「ええと、じゃあここからここまで、きり丸くん達は組に届いたお手紙」
 はい、と渡された紙の束を不承不承受け取って、きり丸は大きく息を吐いた。どうして俺がこんなことをしなきゃあならないのだ。きり 丸の表情を見咎めて、忍術学園の名物事務員はぷうっと頬を膨らませた。
「どうしてそんな不満そうな表情するのさぁ」
「不満そうな表情にもなりますよ。この俺がお駄賃もなく使いッ走りだなんて…っ」
 きり丸は、よよ、と着物の裾で顔を覆って見せる。しかし彼の懇親の演技は小松田に眉を寄せる仕草一つで一蹴された。
「そんなこと言ってぇ、この間もしんべヱくんにプリント配布押し付けて逃げちゃったじゃないかぁ。今日という今日こそは、きり丸くんに働いてもらうからねぇえ…!」
 逃がしてなるものか、とばかりに詰め寄る小松田さんの瞳の奥には、まるで出入門表にサインを忘れた曲者を地の果てまで追いかける時と大差のない不穏な輝きが宿っていて、さしものきり丸も恐る恐る両手を挙げた。

*…*…*

 それにしてもよくもまぁ、こんなに溜め込んだものだ。溜息を吐きながら、長屋の部屋と廊下を区切る襖を開きながら、その部屋の住人の元へと郵便物を放り込む。
「山村喜三太!リリィばあちゃんから!お前ナメクジは程ほどにして、もうちょっとばあちゃん孝行してやれ!足柄山から飛んできちまうぞ。皆本金吾!親父さんから!お前ももうちょっと父親に書く手紙の内容には気を使え!父より戸部先生が好きですかって、親父さん随分弱ってんぞ。佐武虎若!以下同文!つーかお前の場合親父さんと照星さん一つ屋根の下なんだからなお一層気を使え!加藤団蔵!手紙は日本語で書いてやれ!清八さんが漢字ドリル送ってきたぞ。笹山兵太夫!町の資材屋から督促状だ!返済に委員会費突っ込むんじゃねぇぞ!夢前三治郎!お前は人間と文通しろ!」
 コメントと共に手紙を放りこむ度に、背後から聞こえる阿鼻叫喚が膨らんでいく。勝手に封を切るなだのプライバシーの侵害だの、そんなことはきり丸の知ったことではない。
「文句があるなら俺を使おうとした小松田さんに言え!」
 振り返って舌を見せ、次の部屋の障子をすぱんと開ける。
「二郭伊助!黒木庄左ヱ門!優等生コンビは、親御さんから残暑見舞いのみ」
「ありがとう、きり丸」
「ちょっと手紙配るだけでこんな大騒ぎ、もう二度とやめてよ。大体きり丸はねぇ…」
「文句があるなら事務室へどーぞ」
 手紙を受け取るなり詰め寄ってきた伊助の鼻先で障子を閉め、最後の部屋に向かう。背後で怒り狂う伊助の雄叫びが聞こえたような気 がしたが、それは庄左ヱ門がどうとでもしてくれるだろう。
最後の部屋の障子は、先ほどまでよりも少し丁寧に開けた。部屋に入り後ろ手に障子を閉めると、中で書き物をしていたらしい少年達が振り返る。きり丸はそっと笑みを浮かべて、彼らに最後に残った二通の封書を差し出した。
「しんべヱ、親父さんとカメ子ちゃんからだよ。乱太郎は父ちゃんと母ちゃんから。二人とも残暑見舞いだ」
 お前らマメだもんなぁ、と手紙を配り終え、床にぺたりと胡坐をかいたきり丸の手元には、紙片は一枚も残っていなかった。
 しんべヱと乱太郎は顔を見合わせて、しんべヱがこくりと頷くと乱太郎は腰を上げ、行李の中から一通の封書を取り出した。
「はい」
「?なんだよ」
「きりちゃんにも、残暑見舞い」
 お勤めご苦労さまぁ、と眼鏡の奥で三日月を描く瞳を見つめて、きり丸は一瞬呆気にとられ、続いて顔を背けた。
「バカじゃねぇの…時間と紙の無駄だろ」
「ふふ、そうかなぁ。たまにはいいんじゃない?」
「そうそう。持ってきてもらって僕らが喜んでばっかりじゃ、わりにあわないもんねぇ」
 ドケチの精神に反するでしょ、と親友に揃って頭を撫でられて、きり丸は背けた顔を更に深く俯けた。それでも真っ赤な耳は隠しようが無いのだけれど。





(2011/8/9)
(2011/8/26〜拍手御礼)









「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -