海底に咲く花


花は咲かなければ枯れることもない。
だからこの心は蕾のまま、固く閉ざしたまま、そっと手折ってしまおうと思った。



委員会を変わろうと思うと彼に告げると、彼はなんとも言えない表情を浮かべた。
その一文字に引かれた唇の奥で、どんな言葉が噛み砕かれたのかはわからない。
結局、聞こえてきたのは、お前がそうしたいならそうしたらいい、なんて優等生の返答だけだった。

「じゃあ、さよなら」

言葉は勝手に飛び出した。そして振り返りもせずにその場を立ち去った。止めるものは一つもなかった。
次の学期から、委員会に向かう彼の隣には喜三太が並ぶようになった。
用具委員の仕事はそれなりに楽しかった。
しんべヱも平太も、富松先輩も優しくて、新参者を快く受け入れてくれた。仕事に慣れるまでそう時間はかからなかった。むしろ資材置き場に自由に出入り出来るようになったおかげで、からくり作りの効率が上がったと兵太夫と密かに喜びあった。
毎日は穏やかに過ぎていった。兵太夫とからくりを作って伊助に怒られたり、庄左ヱ門と囲碁に興じて小金を巻き上げたり、夜な夜な後輩達を怖がらせる為に徘徊したり、満ち足りていた。

「だからお前と話すことなんて何もないのだけど」

冷ややかに言って睨み付けると、彼はくしゃりと顔を歪めた。三治郎の体を床に縫い止める逞しい腕が震えていた。
風呂上がり、いつものように部屋に戻ろうとすると、呼び止められた。声の主が誰であるかは直ぐにわかったので、無視して通りすぎようとした。
次の瞬間、腕を捕まれて誰もいない教室に放り込まれ、今に至る。
ごめんと呟くわりには退こうとしない。自由がきかないことへのせめてもの抗議に、思いきり顔を反らした。

「三治郎」

熱をはらんだ声が名前を呼ぶ。知っている。そういう風に呼ぶのは本当にきちんと向き合いたがっている時だ。
涙も笑顔も直ぐ近くで見つめてきた。手を少し伸ばしたら届く距離で。でも、彼はそうしなかった。自分もそうしなかった。
彼に自覚して欲しかったから。彼から言って欲しかったから。逆に自分が待てなくなってしまったのは誤算だったけど。
彼はもう一度、三治郎と名を呼んだ。

「側にいてくれなくていい、誰と一緒にいてもいい。だから心だけ俺にくれ」

そういって、彼は両の瞳から雫を一粒ずつ溢した。
そっと、腕の拘束が解かれる。二人の体に触れている箇所が無くなった。
だから代わりに腕を伸ばして、ざんぎり頭を抱え込んだ。
そして硬い髪に唇をくっつけて、声なき声で呟いた。


捨てた心を拾い上げたのは君。
花を咲かせたのは君。





(夢前+佐武)
(2012/2/22)









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