ばす。 その手に一回り小さな手が重ねられた。夏場にも関わらず冷え切ったそれに、庄左ヱ門は驚いて顔を上げる。 伊助は相変わらず俯いたままだった。ブラインドのように下りた長い髪の毛が彼女の顔を隠して表情が伺えない。 そっと顔を近づけた庄左ヱ門は小さな手の甲に落ちる雫に気がついて、その手にもう片方の手を重ねて囁いた。 「いつもお疲れ様、伊助」 優しい子守唄のような声音がすとんと胸に落ちた。何度も何度も頷きながら、伊助は胸の中で呟いた。 特別なものは何もいらないけれど、たまにご褒美がほしくなる時はある。 そういう時、欲しいものをくれるのはとても悔しいことにこの男なのだ。 おわり (2011/10/22) |