(!)このお話は現代パロディ設定です
(!)苦手な方は閲覧をお控え下さい



カミングアウトアワー



僕たちのクラスの学級委員長は、いささか変わっている。
まず第一に、彼は全国区の秀才である。県内では中の上くらいの冴えない男子校に彗星のように舞い降りた彼は、初めて受けた全国模試で全国一位、偏差値75オーバーという脅威の数字をたたき出した。
第二に、彼はスポーツ万能だ。入学後まもなく僕も籍を置くサッカー部に入部し、その夏にもっともレギュラーに近いと目されていた団蔵と共に正部員の座を射止めた。うちの学校のサッカー部はインターハイの常連で、そもそも団蔵はスポーツ推薦だったので、周囲も下馬評通りと大して驚かなかったのだが、まさか入学式で新入生総代として壇上に上がった優男がレギュラーを勝ち取るとは誰一人想像すらしていなかった。以来、一度もその座を譲ることなく今年の夏、主将の座におさまった。
第三に…というかこれはもう、これだけの要素が揃えば必然としかいいようが無いのだが…彼は非常にモテる。
純粋に顔だけで判断するなら、チームメイトのきり丸や兵太夫の方が数段整っているだろう。実際美形ディフェンダーコンビと称され非公式ながらファンクラブまで設立されているのだから。
しかし歩けばシャッター音が後を追い、走れば悲鳴が上がり、座れば熱い視線がいたるところからその身を焦がし、ファンクラブの会員数は美形二人を合わせたクラブの会員数を大幅に上回る、なんて男は学校広しといえども彼だけだ。
腐っても汗臭い男子校なので、さすがに熱い視線や悲鳴は男女混合の模試会場でしか頂いたことはないそうだが、シャッター音に関しては校内でもままあるらしく、彼は首をかしげる。
そんな仕草をもクラスメイトの三治郎の高性能小型カメラはつぶさに写し取っていることを、彼は知らない。
なんでも学外で高値で取引されるのだそうだ。
そしてそんな彼のもっとも変わっているところ、それを耳にした僕は、思わず手にしていた他校の対戦成績や個人能力がまとめられたファイルを思い切り床にぶちまけてしまった。

「い、いまなんて…?」
「だから、僕は伊助のことが好きなんだよ」

彼はにっこり笑って、轢かれた蛙のような姿に成り果てたファイルを拾い上げた。

「はい、大事なデータ。今日は帰ってからミーティングだよね」

全員寮住まいだとこういうとこ楽チンでいいなぁ。庄左ヱ門はいつも通りの調子で笑って言いながら、部室の引き戸をカラリと開いた。
サッカー部の部室は部員が多いので、校舎の裏に別棟が建てられている。戸の外は、既にとっぷり闇に暮れていた。
庄左ヱ門は、ファイルを肩に乗せてふむと考え込む。

「今日の夕飯なんだろうね、僕は秋刀魚がいいな。伊助は?」
「そうじゃなくて!」

僕は慌てて声をあげた。このまま庄左ヱ門のペースに飲まれてしまっては、先ほどの爆弾発言がうやむやにされてしまうこと必至だ。
庄左ヱ門は僕を振り返ると、さも不思議そうに首をかしげた。

