スイートディナーボックス



 夜の散歩に行こう、と言い出したのは竹谷だった。
そういう内容の一斉同報が、ただただ眠りの淵をなぞるだけの退屈な講義を一瞬にして大事な作戦会議の時間に変えてしまった。
どこに行く?と真っ先に返信を返してきたのは久々知。来ることを大前提とした文面に、兵助がいるなら遠出しようよ、と提案したのは尾浜。これは仲間内で唯一の自宅通学者で、家の車を自由に利用できる背景を知っている故の言葉である。
それに遅れることほんの少し、返信遅くなってごめんね、と律儀に前置いて書いてよこしたのは不破だ。不破は今日は授業が無いはずだが、大方図書館にでもこもっていたのだろう。
まぁとにかく、これで役者は揃った。
鉢屋は窓の外に視線をやった。深緑の葉をつやつやと輝かせる陽光は鮮やかなものの、吹き渡る風はたまに肌寒ささえ感じさせる。夜となればなおさらだろう。
鉢屋の指先は軽快にタッチパネルを叩いた。
…海に行こう。


* * *


「ねぇ鉢屋、雷蔵って甘い卵焼き食べられたっけ?」

腕時計は今正に八時をさした。鉢屋は苛立ちを押さえて声を返した。

「雷蔵は何でも食べる!甘いのダメなのは兵助だろ!いいからさっさとしろよ、あいつらもう来るぞ!」

運転手が兵助ならば、十中八九もう数十秒でチャイムが鳴るだろう。いや、数十も残されているかどうか。
夜のドライブが突発的に決定した後、久々知が車を出してくれるなら自分達も持ち寄れるものは持ち寄ろうという話になった。不破はこの間親戚の子供が止まりに来たときに開けた花火の余りがあると言い、竹谷はスイカを持っていくと息巻き、鉢屋は無難に飲み物を用意すると言った。
そんな中、じゃあお弁当は俺が、と言い出したのは学生特有の暇にあかせて近所のカルチャーセンターの料理教室に通い始めた尾浜だ。
最初から嫌な予感はしていたのだが、意気揚々と大きな買い物袋を提げて帰ってきた同居人には言うに言われず今に至る。尾浜は案の定、から揚げと卵焼きで手一杯で、おにぎりは鉢屋がつくる羽目になった。
梅干、おかか、しそ、味噌、じゃこ、とバリエーションも豊かに見事な正三角形を描くおにぎりは、ビニール袋に飲み物と共に詰め込まれ鉢屋の傍らで出発の時を待っている。果たしておかずは…間に合わずとも、チャイムが鳴ったら出ようと胸の内でごちた瞬間、チャイムが鳴った。
台所から待ってー!と悲鳴が聞こえる。鉢屋は眉間に皺を寄せて錠を外そうとした。
しかし、その手に一回り大きな掌が重ねられる。

「一言も声かけないってのは、いかがなもんよ?」
「…終わったのか」
「もーやっぱり納得いかないんだよね。どう思う?これ」

尾浜は眉をハの字に歪めて、鉢屋の顎をすくった。近づけられた尾浜の薄い唇を舐めて、鉢屋は盛大に不機嫌な表情になった。

「甘い」
「やっぱりぃ?」

砂糖いれすぎたのかなぁ、と絶望的な声を上げる尾浜に背中を向けて、鉢屋は扉を開いた。




おわり
(2011/9/16)










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