「ここで問答してもいいけど、夕飯を食いっぱぐれるのは、育ち盛りの青少年として頂けないな」

…あぁもう!
僕は心の中で思いつく限りの悪口雑言の限りを尽くしながら机の上に散乱した次の練習試合の相手のデータをかき集めてスポーツバックに突っ込んだ。

◇ ◇ ◇

月明かりがしんしんと降頻る道を、二人並んで歩いた。等間隔に並ぶ蛍光灯の灯りを受けて、伸びては縮む二つの影法師の間に挟まれたなんともいえない空間は、一向に縮まる様子が無い。
どうしてこんな時に限って、あの頼もしい仲間達は一人もここにいてくれないのだろう。僕は泣き出したいような気持で一人俯いた。
今日はインターハイ後の先輩の卒業試合以来、久しぶりの休養日だった。
そもそも中間テストが近いからという理由での休みなのだが、そのお題目に沿ってきちんと寮に帰り休養をしている奴は、連中の内何人いるのやら。
とりあえず、同級生の中には一人もいないことは確認済みである。
まず、チームの花形・大型フォワードの団蔵は鉄の守護神・虎若と共に携帯ゲーム機を携え狩りに行ってくると呟いていた。あのゲームは四人まで共闘可能のはずなので、ミッドフィルダーの喜三太と、喜三太との鉄壁の連携による得点率ナンバーワンフォワードの金吾も、恐らく一緒に冒険の旅に出ていることだろう。
それからゴールラインの暗殺者という不穏な二つ名で知られるディフェンダーの三治郎は顔だけでなく実力もピカ一な守備的ミッドフィルダーコンビの兵太夫、きり丸と共に撮り溜めた写真を元手に小銭稼ぎに行ってくると息巻いていた。
息巻いていた、とため息交じりに報告してくれたのが韋駄天サイドバックの乱太郎なので、彼はその一行に巻き込まれたに違いない。乱太郎、きり丸が揃えばそこに巨体に似合わぬ機敏な動きから後衛最後の砦とも言われるディフェンダーのしんべヱがいるのは当然の流れだろう。
まぁそんなわけで、頼もしい仲間達は授業が終わるなり我先にと教室を飛び出していったというわけだ。
全く、休養日といわれても思わず習慣で足が部室に向かい、つい真面目に仕事をこなしてしまった自分が悲しくなる。
それで、いつも通り部室の掃除をして、溜まった洗濯物を片付けて(マネージャーはちゃんといるけれど掃除洗濯はもはや僕のライフワークなのだ)、ついでに週末の練習試合に向けての夜のミーティングの資料を整理しなおそうとしたところで、われらがキャプテンが部室に顔を覗かせた。
彼も理由はないがなんとなく足がむいたというものだから、それでいくらか話をして。
その時たまたま、話の流れで、好きな人いないの?とかそういう類の話になったのだ。
僕はもちろんいないと首を横に振った。本当はインターハイ直後に半年くらい続いた初めての彼女に振られてしまったばかりだったのだけど、この完璧な同級生にそれを打ち明けるのはなんとなく憚られた。他でもない彼にまだふさがりきらない傷を容赦なく突かれるのは、正直辛いなと思ったのだ。
だがその後、本当に軽い気持ちで、社交辞令的に聞き返した僕に待ち受けていたのはとんでもないカミングアウトだった。
僕はちらりと横に並ぶ庄左ヱ門を見やり、さっきの、と切り出した。

「その…あれって、友達としてってことでいいのかな?」
「いや、もちろん性的欲求も含めた恋愛感情としてだよ」

きっぱりと言い放たれてしまって、途方に暮れた。どうしよう、この男は本気だ。
それからしばらく、気まずい沈黙が流れ、

「本当はね、伊助が彼女と別れたばっかりなの、知ってたんだ」

庄左ヱ門がぽつりと呟いた。僕は思わずその横顔をまじまじと見つめてしまった。彼は、なぜか彼の方が辛そうな表情で笑った。

「きり丸に聞いた。たまたま小耳に挟んじゃったんだけどさぁ!って、すごく楽しそうに持ちかけて来たから、ついつい聞いてしまったよ」
「あいつ…いつか絞めてやる…」

低い声で呟いて、はっと我に帰った。庄左ヱ門の前ではこんな自分見せたことないのに。
幻滅されてやないだろうかと恐る恐る様子をうかがうと、庄左ヱ門は、相変わらずどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

「だから、今なら弱みに付け込めるかなー…なんて、打算で動いてみた」
「打算…って…」

なんとか呟いてみた言葉は、上手くその先が見つからない。他にも選り取りみどりな癖に、どうして僕なんだとか、大体僕は男だとか、聞きたいことはたくさんあったが、もう寮はすぐそこだった。
僕はぴたりと足を止めた。気がついた庄左ヱ門も足を止めて振り返る。
とりあえず、ややこしいことは全て脇に置いておいて、どうしても聞きたいことが一つだけあった。

「皆には、試合終わってから報告でもいい?」

庄左ヱ門は一瞬瞳を見開いた。それから答えを探すように視線を空に投げ、戻ってきた時にはその顔に満面の笑みが浮かんでいた。





おわり
(2011/9/12)









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